《傭兵と壊れた世界》第百五十話:足地に眠る
戦いが終わった。
アメリア率(ひき)いるローレンシア軍は首都を放棄して一時撤退し、援軍との合流を優先した。結果として解放戦線は首都ラスクを占拠。事実上の勝利をおさめたのである。
このままルートヴィアとローレンシアの全面戦爭が始まるかと思われたが、他ならぬユーリィの提案によって戦爭は回避された。彼は手にれた首都の返還を條件に、賠償金とルートヴィアの獨立を要求したのだ。
戦爭が回避された一番の理由は、後援者のパルグリムが手を引いたことだろう。天巫を手にれられないとわかったパルグリムは、大國との全面戦爭に肩れするほどの利益を見出せず、解放戦線への支援を打ち切った。その結果、資金が足りなくなった解放戦線は傭兵との契約も破棄することになり、大國と戦えるほどの戦力を用意できなくなった。
一方、ローレンシアもルートヴィアと戦うには指揮が足りていない。アーノルフ総指揮を失った痛手は計り知れず、ほぼ同時期にシモンとホルクスも失ったため、軍部は見た目以上に不安定な狀態である。首都を返してもらえるならば下手に爭うよりも賠償金を払ったほうが良い。そう考えた彼らは解放戦線の要求をけれた。
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これにて大戦は回避された。とある小隊の存在が各國の足並みをしたのである。
第二〇小隊の呼び名は正式に剝奪され、元第二〇小隊、もしくはルーロの亡霊として指名手配をされた。特に大國からの批判は大きい。アーノルフの死因となった結晶化現象(エトーシス)が第二〇小隊のを扱う狙撃手によるものだと考えられたからだ。
ナターシャが元帥にとどめを刺したのは事実である。しかし、その要因となったイサークの狙撃については公表されなかった。元第三軍の兵士に狙撃されたというの不祥事をローレンシアが隠したかったとか、なんとか。
第二〇小隊をかばう者もいたが數派であり、世間的には大犯罪者の烙印が押されることになる。もっとも、本人達はあまり気にしていない。彼らにとって地位や名聲は現役時代から興味のないものだった。
「そんで、第二〇小隊は結局どの國にも捕まっていないんだってさ。危険を冒してまでルーロの亡霊に喧嘩を売ろうって考えるやつがないんだろうな。私だったら絶対に手を出さないね」
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ミラノ水鏡世界を歩く影が二つ。王と墓守りは満天の星空に見守られながら世間話をしていた。
「ということは、第二〇小隊の戦いは無駄にならなかったのですね」
「そうだな。まあ、ローレンシアは屬國になっちまったけど」
「屬國?」
「軍部と元老院が同時に衰退したことで、ローレンシアは以前ほどの力を失った。その隙をついて周辺諸國に攻められたんだ。今じゃルートヴィアのほうが強大な國だってんだから皮なもんだぜ」
「大國にも算の時が訪れたというわけですか。天巫というはどうなったのですか?」
「中立國の隠れ家で獨自の組織を作っているらしいぜ。革命軍として力を蓄えてから、ローレンシアを屬國から解放したいそうだ」
「あらあら、まあまあ、歴史は繰り返されるのですね。かつて王の國が繁栄の末に滅びたように、大國も長く栄は続かなかった。そして、また革命が起きる」
そんなもんだ、そんなもんだ。二人は頷きながら城にった。
変わったのは世の勢だけではない。ミラノ水鏡世界も以前と比べて住民が増え、聖都ラフランの信者が増えたことで街の雰囲気が変わった。信者といっても巡禮者ではなく、ラフランが滅びる前に出した生の人間達だ。彼らはいったいどこから報を聞きつけたのか、遠路はるばる地底の大海原を越えて集まった。
信者達はリンベルを崇拝している。彼らは故郷であるラフランを結晶によって追われ、星天教に弾圧されながらかに信仰を捧げるしかなかった。しかし、リンベルのおかげで、ようやく信者達は安寧の地を手にれたのである。
故に信者達はリンベルの命令に恭順的だ。街の住民がどのような信仰心を抱こうと興味がないリンベルと、信仰の自由を許された信者達。互いの利害が一致した結果である。
「ここは靜かなままですね」
「大事なもんは手元に置いて、他は全部遠ざけるのが一番なんだよ。ただでさえ敵が多い世の中なんだからさ」
「たしかにそれが良いかもしれません。手が屆く距離なんて限られていますから。ですが、気を付けてくださいね。英傑と呼ばれる者を、世界が放ってはくれません。いつか呼び戻される日がくるでしょう」
「そのための城だ。誰にも渡さねえよ」
「そうですか。まあ、あなたが王なのでお好きにどうぞ。ミラノを良き國にしてくれるならば私は口を挾みません」
「まかせろ。誰も攻めてこられないぐらい、大きな國にしてやるよ」
「ふふ、楽しみにしています」
墓守りの後ろ姿を見送ってから、リンベルは誰もいない廊下を歩いた。街が賑わったにも関わらず、この城には使用人が一人もいない。住民も、王にじられているため城には近づかない。ミラノの中心にして、彼達だけの城である。
「世界が求める? そんなこと知るかよ。ここが理想郷。外のことなんて関係ないんだ」
墓守りの言葉は理解できる。リンベルも、なんとなく同じような予を抱いている。上の世界は今も揺れいており、激の波がミラノにまで屆きそうだ。
その時は抗おう。大事な人を傷つけるような世界は打ち砕いてやる。
リンベルは扉を開けた。真っ暗な室に白金の輝きがぼんやりと浮かぶ。ここは城で唯一、墓守りすらも立ちりを許されない場所だ。
「ただいま、ナターシャ」
リンベルは上機嫌な様子で部屋にった。封晶ランプを壁にかけると、室の様子がわずかに照らし出される。
それは異様な景だった。固形化した送り水が真っ黒な粘のように広がり、その粘に囚われるようにしてが眠っている。
暗闇に浮かぶに手をばし、長く日のを浴びていない影響で白くなったを大事そうにでながら、リンベルは妖艶に笑った。
目が覚めたら何て言おうか。もう心の傷は癒えただろうか。大丈夫、大丈夫。城の中は安全だ。部屋から出なければ傷つくことはないのだ。
リンベルは自分が化けに変わりつつあることを自覚していない。壽命を先延ばしにし、送り水をり、管理者として君臨する姿は、聖代行やナバイアの人魚とさしたる違いはない。
いつかミラノ水鏡世界の存在は世界に広まるだろう。そして彼らは噂をするのだ。ミラノ水鏡世界にけっして足を踏みれてはいけない。かの國には城への侵者を許さぬ化けがいる――まさに足地だと。
やがて、業が集いし足地に王の笑い聲を響かせながら、部屋の扉がゆっくりと閉まった。
[あとがき]
というわけで、無事に(リンベルが)ハッピーエンドでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
執筆當初は別のエンドも想定していて、たとえばナターシャとイヴァンが敵対するルートもありました。ですが筆者の作品に登場する男は破滅することがあまりにも多く、せめてこの二人だけは回避しようと運命をねじ曲げました。結局リンベルに取られちゃったんですけどね。がはは! まさに泥棒貓!
お気付きの方もいらっしゃいますが、傭兵は前作の「寂しがり屋のゴーレム」と同じ世界の語です。といっても前作から何百年と経過しているのでまともな人間は生きていません。足地のり立ちや、國の歴史に名殘をじる程度でしょう。本作から読み始めた読者さんが不快にならないように、あくまでも背景として描きつつ、気付いた人はもっと楽しめるような塩梅にしたつもりです。いかがだったでしょうか。
しばらくは新しい長編のプロットを練ります。傭兵は思っていたよりも小難しい話になったので、次はゆるゆるはっぴーな作品を書きたいです。今のところは一人稱視點に挑戦するつもりですが、難しかったら諦めるかもしれません。ちなみに今回のような同じ世界の話にはせず、まったく関係のない、新しい世界にします。
今後もほろ苦ダークファンタジーを書いていきますので、ぜひまた遊びに來てください。
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