《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》25

先帝の暗殺。理由はなんであれ、クレイトスの親善大使が畫策していいことではない。ラーヴェ帝國との戦端を切りかねない行為だ。

けれどのなくなった表が一瞬見えたが、すぐにマイナードはいつもの笑顔で取り繕ってしまう。

「まさか、そんなことをする理由がないでしょう」

はん、と老人が顎を背けて笑う。

「心配せんでも、あれには何もできやせん。第一皇妃がうまくやる。放っておけ」

「第一皇妃……カサンドラ様がですか。やっぱり何かあるんですね。ここでカサンドラ様が會していたというのは本當ですか?」

會? 夫婦が夜の散歩にやってくるのを、會とは言わんじゃろう」

思いがけない返答にまばたいた。では――カサンドラが竜葬の花畑で一緒にいるのは。

「だから放っておけと言っとるんじゃ、ひよっこ竜妃」

思わぬ鋭い視線に貫かれた。

「世の中には、知らんほうがいいこともある。何も起こらずにすむかもしれんことを、騒ぎ立てるでない。人が何人も死なねばならんことになるぞ」

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その覚悟があるのか。そう問いかけるような、脅しではない気迫があった。

「……ナターリエ殿下たちが何者かに襲われてます。それでも何も起こってないと?」

「無事だったじゃろうが」

あっさり、老人はそう言い切った。

「狙いがなんにせよ、あまりにお末な計畫だとお前は思わなかったか?」

ナターリエとフリーダを襲った人はたったひとりだ。襲撃がうまくいったのは不意をつけたという運の要素が大きい。もしあのときジルが偶然こなくても、後宮の衛士たちがすぐに気づいただろう。未遂に終わった可能が高い。

犯人の生死からくる結果も同じだ。もし犯人を生きて捕らえられたとしても、後宮で起こったことだからと、今の同じ報告があがってきたに違いない。

「よっぽど故意に、誰かが手助けねば、功なんぞするはずがない。そんな程度じゃ。何も危険なぞない。それともなんだ。危険かもしれないからと、全部排除して回るか?」

「そんなつもりはありません。でも、何が起こってるかわからないと判斷もできない」

どっかりあぐらをかいて座り直した老人が、ねめつけるようにジルを見つめる。

「お前がそうでも、竜帝はどうじゃ。ずいぶん人間不信に育っとるだろう。力がある分、いつ臆病な獨裁者になってもおかしくはない」

「陛下を侮辱するな」

一歩前に出て、その顔を上から見下ろす。

「何より、わたしがそんなことはさせない」

老人は目を細め、はっと斜め下に吐き捨てた。

「口だけではなんとも言える、ぴよぴよ夫婦が。心配せんでも、第一皇妃にまかせておけばうまいことやる」

「そうはいきません。わたしは、名実ともに竜妃にならなくてはならないんです。前皇帝の皇妃たちにいつまでもなめられているわけにはいかない」

ふん、と鼻を鳴らしたきり、老人は口をつぐんでしまった。

「――ひとつだけ、わかりましたよ」

ずっと黙ってやり取りを聞いていたマイナードが切り出した。

見すれば人がたくさん死ななければいけないようなたくらみごとなんて、ひとつしかありません。――叛逆ですよ」

ぎょっとしたカミラとジークにつかまったまま、老人が低く答える。

「証拠なんぞないぞ。何も起こってもいない」

「そんなもの、でっちあげてしまえばよろしい。宮廷の作法ですよ」

「お前……!」

「竜妃殿下、陛下に報告しましょう。そして後宮に乗りこむんです。そうすれば後宮は終わりだ、竜の花冠祭だってあなたの思うままに――」

調子よくしゃべっていたマイナードが、こちらを見て途中で口を閉ざした。マイナードをにらんでいた老人も、視線の先を追って押し黙る。ジークとカミラがそっと目をそらした。

ゆっくり深呼吸して、ジルはつぶやく。

「――まったく、どいつもこいつも」

笑い出してしまいそうになるのをこらえ、ジークとカミラに向き直った。

「ジーク、カミラ、そのひとをここで拘束しておいてください。ローも頼む」

ぽいっと投げたローを、カミラがけ止める。不満げなローの視線をけて、ジルは苦笑した。

「いい子にしててくれ、ロー。わたしは陛下と話をしてくるから」

「――おい待て小娘、竜帝に進言する気か? そんなことをすれば」

「黙れ、判斷はわたしがする。ロルフ・デ・レールザッツ」

老人が息を呑んだ。かまをかけただけだが、當たったらしい。

「マイナード殿下はわたしと一緒にきてください。ただし、余計なことは一切しゃべらないでくださいね」

「これはまた、ずいぶん橫暴な。私は一応、クレイトスの親善大使なんですが?」

「それがどうした。なんとでもなるのが、宮廷の作法じゃないのか」

さめた眼差しを返すと、まばたいたマイナードは顎を引いてに手を當てた。

「――ではひとまずお手並み拝見いたします、竜妃殿下」

「陛下が今、どこにいるかわかるか」

「あ」

雰囲気にすぐわない妙に抜けたカミラの聲に、ジルはまばたく。全員の視線をけたカミラが気まずそうに口を開いた。

「……ひょっとしなくても、ジルちゃんとの裝合わせして、パレードの下見してる時間じゃないかしら……?」

「――今、何時だ!?」

懐中時計を出したマイナードの告げた時間は、既に予定時刻をすぎていた。

マイナードの首ねっこをひっつかんでジルは走り出す。いってらっしゃーいという騎士たちの聲はすぐ遠くなった。

(まずいまずいまずい、陛下がすねる……!)

パレードの下見は確か中庭だ。全力疾走するジルにマイナードが噴き出した。

「なんですか!? 急いでるんですよ、わたしは!」

「いえ、竜妃殿下は落差が激しい方だなあと……管理人の正、よくわかりましたね」

「勘ですよ! お祖父さまを知ってて、あれだけ逃げ回れる人がいるとしたらそこしか心當たりがなかっただけです! あと、陛下がレールザッツ公のだって言ってましたし」

「それだけの報で當てたなら、大したものですよ。それに勘がいいっていうのはなかなか侮れないんです。――勘のいい竜妃殿下。あなたは誰が叛逆をくわだてているか、もうおわかりなのでは?」

ジルは前を見て走りながら、短く答える。

「まだ何も起こってない」

「――そうですね。では私も祈りましょうか。このまま、何も起こらないことを」

「先帝の暗殺をたくらんでるっていうのは、本當なのか」

「……私は臆病ですから」

曖昧な答えは、肯定に聞こえた。

「その話もあとで聞かせてください」

「お斷りします」

中庭の芝生に踏みこんだジルは、マイナードを放り投げる。ひらりと優雅にマイナードが著地してみせたのにいらっとしたが、それよりもと首を巡らせた。

ハディスはどこだろう。そこで初めて、人が慌ただしく行きい、怒聲が飛んでいることに気づく。いやに騒がしい――まるで、事故か何かでもあったみたいに。

(まさか)

何かに気づいたマイナードが走り出した。その先にある景を見て、ジルは息を呑む。

毒だ、という聲が遠く、他人事みたいに聞こえた。

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