《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》821.本の魔法使い

「基本ルールは魔法儀式(リチュア)と同じにしよう。その代わりは俺は使用魔法を制限する。ハルベルトが汎用魔法だけで戦うなら一つ、統魔法を使うならもう一つ使わせてもらう。流石に統魔法は"現実への影響力"次第で対応を変えないといけない場合があるからな」

「あ、あの……本気で、というのは」

「すまないが、俺は一応特別講師として學院に登録されているから指導にならない模擬戦は抵抗がある。本気でやったら君がよほど強くないと戦いにならない」

「わ……かりました」

納得いかないと言いたげな表でハルベルトは頷く。

本気では相手にならないと、普通に言ってのけてしまうのだ。

恐怖を覚えながらも出した勇気がのらりとかわされてしまったようで不満の一つや二つは抱きたくなるが、本気を出させるならそれなりの腕を見せなければいけないという事だろうと納得する。

本気を見たいような、自分相手に出されるのも恐いような。複雑だ。心臓の鼓がやけに聞こえる理由は恐怖七割張三割といったところだろう。

「ヴァンせんせ……いえ、學院長合図を」

「おう」

アルムとハルベルトは中央で握手をしてからし距離を取る。

ハルベルトは姿勢を低くし、アルムはただそこに立つ。

「じゃあ、始めろ」

ヴァンの合図の瞬間、ハルベルトは重圧のようなものをじた。

先程の同級生の嘔吐や不可解な通信容のような異質さからくる恐怖ではなく、ただ純粋な生命としての本能が警告している。

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アルムがハルベルトは見て分析したように、ハルベルトは魔獣との実戦経験がある。今まさに巨大な魔獣に睨まれた気分だ。

しかし、アルムからじる重圧は今までの魔獣の比ではない。

アルムは牙も爪もなく、まだ魔法すら使っていないのに自分のが震えるのをじた。

「どうぞ?」

蟻のように鳥が這い上がってくる。ごくりと生唾を飲み込んで思考を始めた。

先手を譲られた。使う魔法が一つだけという前提なら最初の一手は最も重要だ。なにせアルムは補助魔法が無い狀態でこちらの魔法に対応しなければいけない。

であれば重要なのは速度。それでいて無視できない火力の押し付け。

恐怖で痺れる自分のい立たせてハルベルトは両方を兼ね備えた魔法を唱える。

最初に強化以外の魔法を唱えさせれば、後は強化したこちらの能力で押し切れる――!

「『水竜の咆哮(ドラコキャタラクト)』!!」

自らが使える中位の攻撃魔法の中で速度と火力を両立できる魔法を放つ。

中位の中でも習得難度が高い竜の息(ブレス)に並ぶ竜の力を模した魔法。

速度は十分。強化をかけていないでは戦闘不能は必至の衝撃。

ハルベルトの右手から放たれた間欠泉のような水の噴出はアルムの目前まで到達して――

「『魔剣(セイバー)』」

――短く唱えた斬撃にいとも簡単に軌道を逸らされた。

正確にはアルムの手の中に現れた剣でアルムが薙ぐように斬り払った。

軌道が逸れた水の噴出はアルムの背後にある背中でぜ、アルムの手の中にある剣はハルベルトの魔法の威力に耐え切れるわけもなく砕ける。

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「……え」

「『魔剣(セイバー)』」

「ぁ……『水面を踴る者(コロドラマ)』!」

中位の攻撃魔法をあっさりと対応された現実をけ止めきれずショックをけるが、淡々としたアルムの聲で現実に引き戻される。

今度は自分に切っ先を向けて放たれた無屬の剣を強化で底上げされた能力で躱し、そのまま駆ける。

予定通り。そう、予定通りだ。

元々、最初の攻撃魔法で魔法を絞らせて強化で圧倒するのが目的だった。

直前に建てた策通りじゃないかとハルベルトは自分の言い聞かせる。

後は強化によって差のついた能力を活かして慎重に立ち回ればいいだけのこと。

「ラフマーヌ式の強化か」

「!?」

その矢先、まだ中央に立っているはずのアルムが目の前まで迫っていた。

ハルベルトは強化で底上げされた能力で相手を攪するように一階を駆けている。

強化の補助魔法は現実に魔法の形を"放出"しない分、安定した"現実への影響力"を持ち、底上げされた能力の差は當然普通埋まらない。

それが常識……のはずなのに。

(お、おい……何で追い付かれて――)

「『魔剣(セイバー)』」

から一瞬聲は干上がり、咄嗟に両腕を前に出して振り下ろされる剣を防(ガード)する。

振り下ろされた無屬の剣はハルベルトの強化された両腕に阻まれて、砕け散った。

ハルベルトの両腕に走った衝撃は想像よりも小さく、痛みはあるが悶えるほどじゃない。

一瞬斬られる想像が脳裏によぎったそこは無屬魔法。強化一つで簡単に防ぎきれる"現実への影響力"は普通の使い手相手にはやはり脅威になり得ない。

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言われてみれば當たり前の現実と両腕に走る痛みがハルベルトは引き戻し、委していた自分の神が落ち著き始めるのを自覚する。

「『魔剣(セイバー)』」

「無――」

「『魔剣(セイバー)』『魔剣(セイバー)』」

「ぇ――?」

「『魔剣(セイバー)』『魔剣(セイバー)』『魔剣(セイバー)』」

「あ……!? ああああああ!?」

ハルベルトの神が平靜となったその一瞬のに六振り。

アルムの剣がハルベルトの両腕に叩きこまれる。

両斷こそされていないものの制服は切り裂かれ、制服の白にが滲む。

落ち著き始めた神はその六振りで再び恐怖を覚えた。

自分が次の魔法を"変換"する間に六回の無屬魔法……いくら無屬魔法が簡単だからと、この構築速度を何だ――!?

「『魔剣(セイバー)』は使い手が握らなければ大抵火力はゴミだ。強化の優位を活かせて距離を取れ」

「ぐっ……!」

猛攻を止めてアルムが囁く。

模擬戦とはいえ今は敵。その敵からのアドバイス通りにしなければいけない自分がし恥ずかしくなる。

アルムにとってはただの指導である事を思い知らされながら距離を取った。

アルムは先程のように薄しようとして來ない。仕切り直しのつもりかとハルベルトの頭にが上った。

「『氷鳥の群襲(アウィスプルウィア)』!!」

青い魔力と共に無數の羽ばたきの音。

ハルベルトの周囲を旋回するように飛ぶ氷の鳥の群れ。

渡り鳥を思わせるその群れはハルベルトの合図でアルムに襲い掛かる。

「『魔剣(セイバー)』」

「っ――!」

「『魔剣(セイバー)』『魔剣(セイバー)』」

最初の剣で四羽、次で七羽、その次で六羽。

アルムはダーツのように飛來する氷の鳥を叩き落とす。

壊れてもまた一本、壊れてもまた一本。

やがて両手に『魔剣(セイバー)』を握り、氷の鳥の群れをけ切りながらハルベルト向かって突き進む。

一羽一羽の"現実への影響力"は低いがそれでも中位の攻撃魔法……無屬魔法で対処できるはずのない自分の魔法をハエを払うようにしながら向かってくるアルムにハルベルトの表は驚愕に染まる。

「が、學院長……あれってどうやって、るんですか……?」

その景を観客席で見學していた子生徒がヴァンに問う。

驚いていたのは當然ハルベルトだけではない。授業終わりにも実技棟に集まり、魔法の訓練をしている向上心の高い一年生からしても今繰り広げられている景は常識から外れている。

一般的に知られる無屬の攻撃魔法は『魔弾(バレット)』『魔剣(セイバー)』『魔針(ニードル)』の三つ……遠距離に対応かつ衝撃を主な攻撃とする『魔弾(バレット)』以外はまともに攻撃魔法として運用する意味はないとすら言われるが、目の前で中位の攻撃魔法を華麗にけ切るアルムの姿を見るとい頃からの常識が頭の中で崩れていくようだった。ヴァンに答えを求めるのも無理はない。

「簡単だよ。アルムの基礎が完璧だからだ」

何て事はないという風にヴァンはその答えを口にする。

だが一年生が理解するには曖昧さを含む答えだとわかっているのかさらに続けた。

「魔法の"現実への影響力"ってのは"充填"、"変換"、"放出"の魔法の三工程によって決まる。無屬魔法は欠陥魔法だが……今の魔法の大元になった基礎でもある。

無屬魔法の使い手であるアルムは人生全てを基礎訓練に使ってると言っても過言じゃない。だから技が他と比べにならないんだよ。

當然アルムだけが得意とする技もあるが、模擬戦ってのまおって使ってない。使ってたらあんなばんばん『魔剣(セイバー)』連発する必要も無いからな」

「なる、ほど……」

「納得いかないって顔だな?」

「あ、い、いえ!」

子生徒は図星を突かれて顔を俯かせる。

ヴァンの説明は子生徒の疑問の半分しか解決していない。

何故、無屬魔法よりもはるかに強力な屬魔法がああも簡単に対処されているのか? その答えがないのである。

「もう一つはまだお前らが未ってことだな」

「そ、それは重々承知ですが……」

「意識の上ではな。だが何が未か明確なものがわかってない。魔法の"現実への影響力"を決める最も重要な"変換"……それがお前らはまだ甘いんだ」

見學している一年生達は顔を見合わせる。

當然だがベラツタ魔法學院に學するのはその才能を認められた者。子供の頃から魔法を學んでいるし、習得した魔法は使いこなしたと言えるものばかりだ。

「魔法の形は? 見た目は? 質は理解してるか? 大きさは? 重さは? 魔法のきは? 放つ方向は? 溫度は? 音は? 歴史は? その魔法があたかも地続きの現実に存在するように、そして今日までどうあったかを咄嗟にイメージ出來るほどお前らは自分を磨き上げたか? 魔法が実際に起こす現象を見てきたか?」

納得しきれていない一年生達にヴァンは問いを投げかける。

才能だけ(・・)を誇る貴族の子に、ここでは才能だけは通用しないのだと教えるように。

誰一人として、ヴァンの投げかけた問いに応えることはできなかった。

「イメージが拙(つたな)ければそれだけ付ける隙も出る。アルムは『魔剣(セイバー)』で魔法を逸らしやすい方向を見切って軌道を逸らしてるだけだ。魔法の方向やきは甘くなりがちだからな……"現実への影響力"で上回ってるわけじゃない」

「あ、ありがとうございます! 勉強させて頂きました!」

「魔法とは幻想を現実にする技だ……幻想(ゆめ)を舐めてる人間は本には屆かない」

そしてあれが本だ、というようにヴァンの視線はアルムへと。

自分が待ちんだ次代の魔法使いがさらに洗練された姿をヴァンは嬉しそうに見守っていた。

「はぁ……はぁ……」

「"放出"の速度はいいが、"変換"が甘いとこんな風に軌道を逸らされる。『魔剣(セイバー)』程度の"現実への影響力"じゃけ止めるのは無理だが、躱すだけなら簡単だ。基礎を鍛えるとこんな余裕もできる」

「はぁ……! はぁ……!」

ヴァンが見學の一年生に教えるように、アルムもハルベルトに指導するように自分がやっていた事を解説していた。

模擬戦を希したハルベルトもわかっている

力の差がありすぎて模擬戦にすらなっていない。いや元々アルム側は指導のつもりだったのだろう。

「く……そ……!」

「魔法の判斷力はいい。しっかり鍛え続ければいい使い手になるよ」

「せめて……せめて一矢だけでもおお!!」

ベラルタ魔法學院に學した自分への自信。優秀と言われ続けた人生の最中突然現れた理解不能の存在とその技

アルムの聲は半分聞こえていない。驕りではなく誇りが砕け散るのをじて、ハルベルトは自分自を守るようにぶ。

「【海原裂きし荒王(トリキュミアバシレウス)】ぅ!!」

重なる聲が響かせる歴史の結晶。

唱えられた統魔法は巨大な人型の水の塊。変幻自在の水量が矛の形となってアルムを捉える。

模擬戦だという事を忘れたような規模。込められた魔力は本気の意思。

だがアルムは魔法を見上げることなく、ハルベルトを見つめたまま。

統魔法は魔法使いの切り札……せっかくの切り札をやけくそで撃っても、使わせたという印象を與えるだけだ。強いからこそ使いどころを考えて活かさないとな」

塔のような水の矛の真下で、アルムは指導を続ける。

そして統魔法に対してはもう一つ魔法を使わせてもらうという約束通り、アルムはこの模擬戦を終わらせるべくそのに宿る膨大な魔力を走らせた。

「――【異界伝承】」

頭上から矛が迫る中、アルムの瞳が一瞬だけ輝いた。

ハルベルトはようやく自分が冷靜さを失った事に気付くが、自分の統魔法の勢いを止められない。

「『幻異聞(げんそういぶん)・紅葉樹氷(くれないじゅひょう)』」

次にハルベルトが見た景はアルムが自分の統魔法に呑まれる景ではなく、凍り付いた木々が並ぶ雪原。

雪と氷、そして紅葉(もみじ)が舞う幻想的な風景が実技棟にいるはずのハルベルトの目に焼き付く。

「え……? ぁ……? う……ああああああああ!?」

足元から這い上がってくる氷。

麗な風景の中、自分のが徐々に氷漬けになっていく様を見て悲鳴を上げる。

無論、ハルベルトの見た風景は現実であるはずがない。

「『抵抗(レジスト)』を使ってないと、こういう神干渉の魔法をもろにけてしまう。補助魔法で最低限の防をする、相手がしていなかったらそこを突く……そういう基本はずっと大切だ。忘れないようにな」

「は、はい……」

ハルベルトの統魔法は実技棟の床を破壊しただけでアルムを捉えてはいない。

いつの間にか観客席に跳んできたアルムは自分がハルベルトに使った神干渉の魔法を例に補助魔法の大切さを見學していた一年生達に唱えていた。

一年生達は全て指導の一環であるかのようなアルムの淡々とした様子にし引きながらも、膝を折って固まっているハルベルトを見てその教えを肝に銘じる。

ヴァンが止めるまでもなく決著。

當然のように無傷。全力など程遠い。

誇張を疑われる実績と噂に塗れたマナリルの英雄は息を切らすことなく、その全てが真実なのだとこの場にいる者に信じさせた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

どれだけ圧倒的で引かれても本人は真面目なのでちゃんと指導してる。

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