「……ったく、ひどい目に遭ったぜ」

「ほんと、骨折り損のくたびれ儲けだよ」

その日の夕方。

エルバニアに帰り著いた俺たちは、宿の食堂で大いに愚癡をこぼしていた。

どうやら、エルドリオは前にも似たような事件を起こしていたらしい。

そのおかげで俺たちの訴えはあっさりと理され、すぐに取り調べが行われることとなった。

ライザ姉さんが剣聖であること、そして俺がＡランクであることが幸いしたらしい。

とはいえ、今日の稼ぎはほとんどゼロ。

あれだけ頑張ったというのに果がないのでは、皆が愚癡をこぼすのも當然だ。

「ま、ノアの修行にはなったのだ。全く無駄だったわけではないだろう」

「とはいってもな。數千萬の稼ぎがパアになったんだぜ」

そう言って、ロウガさんは一気にエールを呷った。

食事を始めてから、すでに五杯は飲んでいるだろうか？

顔は既に真っ赤になっていて、呂律も回らなくなってきている。

「飲み過ぎです。そろそろ控えたらどうですか？」

「これが飲まずにやってられっか……あ」

ここでロウガさんの懐から、パサッと紙が落ちた。

すかさずニノさんがそれを拾い上げると、広げて俺たちに見せてくる。

そのチラシには、ウサミミを付けた谷間の眩しいの姿がでかでかと描かれていた。

さながら、元に果でも抱えているかのようである。

「うわ、デカ……」

「まったく、旅先でも相変わらずですね」

「ほう、巨バニー専門……」

「……は、恥ずかしいからそれ以上言うな！」

店名を読み上げようとしたライザ姉さんを、慌てて止めるロウガさん。

流石に、人の多い酒場で自の癖がバレるのは嫌だったのだろう。

一気に酔いがすっ飛んだらしく、すっかり赤くなっていた顔がもう真っ青だ。

「ま、そんなことより問題はあのゴダートと言う男だな」

ここでライザ姉さんが話題を仕切り直した。

確かに、あの強さはただ者ではない。

俺もゴダートさんについてはいろいろと気になっていた。

「どこかで聞いた覚えがあるのだが……。クルタは何か知らないか？」

「私？」

「ああ。冒険者のことは詳しいだろう？」

「そうだなあ、あれだけ強いなら間違いなくＳランクだろうけど……」

うんうんと唸りながら、ニノさんの方を見やるクルタさん。

するとニノさんはフルフルと首を橫に振った。

彼も全く心當たりがないらしい。

「ロウガはどうですか？」

「俺も知らねえな。第一、あんなめちゃくちゃな強さなら絶対に有名人だろ」

「ですよねえ……」

こうして、皆で悩むことしばらく。

ふと食堂の時計を見れば、いつの間にかいい時間になっている。

明日もきっと、ギルドは混み合うだろう。

早起きして出かけるには、そろそろ床に就くべきかもしれない。

「とりあえず、考えるのはやめて部屋に戻りますか」

「そうだね。今日はちょっと疲れちゃったし」

ぐるぐると首を回しながら、ゆっくりと席を立つクルタさん。

彼に続いて、ライザ姉さんもまた移を始める。

こうして俺たちが揃って酒場を出て行こうとした時であった。

不意に、酒場のり口のスイングドアがバンっと暴に押し開かれる。

何事かと振り向けば、フードにを包んだ小柄な人が中にってきた。

「……何だろう？　いかにもってじですね」

「ああ、関わらない方が良さそうだ」

厚手の黒いフードで顔を隠した人は、いかにも怪しげであった。

よほど後ろめたいことでもあるのか、それとも誰かからを隠しているのか。

いずれにしても、普通の人間ではなさそうである。

嫌な気配がした俺たちは、それとなく距離を取ってさっさと部屋のある二階に上がろうとした。

が、ここでその人は予想外の行に出る。

「なっ！？」

ライザ姉さんを見るや否や、フードの人はいきなり距離を詰めてきた。

そして懐からパッと何かを差し出して見せる。

俺の位置からでは良く見えないが、それはブローチか何かのようだった。

するとそれを見た途端、ライザ姉さんの顔が変わる。

「馬鹿な……！　どうしてここに、ひ……」

「お靜かに！　ひとまず、あなた方の部屋に案していただけますか？」

「え、ええ。もちろん」

フードの人の申し出を、ライザ姉さんは驚くほどあっさりとけれてしまった。

え、ええ！？　こんな怪しい人を部屋にれちゃうの！？

俺やクルタさんたちはすぐに抗議しようとしたが、そっと手で制された。

姉さんの顔を見れば、何やら焦ったように冷や汗をかいている。

こんな表をしたライザ姉さん、ずいぶんと久しぶりだ。

「……行きますか」

ただならぬ様子の姉さんに、俺たちは半ば押し切られてしまった。

姉さんはフードの人を連れて階段を上ると、そのまま自室へと招きれる。

そしてすぐさまドアに鍵をかけると、今度は窓から外の様子を伺い始めた。

こうして一通り周囲の様子を確認したところで、彼はようやく落ち著いたようにふうっと息を吐く。

「ライザ、いったいどうしたんだ？　さっきから普通じゃないぞ」

「そうだよ。この人、いったい何者なの？　僕たちにも説明してよ」

「いくらあなたが剣聖でも、隠し事は良くないです」

「……教えてもいいだろうか？」

皆に詰め寄られ、ライザ姉さんは困ったようにフードの人へと視線を投げた。

すると件の人は、返答をする代わりに厚手のフードをサッとぎ捨てる。

たちまち、かな金髪がはらりと広がった。

小柄だとは思っていたが……の子だったのか。

年の頃は十五、六歳と言ったところであろうか。

大きな翡翠の瞳には、まだいくらかさが殘っている。

しかし、目鼻立ちはハッキリとしていて將來の貌を予させた。

「皆様、初めまして。私はメルリア・ルベル・ド・エルバニア。この國の第一王です」

…………そりゃ、流石の姉さんも驚いたわけだ。

來訪者の予期せぬ正に、俺たちはたまらず息を呑むのであった。