《異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??》癖嗜
それは、翌日のことだった。
いつものように、重い玄関扉を開く。
「……………ただいま」
そのままのそのそと歩き、リビングのドアを開けた。
そこには、仁王立ちした母が、黙って右手を差し出していた。
「…………」
それは、返されたテストの答案用紙を求めるサインだ。
「…………………」
黙ったまま、スクールバッグから、ファイルに仕舞われた答案用紙を渡した。
結果、理100點、數學99點、英語89點。
賞賛に値する結果ではあるものの、母はそれを褒めるような人間ではなかった。
母にとっては満點が普通であり、それ以外は叱責の対象に他ならない。満點を取れない方がおかしな話だった。
はぁ。と、ひとつ溜息をついた後、母は怒號した。
「何回言ったら分かるの!?もっと勉強しなさい!!」
「…………ごめんなさい」
「そんなのもう聞き飽きたわよ!そう言っていつも同じ結果じゃない!!」
はぁ。と、また、溜息ひとつ。
「どうしてこんな子に育っちゃったのかしら………」
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呆れるように、母がそう呟いた。
母にとってはいつものこと。思い通りの結果を殘せない息子に苛立ち、罵倒し、叱責し、楞然とする。
しかしその一言が、テルヒコを遂に激昂させた。
表面張力の限界まで注がれたグラスに、一滴の水が滴り、コップから水が溢れるのに等しい。
その言葉が全てではない、その言葉が最後だっただけに過ぎない。
至極冷靜な足取りで、テルヒコは臺所へと向かう。
「ちょっとテル!話聞いてるの!?」
そんな母の甲高いび聲には耳を貸さず、徐に出刃包丁を取り出す。
「な、何してるの…?」
數秒前まで怒鳴り散らしていた眼前のは、既に怯えた表へと顔貌を変えていた。
そのまま小走りで、強く握った包丁を、母親の腹部へと突き立てた。
「は……ぁぇぁ…………」
驚くほど小さな悲鳴だった。
その手に伝わったを、テルヒコは今でも鮮明に覚えている。
らかいを、どこまでも掻き分けて突き進む刃の。
流れるが柄を伝い、その溫かさをじさせる。
それを引き抜き、再び腹へ。
引き抜き、突き刺し、また引き抜き、そして突き刺す。
全くの無の下で、靜かに、そして確かに行われたその殺人に、隣家の住民は気づくはずもなかった。
仰向けに倒れ込んだ母は、口からを垂れ流していた。
その腹部から溢れるは、床に広がるの池を広げていく。だがそれも、彼の死をもって唐突に止んだ。
息絶えた母を、否、『母だったモノ』を見下ろした。
テルヒコの中にあったのは、罪悪でもなく、絶でもない。
いっぱいに広がる達、全を駆け巡る多幸、そして、果ての見えぬ絶大な快だけだ。
自が絶頂したことにすら気が付かぬほどの、これまでにない強すぎる快楽が、テルヒコを襲った。
そのまま立ち盡くす様に、テルヒコは黃昏ていた。
それが彼、初由テルヒコが初めて人を殺した日であり、殺人でしか絶頂できなくなってしまったきっかけである。
それからは早かった。
父、弟、共に、玄関扉を開け、悲鳴を上げる前に笛を掻き切り殺害。
そして3人の前腕、下部をそれぞれ肘、膝関節から切斷し、床に立てて、同じく切り外した3人の生首を転がし、ボウリングの様にして遊んだ。
今までで最高に楽しく、幸せな時間だった。
きっと家族で行く遊園地や、友人と行くキャンプなどはこんな気持ちなのだろう。と、思いを馳せた。
一頻り遊んだ後は、「それ」を三つテーブルに並べ、大きなハンマーで順に潰した。
「殘り」は邪魔だったので浴槽に捨てた。
返りを流す為にシャワーを浴び、浴室から出たテルヒコは、全てが片付いた暗がりの中で、虛空に明日の自分を映した。
そこには、満面の笑みで街を闊歩する自分の姿があった。
もう誰も、僕を縛れない。もう誰も、僕に溜息をつかない。
もう誰も──────僕を蔑まない。
寒い秋の夜風が、部屋に流れ込む。併せて、隣家の一家団欒の聲がり込む。
「ふふ………ははっ……………」
それに対抗する様に、あるいは混じる様に、テルヒコは笑った。
11月5日。冷蔵庫には、誕生日ケーキが眠ったまま。
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