《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》784.涙の寢顔

驚くほど丁重に、アルムは地下牢獄へとれられた。

という形なら衛兵の使う拘置所のほうが相応しいのだろうが、當然ルクスはアルムを本気で捕まえたいわけではないし、誰もそんな事はんでいない。

下手な事を考えさせないように、そして危機を目の當たりにしないように俗世から離したいだけだ。

「すぐに出れるさ。いくら四大貴族だからって本気でこんな橫暴が通るわけじゃない」

連れてきた衛兵がめの言葉と、安心させるようにアルムの肩をぽんと叩いてから牢の鍵を閉める。

アルムは抵抗しようとする事も無く、口枷の強度を確認するわけでもなく……牢の中でただ空を見つめていた。

その様子は連れてきた衛兵達が不憫に思うほどに覇気がない。

「よほどショックだったんだろうな……」

「友人だと思ってた人にあれだもんな……」

小聲で話しながら衛兵達は立ち去っていく。

不本意な投獄ではあるが、それを覆せるような地位にいない。衛兵達に出來るのは命令通りにく事だけだった。

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しかし……アルムが無気力なのは決してルクスに難癖をつけられたからではない。

いくら鈍かろうがルクスが自分を守ろうとしてこうした事くらいはアルムにもわかっていた。どこからか霊脈に接続すると人間が死ぬという報を得たのだろう。

この扱いはルクスが自分を心配した結果だ。ならアルムにとっては悲観する必要すら無い。

――アルムの心をすのはただ恐れから。

(ルクス……あいつも演技下手なんだな……。悪役が似合わなずぎる……)

何も無い場所に、自分を見る。

自分はこんなにも弱い人間だったのか。

したわけではない。失するほど自分を立派な人間だと思っていない。

けれど……ここまで自分が脆い人間だとは思っていなかった。

せっかくみんなと場所に立っていいと思えるようになったのに、夢を葉えられないとわかっただけでこんなにもが重い。

魔法使いになりたい。けれど死にたくない。

魔法使いになりたい。けれど忘れられたくない。

死にたくない。けれどここで逃げたら、魔法使いになどなれるはずがない。

戦える力を持った人間がその脅威から逃げ、たまたま生き殘ったとして……自分は本當に魔法使いを目指していると言えるだろうか?

それは自分の目指した在り方とは程遠い逃避だ。逃げる事は決して悪ではない……それでも、ここで逃げたら自分はもう二度とを張って魔法使いになりたいとぶことは出來なくなる。

(わかっていた。分不相応な夢だって……わかっていたけれど)

――ここまで殘酷にすることはないだろう。

目指した先が、まるで夢を見るのすら罪だったと突き付けられるかのような結末。

本の中で最初に見た憧れ。そして白い花畑に現れた師。

自分はただあんな風に、誰かを救いたかっただけなのに。

アルムは危うく世界を呪いそうになる。

けれど、悪いのは世界なんかなじゃないと思いとどまった。

(ああ、そうだ……最初から、そうだったじゃないか……)

故郷で教えて貰った十年。

魔法學院で磨いた二年半。

自分が無屬魔法しか使えないのは変わらない。

どれだけ必死になろうと自分が平民なのは変わらなくて、自分には輝かしい才能など無いのだと世界はずっと教えていてくれた。

(悪いのは、ずっと諦めなかった俺のほうだ……)

自分はずっと弱いまま。

あの花園で泣いていた子供の時と何も変わっていない。

夢のために走る道の先に何も無いと改めて知っただけなのに折れてしまった。

結局、あの日と同じように……魔法使いになれない事を嘆く子供のままなのだ。

(馬鹿な子供でごめん……シスター……。無駄にしてごめん、師匠……)

何に対しての謝罪かはわからない。

それでも育ててくれた二人にだけは謝らなければいけないと思った。

自分の夢を目指して歩み続けた年は先が途絶えている事を知って……一時ただの年に戻る。

アルムは自分自が何者かわからないまま目を閉じて、靜かに涙を流していた。

恐い。

死ぬのが恐い。今まで死にそうになった事は何度もあったのに、今までで一番怖い。

怖い。

忘れられるのは嫌だ。考えただけでが竦(すく)む。

誰かの思い出の中ですら生きられない無が恐ろしくて仕方ない。

こわい。

夢が葉わないというのなら、自分は一何者なのか?

いらなかったから捨てられた子? あの日野犬の餌になるはずだったの塊?

どっちでもいいかと眠りにつく。

そんな簡単な事すら……アルムはもうわからなくなっていた。

よほど神的に疲労していたからかアルムは寢息を立て始める。

それとも、起きて考えてしまうよりも……夢の世界のほうが心地いいからか。

牢獄にいるアルムをどこからか見る視線に気付く事もなく、頬に涙の筋を浮かべたまま今はただ眠る。

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