《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》20

待てよ、と聲をかけると、騎士に囲まれた異母兄が足を止めて振り向いた。おや、と目元をゆるめる様は優しそうで、いかにもうさんくさい。

「ルティーヤ。私に近づきすぎると、ヴィッセルに怒られてしまうよ」

「僕を最初にあの場に呼んで使ったのはあっちだよ、知るもんか」

「ここでうまくやってるんだね、よかった」

ルティーヤが橫に並ぶのを待って、マイナードは歩き出す。

「ライカ大公國にいた頃の君は、そんなふうに年上に甘えなかっただろう。ヴィッセルも君を信用しているから、放置してるんだ。あの子は怖がりだからね、すぐに先回りして怖そうなものをつぶしてまわる」

「……あんたがいじめたせいじゃねーの、それ」

「私としては、怖いものの見分け方を教えたつもりなんだけどね。そうかもしれないな」

言うと決めたことは言わないと、巧みな話に流されてしまう。深呼吸した。

「さっきの、ライカ大公――お祖父様の件だけど。僕は、恨んでないから」

マイナードが視線だけをよこした。祖父が踏むことのなかった豪奢な絨毯を踏みしめ、ルティーヤは続ける。

「お祖父様はもう、だめだった。ラーヴェ帝國にどうにか一矢報いてやろうって、そればっかりで、あのままいけばまた騒を起こしてた。ライカの、もっとんな人を巻きこんで」

「だから、私に謝してると?」

「……ううん、言い訳だ。僕はもう、お祖父様にうんざりしてた。死ねばいいのにって思ってたよ、心のどっかで。そういう自分も、最悪だなって思うけど……」

ジルには言えないな、と心のどこかで苦笑する。悲しませてしまいそうだ。

「だとしたら、私はライカ大公を救ってしまったのかもしれないね。孫に復讐されて死ぬのがふさわしかっただろうに」

「――あんたは、僕がそうならないようにしてくれたのかなって」

言ってから、自分で笑ってしまう。

「うまく言えない。でも、僕は……お祖父様が死んで、ちゃんと、悲しい気もしてるから」

「それはよかった。親を殺せる日を指折り待つ子どもの生き方は、悲しいからね」

「そういうことがわかるあんたこそが、そうなのかなって、気になったんだ」

マイナードが足を止めた。

「なんかあったら、ちゃんと言えよ。……士學校に送り出してくれた借りは返す」

ルティーヤを祖父の目の屆かない場所へと送り出してくれたのは、この兄だ。打算込みであっても謝している。

「……だったらお言葉に甘えて。竜妃殿下に會いたいんだけど、どんな方かな」

「どんなって……見たんじゃないの、ライカで。學級対抗戦」

「そうか……あれはやっぱり本だったのか……あれは、なかなか難しそうだね」

嫌そうな顔をしている。なんだかおかしくなってしまった。

「なんだよ。かなわないって? でもナターリエとフリーダを助けたのはジル先生――っ」

途中でどん、と突き飛ばされた。つんのめったルティーヤは怒ろうとして、目を丸める。

開いた窓にマイナードが足をかけて、外に飛び出していた。

「ヴィッセルに怒られる役をよろしく」

ここは三階だ。だがマイナードは用に、近くの木につかまって地上に降りてしまう。

真っ青になった騎士たちが慌てて聲をあげ、駆け出した。

(お言葉に甘えてってそういうことかよ)

ルティーヤは窓枠にを乗り出し、マイナードの姿がどこにも見えないことを確認して、嘆息する。

「ジル先生に近寄って怒るのは、ハディス兄上だっての……」

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