《傭兵と壊れた世界》第百四十三話:憎しみの狙撃

ホルクスは弾かれたように南方を見た。來る。異常な気配がいつの間にか膨れ上がっている。常人には聞こえぬ砲弾の音をホルクスの耳が拾った。故に、彼だけがけた。

「おい、おいおい! 全員後退! 急げよお前ら!」

狼の子らがホルクスに追隨する。だが、意思なき中毒部隊(フラッカー)や足の遅い兵士は逃げきれない。

直後、ホルクスがいた場所を特大の撃が襲った。両陣営の誰もが揺する。戦場のど真ん中に砲撃をしたのだから。正確に狙わねば味方を巻き込みかねない荒技。

「あっぶねえ……來やがったな」

黒銀の機船が猛烈な勢いで戦場を駆けた。凡庸な船とは一線を畫す機力だ。普通であれば機船で戦場の中心を走り抜けることはできない。廃墟や結晶によって足を取られている間に狙い撃ちをされるからだ。しかし、黒銀の機船はまったく速度を落とさなかった。

「――足場が悪いなんて関係ねえよなあ! なんせ俺様の縦だからよ!」

走る、走る、兵士も傭兵も全て跳び越えて機船が跳ねる。速すぎて砲臺では狙えない。普通の銃では分厚い裝甲を貫けない。戦場でただ一隻、黒銀の機船だけが自由を得た。

船があっという間に戦場の中心に到著すると、中毒部隊(フラッカー)は機船を新たな敵と認識して襲いかかった。生では敵わないというのに勇敢な兵士だ。ベルノアは片手間に砲臺を作して中毒部隊(フラッカー)を躙する。ある者は機船に踏まれ、ある者は甲板の砲臺に蜂の巣にされ、戦場に殘るは死累々。

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「――この辺りの中毒部隊(フラッカー)は一掃したぜ」

「ご苦労だベルノア。ホルクスはどうした?」

「――俺様にびびって逃げたようだな」

「それが本當なら狼の牙もおちたものだ」

イヴァンは疑わしげに肩をすくめる。

ホルクスは暴だが頭の悪い男ではない。今ごろは仲間の場所まで後退しているだろう。

「それじゃあ私は別行ね」

「天巫は任せたぞ」

「そっちも気を付けて」

ナターシャは結晶銃を背負うと、ミリアムとココットを連れて船から降りた。ローレンシア軍の二人がいるならば首都にるのは問題ないはずだ。

「私はホルクスを追いますが、手出しは無用です。いいですね?」

「止まれと言っても聞かんだろ。俺とミシャはここで降りるから、ベルノアに連れて行ってもらえ。機船を使ったほうが早い。周りの部隊を排除するのにも役立つだろう」

「――だから人使いが荒いと思わんか?」

「俺とミシャは予定どおり中毒部隊(フラッカー)の相手だ。奴らはここで絶やしにしよう」

「――おい! 無視をするな!」

イヴァンは怒鳴り聲がうるさい通信機を耳元から離した。

「……中毒部隊(フラッカー)は元に戻らない?」

「大國の花(イースト・ロス)を吸った者達の末路は暗黒街で見ただろう? 彼らと同じだ。長い夢を見ているのさ」

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「……了解」

ミシャは星の落とし子という似た境遇であるため思うところがあるのだろう。大國の花(イースト・ロス)がある限り本的な解決にはならないが、せめて軍人である彼らは戦場で眠らせてあげたい。

イヴァンとミシャが船を飛びおりた。ここから先は別行だ。

走り去る機船を橫目に、二人はそれぞれの銃を構える。周囲を取り囲むは中毒部隊(フラッカー)。その數は有に一個中隊を超えていた。

「星の落とし子の研究施設を破壊したときを思い出すな。あのときはミシャも向こう側だった」

「……思い出したくない」

「ハハ、それは悪かった。さあ、いくぞ」

二人は同時に地面を蹴る。

中毒部隊(フラッカー)と結晶憑きの異なる點は彼らが銃を扱えることだ。正確に狙うのは難しいが、きちんと命令を與えれば敵味方の區別をつけて発砲する。中毒部隊(フラッカー)は戦場に紛れ込んだ異分子を排除すべく一斉に銃をした。

イヴァンは姿勢を低くして廃墟に転がり込む。人間相手ならばまずはこれだ。筒狀のを放り投げた直後、まばゆいが中毒部隊(フラッカー)の視界を焼いた。閃弾、しかもベルノアが改造した特別製である。

うろたえる中毒部隊(フラッカー)に拳銃を撃ち込む。數の利など関係ない。意思なき亡者では英雄を止められない。

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「中途半端な寄せ集めだな。落とし子のほうが優秀だったぞ」

視力を回復した中毒部隊(フラッカー)がイヴァンに襲いかかるも、彼は迫る拳をトン、とけ流して首の付けにハイキックを放ち、振り向き様に頭を撃ち抜いてトドメをさした。勢いのままに次の標的へ迫り、撃ち、刈り取る。

「……落とし子は中毒狀態にしてから特別な訓練をした子供達。こんな奴らと同じにしないで」

ミシャも負けてはいない。持ち前の俊敏さを活かして廃墟の間を跳び回り、あらゆる死角から中毒部隊(フラッカー)を強襲する。小銃の軽快な音が響くたびに死が増えていく。市街地での戦闘はミシャの獨壇場である。

そんな彼らを遠巻きに見ている者がいた。フラッカーに苦戦を強いられていたローレンシア兵だ。

「なんという破壊力……これが、ルーロの地獄を生き抜いた傭兵部隊か」

スコープ越しであるため戦いの一端しか捉えられないが、イヴァンとミシャの異常さは十二分に伝わった。まことしやかに語り継がれる亡霊の噂を目の當たりにできた兵士は、上への報告も忘れて見っていた。

くるくると宙を舞う赤い影。洗練されたきで中毒部隊(フラッカー)を駆逐する黒い男。

ちなみに、遠巻きで観察しているのは彼だけではなく、多くの狙撃兵や観測手が二人の戦いぶりを見ていた。

さらにいえば、見られていることをイヴァンも気付いており、スコープの反がちらついて非常に鬱陶しそうだった。

混沌とした戦場に投じられた第二〇小隊。彼らの登場は戦場のを塗り替える。肺を焦がすほどの熱気を生み、停滯した空気をうねらせ、戦場を更なる混沌へと(いざな)うのである。

アーノルフ元帥のもとへ次々と報告が舞い込んだ。

「――第二〇小隊が中毒部隊(フラッカー)と戦中!」

「――ホルクス軍が後退しました! 鋼鉄の乙が追っています!」

「――敵、イサーク元中尉の姿を見失いました!」

「――南側が傭兵に押されています!」

アーノルフは眉間にしわを寄せる。第二〇小隊がローレンシアの味方をする理由が不可解だ。彼らに利點があるとは思えない。むしろ仲間同士で爭う可能すらあるが――。

「中毒部隊(フラッカー)は第二〇小隊に押し付けろ! 我々はラトリエの傭兵部隊に対処する!」

不可解だが、味方であるならば利用するだけだ。裏切る可能もあるが、イヴァンの格を考慮するならば初めから敵として現れるはず。今は面倒な中毒部隊(フラッカー)の相手をしてくれるありがたい部隊として考えるのが良いだろう。

これで戦況が良くなる。そう思っていた矢先のことだ。

またも、焦った様子の部下がアーノルフのもとへ駆けよった。

「――アーノルフ閣下! 天巫様が襲撃されています!」

「……なに?」

今度こそアーノルフが揺した。シモンの訃報を聞いても歩みを止めなかった男が、一瞬ではあるが、思考を放棄した。

「親衛隊はどうした?」

「連絡が取れません! おそらく壊滅したかと思われます!」

「くそっ……そもそもなぜ侵された! り口は封鎖していたはずだろう!」

「別働隊が商人に紛れて潛したようです!」

アーノルフは苛立ちを隠せない。天巫を奪われては意味がないのだ。積み上げた犠牲が、努力が、無駄になる。何のために元帥という地位まで昇り詰めたというのか。國のためではない。すべては天巫のため。

「私がいく。すぐに部隊をまとめろ」

「閣下がいなければ戦場の指揮がれますよ!?」

「アメリアに任せる。亡霊が中毒部隊(フラッカー)を引きけたおかげで奴も余裕ができたはずだ」

引きとめようとする部下を一蹴して外に出た。今のアーノルフにとって勝敗よりも天巫のほうが大切なのだ。天巫が他國に、ましてやパルグリムに渡ることだけは許せない。

(孤児院に匿っているのがバレているなら、元老院はすでに襲撃されているか。くそ、後手に回ってばかりだ)

このとき、アーノルフは視野が狹くなっていた。見晴らしの良い塔の回廊に、生で姿を現すほど。らしくない姿だ。元帥ともあろう者が無防備に隙をさらすなど、あってはならない。

否、隙を作らされたというのが正しいだろう。天巫襲撃の事実によって「アーノルフが塔から出る」という構図が生み出されたのだ。

遠方の崩れた鉄塔にが見えた。訝しむアーノルフ。直後、彼のに衝撃が走る。

「ガッ……!」

狙撃だ。一発の銃弾がアーノルフのを撃ち抜いた。敵はアーノルフが天巫襲撃の報告をけ、無防備になる瞬間を待っていたのである。よろめく元帥。吹き出したが壁を染めたが――。

「邪魔を、するな!」

床を踏み締めて耐えた。まだ倒れるわけにはいかない。元帥ともあろう者を銃弾一つで殺せるはずがないだろう。

アーノルフは振り向き様に拳銃を引き抜いた。標的は狙撃手。見開かれた瞳が鉄塔を捉える。標的は拳銃が屆く距離を超えており、眼での視認はおろか、銃弾がまともに飛ぶかも怪しい距離だが、アーノルフは迷わずに発砲した。

手応えあり。

仕留めたかは定かでないが、なくとも追撃はしてこないだろう。

アーノルフは傷口を抑えながら歩き出そうとした。を撃ち抜かれたが、そもそも彼の臓は化しており、普通の銃弾では傷つかない。この程度の出ならば応急処置で間に合う。

「ナターシャ、いや、この狙撃はイサーク元中尉か。親子そろって私の邪魔をするとはな。さあ、急がねば――」

そう思っていたアーノルフに異変が起きる。傷口から結晶の花が咲いていたのだ。

結晶化現象(エトーシス)。

人間を側から食らう毒の花だ。

「これは、まさか、ナターシャの結晶弾……イサークめ、回収していたのか!」

かつてナターシャとの戦闘で屈辱を味わった日からずっと、イサークは結晶弾を自らの武に転用できないか考えていた。元々はナターシャにやり返すための研究だ。しかし、父を失ったことでイサークの矛先はアーノルフに向いた。たとえ狙撃が効かないアーノルフであっても結晶弾ならば通用するだろう。

當然、イサークは結晶銃を持っていないため銃弾は手作りだ。火薬と結晶を混ぜて形し、衝撃に耐えられるように強度を上げた。模倣品であるため一度放てば銃が壊れてしまうが、イサークにとっては十分だった。

アーノルフの元に咲いた結晶がみるみるうちに長する。外だけではなく、側にもばす。一度始まった結晶化現象(エトーシス)は誰にも止められない。あのベルノアですら結晶憑きの治療法はわからないのだから。

「くそっ、まだだ! 私は、まだ、倒れるわけには、いかないのだ! 待っていてください、天巫様! 私が、すぐにあなたのもとへ……!」

結晶が視界を覆う。まるでを無理やり作り変えられているかのような覚に襲われる。思考がぼやけた。微睡みと覚醒を何度も繰り返した。絶え間ない痛みをじながら、アーノルフは天巫のことだけを一心に想い続けた。

「……あの勢で、しかもこの距離を、撃ち返しますか、化け、め」

鉄塔でを流す狙撃手イサーク。アーノルフの弾丸はイサークの左を正確に撃ち抜いていた。狙撃手顔負けの蕓當。アーノルフが鷹と稱して恐れられる所以の一端である。

かつてルーロ戦爭でアーノルフが軍を率いていた頃、かの男は並外れた視力で敵の將兵を次々に撃ち抜いたという。鷹の爪はいまだ健在であった。

「ですが、一矢、報いましたよ、父上。アーノルフは、きっと苦しみながら、死ぬでしょう……」

イサークは父を尊敬していた。軍部と元老院が仲違いをしなかったのは父のおかげだ。両者の橋渡し役として、時には蝙蝠と揶揄されようとも我慢した國者。アーノルフによって前線送りにされなければ、今も大國の防衛に一役買っていただろう。

父の仇は討った。撃ち返されたのは予想外だが、役目は果たした。狙撃手として戦場で死ぬのは本。心殘りがあるとするならば、上の勇姿を見屆けられないことくらいか。

(すみません、ホルクス隊長。あなたの戦いを最後まで見屆けたかった……)

狼の副として幾多の戦場を駆けた狙撃手イサーク、最後は敬する上に謝りながら戦場に散った。

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