《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》幕間 -敗北-

我等は山だった。我等は谷だった。

我等は川だった。我等は神だった。

八つの首と尾、そして命を持つ龍だった。

一度目の死は明白だった。

我等を殺した神がいた。人の世を助ける神が人間を使って我等を滅ぼした。

我等は我等を殺した神よりも人間を憎んだ。

自らで手を下そうともせず、ただ毒の混じった酒だけを用意して安全圏から朗報を待つだけの脆弱な生命を蔑んだ。

自らの手で反旗を翻すわけでもなく、導かれるわけでもなく……ただ言われるがまま供に毒を混ぜたその卑劣さに。

二度目の生で我等は毒の効かぬ存在になっていた。

魔法であり生命であり、呪詛の塊でもある存在になった我等は以前のような神威(しんい)は消えたが……同時に毒など効かないとなっていた。

この世界の理(ことわり)……"存在証明"やら"現実への影響力"やら……とにかく強い生命であればあるほどそういったものに対する耐があるらしい。

それでも念のために酒を飲む事をしなくなった。毒のった酒を飲んで目覚めたら死んでいたのだから當然の警戒だろう。

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我等の他にもこの世界を人の世から神の世にしようとしていた同類がいた。

信仰を糧にする神にとってこの世界はいわば手付かずの土地、自らの完全な復活を遂げるためにも絶好の場所だった。

復活した神によってこの世界は神代(しんだい)に突する……そう思っていた。

意外にも人間の味方をする者達がいた。

人間側につく魔法生命と人間側で唯一我等に対抗できる八人……創始者達が我等を阻んだのは忘れようと思っても忘れなまい。

だが、その創始者も終(つい)ぞ我等を殺す事は適わなかった。

我等を殺しに來た創始者は二人いたが、そのどちらも退けた。

……だというのに何故だ?

何故我等は二度目の死を迎えている?

有り得ない。有り得るはずがない。

何故我等のような神獣がこんな場所に……この(・・・)にらねばならない!?

ああ、人間は間違っている。

ああ、あの男は狂っている。

何が"分岐點に立つ者"……何が"九人目"!

あのような欠陥だらけの知が繁栄する理など間違っている!!

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我等のような個で強大な力を持つ生命こそが上に立ち、管理すべきだというのに!!

『あっはっはっはっは! 日の本最古の神獣もこうなっては憐れじゃなぁ?』

【き、さま――! 大百足――!!】

黒いに沈みゆく我等をの縁から見ている悪趣味ながいた。

かちかちかち、と不愉快な音を立てている毒蟲がこれ以上無い余興だと我等を嘲笑っている。

『貴様のは生き汚いのではなく、往生際が悪いというのじゃ……人間を呪うのはいい、恨むのはいい、憎むのはいい……じゃがその生存を否定するのはあまりに神らしからぬ無知といえようて』

【否定して當然だ。自らの命を平気で投げ出す危うい生命だぞ……星に君臨する生命はあんな欠陥だらけの知でいいはずがない!】

『君臨、か。儂らのような怪らしい考え方じゃな』

大百足はそう言って小さく笑った。

何故だが我等は先程の高笑いよりもこちらのほうが苛立ちを覚える。

『人間は君臨する気など無い。短き命で次代に、また次代に繋ぎ繁栄を続けるだけじゃ。

互いを助け合い、時には殺し合い、愚かな間違いを何度も何度も繰り返しながらいくつもの生と死を積み上げて理想に向けて歩み続ける……そういう生命じゃよ』

【ああ、あまりに醜い生態だ……!】

『じゃがその醜さが奴等の強さじゃよ。自らの死をれられる文化の土壌があり、弱いからこそより弱い他者や大切に思う他者のために命を捧げられる生態……その在り方が一歩一歩愚鈍な歩みを続けながら理想に繋げていくのじゃ。儂を殺(あい)した男が貴様を滅ぼしたようにな』

毒を含んだようなやけに熱のある聲。

自らも人間に殺されたはずなのに何だこの百足の聲は。

忌々しい。ただ忌々しい。

の中で消滅していく我等との違いは何だ?

【間違っている……! 間違っているというのに……!】

『ああ、そうじゃ。間違っている。だから正しさを求めて進む』

【狂っている! 狂っている!! 死はこんなにも苦しいというのに!】

『ああ、そうかもしれんな。じゃがの死よりも神の在り方を奴等は選ぶ』

そんな生命に我等が負ける?

そんな生命に我等が殺される?

そんな生命に滅ぼされる?

滅ぶ!? 死ぬ!? 我等が!?

我等【八岐大蛇(やまたのおろち)】が!?

『貴様の前に立つと決めるのにどれだけアルムが苦しみ抜いたと思う? からの夢に焦がれながら、その夢を捨てて貴様に立ち向かう決意が本當に脆弱なものか?』

【有り得ない……死と忘卻どちらも突き付けらてなお何故――!】

『貴様などにはわかるまい? 牢獄の中で時が刻むごとに迫る恐怖に心が折れ、それでも立ち上がったその強さが。アルムは自らの意思で貴様に立ち向かう事を選んだ……奇跡など起きないとわかっていても』

【きさまは、いったい、なにがしたい……? なぜあのおとこにかたいれする――!?】

我等の神が消えていく。

暗いの中で魂が溶けていく。

最後に、どうしてもわからなかった問いを大百足に投げかける。

『はぁ……あほうが。そういえば貴様はを生贄に選んで喰らっていたな……。心もわからぬか』

大百足はそこで初めて嘲るような目ではなく、呆れたような表を浮かべた。

『惚れた男に肩れしないがどこにおる? あの男は人間を害する儂らと敵対し、生存こそ許さなかったが……ただの一度も儂らを否定しなかったぞ。貴様と違ってな』

だから……我等は負けたのか?

他者の(エゴ)を認めた上で排する覚悟が無かったから。

理解できぬ生き方を肯定できるが無かったから。

だから、怪たる魔法生命と対等な殺し合いをしようとするあの男に勝てなかったのか?

ああ、わからない。理解できない。

我等の魂が溶けていく。我等の存在が消えていく。

限りある生命だからこそ、醜くも輝ける在り方があるというのか。

我等の在り方は。我等の(エゴ)は。

――そんな在り方に負けたのか。

【他者の(エゴ)を肯定しながら自らの(エゴ)で破壊するか……なるほど、確かに深い……】

……死にたくない。

一度ならず二度までも死にたくない。

死にたくない。死にたくない。

だが不思議なことに一度目よりも憎しみは湧かぬ。一度目とは違い、馬鹿みたいに正面から向かってきた人間に敗北したからか。

ああ、やっと我等は……納得のいく死に方が、できた、のか。

『さらばじゃ大蛇(おろち)。人間を呪うなら人間の疵(あい)も知っておくべきだったな……そうであれば、違う結末になっていたかもしれないというのに』

最後の最期、大蛇(おろち)の魂が虛無に溶けきるその瞬間……人間に二度墮とされた大百足は手向けのように呟いた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

一區切り恒例の閑話となります。

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