《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》32 響く唄聲

魚人の子供達は、ハマンチェを綺麗に骨まで平らげた。

そして俺は、空になった皿を下げようとしておっかなびっくり檻の中に手をばしていた。

魚人の子供達の口元からは、ギザギザの歯がのぞいている。

あれに本気で齧り付かれたら、俺の腕のなんか簡単に引きちぎられてしまいそうだ。

「魚人の子供達は、やはり魚が好なんですね」

そんな時、後ろからアマランシアに聲をかけられた。

誰かが歩いてくる足音はしていたので、俺は振り返らずに答えた。

「というか、そのくらいしか食ったことがないんだろうな」

他には海藻や貝類、海獣のなんかもあるかもしれないが……

それでも、俺たちの食事の富さに比べたらだいぶない。

各地の行商人や商人達の活により、今やこの國の流網は異常なほどに発達している。

キルケットのような、どの海岸線からも數日間歩かなくては辿り著けないような大陸のど真ん中の街で、海の魚が常に市場に並んでいていつでも手にるなんてのは、普通に考えたら異常なことなのだ。

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「エルフ族も、基本的にはその時々に暮らす森の中にあるもので全ての生活を賄っています。川の魚は食べますが、海の魚は食べませんね」

「今のキルケットの姿は、果てしない『人間の』が行きついた先の一つの形なのだろう」

それは人間の良いところであり、悪いところでもあると思う。

正の側面としては、金(マナ)さえあれば國中の様々な品を手にれることができるかな生活がり立っている。

だが……

それは一歩間違えれば戦爭の引き金や、非道な奴隷売買などという形にもなる。

それが、負の側面だった。

有形無形様々な商品を販売し、そのを葉えることで対価を得る『商人』としては、なかなかに複雑な心境だ。

「そんな『』を商売のネタにする商人としては、そのが悪い方向に行かぬよう肝に銘じておくよ」

願わくは、そんな『人間の』とはうまく付き合っていきたいものだった。

「ただ、エルフの中にもそういった『』をいだく者はおりますよ。なにせ私は、外の世界が見たくて自分ののままに故郷の森を飛び出した『変わり者のエルフ』ですから」

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以前聞いた、エルフの語。

自らの心の赴くまま、世界を旅することを夢見……

そしてその夢を葉えたの話。

「そんなアマランシアから見た『森の外の世界』は、どんなだったんだ?」

「素晴らしい、と思います。捕らわれ、傷つけられた時代もありました。でも、森から出たからこそ見られた景や、出會えた方々、そして知ることが出來た語がありました。だから私は、もしもう一度あの時に戻ったとしても、もう一度あの時と同じように森の外へと走り出していくだろうと思います」

その『』は自らを突きかす原力だ。

迷いなく進み、そしてその道が間違っていなかったと斷言できるアマランシアの生き様はとてつもなく眩しかった。

願わくは、俺もこの道の先で、アマランシアのように『自分の道は間違っていなかった』と言って笑える道を歩みたいと思った。

「きっと、サリーシャもそうだったのだと思いますよ」

「えっ?」

最近聞いた覚えのあるその名前に、思わず聞き返してしまった。

サリーシャ。

それは確か、最近カルロから聞いたミトラとクラリスの母親の名前だったはずだった。

アマランシアは、そんな俺の様子をわき目に見つつもその話をつづけた。

「西のエルフの隠れ里で聞いた話です。そう遠くない昔、この大陸で人間とに落ちて人間の街に行ったエルフのがいたらしいんです。西の隠れ里の現在の里長の妹にあたるその方の名前が『サリーシャ』。聞くところによるともう亡くなってしまったらしいのですが……。もし、彼が生きていたら、私にも彼語を聞かせてしかった」

「その、サリーシャというのは……」

俺がそれについて言及しようとしたその時。

目の前の檻の中で小さくギーギーと鳴き続けていた魚人の子供達が、突如として完全に靜まり返った。

「ん?」

そして數秒間の沈黙の後。

いつもよりも數段大きな鳴き聲で、一斉に鳴き始めたのだった。

ギギギギギギィ――――

ギィィィィィィ―――

ギィギィギィギィギィ

五人が同時に、大音量で鳴きぶ。

ギィィィィイイーー

ギギィ! ギギィッ! ギギィッ!

ギィィーー!

その騒がしい鳴き聲で思わず臺所から飛び出してきたシュメリアが、檻の前で盛大に足をもつれさせていた。

「きゃぁっ!」

シュメリアは、素早く移したアマランシアによって抱き止められた。

「シュメリアさん、慌てすぎですよ」

「えっ、あっ……。す、すみません」

魚人の子供たちは、しばらくして鳴いてから再び靜まった。

シュメリアはしばらく魚人の子供達の様子を見ていたが、やがてはふらふらと自室に戻って行った。

「今の、なんだったんだろうな?」

「『唄聲』でしょうか……」

「だとしても、俺たちにはわからないからなぁ」

五人の間で喧嘩でもしていたのか……

もしくは他の何かか。

魚人の唄聲は、人間には聞き取ることができない。

その上、人間の聲が屆く範囲と比べて、驚くほど遠くまで屆くという。

「もしかしたら、子供達の親が唄聲が屆く範囲まで來て會話していたなんてこともあるのかもしれないな」

そうなれば、おそらくはこの後街中でひと騒が起きることだろう。

「では、今夜は周囲を警戒しておきますね」

「ああ、頼む」

今のこの屋敷にいる戦闘力の高い者は、ロロイとアマランシアの二人だけだ。

最近、カルロはエルフたちの指導のあとは中央地區の自宅へと帰っていたし、フウリとシオンはそのまま街の外で自分の商隊の他のエルフたちと一緒に寢泊まりをすることが多くなっていた。

バージェスとクラリスは、もちろん二人のの巣だ。

念のためロロイにも警戒するように伝えようとしたが……

そちらはすでに睡していた。

→→→→→

そして、時は數十分ほど遡る。

魚人の子供達は、アルバスのお屋敷の玄関ホールで鉄の檻の中にいた。

その檻の前から、魚人の子供達に向かってアルバスが魚の乗った皿を差し出している。

「あっ……、人間がまた魚をくれた」

「でも、いつもくれる人間と違うよ? これは食べてもいい魚?」

「わからないから、ちょっと待った方がよくない?」

魚人の子供たちは、いつものように唄聲を用いて會話をしていた。

今は、目の前に魚に生唾を飲み込みながらも、いつも魚をくれる人間とは違う人間が來たのでし警戒しているところだった。

「わからないなら、僕が味見してくる!」

「あっ! こら、シュミカ。あんたはさっき一口多く食べたでしょ!?」

だが、一人が飛び出したことで全員が一斉に飛び出した

警戒心よりも、食が勝ったのだ。

「シャルルだって。昨日は二口も余分に食べてたの知ってるぞ!」

「どうでもいいからこっちによこせっ!」

「ダメだぞっ! 僕のだっ!」

「しっ、人間が何か言ってるよ!」

「しゃべり方が遅すぎて、全然言葉わかんないよ。それより魚っ!」

「んー、ちょっと聞こえた。この人間は『シュメリアが好き』なんだって」

「それ、どんな魚?」

「さぁ?」

「でも。シュメリアって、魚というより僕らみたいな名前だね」

「どうでもいいけどシュミカ、その魚こっちによこせよっ!」

「あ、ずるいよシュラン!」

「あーっ、シャルルがいつの間にか一人で食べてる!」

「私もうお腹いっぱいだからもういいや。そろそろなんかして遊ばない?」

「いいねいいね、いつもの追いかけっこやろうよ」

「えー、それもう飽きたよ。だってここすんごい狹いし」

「じゃ、あの人間に水をかける遊びは?」

「あ、それ面白そう」

「やめときなよ……、『敬意』だよ」

「それって海獣じゃない?」

「人間も海獣も似たようなものじゃない?」

「んー、確かにそうかもね」

「よーし、それじゃあ僕からね……」

そんな風に檻の中ではしゃぎ回る魚人の子供達の元に突然に、ある一節の唄聲が響いてきた。

『シュッカ! シュラン! シュミカ! シャル! シャルル!』

その唄聲は凄まじい度で振り撒かれ、繰り返し繰り返し魚人の子供たちの名を呼んでいた。

それを聞いた魚人の子供たちが、一瞬にして靜まり返った。

それと同時に、その唄聲も途切れた。

「……」

「……」

「ねぇ今の……」

「しっ、靜かに」

「……」

そして、再び唄聲が響いてきた。

『可い子供達! どこにいるのっ!』

それは、子供達を探すシャリアート(母親)が放つ唄聲だった。

それを認知した子供たちが、一斉に騒ぎ出す。

『お母さんだ!!!!』

『お母さんが近くにいる!!!』

『おかあさーーーーん!!!』

『お、か、あ、さぁぁぁーーーーーん!!』

『ああっ! 子供達っ! どうか返事をして!』

『お母さんっ!』

『お母さん!!!』

『私達はここだよっ!』

あらん限りの鳴き聲と唄聲を駆使して、子供たちは自分たちの存在を母に知らせようとしていた。

『だめだよ。まだお母さんは遠くにいるみたいだ』

『僕達の唄聲じゃ、お母さんのいるところまで屆かない』

『靜かにっ! お母さんがまた何か言ってるよ!?』

『……私は。……あなた達を酷い目に合わせている人間を許さないっ! ……一人殘らずだらけにして殺し盡くしてやる! だから……、だからどうか無事でいて』

『お母さんっ!』

『僕達はここだよっ!』

『殺す殺す! 絶対に殺す!!! 人間は全部殺す!!』

『お母さん』

『お母さん!』

『お母さん!!』

『ダメだ、全然屆いてないみたい』

『どうか、無事でいて……。すぐに行くからね……』

そんな唄聲が飛びう中。

魚人達の聲に驚いたシュメリアが、足をもつれさせていた。

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