《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第230話 時空転移

ローブを著込み、杖を攜えたリィロと共にカマス市場を歩く。俺達の後には魔人化したリッカと、お目付役として同行するソマリという名のネコの大男が続く。

活気の失われ、人気の無くなった市場を進むと大きな噴水のある広場に出る。凝った意匠があしらわれた噴水はどこかプリヴェーラの街を思い出させる。

「ここですか?」

「ああそうだ。この広場はオープン・セサミのほぼ中央に位置している」

ソマリから地理を聞いて俺たちは艇の中心にやってきた。リィロの程に艇全域を収めるためだ。

「小僧、お前が気を失うまでもう一刻も無いぞ?」

「分かってる」

「ひっ」

アスモデウスが何かする度にリィロがビビるようになってしまった。でも今は彼の力に頼る他ないのだ。

「ナトリ君、準備出來たわよ。始めていい……?」

リベリオンを剣の形態にして構える。

「お願いします。リィロさん」

「分かっておるか小娘。イリスの眷屬はおそらくに気付くぞ。お前が狙われる可能は高い」

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「……!!」

リィロの表に怯えが走る。

「ゲーティアーが襲って來ても俺がリィロさんを守ります。だから探知だけに集中してください。ソマリさんも手を貸してくれるみたいだし」

の脇に控えるネコの大男が頷いてみせる。

「わかったわ……。始めます!」

リィロが長杖を地に突き、長い詠唱を刻み始める。行使するのは響系統の中でも上位の波導。構築には時間を要する。

「————の音、紅の音、翠の音、地の音、揺の音、虛無の音、星の音。揺らめき調べを我が元に。『七虹響波(エル・ソナーディア)』」

詠唱の完了と共に、杖のエアリアが靜かに明滅を始める。

リィィィィィィィィン————

広場に質で澄んだ音が響き渡り、波導が艇中に広がっていく。

「魔力の気配……、人ならざるもの……、妄執と、怨讐」

波導がリィロの覚を増幅し、が拾った報を彼へフィードバックする。そうして彼は一歩たりともじることなく、艇中の空間報を取得し、査していく。

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「もっと広く……。もっと深く……」

リィロの鼻からすうっとが垂れる。かなり強力ならしいので、彼にもかなりの負擔がかかっているのか。

「——捉えた!」

「どこだ、リィロさん!」

「船上部、稼働式天井の上! 直上よ!」

『飛ぶぞリベル!』

『了解だ。——座標設定完了。いつでもいける!』

「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』」

駆け出すと同時、目の前の虛空を形態変化させた翠のリベリオンで斬りつける。現れた空間の裂け目に迷わず飛び込んだ。

今この艇の上には嫉妬の厄災アスモデウスの魔法(ドミネイト)である、「時空迷宮(ルクスリア)」が展開している。

時空迷宮の特殊な空間であれば、リベリオンは時空を切り裂き任意の場所に一瞬で転移することが可能。

今この場所と、艇の天井。その間に存在する時空迷宮(ルクスリア)時空間を“斬る”。時空迷宮マグノリアの時と同じだ。

転移し、時空の裂け目を抜けた先には夜空が広がっていた。無數の明るい月が浮かぶ。市場を覆っている可式天井の上だ。

そして、屋の先に立つ一つの人影が見える。

航行中に船外に出られる奴なんてそういない。それにこんな場所、普通は誰も來ないはず。

間違いない。こんな場所でとりわけ強い魔力を振りまくコイツが人々に呪いをかけて回った張本人。

月明かりに照らされるそいつは、初日に見かけた縞ネコの姿をしていた。見た目だけでは人間とまるで區別がつかない。

「見つけたぞ……、ゲーティアー!!」

奴に向かって屋の上を走り、斬りかかる。ネコは後ろ向きのままくるりと飛んで斬撃を躱すと、し離れた地點に著地した。

こちらを窺いゆっくりと振り向いたネコは、月を背後に影となりその両目だけが紫の怪しげなを放っていた。

ネコと睨み合ううち、突然奴はゴキゴキという異様な音を立てながらを変形させ始める。

小柄なネコのシルエットは消え、全鎧のような金屬っぽい質をした、長痩軀の獣人じみた姿となる。顔だけは先ほどと同じネコに似ていた。

『やはりゲーティアー』

『みたいだな……! ここで仕留めてやろう』

剣を突きつけ飛び掛かるが、するりと躱されてしまう。

「速い!」

次の瞬間奴のシルエットが渦巻くようにして闇の中に掻き消える。

「消えた?!」

『アスモデウスの領域に隠れ潛めるような奴だ。空間転移の魔法を使える可能はある』

どこに消えた?

「っ!」

先ほどのアスモデウスの言葉が思い浮かびハッとした。即座に空間の裂け目を作り出し、そこに飛び込む。

転移先でまず目に飛び込んできたのは、鋭く長い爪をばし地を這うように駆け寄ってくるゲーティアーの姿。

「おらっ!」

不意打ち気味の一閃で迎え撃つが、掠っただけで避けられてしまう。

「ナトリ君っ!」

やっぱりリィロのところに移したか。

「無事ですかリィロさん!」

「うん、いきなり現れて……!」

追い討ちをかけるように剣を振るうが、変幻自在ののこなしで全て避けられてしまう。

に似合わず音もなく背後から忍び寄ったソマリが、ゲーティアーの腰を折るべく回し蹴りを放つ。

が、奴は振り返ることもせず跳躍し蹴りを躱した。そのまま後退し、噴水の中に造られた石像の頭の上に著地する。軽業師のような軽さだ。

「なかなかののこなし。あれがゲーティアーとかいう者か」

奴は噴水の上に陣取ったまま不気味なほど靜かに俺達を睥睨していたが、ふとリッカに目を向ける。

「——何をしている、アスモデウス」

「ゲーティアーが喋った……」

心の中に語りかけてきた事はあったが、ハッキリ人語を話す奴を見るのは初めてだ。

「眷屬の分際で妾の行にケチをつけるか」

「クロエ様の心に叛くつもりか」

「『傲慢』の心、の間違いであろう?」

「————」

「図星か。——そうか、あやつもか。狙いは……小僧だな。相も変わらず小心なことよ」

の影の者達の間に、人間には推量れぬ思が遣り取りされる。こいつらは仲間同士の筈だが、あまり和やかな雰囲気とはいえないようだ……。

「我を阻むつもりか」

「まさか。所詮は戯れ、好きにするがよい」

「ならば、邪魔はするな」

奴の言葉にアスモデウスは鼻を鳴らして肯定の態度を取る。會話が終わったのか、ゲーティアーは俺に向き直った。

「我が名はオセ。貴様の命、消し去ってくれる」

「人殺しのバケモノのくせに、名乗りを上げるかよ。むところだ、お前を倒して呪われたみんなを解放してやる!」

前方に飛び、時空斬を放つ。即座に視界が切り替わり、目の前には噴水の上に立つオセの背中。

「ハアッ!」

完全に背後を取ったはずだが、奴は間一髪でを屈め橫薙ぎの一閃を回避する。

『右手の爪、下から』

思考に流れ込むリベルの行予測に従ってを捻り、奴自を死角にして繰り出されるオセの爪に剣筋を合わせ迎え撃つ。

「!」

カウンターに反応したオセが爪を空振らせ、その勢いを利用して噴水の上を飛び離れた。直前でリベリオンにれるのはまずいと勘づいたようだ。

すぐさま空中でもう一度時空斬を放ち、奴を追う。著地地點に先回りして待ちける構えを取ると、オセは跳躍の最中に姿を掻き消し視界から消える。

『マスター、背後を警戒』

『待て、この立ち位置なら——』

俺はあえてオセを見失ったかのように前方に注意を向ける。次の瞬間、背後でひゅっと爪が風を切る音が鳴った。

風切り音を掻き消すように鈍く重い打撃音が響き、ゲーティアーが宙を舞う。オセは回転しながら近くの屋臺へ轟音を立てて突っ込んだ。

俺の背後に空間転移したオセだが、奴が俺に爪を立てる前に無事ソマリの蹴りが炸裂したようだ。ただのお目付役かと思いきや、ミセス・カマスは相當な手練を寄越してくれたらしい。

土煙を立て崩れる屋臺から、ゆらりとオセが立ち上がる。表の変化しない金屬のような顔面はひたすらに不気味だ。そこに輝く二つの瞳も。

「…………」

影が渦巻き、オセが虛空に紛れる。再び姿を消したようだ。

「さすがにタフだな……」

「奴を追え、年」

「でも、またリィロさんが狙われるかもしれない」

「彼にはオレが付いていよう。すぐに応援も駆けつける」

ソマリが元から鋭い眼を俺へと向けて言う。

「行って、ナトリ君。あいつを仕留められるのは君だけよ!」

「……わかりました。探知、お願いします。必ず俺があいつを斬る!」

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