《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第三百二十四話 太と氷
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第三百二十四話
フルグスク帝國の皇グーデリアは、十人ほどの兵士を護衛として引き連れて進んだ。向かう先は魔王軍が明け渡したヒルド砦だ。
すでに魔王軍はヒルド砦から退去しており、連合軍が占有している。この後砦にある館で軍議が開かれる予定であり、グーデリアはその會議に參加する予定だった。
護衛と共にヒルド砦の部にると、魔王軍に占拠されていた砦の部は様変わりしていた。魔王軍が対連合軍用に部を改造し作り変えてしまったためだ。
食料や資が納められていた倉庫は解され、代わりに部にはいくつもの壁が増設されていた。壁は複雑にり組み、敵をい込んで殺すための迷路と変貌を遂げている。
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様変わりした砦の部を、各國の兵士たちが走り回っている。魔王軍とは停戦が立したものの、それも今日一日だけのことだ。明日になれば停戦期間は終了する。
現在魔王軍はガンガルガ要塞の西、ローバーンへと続く森の前に布陣していた。停戦期間が終了次第、魔王軍はローバーンへと撤退すると予想されている。だがあくまで予想だ。
場合によっては、魔王軍が再度攻撃を仕掛けてくることも十分あり得る。そのため明日までに防衛態勢を整えておく必要があった。
あわただしいヒルド砦を通り抜け、軍議が行われる館を目指す。魔王軍も會議に便利な館は取り壊しておらず、そのままの形で殘っていた。グーデリアは大半の護衛を館の外へと殘し、一人だけを伴って館の部へとる。
軍議が行われる大広間を目指すと、扉の前ではヒューリオン王國の兵士二人が警備についていた。兵士はグーデリアに気付くと一禮して扉を開ける。大広間の中には大きなテーブルが置かれ、いくつも椅子が並べられていた。軍議にはまだ早い時間であるため、席についているのは金髪に翡翠の瞳を持つヒュースただ一人だけだった。ヒュースは窓から差し込むを頼りに書類に目を通していた。
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書類仕事をするなどヒュースには似合わないが、一生懸命に働く姿は微笑ましかった。大広間にったグーデリアは聲をかけずにヒュースを眺めていると、ヒュースが顔を上げてこちらに気付いた。
「ああ、これはグー……グーデリア皇。よくぞこられました」
ヒュースは初め、グーデリアを見て親しみの顔を見せた。だが直ぐに姿勢を正す。
「これはヒュース様。いえ第十五代、ヒューリオン王とお呼びしたほうがよろしいかな?」
ヒューリオン王國では、國王は代々ヒューリオンを名乗るならわしとなっている。
「ヒュースでいい。王國法に細かい規則があってな。本國の大聖堂で戴冠式を行わぬ限り、ヒューリオンを名乗ってはいけない決まりだ」
「そうか。前例踏襲で決められた馬鹿馬鹿しい規則だが、まぁしかたあるまい」
グーデリアは言いつつも、心ではこの事態を喜んでいた。ここにいる間だけはヒュースのことをヒュースと呼んでいたかった。
「し話がしたい。お時間を頂けますかな」
「もちろんです。グーデリア皇」
ヒュースが頷くと、グーデリアは一人ついてきた護衛に視線を送る。兵士は一禮して部屋から出ていき扉を閉める。兵士が出ていったのを確認すると、グーデリアは口を開いた。
「まさか、其方が王位を継ぐことになるとはな」
「うん、慣れないことばかりだよ」
ヒュースが苦笑いを浮かべた。彼は王位を継ぐ教育をけていなかった。そのため知識も、経験も何もない。彼のこれからの施政は、波が予想された。ならば……。
王位を捨て、私と共に帝國に來ぬか?
グーデリアは、にめた言葉を口にしようとした。しかし氷結の皇と呼ばれるグーデリアであっても、この言葉を吐くのには勇気がいった。
まず何より大変失禮な話だった。ヒュースは死ぬ間際に父に王位を託されたのだ。王位を継ぐ決斷に當たっては、彼なりに覚悟もあっただろう。それを捨てろというのだから、人の気持ちを踏み躙る発言と言える。
それに外面から言っても、この行は最低と言えた。何せ一國の王を攫うのだ。歴史上類を見ない醜聞となるだろう。場合によってはフルグスク帝國とヒューリオン王國の戦爭となってしまう。しかし一方で、この行はヒューリオン王國にとって悪いことばかりではなかった。
ヒューリオン王國にはヒュースの弟が殘っている。例えヒュースが王位を捨てたとしても、後継に困ることはない。それにヒュースには王となる準備が出來ていない。父の跡を継ぐ覚悟はあるかもしれないが、覚悟だけで王は務まらない。
王となるためにはまずは長い時間をかけて帝王學を學び、様々な経験を積まねばならない。それでもなお失政を犯す王は出てくるのだ。
経験もなく準備も出來ていない者の統治など、誰にとっても不幸である。ヒュースのためにも、國民のためにも不幸の種を取り除くべきであった。
「のう、ヒュースよ」
グーデリアがヒュースに切り出そうとした時、三人の兵士が大広間にってきた。ヒューリオン王國の兵士だった。兵士達は膝をつき頭を垂れる。
「ヒュース様。申し訳ありません。どうしてもご裁可いただきたい案件がございまして」
頭を下げる部下を前にヒュースはため息をついた後、グーデリアに向けて頭を下げた。
「グーデリア皇。しお待ちいただけるか?」
グーデリアは鷹揚に頷き、ヒュースと距離をとる。ヒュースは兵士に歩み寄った。
他國のに聞き耳を立てるわけにはいかない為、グーデリアは室にある窓に歩み寄り、外を眺めた。だが同じ室にいるため、否が応でも話し聲は耳にってくる。
ヒューリオン王の急逝により、指揮系統にれが出ているらしい。ヒュースは兵士達の話を真剣に聞いた後、対策を協議して頷いた。
「分かった。ではその案で行こう。ジャン隊長、よろしく頼んだ。ゾンネン副隊長はその補佐を頼む、ザガン副隊長はベルメ隊長とゴルド隊長にこのことを伝えてくれ」
ヒュースが指示をだすと、三人の兵士がし驚いた顔を見せた。直後を張って敬禮し、急ぎ足で出ていく。兵士達の顔はやる気と誇らしげな笑みに満ちていた。
「すまない、待たせたな」
「それは構わぬが、ところでヒュースよ。兵士全ての名前を覚えているのか?」
「まさか、主だったものだけだ」
「しかし、今日初めて會った者達なのだろう?」
グーデリアは疑問符を浮かべた。ヒュースはこれまで軍事にも政にも関わっていなかったはず。當然、兵士達との面識はないはずだ。
「ああ、人の名前を覚えるのは得意だったからな。それがどうかしたか?」
「……いえ、意外に『たらし』のようで」
「なんだ、放時代のことか? 確かにたらしとは言われていたが」
ヒュースは苦笑いを浮かべた。ヒュースは放王子と揶揄されており、を侍らせ浮名を流していたという。だがグーデリアが言ったことは、そう言うことではない。
「そうではない。王としての才能があると言っているのだ」
グーデリアは呆れながらも教えてやった。
一口に王と言っても、そのあり方は様々だ。武を持って兵士達をい立たせる王もあれば、卓越した指導力で國民を導く王もいる。そしてヒュースには王族でありながら、気取らないがある。放時代に遊び人として、下々の者とわることが多かったからだろう。その延長で、兵士たちの名前を覚えたのだろうが、部下の名前を覚えるのは人心掌握の基礎と言えた。
「ん? それはどういう意味だ?」
「名前を覚えるというのはいいことだ。これからも続けよ。私からの助言だ」
グーデリアの言葉に、ヒュースは戸いながらも頷いた。
自分の名前を憶えてくれる相手に、人は誰しも親しみを覚える。それが天と地ほども分が離れている王であれば、名を呼ばれるだけで名譽と言えた。
「だがグーデリア、正直どうしていいか分からない時がある。俺は王としての教育をけていない。分らないことだらけだ」
「覚える努力をしろ、そして分からないことがあれば、分かる者に頼れ」
「それでいいのか? 王に分からないことがあっていいのか?」
ヒュースは首を傾げた。ヒュースの言うことも一理ある。
王に限らず部下に命令を出すも者は、部下以上の知識や経験を持ち、尊敬されなければいけない。しかし知識も経験もないことが、よい効果をもたらす時もある。
「ヒュースよ。強気になり、自分を大きく見せるだけが全てではない。弱気や素直さ、謙虛さを見せるのも一つの手だ。努力している者が頼れば、力を貸してくれる者は必ず現れる」
グーデリアは笑って教授した。
ヒュースは兵士達の心を摑みつつある。こうなればヒュースの至らなさも問題にならない。欠點がある王だからこそ、自分達が支えようと周囲が勝手に起してくれるからだ。
「……分かった、やってみるよ」
忠告を聞いたヒュースが晴れやかな笑みを浮かべた。
グーデリアには、その笑みが太のごとき輝きを放っているようにじられた。ヒュースは王の片鱗を見せ始めている。グーデリアの考えは、余計なお世話だった。
我ながら、未練であったな。
グーデリアは自嘲の笑みを浮かべながら唸った。
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