《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》788.自分は何者か
牢獄の中で過ごして數日経った頃。
アルムはどこか遠くで大蛇(おろち)の首が一つ消えた事をじ取った。
知魔法を使っての"現実への影響力"とはまた違う……春風に変わったのをじた時にようなぼんやりとした覚。
牢獄にってからというものの、何故かわかるようになっている。
一つの場所に閉じ込められて、覚が研ぎ澄まされたのだろうか。
……それとも、無意識に自分の最後そのものの存在をじ取っているのか。
「…………」
食事は出るしを清める時間もある。
面會を希すれば誰かと喋る事だって出來ると頻繁に様子を見に來るファニアに教えられているが、アルムはそのどの権利も使っていない。
ただここで靜かにいるだけ。
アルムにとって夢を目指さず、ただ生きるという事はこういう事だ。
ここに居続ければ恐怖も無く飢えも無く、苦しみもなく靜かに生きられる。
夢を目指す自由。たったそれだけを捨てるだけで、生命として困る事は無い。
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……もしかしたら、大蛇(おろち)の支配する世界と似ているのかもしれない。
アルムはそう思った。
時間だけは有り余っているからか、々な事を考える時間は多くあった。
自分が何をすべきかの"答え"は出ない。
代わりに、會えていない友人達がどうしているかをよく考える。
ルクスが思い詰めて変な事を考えていないか。考えすぎるのが良くも悪くもあいつの癖だ。
エルミラが責任をじていないか。自分で抱え込もうとする所がある。
ベネッタは気落ちしていないか。周りを大切にし過ぎている奴だ。
……ミスティはどうしているだろう。強くてでも弱い人だから心配だ。
他のみんなも自分の事を知ってしまったかもしれない。ミスティ達ほど仲がいいわけではないが、魔法使いになろうなんて奴等だからきっと心配くらいはしているだろう。
(そんな事……しなくていいのに)
そう伝えた所できっと全員変わらないんだろうなとアルムは久しぶりに口枷の中で微笑んだ。
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靜寂がすぐにその穏やかさすら消し去って、アルムはベッドに橫たわる。
「眠る所か」
「!!」
アルムは目を閉じようとすると近くの聲を聞いて目を見開いて飛び起きた。
アルムがっている牢の外に、人影があった。
それだけなら驚くことはない。だが牢の向こうにいたのは、この國の王カルセシスだった。周りにはお付きの人間すら見當たらない。
一人で來たのだろうか。そんな疑問を頭に浮かばせながらアルムは固まっていた。
「邪魔して悪かったな。固くなる必要はない。ラモーナが誤魔化してくれている間だけ……お前とし話したくて來た」
カルセシスはそう言ってその場にあぐらをかいて座る。
アルムもベッドから起きるとカルセシスの前で座った。
「こんな所にれてすまないな。だが許してくれ。ルクスはお前をどうあっても生かしたいらしい」
アルムは頷く。
元々ルクスを恨む気は全くない。
「アルム、俺の統魔法を知っているな?」
アルムは頷く。
カルセシスの統魔法は人の心を察知する魔眼の統魔法だ。
カルセシスの瞳は金や赤、そして黒とその瞳のを変えている。
「これはな、王とは人の心を知るものであれという願いから生まれた魔法だ。そう伝えられている。長く続くこの筋だが……俺には他の貴族のような他を圧倒するような"現実への影響力"を持つ統魔法はない。それがマナリルの王族だ」
何の事かとアルムは目をぱちぱちとさせる。
「何の話をしているかよくわからないだろう? それも許せ。時間が無くてな。ここにきてこの話をする事そのものがお前の友から恨まれるような事かもしれぬし……なにより今からするのは王として相応しい含蓄ある話なのではなく、ただ俺がけない人間であるという話をするだけだ。こんな事を誰かに話しているとばれれば王家としての威厳がどうこうと説教されること請け合いだ」
カルセシスは屈託なく笑う。
まるで昔に怒られた事を笑い話にするかのような表だった。
「私には四大のように他國を圧する力はない。平民のように國の基盤になる力も無い」
アルムとカルセシスの目が合う。
カルセシスの視線に羨が含まれているような気がした。
「この冠に恥じぬ人間として規範になり、この國をよりよい方向に導く事……俺に出來るのは政(まつりごと)だけに過ぎない。平時には國を悪しき方向に向かわせる企みや私利私でく者、そして噓を吐くものを暴き、よりよい選択を考えることができる。
だがどうだ? 今のように國が敵に脅かされるような時……俺はあまりにも無力だ。魔法大國マナリルの王がどうする事もできない。相手が魔法生命のような怪であればなおさらだ」
カルセシスは自分の頭の上にある王冠を外した。
ただでさえ薄暗さのあるこの場所だからか、その輝きは煌びやかで豪華な裝飾は王家の権威を示すに相応しい。
けれど、アルムには魅力的に映らなかった。
「俺もだ。こういう時いつも思う。これは何だ? 俺は誰なんだ? とな」
アルムの心を読んだのだろう。
カルセシスはアルムがじたことに頷く。
「……死ぬだけじゃないのか」
「!!」
王冠に落ちていたアルムの視線が再びカルセシスへと上がる。
カルセシスは悲痛さを浮かべてアルムを見つめていた。
「お前を見てからずっと……俺に伝わってくるこの恐怖は何だ。お前はずっとこんなものと戦っていたのか……?」
アルムが何に恐怖しているのかをカルセシスには見抜かれている。
カルセシスの目は人の心に映る真実を掬い取ってしまう。
忘れられる事への恐怖と自分の夢が葉わぬ悲しみ全てを、カルセシスの目は映し出していた。
「ああ……そういう事だったのか……」
アルムが憔悴していた理由を理解して、カルセシスは目を伏せる。
そしてその頭を惜しげもなく下げた。
「俺は無力だ。そして王だ。お前が抱えるものを知ってなお……王として言わねばならない。いざという時は死んでくれと」
アルムはその言葉にショックをけることはなかった。
カルセシスの言葉は當然だ。國の王が國を犠牲に一人を活かすなどという判斷をしていいはずがない。
「だがお前に逃げてもいいと言いたい俺がいる。王として相応しくないがあることを隠せない。お前はこんなことを背負わなくてもいいのだ。お前は貴族ではない。國を守るために命を懸ける必要など決してない。お前は本來守られるべき立場の者なのだ。お前がこんな殘酷なことを抱える必要など……本當はなかった。お前は――」
平民(・・)なんだから。
そう言いかけて、カルセシスの聲が止まる。
王冠を頭に乗せず、抱えたままカルセシスは立ち上がった。
「許せアルム。逃げろとも戦えとも命じられない半端な暗君を許してくれ。お前の心を見た今の俺には……死んでくれとも逃げてくれとも口にする事ができない。
俺はお前に選択を委ねることしかできない卑怯者だ。そして、出來れば助かりたい弱い人間でもある」
「……!」
「ここまでけない姿を見せる気は無かったのだがな……。冠をげば王とて一人の弱い人間という事だ。本當はお前に今までの行いを謝しに來たというのに、俺ではお前の心を直視できそうにない。変な話をしにきてすまなかったな」
カルセシスはマントを翻してアルムの牢の前から立ち去ろうとする。
アルムはゆっくりと立ち去るカルセシスを目で追った。
その背中はあまりに小さく後悔に塗れていて、著飾っているはずの輝きはなく……一國の王としてではなくカルセシスという一人の人間の姿が見えた気がした。
「卑怯な大人ですまない。一人の民を相手に心を揺らがせ、めの言葉すらも満足にかけてやれない……俺はそんな半端な人間だ」
自分を卑下するカルセシス。
口枷をつけられた口はそんな事無いと勵ます事すらできない。
「だが信じてくれ。お前と初めて出會った時に"魔法使いの才能がある"と言った言葉……あれは、噓偽りの無い本音だった」
去り際にそう言って、カルセシスはアルムの牢の前から去っていった。
カルセシスが王冠をぎ、自分に問う姿がアルムの目に強く殘る。
――俺は誰なんだ?
それが見つかるのはを裂く茨の迷路? 或いは泥水で濁ったぬかるみ?
自分は一何者なのか?
歩んできた道を振り返って一つ一つ拾い上げるように……アルムはその"答え"を探し始めた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
前回一區切りまで後二話と書きましたが申し訳ありません……ここから後二話です。
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