クドドリン卿の奴隷闘技場は、予告なしの當日開催にも関わらずかなりの人で賑わっていた。

ちらほらと空席はあるが、それでもこのサイズの闘技場をこの短期間の宣伝だけでほぼ満員の狀態にまで持っていくというのはとんでもない集客力だ。

クドドリン卿は、今日のこの開催だけでさぞかしガッポリと金(マナ)を稼いだだろうと思われる。

そして見る限り、観客の大半は街人のようだった。

クドドリン卿のチラシに詳しい催しの容が書かれていなかったことを考えると、『生臭いショーを見たいから來た』というよりも『とにかく興味を惹かれたから來た』といったところだろう。

中央大陸にあった『奴隷闘技場』の話は、勇者ライアンの土魔龍ドドドラス討伐譚と共に、最近名前だけはよく耳にするようになっていた。

だからここに集まっている街人達は、単純に中央大陸の貴族達の間で流行っていたという『奴隷闘技場』なるものに興味を惹かれ、クドドリン卿のチラシの限定に煽らたということなのだろう。

「これが……奴隷闘技場か？」

「西征都市カラビナのものと比べると、し無意味にだだっ広いじだけどな……」

時刻はすでに12時を回っており、闘技場の部ではすでに戦闘が繰り広げられていた。

今の戦闘區畫はかなり遠い。

俺たちのいる側の客席とは反対側の石壁の下で、一人の魚人が二のウルルフェスと戦っているようだ。

その細で長の魚人の男は、両腕に魔封じとスキル封じの手錠をされ、一つでウルルフェスとの格闘をさせられているようだった。

武もなく、ひたすらに逃げ回っている。

そうしながらも、時折振り返ってはその長い手足でウルルフェスに一撃をれていた。

一部の席からは「逃げろ逃げろー、逃げないと死んでしまうぞ」などというヤジと共に、下卑た笑い聲が聞こえてきていた。

「これが……面白いのか？」

クラリスは、あからさまに眉を顰めている。

以前アマランシアから、アマランシア(エルフの)が奴隷闘技場で死闘を繰り広げる詩(うた)を聞いていたこともあり、クラリスは『奴隷闘技場』というものに対して並々ならぬ嫌悪を持っているようだった。

詩の中のエルフが非道な目に合っていた様は、そのを引くクラリスとって他人事と思えなかったのだろう。

「大半の街人にとって、こんなものは面白くはないだろうな」

し客席を観察してみて、それはすぐにわかった。

笑い聲が起きるのは貴族席と思しきし高い場所だけだ。

それ以外の場所にいる大半の観客達は、クラリスと同じくこの景に眉を顰めているようだった。

というか、街人達からすると本當にこれの何が楽しいのかがわからないのだろう。

西征都市カラビナの奴隷闘技場は、完全に貴族向けの興行として開催されていた。

だが、今ここにいる人間のほとんどは普通の街人だ。

普通の街人がこんな風な殺戮ショーを楽しめるとは、俺には到底思えなかった。

これは……

ミストリア劇場の開催初日、俺がやらかした失敗と同じだ。

クドドリン卿は、完全に商売のターゲットを間違えている。

すでにある『闘技大會が開かれた闘技場』というネームバリューと、あえてなのかなんなのか容をうまくぼかした宣伝チラシにより、初日の集客は大功を収めているのだが……

どう考えても、これが長く続くとは思えなかった。

貴族達とは違い、たいていの街人は何かの拍子に壁の外に出ることがある。

だから『ウルルフェスに襲われて逃げう』なんてことは、もしかしたら明日や明後日には自分や自分の親しい誰かのに降りかかってくるかもしれない悲慘な出來事なのだ。

だからキルケットの街人達にとって、これは虛構や娯楽だと割り切って愉しみながら見れるような類のものではない。

今、目の前の奴隷魚人のに降りかかっていることは、この街の街人にとっては近すぎる。

こんなものを見て楽しめるのは……

『これがいつか自分のにも降りかかってくるかもしれない』ということを、想像する(・・・・)ことすら(・・・・)できない阿呆共だけだ。

「たぶん、すぐに廃れる。こんなものがキルケットで流行るとは思えない」

クドドリン卿の奴隷闘技場は、予想通りに醜悪な容だった。

クドドリン卿が何人の魚人奴隷を確保しているのかは不明だが、最終的には魚人が力盡きてウルルフェスに喰い殺されるところまでをやるのだろう。

そんなおぞましい景を見せられるとわかっていて、それを金(マナ)を支払ってまで見たいと思う街人がどれだけいるのだろうか。

「……」

クラリスからの返事はなかった。

とにかく、こうなってしまった以上くなら夜だろう。

もしあの魚人がなんとかして今日一日を乗り切れば、夜の闇に紛れてアマランシア達が何らかの行を起こすことが出來るかもしれない。

バージェスやクラリスを通じて、キルケット自警団にうまく手を回せばもしかしたら……

返事がないクラリスは、闘技場の試合を見つめたまま固まっていた。

「クラリス……？」

「なぁアルバス。あのウルルフェス達、なんかきがおかしくないか？」

そう言って、クラリスはその戦闘を睨みつけ続けていた。