《魔法が使えないけど古代魔で這い上がる》62 もうひとつのエピローグ〜死神のーー
――レオン、私の分も生きて。大好き。元気でね
した貴の祈りの言葉を、呪いの言葉にしたくなかった。
――どうか俺を、殺してくれ
だからこの願いは、単なる俺の弱さ。
逃げれないのに逃げたい。背負いたいのに背負えない。
そんな、俺の矮小さから溢れ落ちたもの。
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食事を摂らないと腹は減る。
しかし死をする事はないし、慣れればの不合も気にならない。
寢ないと眠いし思考が鈍くなる。
しかし死ぬ事もないし思考なんてもとからまともに働いてない。
こうして魔境にを置いてただひたすらに座り込んでいる。何年こうしてただ座っているのか。
しかし立ち上がる気になれない。何をしようとも思えず、ただ訪れる事のない死を待っている。
たまに魔が襲ってくる。
食い散らかしてくれれば死ねるのか。そう思考に過ぎるも、同時に浮かぶのは最の祈りの言葉。
「グギャァアアアッ!」
その言葉が浮かぶと同時に、気付けば剣を振るっている。
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無意識のくせにに刻まれた経験のせいでしっかりと魔力を通わせた剣撃は、剣を振るった範囲を超えて斬撃を及ぼす。
そして真っ二つになった魔はその場に伏せた。
その亡骸を捌き、を食うーー事もせず、座ったまま。気付けば周囲には夥しい死の山が築かれている。
(………死神、か)
脳裏にこびりついて離れない、守るべき民から投げつけられた言葉。
皮にも、今の俺はまさにそう呼ぶべき姿になってしまったのだろう。
最上位の魔である竜種すら、斬れば命を散らせる。
だというのに、俺は?
竜ですら俺には勝てない。一刀の下に終わる。
勇者一行として魔王と対峙する前ではこうはいかなかったが、どうやら魔力が増えているようだ。
魔力枯渇こそが魔力の増加を促すと思っていたが、どうやら死に頻した時も増えるらしい。かれこれ何年かも分からない時間を、普通なら死や老衰する程に放置していたせいで魔力だけは増えているようだ。
魔では俺には勝てない。
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知り得る範囲でもっとも危険地帯である魔境ですら、だ。
(………人、なら?)
ふと思う。
人間は知恵と技、連攜を持って魔に勝ち、領地を広げてきた。
ならば、獨りの俺をも人なら人の力で討てるのでは?
気付けば腰を上げていた。
何年も、竜に襲われても立ち上がらなかったのに。
その理由を考えないようにしながら振り返ると、座っていた場所の周りには苔や植が覆っていた。
山を下りた先は王國ではなく、隣國に出來た帝國。
王國ではなくここを選んだのも向き合えない俺の弱さか、と心自嘲しながら歩く。
目的地は……王城にするか。目的は、なんだろうな。分からない。いや、目を向けたくないだけか。
門番に聲をかけられるも無視して、止めようとする周囲を無視してただまっすぐに歩く。
何人かがを摑んで止めようとするが、何の抵抗にもならず、歩く速度すら変わらない。
集まる人數こそ増えるも、數人を除いて怯えたように近付きすら出來ない。どうやら魔力がれ出しており、そのせいで威圧狀態になってるようだ。
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俺を摑む兵士も數分でを震わせて手を離す。
無意識のにれ出す魔力程度でも、人にとっては害になるらしい。
「応援を呼べ!総帥にも報告しろ!」
來た。
人の力、徒黨と連攜。それを俺に向けるための準備をしている。
俺は足を止めた。待つ為だ。
周囲には兵士による人垣が出來ており、一定の距離を保ってかない。
そんな時だった。
「な、なんだ?!こいつの魔法か?!」
俺の周囲に、巖が形された。ドーム狀に覆われた巖壁によって真っ暗になる。
攻撃が始まったか、と思うも、魔法からは敵意をじない。兵士も戸っていたし、違う可能が高い。
そう思考が終わると巖壁が重量にひかれるように地面へと帰っていく。
開けた視界は、しかし兵士達ではなく1人の男のみを映していた。
「……よぉ、兄ちゃん。すまねぇが呼び出させてもらったぜ?帝國にゃあ何しに來たんだぁ?」
ガタイの良い、無髭とボサボサの髪の男。
その男の問いは、奇しくも俺の目を逸らしていた部分を貫いていた。
「……さぁ、な」
濁すしかない俺に男は眉を寄せながら顎をさすり、それからニヤリと笑って無警戒に近付いてくる。
「そーかそーか!じゃあ暇だろぉ?ちょっと付き合えよ兄ちゃん」
「……いや、俺は」
「いーからいーから!俺の店で飯食わせてやるからよぉ。まぁちっさい店だけどなぁ」
豪快に笑い、俺の肩に手を回してそのまま引きずるように歩き出す。
なんとも強引でマイペースな男だった。
そしてれてわかった。この男、かなり強い。俺に近付ける事やっているのに平気そうなのもそれが理由だろう。
この男ならば……
そんな昏い思考も手伝って、俺はされるがままに著いていった。
「ほれ、俺特のごちゃ煮だ!周りからはあんまうまくないって言われんだけどよぉ、絶対アリだと思うんだよなぁ」
男の店で出されたのは食材をこれでもかと詰め込んだ煮。
調理過程を眺めている限り、食材に対して適切な処理もしておらず、本當に々詰め込んだだけのもの。
「おら、食えって!ガリガリじゃねぇか、こいつは味いだけじゃなくて栄養満點だぞぉ?」
しつこく促され、仕方なく口をつける。
やはり味いとは言い難い。魔王を討つ遠征ですらもっとまともな味にありつけたとすら思う。
「………」
しかし、何故だろう。
何年も食べなかったから拒否反応でも出ると思っていた俺の胃に、優しく溶け込んでいく気がした。
「……うまくはない」
「うげ、兄ちゃんまでそんな事言うのかぁ?」
「だが……メニューには置いてくれ。また食べに來る、かも知れない」
何を言ってんだか。
今から何をする気か忘れたのか。
俺の立場を自覚してないのか。
自分ですら意味が分からない言葉に、しかし男は笑う。
「おぉ?!なんだよ気にったのかぁ?!素直じゃねぇ兄ちゃんだなぁオイ!」
言葉を返さず二口目に手をばす。
そんな俺を厳つい顔を嬉しげに歪ませた男が、食事中の客にも関わらず言葉を投げつけてくる。
「なかなか見る目、じゃねぇな。良い舌してんぜ兄ちゃん!でもまぁまた食いたいなら早く來いよぉ?」
「……………」
「兄ちゃんも聞いた事くらいあんだろぉ?この國でがあるってよぉ。そのが大詰めでなぁ、場合によっちゃこの店も畳む事になるんだよ」
「………知らん」
「あん?知らんって……をかぁ?兄ちゃんどっから來たんだよ、近隣國でも知れ渡ってるってのによぉ」
「…………」
「まぁいいや。早けりゃ明日には終わるしなぁ。いよいよ攻めるんだよ、あ、これ兵士にゃあ緒な?」
「………お前が頭か」
ベラベラと話す男の口が止まる。
「……兄ちゃん、本當何者なんだよ?一応聞くけど、俺らの邪魔をしに來たってんじゃねぇよなぁ?」
「……違う。信じられんかも知れないがな」
「いや、信じるぜぇ?」
あっさりと頷き、男は笑う。
「だって兄ちゃん……死にに來たんだろ」
不覚にも、スプーンを持つ手が止まった。
「……まぁ聞けや兄ちゃん。この國はよぉ、腐ってんだ。武力主義で一番腕っぷしが強いのが王、その一派が國を回す。弱い奴らは道か奴隷かっつぅ扱いでなぁ」
豪快という印象しかなかった男は、つまらなそうに、寂しそうに笑う。
「せっかく隣の王國なんかは立派な初代の殘した統治に倣って上手くやってんのによぉ。こっちは真似どころか乗っ取ろうって考えしかねぇ。民は飢え、こき使われ、それこそ使い捨て扱いでなぁ」
そのけない笑みに反して、目には昏い炎がちらついている。
「だからよぉ、ちょっと目にモン見せてやろおってなぁ。まぁ數が數だし勝てるとは思えねぇけどよ、しでも現狀が変わりゃ儲けもんだろ?」
「……………」
「おっ?おいもう行くのかぁ?」
「………悪いが金はない。味かった」
「だっはっはっは!なんつー開き直った無銭飲食だよ兄ちゃん!まぁいいや、また來いよぁ?!」
こいつ商売り立ってるのか?と思うも、金のない俺が言える立場ではない。
だが、久しぶりに食べた食事と……久しぶりの會話は、正直悪くなかった。
「……あぁ、また來る。次は金を持ってくるから、店とさっきのメニューは殘しておいてくれ」
「………おう、ありがとなぁ兄ちゃん」
顔の造りに似合わない優しげな笑顔を見て、店を後にする。
その足で向かうのは、なんとなく目的地にしていた王城だ。
「い、いたぞ!さっきの男だ!」
「元帥、どうしましょう?」
「囲え!流すな、近衛を前列に置いて待て!弓隊はすぐに構えろ!」
大通りに出るやいなや、先程とは比較にならない數の兵士に囲まれる。
元帥と呼ばれた男はどうやら帝國の軍事トップのようだが、見たところ先程の店主にも劣る実力だ。
案外ほっといても反は功するかも知れないな、と思いながら腰の剣を抜く。
それと同時に経験に伴って無意識にに纏う魔力が、周囲を威圧した。
「っ……」
息を呑む音が聞こえる。
元帥と呼ばれた男の顔もひきつり、兵士達も同様にを強張らせていた。
「……」
ふと空を眺める。不思議と意識がクリアだった。
俺は、ここに死にに來た。
祈りの言葉は、今も鮮明に殘っている。
それに応えたい気持ちもまた、ちゃんとある。
この矛盾は、きっとこれからも俺の中に殘り続けるのだろう。
「や、やれぇえええ!!」
それは俺が弱いから。それだけだ。
あの味いとは言えない食事と、マナーのない會話のせいでクリアになった思考。
そのおかげで、こんな簡単な事にやっと気付けた。
生きよう。
ソフィアの分も生きるんだ。
そして彼の分も十分に生きれたと思えたその時は、死のう。
どんな死を迎えるかは分からない。死を迎えれるかも分からない。
だから、死に方を探そう。
彼の分も生きて、そして死ぬ為に。
矛盾にも聞こえるこの答えこそ、俺の答えだ。
それでいい。正解なんて無いのだから。
「「「おぉおおおおっ!!」」」
でも今は、この答えを見つけるきっかけをくれた店主のお代を払うとしよう。
「ぐぁああっ!」
見た目に反した優しい店主とその仲間がを流す必要なんてない。
どちらに正義があるかも理解するほど狀況も知らない。
「くっ、攻めろ!たった一人に何をしている!」
だが、それでいい。
正義なんて死神には必要ない。
剣を振る。それでいくつかの命を刈り取る。
かつて王國を追われた時を思い出す。
振り切ったとは言えない。死神と呼ばれて怯えた顔は目に焼き付いて消えてはいない。
だが、それでいい。
矛盾も、死神の名も、背負って生きていく。いつか死ねるその時まで。
「……兄ちゃん、おめぇ…」
視界の端に映る店主。騒ぎを聞いて駆けつけたのだろうか。
名前も知らない男を一瞥して、剣を天へと振りかぶる。
「……無銭飲食を見逃してくれた代わりだ」
屆いたか分からない呟き。それと同時に、剣を振り下ろす。
「……あ、ありえねぇ…」
それは誰の呟きか。
兵士も、民も、その場の誰もが同じ方向を見ていた。
俺の立つ場から一直線にびる地面の割れ目。
その上に立つ元帥や兵士とーー視線を集めている王城。
その全てが、真っ二つに斬れていた。
「……國を、斬った」
近くに立つ兵士の震える呟きを無視して、俺は踵を返す。
ここに來た目的は消え、代わりに答えを見つけた。そのお代も払った今、ここにいる意味はない。
「おぉい!お代にしちゃ高すぎんぞぉ!いつ來てもタダでいいからよぉ、また來いよなぁ!」
背中にけた言葉に、久しぶりに頬が緩んだ気がした。
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