《【書籍化・コミカライズ】無自覚な天才は気付かない~あらゆる分野で努力しても家族が全く褒めてくれないので、家出して冒険者になりました~》2

クランから貸し出された訓練用の防を付けた私達二人に聞かせるように、審判をする事になった副クランマスターのジェスさんの口から簡単なルール説明が行われた。建を破壊しない程度の魔法はあり、急所は避ける、金的は止、目潰しは可だが傷は付けない事。中級ポーションで治らない怪我はさせた方が負け。このクランのハウスルールらしく、制限は一応あるけどかなり実戦的な試合形式だ。私に出來るか……。

いや、気負ってはくなる。クランマスターが何故か気にしてる新人……と一部の人からあまり面白く思われてないけど……むしろそんな私が數合打ち合えれば見直してもらえるのではないか。

數合打ち合えたら上等、なら勝ちに行くしかない。最初から「良い勝負」なんて目指したらそれより下にしかなれないもの。本気で勝ちに行って、私はそこからいくつか拾う。

じゃり、と踏みしめた地面が音を立てる。……ああ、ここ、クロンヘイムより乾いてるかた、が軽いんだな。

「――――始め、」

始め、と彼のが言い切る前に、相対していた「聖銀級冒険者デリク」がいた。

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そこに居た。構えていたやや大ぶりな模擬剣の存在から注視していたはずなのに、瞬きすらしていない私の視界から一瞬で消え失せたように見える。

姿を探す間も、考える猶予もなく答えが全に突き刺さった。

──ガギィイイイインッ!!

を面で圧が襲う。ぶわっ、と剣戟によって叩きつけられた空気が辺りを敷いたのだ。模擬剣の鉄芯から響くような衝撃が耳をつんざく。

このクランの外の通りにまで響いただろう。息が、止まるような。

ほぼ本能で反応した手がたまたま上手く向こうの剣筋に當たっただけ。芯を捕らえて衝撃に痺れる手に叱咤をして、前に踏み込む。

元々リーチでは負けている。魔法の発も向こうの方が速い。距離を取っては不利になるだけ。

私は、忘れかけそうになっていた呼吸をする……口から淺く息を吸って腹に力を込めた。

常人の反応できない一瞬で、真正面から消えて意識の外から切りかかって來たクロヴィスさんは、その一撃を私がけ止めた事に対してし驚いたように一瞬眉を上げた。

晴れた空のように鮮やかな青い瞳は、獲を見つけた野生のように爛々と輝き始める。私はそのきをじっくり観察する間もなくすぐさま攻勢に転じたが、それは容易くいなされてしまう。だが當然だ、これはクロヴィスさんをに回らせて、全力の攻撃をさせないようにするただの悪あがきなのだから。

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カァン、と高い音を立てて模擬剣を握る手を狙った切っ先が弾かれる。一度くらい意表を突ければ――そう思って、発寸前で止めていた初級魔法を展開させた瞬間、クロヴィスさんは大きく後ろに跳んで私から距離を取った。

私の勢いを殺すために間をあけた、戸う程の一瞬の空白の後……テンポをす嫌な間隔で次の攻撃が……!

クロヴィスさんの視線の先、そこに來る、と構えた瞬間反対側の視界の端に影が見えて視線導に引っかかったのを悟って背中が冷たくなった。

しまった、と思う間も無い、もう回避は出來ない。ただ考えるより先に重心をずらして歩幅を変えていた。影の正、単純な魔法で巻き上げられた砂が顔に當たるのを覚悟してほんの一瞬目をつむる。

目に映した映像のわずか先を予測して、ほぼ賭けで腕を振った。目を開ける前に瞬間ガン、と真芯をとらえたが腕に響く。武を絡め取ろうとした模擬剣の腹が鈍い音を立てた──剎那、私が駆け抜けるはずだった地面を模擬剣の切っ先が抉った。

ガリリ、と中庭の砂っぽい表層を引っ掻いて勢いが死ぬ。今、と思った瞬間。模擬剣の腹を蹴って崩す。しかし偶然も重なってやっと得た隙だったのに。クロヴィスさんはすぐさま模擬剣から手を離していて、「一本」を取ろうと間合いを詰めた私の眼前に一瞬で魔法を発させて、槍狀の巖を浮かべていたのだ。

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しかし、私の模擬剣の刃も、クロヴィスさんのを捕らえている。……でも……この発速度なら、私が先に倒れていただろうけど。この試合の形式上は引き分けになる……だろうか? 張で締め付けられていたから、私は絞るように息を吐き出した。

數合打ち合えれば上等、と思っていたが……思ったより善戦したのではないだろうか。

打ち合っていた私達がかなくなった事で、しん、と音が止む。発を途中でやめたせいで、崩壊が始まっている巖の槍からパリパリと石礫が剝がれ落ちる音だけがすぐ近くで小さく鳴っていた。

その空白の時間の後、ジェスさんが我に返ったように慌てた聲で「それまで!」とぶ。

私は模擬剣を下ろした。クロヴィスさんも、槍の形を形していた魔法を霧散させる。

終わった――?

「――すごいね! 一撃目、まともに反応できるなんて、良い目をしてる。しかも、ちゃんと合わせてしっかり防いだ。良いね。きちんと鍛錬していないとあそこまで完全に芯を捕らえる事は出來ない。その後の連撃もしっかりとした技の裏打ちをじたよ、あれはベセル宮廷剣の型だよね? すごい、あんな保守的な土地で好まれるガチガチの剣筋をあそこまで昇華して実戦で使いこなすなんて! しかも、目潰しに反応されたのも! 驚いたなぁ!」

「わ、わぁ」

張から解放されて、ドッと背中に汗をかいた私が一息つく間もなく、畳みかけるようにクロヴィスさんが詰め寄って來る。

私はルールも利用して全力で、必死に食らいついて、運も拾ってやっとだったのに、この人息も切らしてないな……。

當然、本気の殺し合いだったら最初から勝負にすらならない。私が相殺出來ない威力で回避できない範囲魔法攻撃を発すれば終わりだ。他にも、大怪我はさせられないと、足の甲を狙った一撃だったため何とか回避する事が出來た。あれがや頭への攻撃だったら、完璧に避けきれず喰らっていただろう。回避行のおかげで大怪我まではいかず、當然試合はそこで終わっていた。

目潰しだって、弱く加減されていたから目をつむっただけで防げた。最後だって、私を実際に攻撃するわけにいかないから、最初から「寸止め」にする前提で発していたのでかなり遅かった。

その配慮がなければ、私が間合いを詰める前に出されて、やはり試合の決著はついていたはずだ。

「デリク様、え、一本取られ……手加減とかは……」

「無いよ。そんな失禮な事はしない。僕だってちゃんと本気でやってたさ」

信じられない、というような顔で恐る恐るクロヴィスさん……デリクさんに尋ねるジェスさんは、なんだか足取りもれている。

「いえ! あの、明らかに余力が殘ってますよね? ……そもそも全力だったら開始直後に、私が相殺できない威力の魔法攻撃放てば終わりですし、大怪我を避けた攻撃を読んだからこそやっとまともに打ち合えただけで、」

「リアナ君。定められたルールの中で運を摑んで価値を摑んだのは君の実力だよ」

私がいおうとした言葉を見かされたような気がして、私は息を呑んだ。

そうだ……たしかに手は抜かれていなかった。それならば、私は限られたルールの中でとはいえ、この人に一本取れたのだ。

「魔法の威力などに制限はあったが、それだけだ。むしろ僕は自分の魔展開速度に甘えた強引な一手を打って、そこを崩された形だった。特にあの、思わず僕がひるんだやつ。僕の相殺が間に合わないくらい速かったし、顔に水を浴びたかと思って思わずひるんでしまったよ」

「えっとあれは……冷たい風なんです。人……というかには験した通りある程度効果があるので、目潰しとして好んで使ってます」

無から何かを生み出す魔法を使える魔師は限られる。魔力の消費も多いし複雑になり時間もかかる。元からそこにあるもの、地面や空気中の水分を利用するのが普通だ。野営時の飲み水などもそうやって確保している。さっきの巖の槍も、ここの地面の砂を使って作られたものだった。

私がさっき使ったあれは、風を生み出したのではなく、「質をかす」本當に魔法の基礎の基礎を利用した技である。

と呼稱するのもちょっとおこがましいか。あれは自分の魔力で囲んだ空気をかして大きく薄く広げ、積が大きくなった事によって急激に溫度が下がった冷たい空気を顔めがけてぶつけたのだ。結構「水が顔にかかった」と頭が勘違いして目をつむるか怯むかをするので、さっきのように運が良ければ隙が作れる。

魔法が使用止になっている剣の試合では使えない小手先の技だが、見ての通りすぐ発出來て防ぎづらいので、初見なら結構効果がある。

「強大な魔相手とは違う。あれはあれで楽しいのだけど、こうして磨き抜いた技で勝ちを拾いに行くような、ヒリヒリする対人戦が一番僕は好きだな。ルールの中での僕のきを予測した頭の良さも彼の実力だ。これは久々の心躍る時間だったよ。なまってたに活がった」

ただ、私が思ってたよりクロヴィスさんの反応が……賞賛がすごすぎて、私はこの場から今すぐ消えたいような気持ちになっていた。う……注目される視線、居心地が悪いな……。

「クランマスターが……噓だろ……⁈」

「いや、あのままジェスさんの聲がなければ、先に攻撃が屆いてたのはクラマスだった」

「デリクさんが本気だったら負ける訳が……きっと調子が悪かったとか、油斷してたんじゃ……」

私達の手合わせを観戦していたクランの人達もざわつき始める。クロヴィスさんの存在はそれほど絶対視されてたのだろう。

泥臭く立ち回ってでも、格上の実力者と數合打ち合えると見せられれば十分と思ってたのに、まさか引き分けに持ち込めると思ってなかった私も確かに自分でびっくりしてるけど。

「ねぇそれ、僕に対しても失禮だと思わない?」

今見た手合わせについて。観戦していた外野の言葉にクロヴィスさんが反応した。

「それとも、僕が手を抜いてたように見えたのか? ならお前はさっきの攻防の最適解が見えていたんだろう。すごいな。じゃあ言ってみてくれないか」

「いえ……あの、」

「デ、デリクさん! 完したものを見せるって約束してましたよね!」

自分が言われているのではないのに、胃がきゅっとなる。が詰まったような、鈍い痛み。

副クランマスターは運営業務がメインの人だと聞いた。戦闘員であるはずのクランメンバーの発言では許せなかったのだろう。

私はそれ以上やり取りを聞いてる事すら堪えられそうになくて、気が付いたら會話に割ってっていた。

「お、お忙しいのですから、本來の目的を片付けてしまいましょう。ね?」

「……そうだね、そうするよ。君の研究の結果を見るのも楽しみにしていたからね」

失言を詰められていたのを助けられた形になったクランメンバーの男は、クロヴィスさんの視線が外れるとあからさまにホッとした顔になった。

しかし、原因になった私の事は気に食わないらしく、苦々し気な目を向けてくる。

他にも何人か、同じような目の人達がいて、ちょっと重たい気分になった。一目置いてくれた人も多いようだけど……。

「本當に良い試合だったよ。僕に──勝ちに來ていた。いい勝負をしよう、一矢報いよう、そんなレベルではない。この神を削るような攻防の中、微かな勝ち筋すら見逃さないと目を凝らし、僕に勝つつもりでさえいて……! 食らいつかれた、見事だったよ」

私の目をまっすぐ見ているが、まるで周りに聞かせるような態度だ。いや、分かっていてやっているのだろう。

「あ、ありがとうございます……ご期待に答えられたみたいで……」

「おやおや、相変わらずとても謙虛だ」

「だって勝ちにいかないと、良い勝負にすらならないじゃないですか……そう思って……」

小聲でもにょもにょ喋る私に、クロヴィスさんは愉快そうに聲を上げて笑った。

何がそんなに面白かったのか分からない、混したままの私はクロヴィスさんに促される形でクランの錬金工房の中にる事になった。

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