《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》28 魚人(上陸)

サウスミリアの港に近い浜辺にて、浜に打ち上げられた一人の人魚がもがいていた。

下半をばたつかせ。

上半で砂をかき。

砂まみれになりながらも懸命に這いずって海へと戻ろうとしている。

そんな人魚を、最初に発見したのは地元の船乗りたちだった。

だが、船乗りたちにとって浜辺の人魚は不吉なものだ。

そのため、船乗りたちは誰一人としてその人魚に近づこうとはしないままに30分ほどが経過していた。

そんな人魚にはじめに近づいていったのは、話を聞いて駆け付けた風の悪いごろつき冒険者達だった。

四人のごろつきたちが「こりゃあ儲けものだ!」などとびながらその人魚に走り寄って行き、さっそく彼を捕えようとしたのだった。

「や……、やめて……」

下半は魚。

上半しい娘。

顔や合から、人間でいうと二十代の半ばくらいだろうか?

下半まで人間なら、街ですれ違ったらハッとして振り返りそうな人だった。

「や……、や……」

その聲はか細いながらもき通るような音で、非常に耳りが良い。

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人魚の聲が人心をわせるというのもあながちただの迷信ではないということだろう。

左右から二の腕を摑まれ、引き起こされたその人魚は上半に何一つ服をにつけていなかった。

それを見て、ごろつき達は顔を見合わせながら下卑た笑みを浮かべたのだった。

「うへへ、人魚のお嬢ちゃん。ちょっと一緒に來てくれねえか?」

「い……、や……。なん……で?」

「人魚は高値で売れるんだよ。お前さんにゃあ意味がわかんねーだろうけどな」

「噂じゃ、全然見てくれの良くない魚人の子供ですら一匹10萬マナで売れたって話だからな」

「これだけ見てくれのいい人魚なら、軽く100萬マナはいくんじゃねぇか?」

「これで俺らも、億萬長者だ」

「……」

それを聞いていた人魚の目が、すぅぅっと細くなっていった。

「そう……、やっぱりそうなのね……」

「ん? この人魚、普通に言葉をしゃべれるのか? こりゃあさらに高値が付くぜ」

「でも、これだけの上玉をすぐに売っちまうのはもったいないかもなぁ」

「うへへ、それじゃあ売り払う前に俺らもし楽しんで……」

「死ね……、全員死んでしまえっ!!」

「……あん?」

そんな人魚の怒聲の直後。

海面からヌゥゥっと、一人の長の魚人が姿を現した。

「おい、あっちにも魚人が……」

ごろつきたちの視線が一斉にそちらに向いた。

そのごろつき達の視線の先で、海面に姿を現した魚人……シュトゥルクが雷槍ボルドーを高々と掲げた。

そしてその次の瞬間、サウスミリアの晴天の空に雷電が渦を巻き、そこから無數の雷撃が海岸へと振り注いだのだった。

「ぎゃああああぁぁぁ」

「なんだこりゃぁぁぁぁぁぁ」

浜辺に雷撃が降り注ぐ中、打ち上げられたふりしていたシャリアートは一瞬にして海へ跳び戻った。

その直後に、海中から放たれた無數の水の矢が、雷撃でを痺れさせたごろつきたちへと容赦なく降り注いだのだった。

→→→→→

「あのの言っていたことは、正しかったというわけか……」

雷槍ボルドーを手にしたシュトゥルクが、ポツリとそうつぶやいた。

「知っていることを、全て話してもらおうか?」

「隠せば殺す。噓をついても殺す! 人間……、私のれた罪は重いわよ!」

そんな怒りに満ちた聲を上げるシャリアートのは、小刻み震えていた。

一度人間に捕まり、奴隷として弄ばれる直前でシュトゥルクに助け出されたシャリアートにとって、こうして再び人間に捕まりかけることは當時の記憶を呼び覚ますことだった。

それでも……

我が子のため、なんとしてでもその報を持つ人間をおびき寄せるためにシャリアートはすことを決意したのだった。

「さて……、話してもらおうか?」

人間たちは、息も絶え絶えになりながらそんなシュトゥルク達の問いかけに答えはじめた。

「何日か前に、キルケットの街で魚人の子供が奴隷として売られたんだ」

「ついた値段は一匹10萬マナ。五匹で50萬マナっていう大金だ」

「それで、俺達もここへ來て一山當てようとしてたってわけだ」

「ああ、確かに売られた子供は五匹だったって話だな……」

「売ったのはクドドリンという貴族で……、買ったのはアルバスという商人だ」

一通りの話を聞き終えた後。

怒り狂ったシャリアートの水の矢が、再び悲鳴を上げるごろつき冒険者達に降り注いだのだった。

→→→→→

「それで、どうする?」

シュトゥルクの背後には、いつの間にか黒い人影が現れていた。

おそらくはなんらかの魔を使っているのだろうが……

「シュリョウ……、相変わらずの神出鬼沒だな」

「『時空の魔石』というアイテムを使ってる。『空間転移』という真が付與されてる。ところで『首領』は私の名前じゃなくて『頭(かしら)』という意味なんだけどね」

「どうでもいい。……やはりキルケットか」

シュトゥルクが、無にそう答えた。

シュトゥルクは目の前の相手を信用していなかった。

だからあえてを伏せ、を読まれて付け込まれるのを避けようとしているのだ。

「なんだ。私の話、信じてなかったの?」

「突然出てきた見知らぬ人間の言葉を、丸々信じられるはずがないだろう」

「それは、その通りだね。でも、事実だっただろう。だからこれで一つ、私は君たちの信頼を得られたと思う」

『信用』を語るその言葉は、どこか軽い。

やはり信用ならない相手だ。と、シュトゥルクは思った。

「……」

「ついでに忠告だ。無策でキルケットを攻めるのはよした方がいい。商人アルバスのところにたどり著く前に……殺されてしまう」

「シュトゥルクと雷槍ボルドーの力があれば、どんな敵にだって勝てるわ! さぁシュトゥルク! 今すぐにキルケットへ……」

「キルケットの自警団はそこそこに強力だ。それに、今のキルケットにはあの男もいる……。元『燈火の聖騎士』のあの男もね」

「……バージェス?」

シュトゥルクの言葉に、黒が頷いた。

を押し殺していたシュトゥルクの聲に、わずかばかりの揺がじられた。

シュトゥルクの脳裏に浮かんだのは……

周辺の淺瀬を蒸発させ、海中の魚人達を一瞬にして焼き盡くすほどの強大な火炎をる一人の人間の姿だった。

「手助けをしてやりたいのは山々。なんだけど……、実は我々もつい最近奴らとやり合って酷い有様なんだ……」

「……」

「そこで、一つ提案なんだけど……。君たちのどちらかがあえて奴隷として捕まり、キルケットの奧深くまで侵して騒ぎを起こし……、その隙にもう一人が子供達を助け出すというのはどうだろうか?」

「騒ぎを起こす方は……」

「ああ、もちろんただじゃあ済まないだろうね」

「そんな馬鹿げた作戦は嫌よ!」

「お前の、その『時空の魔石』は使えないのか? 海上にて、一瞬で目視できる範囲から消えたのだから、かなりの長距離の移が可能なのだろう?」

全く興味がなさそうでいたシュトゥルクは、首領の話や行からその能力をかなりのところで把握していた。

「そうだね。もし、君が私のみを葉えてくれたら……これを使って助けに行くよ」

「……み?」

「商人アルバスの三人の護衛のうち、誰か一人を殺してきてしい」

「……それが、お前が俺たちに手を貸そうとしている本當の目的か?」

が、再びニヤリと笑った。

「これは、渉だ。この私に『雷帝シュトゥルク』の力を見せてほしい。それができないような男なら、私の『黒い翼』にはいらない。私にだって、仲間にする者を選ぶ権利くらいはあるだろ?」

「……」

『味方に引きれたいから、手を貸す』

初めに會った時はそう言っていたはずだった。

だが、いつの間にか……

『手を貸してほしければ、味方にしたいと思うだけの力を見せてみろ』

の提示する條件が、そのように変化していた。

人間がよく使う手だな。と、シュトゥルクは思った。

「さぁ……どうする? やってくれるんなら、今後も々な支援を惜しまないよ」

鋭く抜くようなシュトゥルクの視線を意に介さずに、黒が楽しげにそう言った。

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