【狂っている！　狂っている！！　何故けれる！？　何故手放す！？】

ベラルタの街に散開する討伐部隊の統魔法をそのにけているのも気にせず、大蛇(おろち)は一心不にアルムのいる霊脈を目指す。

大蛇(おろち)の鱗に統魔法が直撃する轟音の中、大蛇(おろち)は激昂する。

【すためならわかる！　自己の保存が目的というのならわかる！　だが貴様はそれを手放すのだぞ！？　命とは自らを取り巻く世界に接続する権利！　自らの生で最初に勝ち取った自己の証！　どれだけ時代(とき)を重ねても変わらないもののはずだ！】

「あるんだ……！　それを捨ててでも、守りたいものが……！」

【そんなものはありはしない！！】

「あるからここにいるんだ！！」

互いの視線はわっても、その"答え"は決してわらない。

頂點の怪ゆえに自己を投げ捨てる事を理解できない大蛇(おろち)。

弱い生きだからこそ自己を投げ捨てる覚悟を決めた人間。

――"自己犠牲"という最も悲しく最も尊い人間らしさ。

怪なりの理屈で理解しようとした大蛇(おろち)ですら、アルムの行は理解が出來ない。

死と忘卻。自分の存在が筋にも記憶にも殘らない生命として殘酷な結末。

自分の生を無意味にしていいはずがない。無駄にしていいはずはない。無価値なものに書き換えるなど常軌を逸している。

大蛇(おろち)の混を加速させるように、アルムの魔力は加速する。

右腕からびていた白い魔力の線は両腕に。そしてに。やがて足まで。

本來ならば脳で描かれる幻想(まりょく)のカタチ。現実(まほう)を構する輝きが魔法生命に変わったアルムのに刻まれていく。

「っ、っぶ……！」

せり上がってくる赤いがアルムの口から零れる。

いくらを魔法生命に変えたところで無理をしている事に変わりはない。

膨大な魔力はアルムので暴れ、壊しながら駆け巡っていく。

"星の魔力運用"――師から教わった唯一の道がアルムの眼前に開いている。

それでも――

「足り……ない……！」

迫る大蛇(おろち)の存在が自分の魔力をもってしても屆かないのを理解する。

唯一の自分の點、い頃から霊脈に浸っていた生き方が生んだ膨大な魔力量。

大蛇(おろち)はその點すら遙かに凌駕する本の怪だと。今の今までミスティ達と戦い、核をいくつか失った今の狀態ですらアルム一人では完全に屆かない。

「すげえよ……ほんとに……！」

と一緒に口から零れるのは手放しの賞賛だった。

他の生命を凌駕する"存在証明"。人間が生み出す魔法を遙かに凌駕する"現実への影響力"。

大蛇(おろち)もまた自分の夢に生きた生命……大蛇(おろち)の吐く言葉の節々からじられる生命としての誇り(プライド)がその壯絶さを思わせる。

千五百年前に創始者と戦い、生き延び、現代で復活するまで眠り続ける。

人間を矮小と斷じている大蛇(おろち)がその選択をするのがどれだけ自の誇り(プライド)を傷付けるものだったか。それでもこの星の神になるという理想のために、大蛇(おろち)は現代まで眠り続ける道を選んだ。

だからこそアルムに対する大蛇(おろち)の怒り……いや失意(・・)だろうか。

「きっと、お前は正しいよ」

大蛇(おろち)の言葉はあまりにも真っ當で、アルムは否定だけはしようとしなかった。

「けど――俺も、正しいと思う事をしているんだよ大蛇(おろち)」

自分も正しいのだとアルムが譲ることはない。互いの出した答えは常に正しく、常に間違っているものだから。

両者は共に生命。両者は違う存在。

同じ星に在り、同じ場所に立たぬ者。

どちらもは有り得ない――アルムは大蛇(おろち)の理想を許さない。

「"霊脈接続"開始」

「『やめてええええ！！』」

轟音とミスティの悲鳴がこだます中、アルムは魔法生命に変生した事で生やした尾を大地に突き刺す。

自分で絞りだした魔力だけでは足りない。大蛇(おろち)には屆かない。

一度、大嶽丸(おおたけまる)を倒した際に行った愚行。

アルムのと霊脈が繋がる。膨大な魔力量を持つアルムをして膨大とじる魔力が尾を通じてアルムに流れ込み始めた。

【ああ、度し難い……本當に貴様らは馬鹿な生きだ。貴様は人間だ！　貴様らは人間なのだ！

卑劣さを隠すこともなく、無慘な死を積み重ねてきただけの知生だ！　繁栄で勘違いしたか！？　貴様らはただ生き汚かっただけに過ぎない！　それが強さだと勘違いしたつもりか！？　星を擔う未來は貴様らには來ないというのに！】

「俺は今を守るためにこの道を選ぶ。俺を生かしてくれた……俺を幸せにしてくれたこの優しい世界を未來に運ぶために今を救う！　愚かでいい！　無慘でいい！！　俺はこの(エゴ)を持たせてくれたこの世界があってほしい！！」

【後悔しろ"分岐點に立つ者"……生きながら地獄を味わい、そして消えるがいい】

アルムを見る大蛇(おろち)の黃金の瞳には怒りではなく憐憫(れんびん)を湛えていた。

自分が見てきた中で最も愚かな生きの選択。

やはり人間は間違っているという結論を改めて自分の中に出した。

自己よりも他を優先してしまう在り方の歪さと……悲慘さを直視しながら。

「――――」

アルムのから魔力の線がび、床に魔法式が描かれていく。

霊脈からけ取った膨大な魔力によって次に放たれる魔法の"現実への影響力"はかつてない規模になるだろう。

床に描かれた魔法式はそのまま中空へとびて魔法式そのものを巨大な砲にすべくその形を描いていく。

――異変はすぐに訪れた。

「か……っぁ……」

自己を世界に繋ぎとめる楔。

個を確立させる伝承。

星の超常をけ止めきる生命の。

群としての繁栄を選んだ人間にはそのどれもが存在しない。

魔力と共に流れ込む星の記憶が、アルムという人間を塗り潰し始める。

「みん……な……！」

失意の底から立ち上がるために牢獄の中で思いを馳せた思い出。

アルムという人間を作り上げたみんなと繋がる記憶が……無慘に黒く上書きされていく。

あの風を使う大人はヴァン先生だ/ヴァン先生って誰だっけ？

學院長がいない/學院長の名前は？

フ■リアは無事か。ネロ■ラが人を運んでる。

ヴァ■■トは片腕がなくなるまで頑張ったのか。■ン■リーナとフ■フィ■はどこに。

記憶と記憶が繋がらない。覚えているはずの友人の顔は思い出せても名前が思い出せない。

代わりに、全く知らない記憶が再生されていく。途切れた記憶と記憶の境界を埋めているかのように靜かな森や荒れる海……アルムという人間に全く関係ない景(きおく)が。

「はっ……！　ぁ……！　ぁあ……。あ……。」

アルムの瞳から涙が零れ、かちかちと歯を鳴る。

の死ではなく神の死がひたひたと近付いてくる覚。

今から自分はこうやって一つずつ自分を形作る記憶を消していくのかと思うと臓が締め付けられるようだった。

手足の末端まで鋭く繰り返す激痛も、荒れ狂う魔力によるの軋みもこの苦しみに比べればさざ波のよう。

拾い上げた寶を一枚一枚引きちぎって捨てるようにアルムは進む。

忘れられるという事は、自分も忘れるという事。

それが消えるという事なのだと思い知りながら。

「これだけは、やり遂げる……から……・！」

嫌だ。嫌だ。嫌だ！　嫌だ！！

駄々をこねる子供のように本能が拒絶し、自死しろとぶ。

今ここでやめれば自分はきっと人間らしく死ねる。アルムという人間として死ぬ事ができる。幸福をに抱いて、よくやったと稱賛されながら旅立てる。

こんなに苦しむ必要はない。こんな思いをする必要なんかない。だって普通(・・)はこんな事する必要ないんだから。

今すぐに頷けばまだ間に合う。そんながアルムを襲う。

「"変換……式、固定"――！！」

それじゃ駄目なのだとアルムは震える聲で(すくい)を振り切った。

自分の魔力と流れ込む魔力を完璧にり、魔法式を完させる。

その魔力作は長年の努力がなせる技。夢を目指して歩んだ結晶。

大蛇(おろち)の眼前で魔法式が花開く。中心には付いた記憶が形作る花の砲。

アルムの象徴たる魔法式が大蛇(おろち)の眼前に現れる――！

【なんだ……この馬鹿でかい魔法式は――！】

現れた巨大な魔法の前兆に大蛇(おろち)は狼狽を隠せない。

よぎるのは千五百年前の記憶。あるいは幻影。

自分に立ち向かってきた人間の面影をその魔法に見る。

過去という彼方に消えたはずの天敵。今代まで殘り続ける歪と斷じた在り方。

再び立ちはだかる人間の結晶を前に大蛇(おろち)もまた退くことはない。

【いいや、我等は今その在り方を否定する！！　これで終わりだ"魔法使い"！　九人目！　分岐點は我等のもの！！　その理想を抱えながら……人間の時代を終えるがいい！！】

「ぁ……あああああああ！！！」

自の理想に向けて突き進んでいく大蛇(おろち)。

辿り著けば當然人間は敗北する。

大蛇(おろち)の霊脈の接続は人間に対する決定打。

大蛇(おろち)はこの星の神へと至り、人間の時代は終わって神の時代へと。この瞬間はまさに星の分岐點。

互いの未來が決まる數分に大蛇(おろち)も吠える――！

「はぁ……！　っ……！」

……生きたい。

心の中でが零れる。

――誰か助けて。

あまりの恐怖に口から願いが零れそうになる。

そんな誰もが口にしていいはずの言葉すらも噛み殺さなければいけないほどに自分の決意が紙一重だと知っていた。

弱音以上の理想(ねつ)を糧に突き進んで――！

「"放出用意"っ！！」

引き返せる最後のタイミングが過ぎ去っていく。

記憶が消えていく恐怖を味わってなお年は理想に向かって走ると決めた。

今日もできなかったと肩を落としながら見上げる夜空。

果の出ない日々の不安を照らすのは天に咲く星々。

花畑で続ける何年もの練習の日々の中――のアルムに明日を思わせたのはそんな星からの景(おくりもの)。

ただ一代。たった一度だけ。この瞬間だけ。才無きで放たれる統魔法(・・・・)。

奇跡無き星の上で、一人の平民は確かに辿り著く。

次の瞬間その偉業が彼方に消えるのだとしても、年は魔法を唱える。

「世界を救え――【天星魔砲(カエルムフロス)】」

次代を切り開く"魔法使い"として――！