《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第三百二十三話 落日と昇
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第三百二十三話
王冠を戴く太の旗の下で、ヒュースは跪きながら地面を見下ろしていた。視線の先には、白髪の老人が仰向けに倒れている。赤い天鵞絨の外套を纏い、傍には寶石がちりばめられた王冠が転がっていた。この倒れている男こそ、ヒュースの父であり第十四代ヒューリオン王その人だった。
太王と稱えられ、列強に名を馳せた人である。だがその命は、今まさに失われてようとしていた。
赤い天鵞絨の外套はに塗れ、赤黒く変していた。ヒューリオン王の周囲には、三人の癒し手が懸命に治療を行なっている。しかしヒューリオン王の狀態は良くなるどころか、顔は紙のように白くなり、艶は時を追うごとに失われていった。
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ヒュースには治療や怪我のことなどわからない。しかし癒し手達の様子を見れば、父であるヒューリオン王が助からないことは見てとれた。
このままでは父は死ぬ。だが親を失うことに対する悲哀は、ヒュースにはなかった。
元々親子関係は希薄で、ヒュースは父と話したことがほとんどない。さらに言えば父は、いや、ヒューリオン王は碌でもない人だった。王位を餌に息子達を競わせ、骨の爭いを生み出した。そして最後にはヒュースの兄達を謀殺し、自分の弟すら手にかけた。この男にとって我が子や兄弟ですら道なのだ。まさに最低の男であった。しかし……。
ヒュースの周囲は、泣き聲で埋め盡くされていた。集まったヒューリオン王國の兵士達が、王の死を前にして涙しているのだ。
実の子が父の死を悲しんでいないのに、のつながらぬ他人が涙し、悲嘆に暮れていた。それほどまでにヒューリオン王は、國民や兵士達に慕われていたのだ。
絶に打ちひしがれる兵士達を見て、ヒュースは唸った。
ヒューリオン王國といえば、人類最大の國家と言われている。その兵士達が弱卒のはずもなく、一人一人が勇猛果敢な兵ばかりだ。しかし大陸に名を馳せた軍勢が、今やメソメソと迷子になった子供のように泣いているのだ。
けないと言うより哀れであった。誰かがこの者達を導いてやらねばいけなかった。
跪いていたヒュースは立ち上がり、背筋をばした。そして涙する兵士達に向き直る。兵士達は烏合の様に集まり、俯いている。
「王子、我々はどうすれば……」
「整列だ」
ヒュースの言葉に、悲嘆に暮れていた兵士が驚く。ヒュースは睨みつけて再度聲を張り上げた。
「王の前である! 背筋をばして並べ! 総員整列!」
ヒュースに兵士を率いた経験はない。この命令の仕方が正しいのかも分からなかった。だが言うしかない。命令できるのは自分しかいなかった。
「我らはヒューリオン王國だ、どのような時であっても醜態をさらすことは許されない! ヒューリオン王國の兵士であれば整列せよ! を張れ! そこ! 立たんか!」
ヒュースは兵士達を叱咤し、並ばせ、無理やり立たせる。ヒュースの叱咤に兵士達は戸いながらも列を作り、背筋をばす。
整列する兵士達はを張りながらも、顔には涙を流していた。だがどれほど悲しもうとも、命ぜられればく。良い兵士達だった。
「……ヒュースよ」
兵士達を整列させたヒュースの足元から、聲がかけられる。振り返り視線を向ければ、橫たわるヒューリオン王が翡翠の瞳をヒュースに向けていた。
「王、いけません。おしゃべりになられては」
治療する癒し手がヒューリオン王を止めようとする。しかし王は首を橫に振って拒否した。
「治療はもうよい、やめよ。無駄だ」
ヒューリオン王は治療すら拒否したが、癒し手達はそれでも治療を続けた。
「もうよい、よいのだ……」
ヒューリオン王の諦念した言葉に、ついに癒し手達は手を止めて涙する。
「ヒュー、スよ、近こう、寄れ……」
けぬヒューリオン王は聲だけで招き、ヒュースは王の前で跪いた。
「こうなっては、仕方が……ない」
ヒューリオン王は息も絶え絶えとなりながらも、口をかした。
「余が……死んだ、後は、其方が、王位を継ぐ、のだ……第十五代、ヒュー、リオン王は、其方、だ……」
ヒューリオン王の後継指名に、周囲にいた兵士達が驚きの聲をあげる。
「……わかりました」
ヒュースは靜かに頷いた。
正直、自分に王としての仕事が務まるとは思わなかった。ヒュースは王となるための教育をけてはいない。政に軍事に外に、何も分からない。だがことここに至っては、拒否は出來なかった。誰かがこの兵士達を導かねばいけない。
「ヒュースよ……『聲』は……まだ、聞こえるか?」
ヒューリオン王の言葉に、整列する兵士達が嗚咽をらす。兵士達は王が自分の聲すら聞こえなくなったと思ったのだろう。だがヒュースだけは、その言葉が意味することを理解した。
ヒュース以外は誰も知らないだが、ヒューリオン王には天から與えられた『天啓』と呼ばれる奇跡の力を持っていた。その効果は天から囁く聲が、常に正解を教えてくれるというものだった。
妄想としか聞こえないような話だが、この現象は事実であった。その証拠にヒュースにも『天啓』の聲は囁きかけ、ろうとしていた。
「いいえ、『聲』はもう聞こえません」
ヒュースは首を橫に振った。
一度は聞こえた『聲』であったが、ヒュースは『聲』を邪悪であると判斷し従わなかった。そして『聲』はヒュースに想をつかしたのか、もはや囁きは聞こえなかった。
「そ、うか……ならば、良い……二、度と……『聲』には従、うな……お前は、自、分の……道を、進め……」
ヒューリオン王の、父の言葉にヒュースは頷く。
「私も……そう、すれば……よかった」
ヒューリオン王は諦念と共に息を吐いた。緑の瞳が閉じられ、側に控えていた癒し手が目を伏せて首を橫に振る。その仕草を見て、ヒューリオン王國の兵士達が咽び泣いた。
太王とまで稱された、第十四代ヒューリオン王が息を引き取った。太は沈んだのだ。
「任されよ、父上。あとは私が継ぐ」
嗚咽が響き渡る戦場で、ヒュースは靜かに宣言した。
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