諸々の事から出來ればやり逃げしたかった俺だったが、流石に魔法省長補佐のジークリンデ的にはそうもいかないらしく、大通りで魔法省の職員を捕まえるとあれこれと指示を出していた。その橫顔は完全に仕事モードに切り替わっていて、真っ赤になっていた頬は雪のような白さを取り戻している。さっきまで俺にしがみついていた癖に……切り替えの早い奴だ。

萬が一にも関係者だと思われないようにし離れた場所からそれを眺めていると、職員たちはビシッと敬禮をして路地裏に走っていく。その橫顔はしホッとしているように見えた。気絶しているとはいえ、今から暴力事件の犯人を捕まえに行くのに顔が緩むとは、ジークリンデは普段どれだけ怖がられているんだろうか。し目つきが悪いだけで別に怖い奴じゃないんだけどな。

ジークリンデは視線を彷徨わせ俺を見つけると、群衆の合間を抜けるようにこちらに歩いてくる。路地裏へのり口は魔法省によって封鎖されているから野次馬は既にいなくなっていたが、それでも商業通りは真っすぐ歩けないほどの賑わいを見せていた。

…………こんな栄えた大通り沿いで事件が起きるとはな。何か引っ掛かる気もする。だが、それについて考える暇はなさそうだった。ジークリンデが手を上げながら俺の橫に並んだからだ。

「済まない、待たせたな」

「もういいのか？　俺のことは気にしなくてもいいが」

「いや、あとはあいつらに任せていれば大丈夫だろう。犯人も無力化しているしな」

ジークリンデは今一度路地裏に視線を向けた。その真っ直ぐな視線からはどんなも読み取ることは出來なかった。職員への心配や自らの失敗への悔いなどは何も。そういや昔からが顔に出ない奴だったな。

「…………んで、どうなったんだ？」

漠然とした俺の質問の意図を、ジークリンデは瞬時に汲み取ったようだった。

「…………私が見つけて鎮圧したことにしてあるさ。取り調べは私の力で何とでもなるからな。心配しなくていい」

「そうか、助かるよ」

そこで、ジークリンデはし悲しい……いや、寂しい…………？

とにかくし下を向いて、表を曇らせた。

「…………ヴァイス。お前…………何か使(・)っ(・)て(・)た(・)な？」

「────ああ」

屋上から飛び降りても無傷だったり、ナイフを素手で摑むなんて、何かしてないとおかしいからな。ジークリンデがそう考えるのも當然のことだった。

「何かって…………分かってるんだろ？」

ジークリンデは俺に闇魔法の適があることを知っている。魔法省の上層部には闇魔法の適を持っている者のリストがあるはずだし、それ以前にジークリンデにだけは直接教えた記憶がある。普通は関係を斷ちたくなりそうなもんだが、ジークリンデの反応が予想外に淡白だったんでよく覚えていた。

ジークリンデは諦めたように溜息をつき空を見上げた。青く澄んだ空は、端っこを赤く染め始めていた。

…………もうそろそろ帰らないとリリィが起きちまうかもな。

「…………まさか闇魔法に助けられる日が來るとはな」

「意外と悪いもんじゃねえだろ？　使い方さえ間違えなきゃ普通の魔法と変わらねえさ」

まあ中には人を攻撃する以外使い道が思い浮かばない魔法もあるけどな…………使うことはきっとないだろう。

「騒な話は終わりにしようぜ。俺の用事に付き合ってくれよ」

「用事？　どこに行くんだ？」

「ちょっとばかりローブ屋に用があってな」

しわざとらしすぎた俺の話題そらしにジークリンデは乗ってくれた。

良い奴だな、ホント。

◆

そんな訳で、俺たちはローブ屋を訪れていた。

先生の店ではなく、先日エンジェルベアの皮を引き渡した所だ。実は皮を引き渡すついでに一つ依頼をしていたんだが、それが完したと連絡があったのだ。

「いらっしゃいませ」

店にると、店員のエルフが俺たちに気付き近寄ってくる。そのままジークリンデの前に立つと、丁寧に頭を下げた。

「ジークリンデ様、先日は本當に有難う座いました。フローレンシア家のご令嬢のローブを手掛けることが出來、非常に栄で座います」

「こちらこそ素晴らしいローブを作って頂き謝している。先方も満足していたよ」

そのままジークリンデと店員は當たり障りのない世間話を始めた。一人の外に弾き出された俺はタイミングを見計らって會話に割り込むことにした。

「それで、頼んでいたはどこにあるんだ？」

「こちらに座います」

エルフが店の奧に歩いていく。後をついていくと、テーブルの上に皮の敷が丸められていた。リリィが寢そべったらギリギリはみ出すくらいのサイズ。まあローブの余りではこれくらいの大きさになってしまうか。

「なんなんだ、それは？」

ジークリンデが俺の背後から覗き込んでくる。

「くまたんの寢床にしようと思ってな。余った皮で敷を作れないか頼んでたんだ」

────この思い付きが、果たしてどう転ぶのか。実を目の前にしてもまだ結論は出ていなかった。

「…………この皮は、くまたんの親のものだ。ジークリンデ……お前はどう思う？　どっちが嬉しい？　もう二度と親に會えないのと、こういう形でも再會出來るのと」

俺の脳裏には、初めてくまたんと出會った時の景が浮かんでいた。もう既に事切れていた親のを必死に舐めるくまたん。それを見て俺は今回のことを思いついたんだ。良いか悪いかは分からない。ただ、そうしたいと思ったんだ。

「最近のくまたんは幸せそうにしている。エンジェルベアの知能を考えれば、既に親のことを忘れている可能もある。俺の行為はくまたんに悲しみを思い出させるだけかもしれないんだ。なあ、俺はどうすればいいと思う？」

俺の問いにジークリンデは押し黙った。

しかし、靜寂はしの間だけだった。

「…………分からない。それを決めるのはお前や私ではなくあのエンジェルベアだ。結局の所、私達は起こした行の責任を取ることしか出來ない。もしお前の行為がエンジェルベアを悲しませてしまったなら、また幸せにしてやるしかないだろうな」

下手に肯定しない所がコイツらしい。だが、おかげで聞きたい言葉を聞けた気がした。

「…………ありがとな。おで決心がついたよ」

敷をけ取り店の外に出ると、空はすっかり赤く染まっていた。そろそろお開きの時間だな。

「…………なあ、今日楽しかったか？」

我ながら、いまいち夫婦らしいことは出來なかった気がする。々あったせいでジークリンデも半分くらいは仕事モードだったしな。

「お前はどうなんだ、ヴァイス」

ジークリンデは俺を置いて歩き出す。俺は慌てて隣に並んだ。仕事モードのジークリンデは相変わらずの無表でが読み取れない。

「俺は…………そうだな」

思い返すまでもなく答えは決まっていた。學生時代から、なんだかんだコイツの隣はしっくりくるんだ。

「楽しかった。學生時代に戻ったみたいでな」

それが俺の本心だった。夫婦になったからとか、リリィの母親が必要だとか、そういう事は抜きにして単純に楽しかった。

「…………」

折角追いついたというのに、ジークリンデはスピードを上げ俺をしだけ引き離した。赤の三編みがジークリンデに合わせてぱたぱたと揺れる。

「…………私も、同じ気持ちだ」

俺がスピードを上げたのか、それともジークリンデが歩を緩めたのか。分からないが、気付けば俺はジークリンデの隣を歩いていた。

そんなじで初デートは終わりを告げたのだった。