《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第238話 來訪者

學式の翌日。

早速アンフェール大學の巨大な校舎の中にある、第七講義室でリィロと共に刻印學部の授業をけている。

科目は「刻印史」。刻印の歴史について學ぶ容らしい。

こういうスタンダードかつ優しめの講義もこまめにけて進級のための単位を確保せねばならない。

當然講義をける生徒數も多く、部屋も大きい。扇狀に段になった部屋の中央で講師が刻印史について解説していく。

「みなさんは、『刻印(エメト)』についてどの程度の知識を持っていますか」

刻印といえばやはり機械。機械を制するためにモノに刻む文様、ってイメージだな。

「今でこそ刻印といえば刻印機械(エメタル)の印象が強いですが、古代においては人に直接用いられることが多かったとされています。現代では忌とされる、人刻印(マリアージュ)を用いた奴隷化のことですね」

刻印が當たり前に橫行し、奴隷制が普通であったという古い時代。正直あんまり想像ができないが、その頃のスカイフォールはかなり殺伐とした世界だったんじゃないだろうか。

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見知った人間が刻印によってられ、襲ってくるなんてこともあったのかね。

講師が手元の作板を弄ると重なった黒板が稼働し、切り替わる。

既に板に書かれた文字を杖で指し示す。

「刻印の開祖は、創世神話に登場する七英雄が一人、『アル=ジャザリ』のモデルとなった人であるというのが現在最も有力な説です」

アル=ジャザリはコッペリアの英雄とされる人の名だ。

「創世神話の記述において、アル=ジャザリの活躍には現代刻印の技に通じるものが散見されます」

英雄についての話は、俺も創世神話を調べていく際いくつも読んだ。

鋼鉄のを持つ使い魔を使役して、厄災に立ち向かうという描寫があったはずだ。

「そしてアル=ジャザリの統は、今もルーナリア皇家に脈々とけ継がれています」

突然神話が現実の話に繋がってきた。

ロスメルタの皇家は英雄の子孫なのか。まあ、神話の英雄の名前を借りて権威と正當を持たせているだけって可能もあるよな。

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なくともここルーナリアの學園都市においては、疑問を挾む余地もない事実であると教えられているらしい。

「かつて、英雄アル=ジャザリが使役したオートマターであるとされる、『鉄の乙』は、リシャール歴284年にヴァリウスの地にて発掘され、國寶としてルーナリア國立博館に現在も保管されています」

刻印の起源は舊世紀どころではなく神代まで遡るのか。遙か古の技ってことだ。

というか、よく神話に出てくるような代が無事に埋まっていたものだ。この世界は舊世紀に起きた大戦によって、元々あった土地が崩壊して三分の一にまで減したと言われている。

そもそも神代に暴れた厄災達のおかげで大地は破壊され盡くしているのだから、誕生したばかりの世界の景は今と全く異なるものだったはずだ。

その後も講師は神代における刻印の痕跡について語り、俺とリィロは黒板の容を逐一書きとめながら講義をけた。

§

「アル=ジャザリってどんな人だったんだろうね」

「ダルクに聞けばわかったかもしれないな」

「そっか、ナトリ君は実際に七英雄に會ったことがあるんだっけ。冷靜に考えるとすごいことよね。歴史の証人、いいえ、もはや神話の現者ね」

「そう言われるとものすごい肩書きだね」

神話の英雄達は実在し、を失った現在もこの世界のあちこちで厄災を封じている。

ダルクはアル=ジャザリと面識があったのだろうか。時間があれば他の英雄達についての話も聞きたかった。

「多分、アル=ジャザリは今も輝の迷宮の中にいるんだろうな」

「私たちにとっては、いずれ會わなきゃいけない人ってことよね……」

俺たちは別の講義室に移り、次の講義が始まるのを座って待った。

次の科目は刻印學Ⅰ。リィロも一緒にこの科目を履修する。

やがて講師が部屋にって來て教壇につき、講義が始まる。

刻印學Ⅰは刻印の原理や理論を學ぶ容だった。刻印を実際に扱うために理解しなければならない重要な講義だ。

重要な容なのだが……。

「——フィルの組比率、つまりはそれぞれの屬(エモ)における上限振域と下限振域の間の狀態浮値をローネック組式を用いて算出したものであるが——」

「————先ほど示したマーロックの提唱した15の屬式を次回までに覚えておくように。これがそれぞれの刻印基礎記號と回路上で差することで————」

やばい、全く容が頭にってこない。

講師の話す容を理解する暇もなく、複雑な記號と文字で埋め盡くされた板書を必死で紙に書き寫す。

わかるのは刻印が如何に難解なものであるかと、膨大な量の暗記が必要なことだ。

ひたすら筆をかす間に講義は終了した。

§

「やっぱり刻印難しいわ……」

「リィロさんもそう思う?」

リィロは目を閉じて顔を仰向け細く息を吐き出す。

「半分くらいしか覚えられなかったね」

今の容を半分も理解できるのか。やっぱり波導士(ウィザー)になれる人は頭がいいな。

「俺は全然です。帰ったらちゃんと容を復習しないと、もうついていけなくなりそうだ……」

「そうね。久々に勉強だなーこれは。っと、もうお晝ね。食堂に行くわよナトリ君」

俺たちは講義室を出ると天井の高い廊下を歩き、昇降機ホールに向かう。

アンフェール大學は校舎が層になって重なり、上にも橫にも広がっているため徒歩での移は骨が折れる。

そのため、學の移は基本的に昇降機やリフトを使う。

昇降機ホールでは今も降りた鉄柵の向こうで機械が稼働し、いくつもの昇降機が作している。

柵の隣にあるスイッチを倒し、昇降機がやってくるのを待った。

やがて降りてきた箱がこの階層に到著し、柵がガラガラと音を立てて上がる。

早速乗り込もうと踏み出した時、勢い良く中から飛び出してきた人と思い切り肩をぶつけた。

衝撃を喰らって吹き飛ばされ、抱えていた鞄と一緒に廊下を転がる。

「いってぇ……」

上半を起こしてぶつかって來た人の方へ目をやる。

小柄な男子生徒が肩越しにこちらを振り返っていた。頭に裝著した円環からおそらくコッペリアだろう。

彼は一瞬怯えたように目を見開くと、すぐに前を向いて何も言わずに走り去っていった。

「ねえ、すごい弾き飛ばされてたけど大丈夫?」

「大丈夫、なんともないです」

立ち上がるとリィロが拾った鞄を手渡してくれる。

「あの子何か急いでたみたいね」

軽い衝撃で俺が思った以上に吹き飛んだせいで驚かせてしまった。質上仕方ないことだが逆に申し訳ない気分だ。

それよりも、さっきの生徒には見覚えがあった。

「今の奴、同じ寮の……」

「知り合いなの?」

「喋ったことはないんですが、多分俺とクレイルの部屋の隣に住んでる生徒ですよ」

何度か寮で見かけたことがあるが、どこか人を寄せ付けない雰囲気のある年だった。

彼の走り去った方を振り返りつつ、俺とリィロは昇降機に乗り込んで柵を下ろした。

§

解放された食堂への扉を潛ると生徒達の賑やかな話し聲に包まれた。

「うわー、さすがに晝時は込み合ってるねぇ」

リィロと辺りを見回しながら空いているテーブルを探して広い食堂を歩く。

學生特有の騒がしさかと思っていたが、歩を進めるごとになんだか雰囲気が違うことに気がついた。

多くの生徒がある方向へと注目し、その先にあるものについて語っているようだった。

俺たちも自然とそちらに目を向ける。

「ナトリー、リィロー! こっち!」

立ち上がってぶんぶんと手を振る制服姿のフウカが目にる。

側にリッカとマリアンヌの姿も見える。どうやら彼達も講義が終わっていたようだ。

軽く手を挙げてフウカに応じ、彼達のテーブルへと寄っていく。

人を避けてテーブルの前に立つと、目の前に見慣れぬ一対の目があった。

空の果てのような澄んだ青。そして炎を閉じ込めた寶石のような赤。

整い過ぎた容姿を持つ、金髪の男子がフウカ達と同じテーブルについていた。

「……君か」

「なんでおま……、王子がこんなところに——」

ゆったりと椅子に腰掛けこちらを見上げていたのは、エイヴス王國第六王子レイトローズ・エアブレイドその人だった。

「やあやあ元気してた? 王宮以來だよね、ナトリ・ランドウォーカーくん」

さらに馴れ馴れしく聲をかけてきたのは、王子の影からひょっこりと顔を出した小柄な白髪のユリクセスのだった。

「レイトローズ王子に……、アールグレイ公爵?!」

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