《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》21

狹い小屋の中でをぶちまけられる。案の定、起こった発を結界でふせいだ。だが、真っ白な視界が晴れたときにはもう、老人の姿は消えていた。

「くそ、逃がした! ジーク、外だ!」

「まかせろ!」

「もーなんなのよ、あのおじいさん! ぶっ殺す!」

小麥を頭からかぶったカミラが癇癪を起こしている。煙の中を突っ切り、ジルは外に出て周囲を見回した。先に外に出たジークが戻ってくる。

「駄目だ見當たらねえ。いったいどこ逃げたんだよ、今度は……」

「ねえジルちゃん、あそこ、お弁當盜まれてない!?」

「はあ!?」

仰天したジルが先ほどまでいた場所に戻ると、シートの上にあるお弁當が籠ごとなくなっていた。追いついてきたジークが唸る。

「……最初っからこれ目當てだったんだろうな……」

竜妃宮の中を掃除がてら探し回り、折角だから見晴らしのいい外の花畑で晝食を――その最中の騒だった。老人の影を発見し、小屋にい込まれ、この結果だ。

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あんまりの犠牲だ。ジルは頽れた。

「わ、わたしのお弁當が……こ、殺していいなら一瞬なのに……!」

「落ち著け隊長。なんか廚房からもらってきてやるから」

「あのおじいさん、ゼッッタイただ者じゃないわね」

「そのようですねぇ」

聞き慣れない第三者の聲に、ん、と思考が一瞬止まった。日にける薄い髪を風になびかせた長の男が顎に指を當てて、背後に立っていた。

「策を講じないと日が暮れても捕まえられないのでは?」

「おま……おま、マイナード! 殿下……っ」

気配がなかった。驚くジルを面白そうに見下ろし、にこりとマイナードが笑う。

「名前を覚えて頂けてるなんて栄です、竜妃殿下。こんにちは」

ジークとカミラがそれぞれの武に手をかける。それを見て、マイナードが苦笑した。

「丸腰の私にそういう対応、傷つきますね」

「お前……いや、ええと」

「無理にラーヴェ皇族として扱わなくてかまいませんよ」

気遣われた。迷いつつ、ジルは落ち著いて切り出す。

「どうしてここに。お茶會だったのでは」

「お茶會は和やかに終わりましたよ。そのあとうまく見張りの隙を突いて逃げ出したんですが、多勢に無勢。ならば兵がれない後宮に逃げ込んだら、竜妃殿下が何か面白いことをしてらっしゃるようだったので、ついつい見學を」

「ジーク、カミラ。マイナード殿下を今すぐ丁重に客室にお送りしろ」

「――というのは噓ではない建前で、あなたに會いにきたんです、竜妃殿下。ナターリエを助けてくださったとか」

マイナードがに手をあて、恭しく頭をさげる。綺麗な禮だった。

「有り難うございます。ひとこと、お禮を言いたくて」

誠実な聲が、意外だった。かつて妹の死を語る彼はうさんくさくてたまらなかったのに、この言葉は本音に聞こえる。

「……偶然です。あなたの訪問を知らせようとして、鉢合わせただけなので……」

「なら、ここであなた方に見つかってしまった甲斐もあるというものですね」

いや、やっぱりうさんくさい。一度目の人生でそんなに関わったわけでもないが、ライカでの扇など、あやしい點が多すぎる人だ。

警戒しながら、ジルは付け足した。

「――ナターリエ殿下とフリーダ殿下には、わたしが選んだ護衛をつけています。安心してください」

おとなしくしていろ、と言外に念押しもしておく。伝わらない相手ではないだろう。

だが、顔をあげたマイナードはしたように目を輝かせている。

「ならお手伝いしますよ、あの老人の捕獲」

「は? なんでですか」

「お禮です」

絶対噓だ。黙るジルとしばらく見つめ合い、マイナードは大袈裟に肩を落とした。

「どうして信じてもらえないんでしょうかね、私は。そんなにうさんくさいでしょうか」

「自覚あるんですね……」

「わかりました、本音を言います。あの老人に聞きたいことがあるのですよ」

「知り合いなんですか」

「知り合いではありませんが、彼がどういう出自の人間かは知ってます。私が知りたいことを知っていて、教えてくれそうなのは彼しか心當たりもない」

「……何を知りたいんですか」

答えるとは思っていなかった。だが、マイナードはジルを見據えて薄いかす。

「先帝の居場所」

想定外の返答だった。ジークとカミラも顔を見合わせている。

「あなたも決して無関係ではありませんよ、竜妃殿下。こちら、拾ったんですが」

懐から指先ではさんで取り出したのは、封筒だった。しの竜妃殿下へ、という宛名のものだ。ぎょっとしてジークが自分のポケットを見る。

「盜んだな!?」

「拾ったんですよ」

「噓でしょそれは! あんたもなんでそんなとこれっぱなしにしてんのよ! 陛下にばれたらやばいってわかってる!?」

「カミラ!」

「あ」

マイナードがにっこりと、それはもういい笑みを浮かべた。

「竜帝陛下と竜妃殿下は本當に仲がよろしいのですね。こんな手紙で大騒ぎできるほど」

「……。わかりました、手伝ってもらいます。だからそれを返せ!」

これ見よがしにひらひらさせている手紙を奪う。マイナードがを鳴らして笑った。

「剛毅ですね。それとも乙心なのかな。こんな手紙、どう考えても罠でしょう。竜帝陛下は信じるとは思えませんよ。私の相手をするほうが面倒でしょうに」

「うぬぼれないでもらえますか。陛下はあなたなんかより、よっぽど面倒で厄介なんですよ」

きょとんとしたマイナードを、冷ややかに眺める。

「あなたを黙らせるほうが簡単です。最悪、首を折ってしまえばいいんですから」

「……。冗談」

「そう見えます?」

「いえいえ、よくわかりました。竜帝も竜妃もなかなか苛烈でらっしゃる」

「會話してもらえたんですか、陛下と」

お茶會という裁は整えていたが、ハディスは警戒心が強いし、嫌いなものには関わりたがらない。ヴィッセルとルティーヤが主な會話相手だったはずだ。

「突かれたら痛いところだけ突かれましたね」

ジルはちょっと鼻が高くなる。でも気づかれないよう、素っ気なく話を進めた。

「で? どうやってつかまえるんですか」

「追いかけるだけではこちらがいいように翻弄されるだけです。罠にかけましょう」

「どこにいるかもわからないのよー?」

「見たところ、さっきは食事につられて出てきてましたよね。そこで罠をかけるのは?」

ああ、とジルは手を打つ。

「そういえば前回もそうでしたね。食事中、竜葬の花畑を燃やすのはどうこう文句をつけながら……」

「つまり陛下の食事だな! ――となると明日か……」

「陛下、予定いっぱいだもんねえ」

「でもわたし、陛下の料理をおとりになんか使えません……!」

唸るジルに、ジークとカミラが黙りこむ。し考えて、マイナードが言った。

「竜葬の花畑を焼くのは反対したんですか?」

「あ、はい。価値をわかってないとか……まさか焼くつもりですか!?」

「この花の価値を惜しむ人。――おそらく、歴史的なものがお好きなんでしょう。竜妃殿下なら、竜の花など霞む囮を用意できるのでは?」

まばたいたジルに、マイナードが意味深に口角を持ちあげる。

「たとえば、金目の黒竜。――竜の王とか、垂涎ものだと思うのですが」

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