《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》108話 これからのこと

イアンはおとなしくサチの言葉に耳を傾けた。きかん気と評されても、昔からサチの言うことだけはよく聞く。それは立場が変わろうが、不変なのであった。

「ヴィジョンは大きく分けて二つ。最初に考えていたのは、とてもシンプルな方法だ」

そこでひとまず、間。サチのアーモンドの目は、イアンの顔を確認する。

「俺とディアナが結婚する。自然な流れだよな。ただし、王子が産まれれば俺は用なし。殺されるから、どのみち亡命するつもりだった。早めに逃げて手間が省けたってもんだ」

サチは自嘲し、狹い夜空を見上げた。傾き始めた月が木々に隠れそうだ。視線の先はイザベラだろうか。イアンにはイザベラの姿が見えなかった。

「逃げてから王権を主張して國を取り戻す。俺は國の英雄ザカリヤの息子、民に人気がある。他に適當な王位継承者はいないしな。あ、あと二人、クラウディア王妃の王子がいる。クリープことエドアルドとランディルだ。二人とも俺の力強い味方。

Advertisement

それと、まだ協力者が必要だよ。ナスターシャ王を倒すには、シーマとユゼフの協力が不可欠だ。ユゼフはともかく、シーマが俺たちをれるかどうか……」

「なんなら、俺も助力する。シーマとは話したくもないけど、そういう理由なら話は別だ」

「ありがとう、助かるよ。でも、それだけじゃ、ヴィナス様を死に追いやったことへの怒りは収まらない。怒りの矛先を別に用意しなくては……」

「怒りの矛先?」

「ああ、ディアナの侍のミリヤを知っているだろう? 厳に言うと、あいつは侍じゃなくてガーディアンなんだが。あいつを生け贄にする。煮るなり焼くなり好きにしてくださいと、シーマに差し出すのさ」

「へっ!? ミリヤちゃんを!? そんな酷いこと……」

「なにも知らないからそう言うかもしれないけど、あの、相當だぞ? 俺は殺されかかったことあるし。可い振りをしてるのは全部演技さ。正はディアナのガーディアン、護衛、兼相談役……と言ったところか。

ディアナと話してわかったんだが、俺やユゼフ、アスターさんの暗殺指令や騎士団の紛、ヴィナス様の死……そもそも、ディアナが王権を主張し始めたのだって、全部企んだのはミリヤだよ。ディアナはそんなに頭が良くないし、流されるままに従っていたんだと思われる」

「噓だろ……あの、ミリヤちゃんが……」

イアンは俄かに信じられなかった。ミリヤとは面識ある。あれだけの量良しだから、じつは何度かアプローチもかけている。六年前、謀反を起こす前の話だが──

ミリヤはおっとりしていて天然。ヘマばかりで、いつもディアナに叱られているイメージである。

艶のある栗に小を思わせる琥珀の瞳。らしい顔立ちに反し、地味なショールに隠れる房は巨大だ。イアンはこういうところも、しっかりチェックしている。だが、なにより一番の特徴は儚さ。誰かが守ってやらないと生きていけない、吹けば飛ぶような弱々しいの子。

イアンは城中で見かけてから一目惚れし、どうにか話そうと畫策した。ディアナに花をプレゼントすると見せかけて話しかけたり、ディアナが落としをしたと噓をついて聲をかけてみたり、い出そうと手紙を渡したこともある。

そして、ことごとく失敗に終わり、ディアナに最悪な印象を植え付けることとなったのだった。

ちなみに魔國で彼らをしている間は、あまり流していない。一度、顔を見せた時、ディアナから激しく罵られ、唾を吐かれたからである。結果、応対をすべてイザベラに任せたのだった。

「ま、信じられないのはしょうがないな。男は大抵騙される。安心しろ。この案は沒にしようかと思ってるんだ。狀況が変わったからな。もっと、誰も悲しまない良い方法がある」

イアンはをなで下ろした。あの可憐で可らしいミリヤが、ゲスクズゴミ野郎シーマへの供に捧げられる未來は避けてほしい。

「新しい案はな、この狀態を継続する、だ」

サチは念を押すように、視線を合わせてから話を進めた。

「俺は騎士団に戻る。しばらくしたら、學匠の學校へ行くのもいいかもな。全部元通りさ。シーマにはずっと寢たままでいてもらおう。代わりに、ディアナが王として正式に即位すればいい」

「ディアナ様が??」

「そうだよ。ユゼフと結婚してな。あの二人は好き合っているんだし、なんら問題ないだろ。ユゼフが王配となってディアナを支えればいい。これならもう、誰も傷つかないし、死ぬこともない。

グリンデルとはどうあっても敵対する。でも、ディアナが正式に即位すると、ナスターシャ王も手を出しにくいんじゃないかな。どうせ、あの鬼婆は跡継ぎも産めない年齢だし、そのうち死ぬし。グリンデル問題は時が來たら片付ければよい」

しばし、イアンは言葉を返せなかった。固まったまま、サチが見上げる木の上へ視線を這わせる。サチが考えを変えたのは影の主、イザベラの存在が影響している気もする。

「ごめんな。君からしたら、シーマは父親なのに寢たままでいてもらおうだなんて……」

「いや、いいよ。あんな奴、死んだほうがいいぐらいなんだから。それより、シーマはいつか、起きるんじゃないのか?」

「それに関しては大丈夫なんだよな。監されている間に學んだことがある。ユゼフとシーマは魔族方式の臣従禮をしているだろう? これは、主より僕(しもべ)の力が大き過ぎると大問題なんだよ。シーマも強い力を持つ妖族ではある。でも、魔王の力は桁違いだ。

まえに話したこと、覚えてるか? 魔族の臣従禮は特別だと。あれは魂の契約だ。僕(しもべ)を使役するには気を吸い取られる。強大な僕(しもべ)は大量の燃料を要するんだ。今のシーマは弱った狀態のところ、無期限に気を吸い続けられているから、もう目覚めることはないんだよ」

報量が多過ぎて、イアンは呆けた。ユゼフから力を吸われ続けているシーマは永遠に目覚めない──ようやくこの事実に直面した時、イアンのはなぜかチリチリ痛んだ。

「蓬萊の水を與えたから死にはしない。主のシーマが死んだらユゼフも死んでしまうからな。だから、非常に都合の良い狀態。ユゼフは死なないシーマから永遠に養分を得ることができるんだから。

萬が一、起きることもあるかもしれないな? だとしても、以前の健康には戻れない。介助が必要だろう。その場合、ゴチャゴチャ言ってきたら、イアン、君が即位すればいいんだよ」

「へっ!? 俺??」

「そうそう。現王権の正當な王位継承者なんだから、誰も文句は言えまい。國の舵取り? そんなもんはユゼフが今まで通り全部やってくれるから、問題ないんだよ」

サチの言うプランは完璧だった。皆がむようにことが運び、國はふたたび一つになる。サチもイアンも平穏な日常をでき、誰かといがみ合うこともなくなる。爭いは終わり、安心して生活できるようになる。皆がハッピーになれる。

ただ一人、シーマを除いては。

──こうなったのはシーマの自業自得だ。あいつの鬼畜行為のせいで多くのが流れたし、みんなが悲しい思いをした。そうだ、ぺぺの養分となって永遠に目覚めなければいいんだ

イアンがを痛めるのはヴィナスのせいだった。たぶん、彼はシーマが死んでいるような狀態だと悲しむ。

暗い気持ちと連して、急に月が隠れた。悪寒がして、イアンはブルッとする。闇は嫌いじゃないはずなのになぜ?

風が吹いた。黒い黒い風だ。

ここは住み慣れたローズの森。変な気持ちがするのは、どうしてだろう。とても靜か。

鳥も、蟲も、齧歯類も……息を潛めている。

    人が読んでいる<ドーナツ穴から蟲食い穴を通って魔人はやってくる>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください