《異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??》第146話『寒影』
いずれ死からは腐臭が漂う。
そうなれば、近隣住民が通報し、自分が犯人と発覚するのは時間の問題だ。
そう考えたテルヒコは、両親の財布にった金を全て抜き取り、家を出た。
どこに行く宛もなかったが、それで良かった。
あの家から出て吸い込む夜の街の空気は、初めての匂いがした。
居酒屋の笑い聲、寄り添って歩くカップルの戯言、風俗店の客引きの呼びかけ、全てが新鮮で、眩暈がするほど眩しかった。
警察に補導されるわけにも行かないので、安いホテルを借り、そこで夜を明かした。
それから翌朝、テレビ畫面に自宅が映し出されていた。
どうやら既にニュースになっているらしい。
足がつくのはもう直じきだと察した。
どこか遠くへ逃げなくては…。
そんな焦燥と反対に、為すが浮かばぬ自の無能さを呪った。
11月7日。この季節の夜風は、ダウンジャケットをも容易く通り抜け、その皮に冷たさを伝える。
冷め切ったベンチの上で、コンビニエンスストアで買った溫かい紅茶を啜りながら、ランドマークタワーを眺めた。
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さて、これからどうしようか。
警察が來たら、僕一人では太刀打ちできない。
大人しく捕まるわけには行かない。だが、逃げ切るも持ち合わせてはいない。
そんなことを考えていると。
「ねぇ、おにぃさん!」
背後から、の聲がした。
誰かと待ち合わせでもしてたのだろうか。
こんな夜更けに出歩くには、やけに聲がい。
まあ、そんなことは自分には無関係で、殆ほとほとどうでも良いことである。
ため息一つ。また、眼前のビルを見上げた。
「そこのおにぃさんだよ!初由テルヒコさん。」
慌てて振り返った。
背後にいたのは、小學校高學年ほどの。
「君は……誰?」
相手を警戒させない様に、そして、相手を警戒していることを気取らせぬ様に、努めて優しい口調でテルヒコは尋ねた。
「そんなことはどうでもいーんだよ。親殺しのテルヒコさんっ」
「……………っ!」
はあどけない口調で、未だ誰も知り得ぬ事実を口にした。
その顔を見ようと目を凝らすも、宵闇に紛れ、窺えない。
(………………はぁ。めんどくさ。)
テルヒコは、幾度目とも知れぬため息をつき、左足下に置かれたカバン。その中の包丁へと手を掛けた。
「どうしてそんなこと言うの?ほら、こっちに來てよく話を聞かせて?」
そう言いながら、テルヒコはベンチの上のを左にかし、右手で空席を叩いた。
「んふふ〜。知らんぷりしてもムダだよ〜?」
そう言いながら、は弾んだ足取りでベンチへと向かう。
掛かった。
著席した瞬間に元を掻き切って殺す。そう決めていた。
コイツでもイけるだろうし、死はそのまま放っておけばいい。
返りの付いた服も、そこらの民家に押しって盜めばいい。
そう思いながらも、優しく微笑みながらが座るのを待った。
そして、が著席すると同時、手にした包丁を元目掛け、一気に振り抜く。が。
ガギッ。
鈍い音共に、その行為は防がれる。
見ると、の纏った服の左袖は見る影もなく破れ去っており、左肩からは、明らかに人間のものではない、カマキリの前肢の様なものがびていた。
「…………な………………」
「だと思ったぁ〜」
ぐるりと首を回し、テルヒコを見ながらはそう言う。
ニヤリと笑う口元から覗く歯が、街燈を反して、怪しくった。
それまでの、年相応のあどけなさや、特有の非力さは全く見られない。
そこに座っていたのは、不気味な化けだった。
包丁を手放し、逃げる様に後退る。
それと同時、の左腕は、忽たちまち一般的な人間のものへと戻る。
そして、左手に握られた包丁の鋒きっさきを、真っ直ぐにテルヒコへ向けた。
「や、やめて………來んなッ!!!」
怯えながらそうぶ。
するとは、その手に握られた包丁を、地面へと落とした。
カチャン。と、軽い金屬の音が響く。
剎那的な靜寂は、それまでの狀況を、経緯を、無かったことにした。
「こんなの使わないで人殺しができたら、楽しいと思わない?」
「……………へ?」
その質問に対し、困だけが、テルヒコの脳にあった。
しかしは、そんな様子に構わず話を続けた。
「それだけじゃないよ?おまけに証拠も死も全部消してくれる、夢みたいな力……しくなぁい?」
「そ、そんなの……………」
思考が高速で駆ける。
コイツは何を言っているんだ?証拠も死も消せる力?そんなものある訳…。いや待てよ。
たった今目にした彼の様な力があれば、人一人殺すなんて造作もない。
どころか、これまでより効率よく、これまでより確実に、これまでより隠に人を殺められるとしたら……。
「最ッ高じゃん…………!」
不気味な笑顔で、テルヒコは笑った。
その表は、先刻が浮かべたものと、まるで同じ。
「ふふっ。それじゃあ、決まりだね。んじゃっ」
そう言い殘すと、目にも止まらぬ速さで、は走り去った。
「………えっ?」
そこには冷たい夜風だけが彷徨っていた。
何だったんだ…今のは……。
そう思いつつ立ち上がり、再びベンチに腰掛ける。
「…………チッ。クソガキが………。」
舌打ちをしながら、飲みかけのペットボトルに口をつける。
その直後、一気に視界が歪んだ。
息が苦しくなり、割れそうなほど頭が痛む。
「……はぇ……あぁ………」
呂律も回らず、ベンチに倒れ込む。
いつの間にか飲みに毒を盛られたのだろう。
吐き気と腹痛が一挙に押し寄せる。
瞬間、先程のが脳裏を過ぎる。
まさか、最初から殺すつもりで…?
「あ……あぁあ……………」
あぁ。つまらない人生だった。
そう思いながらも、ゆっくりと、テルヒコの意識は夜空へ飲み込まれていった。
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