《【書籍化】絶滅したはずの希種エルフが奴隷として売られていたので、娘にすることにした。【コミカライズ】》第87話 ジークリンデ、絶句
「ほっ! たぁっ!」
「きゅ〜」
リリィの投げた木の実がころころと敷の上を転がる。するとくまたんがそれを追いかけ、食べる。
「いくよ〜!」
「きゅ〜!」
投げる。追いかける。食べる。投げる。追いかける。食べる。
リリィとくまたんは飽きる様子もなくそれを繰り返していた。楽しそうで何よりだが、スライムにあげる木の実がなくなってしまわないかし心配だ。くまたんはいくらでも食べてしまいそうだしな。
「…………それで、話を聞かせてもらおうか」
そんな一人と一匹の様子をソファから橫目で眺めていたジークリンデは、そう言って視線を俺に戻した。あのエスメラルダ先生が絡んでいることもあって顔が全く笑っていない…………と思ったがコイツはいつもこんな顔だった。
いつかコイツが心の底から笑った顔ってのを見てみたいもんだ。
「あのさ、下級生の授業で森に行っただろ。スライムを倒す授業。覚えてるか?」
俺とジークリンデは下級生の時は別のクラスだったが、あの授業は恐らく全てのクラスでやっているはず。記憶力のいいジークリンデなら覚えているんじゃないかと思ったが、ジークリンデはさも當然かの様に首を縦に振った。昨日の夜飯を聞かれた時と全く同じ反応だ。
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「三年生の課外授業だな。私が初めて魔を倒したのもあの時だ…………懐かしいな」
ジークリンデは遠い過去の思い出にふけるように目を細めた────今からとんでもない話が待っているとも知らずに。
「リリィな、授業で行ったらしいぞ。森」
「…………は?」
ジークリンデは訳が分からないという様子で俺を睨みつける。睨む相手は俺ではなくエスメラルダ先生だからな?
「今日行ったらしいんだよ。クラス全員で。…………リリィ、森は楽しかったか?」
リリィは呼ばれたことに気がつくと、目をキラキラ輝かせてこちらに駆け寄ってきた。
「たのしかった! あのね、りりーがぽよぽよつかまえたんだよ! こうやってね、ばっ、てつかまえたんだよ!」
言いながらソファにダイブするリリィ。リリィが捕まえたとは聞いていたが、なかなか荒っぽいやり方で捕まえたみたいだな…………あとで服に綻びがないか確認しておくか。
「そ、そうか…………ありがとう、リリィちゃん」
「どいたしまして」
ジークリンデは顔を青くしながら元気なく呟く。どうやら事の重大さが分かってきたみたいだな。
「エスメラルダ先生…………私達の頃から変わっていないようだな…………」
「な。まあ懐かしくはあるが」
可哀想なことに、ジークリンデは懐かしさに浸ってばかりいる訳にもいかないからな。何かあったら魔法省の責任になるのは間違いない。
「…………確か、下級生を帝都の外に連れ出すには事前に保護者の承諾が必要だったはずだ。ヴァイス、その辺りはどうだ?」
「全く。俺もリリィから聞いて知ったからな」
「はぁ…………明日、何もなければいいが…………」
「まあ大丈夫じゃないか? エスメラルダ先生の名前に勝てるやつなんて、帝都にゃそういないだろ。お前だっているんだし」
魔法省にクレームをいれるということは、つまり魔法省長補佐であり帝都を代表する名家フロイド家の一人娘ジークリンデ・フロイドと戦うということでもある。なかなかそんな勇気のある奴はいないと思うけどな。
…………つーか、冷靜に考えて元からとんでもない権力を持ってるジークリンデが魔法省のトップ候補の座に収まってるのってヤバいよな。帝都の経済と政治がコイツの手のひらの上にあるといっても全く過言じゃない。まあ、コイツはそんなこと一切考えちゃないだろうがな。そういう所が俺は気にっている。
「だといいが…………いや、正當な批判はけて然るべきだろう。學校側が我が子を危険に曬したわけだからな」
「危険って話なら萬に一つもないと思うがな。あの森だし、付いてるのがエスメラルダ先生だ」
「それはそうなんだが…………保護者が皆それを理解しているとは限らないからな」
ジークリンデは大きくため息をついて、珍しくソファの背もたれに重を預けた。
…………いや、本當に珍しいな。もしかすると學生時代も含めてジークリンデが背もたれを使っている所を初めて見たかもしれない。コイツの背中は常に真っ直ぐなんだと思ってたが、どうやら俺と同じ構造をしているらしい。
…………ジークリンデには悪いが、俺の話はまだ半分だった。ここからが本題なんだ。
「お疲れのとこ悪いが、まだあるんだよ。俺たちが木の実を集めていた理由なんだがな」
「…………そうだった。あれは一何をしていたんだ?」
ジークリンデは頭をかすのも面倒なのか、視線だけをこちらに向けた。頼む、この衝撃に耐えてくれよ。
「リリィのクラスは教室でスライムを飼うことになったらしい。あの木の実はスライムの餌だ」
俺の言葉に、ジークリンデは頭をソファの縁に乗せ天を仰いだ。教室で魔を飼うなんて前代未聞だからな、気持ちは痛いほど分かる。當事者のリリィが居なければきっと特大の溜め息が出ていたことだろう。
「────ヴァイス」
妙にドスの利いた聲で呼ばれ、ピリッとが反応する。
「なんだ…………?」
「…………酒を飲ませてくれないか。無に飲みたい気分なんだ」
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