《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第三百三十二話 ヘイレントの聖

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第三百三十二話

ヘイレント王國の王ヘレンは、天幕の中に置かれた桶に手をれ、念りに手を洗った。

手を洗っていると、背後のり口からはき聲を上げる男が、一人の兵士に抱えられて運び込まれてくる。

「誰か、助けてくれ。こいつが急に苦しみ出して……って、ヘレン王?」

男を運び込んできた兵士が、ヘレンの顔を見て驚く。

兵士が驚くのも當然だった。この天幕は傷を治す力を持つ癒し手が、重傷者を集中的に治療する場所だからだ。

本來腕がいい癒し手がいる場所であり、王がいるようなところではない。

「そこに寢かせて」

手を拭いながら、ヘレンは木製の頑丈な治療臺に目を向ける。

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「あの、他の癒し手は?」

「今は他の患者の治療に出ていて、私だけです。早く寢かせて」

兵士の言葉に答えながら、ヘレンは手刀や布がった桶を手臺の脇に運ぶ。兵士は戸いながらも、手臺の上に兵士を橫たえた。

「患者の容は? 何があったの?」

「え? あっ、こいつ、この前の戦いで腹に矢をけたんです。傷の治療はけたんですが、その後も痛みが引かなくて、そしたらついに立てなくなって」

兵士は焦りで早口になりながらも、必要なことを答えてくれた。ヘレンは男の服をがす。

服をがせ腹部を見ると、傷は殘っていなかった。しかし左脇腹からに腰かけて、赤黒く変していた。

「きっと鏃がに殘っているのね」

ヘレンは素早く診斷を下した。これまで何度も見てきた癥狀だった。

戦場では大量に発生する負傷兵を死なせないために、応急処置として癒しの技で傷を塞ぐ。

効率を考えればこれはこれで正解なのだが、治療を急ぐあまり、に矢や刃の破片などが殘ったままになることがあるのだ。

「ひどく化膿している。このまままだと助からない」

「そんな、お願いします。こいつを助けてやってください」

「腹部を切開して鏃を取り出すしかありません。手足を縛って。手臺にくくりつけて」

ヘレンは兵士に太い縄を渡した。こう言う時のために、手臺は頑丈に造られている。

「え? あっ、はい」

兵士は戸いながらも、言われた通り男を臺に縛り付ける。その間に、ヘレンは親指ほどの太さの木の棒を取り出し、苦しむ男の口にあてがう。

「これを咥えてください。口を開けて」

ヘレンが男に木の棒を咥えさせると、ちょうど兵士が男の手足を縛り終える。

「今から腹部を切開して、殘っている鏃を取り出します」

ヘレンは鈍く輝く手刀を取り出す。

「貴方は暴れないようにこの人をしっかりと押さえておいてください」

「え? 俺がですか? 他に人は?」

「居ません、容は一刻を爭います。いきますよ」

ヘレンは手刀を男の左の脇腹に近づけ、一番変している場所に突き刺した。

腹を刺された男の絶が、天幕の中に響き渡る。咥えさせた木の棒は歯形が殘るほど噛み締められ、縛られた手足は縄を引きちらんばかりに暴れる。

刀がつけた傷口からは赤黒いが飛び出し、ヘレンの顔や兵士の腕に降りかかる。

男の絶と降りかかるに、兵士が顔をなくす。激しい戦いをくぐり抜けてきた兵士であっても、戦場以外の場所で行われる命のやりとりにはがすくむのだ。

もちろん怖いのはヘレンも同じだ。これまで王宮で過ごしてきたヘレンにとって、を見ることは稀であったし、耳をつん裂く絶など聞いたこともなかった。しかし呆けてなどいられない。

「しっかり抑えて、暴れられると治療できません」

ヘレンは顔にかかったを拭うことなく、兵士に指示を出す。

「あっ、はい。わかりました!」

兵士は頷き、男のに覆いかぶさるように全で押さえつける。ヘレンは手刀をり、男の腹部を丁寧に切開する。

男の悲鳴が響き渡り、が溢れ出す。聲もも恐ろしかった。しかし怪我をした相手のことを思えば、怯えてなどいられない。しでも早く、正確に治療することこそ第一だった。

腹部を切開していくと、の間に肋骨が見えた。骨には鉛の突起が突き刺さり、骨を砕いていた。更に折れた骨が臓に突き刺さっていた。

「やっぱり鏃が殘っている」

ヘレンが骨に突き刺さった突起を確かめると、それは矢の鏃だった。

「除去します。痛むからしっかりと抑えていて」

兵士に忠告すると、ヘレンは手刀を桶に置いて、代わりに異を摑む手鋏を手に取る。そして肋に突き刺さった鏃を手鋏で摑み、強引に引っ張る。

天幕を震わせるほどの悲鳴とともに、鏃が引き抜かれる。

鏃を除去した後、ヘレンは臓に突き刺さった骨を引き抜く。傷ついた臓からはが流れ出る。

鏃を取り除き、臓に食い込んだ骨を除去したが問題はここからだった。

切開された腹部に砕けた骨。臓は傷つき管からは出が続いている。が大量に流れ出たため、治療臺に縛り付けられた男の顔は蒼白となり、今にも死にそうだ。

「おい、大丈夫か、おい! ヘレン王、大丈夫なんですか!」

手足を抑えていた兵士がヘレンを見る。兵士が揺するのも當然だ。これだけの大きな傷となれば、並の癒し手ならば數人は必要になる。

「大丈夫です、任せてください」

ヘレンは顎を引いて請け負った。尤もヘレンの癒し手としての実力は、平均よりし上といった程度だ。故郷のヘイレント王國では聖だなどと祭り上げられていたが、これは國威高揚のための宣伝でしかない。

かつての自分なら、こんな治療一人では無理だと逃げ出していただろう。だが勢いで大見えを切ったわけではない。かつての自分には無理でも、今の自分になら十分可能だった。

「治療を始めます」

ヘレンは臆することなく治療を開始した。

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