「ミスティ殿頼む！」

「『"凍れ"』！！」

ミスティの聲が世界を変え、大蛇(おろち)が再び凍る。

何度かの大蛇(おろち)だけを対象とした世界改変。消費する魔力は尋常ではなく、ミスティの表にも疲労が浮かび始めるが大蛇(おろち)を拘束できるのはもうミスティしかいない。

氷の中で笑う大蛇(おろち)もそれはわかっている。

「とりあえずこの隙に接近するがどうすんだ！？」

「そのまま行けヴァルフト！　やる事は変わらない！　再生した首を無視して他の首の核を狙う！　いくら他の魔法生命より格上だとしても魔法生命の核がすぐに再生するわけがない！　あれは膨大な魔力を使って僕達を折る為のハリボテ……力を振るうだけの首の可能が高い。相手をすれば僕達が疲弊するだけだ！」

「確かに……すぐに核まで再生するのなら千五百年も眠っていた理由が説明つかないですわね」

大蛇(おろち)がそんなに早く核まで再生し萬全の狀態になれるなら創始者全員がいなくなった後に復活すればいいだけのこと。

霊脈に接続すればそれでこの星の神になれる魔法生命がこの時代まで復活を遅れさせる理由はない。ルクスの言う通り、復活した首が萬全である可能は低い。

「元から大蛇(おろち)は本が現れる前も各地に首だけを出現させてる！　あの魔力だ。本から首を生やすくらいおかしくない！　僕達の攻撃は間違いなく効いてるんだ！」

「だけど討伐部隊も萬全じゃないし、エルっちがいないから火力が足りない！　言っとくけどうちとサンベリっちの統魔法じゃ大蛇(おろち)の鱗を破壊するので一杯だし！」

『そこは私に任せて貰おう』

「父上！？」

通信用魔石から屆くクオルカの聲にルクスは地上に目を向ける。

人造人形(ゴーレム)を駆ってベラルタを走るクオルカがそこにいた。

「父上！　部隊の指揮は！？」

『ヴァン殿に預けた。私はエルミラくんの代わりというほど魔法生命に対する経験はないが、攻撃力だけなら不足はないはずだ。ミスティ殿の氷が溶けると同時に討伐部隊による統魔法の一斉攻撃が始まる！　その攻撃に乗じて私が大蛇(おろち)に取りつき引き付ける！』

「しかし……！」

『ルクス達に比べて討伐部隊の消耗が激しいのだ。援護できるタイミングはもう限られている！　ないチャンスを活かせルクス！　狙いは屬の首と雷屬の首だ！　鬼胎屬の首から離れている分、呪詛による対応も遅くなろう！』

「……っ！　了解！」

大蛇(おろち)の氷がひび割れる。

同時に、ベラルタに散る討伐部隊達の魔力が膨れ上がった。

數ない魔力を統魔法という自分の切り札に乗せる。

『総員！　放てえぇ！！』

魔石から聞こえてくるヴァンの號令と共に氷が砕け散る。

四十近い統魔法が一斉に、氷が解かれた瞬間の大蛇(おろち)目掛けて放たれる。

【ぬううう……！　悪あがきを……】

ベラルタの所々から聞こえる歴史が重なる聲。

大蛇(おろち)が意にも介さぬ人間達の統魔法が同時に大蛇(おろち)に襲い掛かる。

荒れ狂う炎の波、大地を揺らす巖石の獅子、降り注ぐ氷の羽、り輝く剣閃、脆く変える黒い霧、雷で形作られた狼の群れ、そして全ての衝撃を大蛇(おろち)に向けさせる信仰の盾とヴァンによる突風の障壁。

大蛇(おろち)から耳を壊すかのような轟音が響き渡る。

――俺達も"魔法使い"だ。

一時恐怖に屈した意思が最後の誇りを魔法に乗せて大蛇(おろち)に屆く。

「【雷の巨人(アルビオン)】！！」

「【雷の巨人(アルビオン)】！！」

大蛇(おろち)が魔力を防に回したその瞬間、同じ名の統魔法が重なる。

一つは空から、一つは地上から。

同じ名であってもその形は違う。

空を裂く巨大な雷そのものと化した巨人と、使い手が乗り込む巨大な騎士。

討伐部隊の放った統魔法による衝撃に乗じて、二つの統魔法は大蛇(おろち)に取りつく。

「はっはっは！　はーはっはっはー！！」

大蛇(おろち)の視線は高らかな笑い聲の主へ。

鱗が剝がれて、再生が始まっている大蛇(おろち)の巨にクオルカを乗せた十メートルを超えれう雷の巨人がとりつき剣を振るう。

「見るがいい！　一騎當千！　萬夫不當！　マナリルが誇る四大貴族オルリック家が最強の魔法！　【雷の巨人(アルビオン)】の輝きを！！」

大蛇(おろち)が垂れ流す魔力をものともせずに核に向かって突き進む。

進みながら雷の剣を大蛇(おろち)に突き立てており、軌跡のように黒いが噴き出していく。

クオルカは高らかに笑いながら髭をでる。

「やはり再生した首に意思はないようだな！　ルクス！　當たりだ！　そちらは屬の首を狙え！」

『了解！』

參(さん)の首に向かう途中、再生した肆(よん)の首を切り裂く。

大蛇(おろち)は再生した首を他の首の盾にしていたのか、討伐部隊によってダメージを與えていた肆(よん)の首は流した雷と斬撃によって首が半分斬られ、消滅していく。

破壊の余波かクオルカに氷塊の雨が降り注ぐものの、クオルカの乗る雷の巨人を傷付けるような威力は當然無い。

ルクスに指示を出しながら、クオルカは予定通り雷屬を司る參(さん)の首を破壊するべく大蛇(おろち)の巨を進んでいく。

「む……ぐ……」

心臓が早まる音がする。

突如ぐらつく視界。何らかの干渉をされている事にクオルカは気付く。

首元を裂くような視線が、捌(はち)の首からクオルカに注がれた。

【我等は呪詛そのもの……我等に直接れて、ただですむと思ったのか？】

「ぬ……お……」

鵺(ぬえ)よりも遙かに巨大な殺意の重圧。

全に刃を突き立てられているかのような。

それでもクオルカは止まらない。

「こんな老も殺せぬ呪いなどたかが知れている！　行け【雷の巨人(アルビオン)】！」

"オオオオオオオオオオオ！！"

【貴様……】

視界が歪んでいても関係ない。統魔法は使い手の意思に呼応する。

使い手の意思に呼応し、雷の巨人は參(さん)の首を目指す。

陸(ろく)の首に迫るルクス、そして上空からタイミングを計るミスティ。

大蛇(おろち)が見なければいけないのはこの三人。注意すべきはルクスとミスティだが……自のにとりつく羽蟲を大蛇(おろち)は優先する。

【後悔するがいい――【山落(さんいんらくよう)・八谷深淵(しんえんきょうかい)】】

大蛇(おろち)から間欠泉のように突如噴き出す黒い魔力。

鬼胎屬ではなく闇屬。噴き出した魔力は雨のように大蛇(おろち)に降り注ぐ。

「ヴァルフト！　離れろ！！」

「ちっ！　もうしで首だってのに――！」

「いや！　ここから狙う！」

降り注ぐ魔力一つ一つが浴びればを蝕まれる闇屬の呪詛。

ベラルタではなく人の神だけを蝕む呪いの雨が大蛇(おろち)を包んでいく。

……當然、大蛇(おろち)にとりついている人間が無事で済むはずもない。

「【雷の巨人(アルビオン)】――！？」

降り注ぐ呪いの雨に蝕まれるクオルカの乗る雷の巨人。

紙に落ちた水滴のように、大蛇(おろち)の魔力が雷の巨人の魔力を蝕んでいく。

クオルカを乗せた雷の巨人はやがて向かっていた參(さん)の首の前でそのきを止める。

【まずは邪魔な貴様だ。我等の神聖なを這う蛆蟲ごときが】

「お……おお……おおおおおおおおおおお！！」

大蛇(おろち)の魔力に"浸食"され、魔法として満足にかすことができなくなった雷の巨人に向かってくる大蛇(おろち)の口。

大きく開かれた口腔が雷の巨人ごとクオルカを噛み砕く。ばちばち、と雷屬の魔力が音を立てるが……そんな抵抗は虛しく雷の巨人は參(さん)の首に噛み砕かれていった。

「父……上……」

「そんな……！」

【がががが！　惜しかったな……我等の能力は全てが使えぬわけではない】

その景は當然、ミスティやルクスの目にもる。

討伐部隊による一斉攻撃に乗じた核の破壊……先陣を切ったクオルカの末路に一瞬、絶が顔を覗かせる。

大蛇(おろち)はミスティやルクスの表を見て満足そうに笑うが……大蛇(おろち)の様子を見ていたヴァルフトが參(さん)の首を指を差す。

「おい！　あの首のは！？」

「あれは……！」

大蛇(おろち)の首から放たれる黃の魔力。

さっきまではなかったそのの正は――

「はーはっはっは！　このクオルカをその程度で殺せたと思うたかあ！！」

の正は【雷の巨人(アルビオン)】が破壊される瞬間、大蛇(おろち)の口へと自分から飛び込んだクオルカ・オルリック。

その輝きは大蛇(おろち)の口からを超えて、首をなぞるようにどんどんと奧へと進んでいく。

【我等のにだと！？　馬鹿な人間が！　呪詛の塊たる我等のにって正気を保てるわけが――！】

「の前では呪いなど無力！　我が役目は未來ある若者の道を切り開く事と見たり！　マナリルの未來を切り開くその役目――このクオルカ・オルリックも果たして見せよう！！」

吠える。呪詛の波に神を侵されながらクオルカは吠える。

覚は無く痛覚だけが何倍にも膨れ上がり、鼓は破れ怨嗟の聲が脳で囁いた。

"クオルカ様"

"父上！"

それがどうした？

自分にだけ聞こえる家族の聲が怨嗟をそよ風に変える。

膝を屈する必要などない。諦める必要はもっとない。

私の背中を見ろと大蛇(おろち)のでクオルカは自然に笑みを浮かべる。

どれだけ慘めな末路を迎えたとしても、たった二人だけに誇られればそれだけでよかった。

この聲を思い出せる限り、クオルカという人間は決して折れることはない。

【無意味に死に行け！　愚かな者よ！！　核に辿り著けるわけがない！！】

「できぬ相談だ！　我が命にはすでに意味がある！！　私という"魔法使い"の在り方を！」

【我等の恐怖は生命の源に屆くもの！　生きながら死に絶えよ！　怯えながら無様を曬せ！】

大蛇(おろち)の魔力がクオルカのいる參(さん)の首に集中する。

浴びた呪詛の雨をたった一人を殺す為に注いで、黒い雷のようなものがほとばしる。

「死への恐怖！？　ははははは！　生きればルクスに！　死せば妻に會いにいける！　だというのに何を恐れる必要があろうか！」

激流のように魔力が流れる首を進みながら、黒い魔力がクオルカのを這う。

全の骨にノコギリをれるような激痛が走り、目はもう見えない。自慢の髭は吐したで真っ赤に染まっている。

それでも……その在り方だけはどれだけの呪いであっても損なわせることはできなかった。

「たかだか千五百年の呪いごときが！！　この私を殺せても……止めることなどできるものかあああああああ！！」

突き進んだ先にクオルカは辿り著く。

視界はなくてもじる魔力の塊。伝わってくる歪な生命の鼓。

黒い魔力で全が染まる中、クオルカはその鼓に向かって全霊をかけた。

「――『鳴雷ノ爪(なるかみのつめ)』ぇ！！」

【か――ぁ】

核に突き刺さる雷獣の爪。同時にクオルカを蝕んでいた呪詛がで炸裂する。

大蛇(おろち)の首一つ分の呪詛を全にけた狀態で攻撃すればが無事でいられるはずもなく……參(さん)の首の消滅と同時に、クオルカのもぼろぼろと崩れ落ちていく。

自分の死を確信して、それでも最後までクオルカは笑みを浮かべていた。

"クオルカ様"

ようやく君が笑って逝った理由が分かった。

最の妻、最の息子……何も悲しむ理由がない。

私の人生は幸せだったと、を張れるからこそ笑顔になれたのだ。

"クオルカ様"

君の聲がこんなにも近い。

幻聴でも嬉しかった。思い出のなかにいる君がこんなに。

……何だ？　手が溫かいような気がする。

さっきまで何の覚も無かったというのに。

"クオルカ様、また……アオイにお供させてくださいませ"

……ああ、何だ。待っていてくれたのか。

君はずっとしいままなのに、私はすっかり老けてしまったよ。

君に話したい事がある。

君に聞いてもらいたい事がある。

君がいなくなってから々あったんだ。

君がいなくなってからずっと、ずっと……ずっと――！

――ずっと……君をしていた。

涙を流す私を見ながら彼は相変わらず太のように笑ってくれた。

――私も君のように、ルクスに何かをせただろうか。

それを知るはもうなくなってしまったがそれでも……妻と息子が誇れる男で在り続けるように、私はこの人生を生きたのだ。