《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》51 魚人の鱗とエルフの瞳

「ミトラ! シュメリア! どこだーっ!?」

お屋敷が崩れ落ちた時。

俺は、たまたま庭側に転がり落ちたおかげで、かろうじて自力で瓦礫から抜け出すことができていた。

そして今、崩壊して瓦礫の山と化したお屋敷のど真ん中で、一杯の聲を張り上げていた。

お屋敷の二階部分の崩壊と共に、天井までもが崩れてきた。

その衝撃でアマランシアの防が完全ではなくなり、その隙間をって何発もの水の矢が俺たちに降り注いで來た。

床が崩れる直前。

俺達の手助けにろうとするアマランシアに、何処からともなく現れた首領がアダマンソードで斬りかかって行くのが見えた。

その二人は、し先の瓦礫の上で今もなお接近戦を繰り広げているようだ。

『時空の魔石』で飛び回る首領に対し、アマランシアが霧の魔で対抗している。

互いに互いの位置を悟らせないようあちこちで牽制する音が聞こえた。

そこへロロイとクラリスも參戦し、三対一での総力戦となっていった。

首領も、近接戦でその三人を同時に相手にするのは分が悪いようで、流石に余裕がなくなりつつあるように見えた。

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なら、俺はこの隙にミトラ達を……

「うっ……」

再び歩き始めて、に激痛が走った。

落下の衝撃で全が痛い。

水の矢の攻撃は、奇跡的に左肩をえぐっただけで済んでいた。

ドクドクとが流れ出る傷口に、歩きながらアルカナの『止めの薬草ペースト』を塗りこんだ。

俺たちの頭上に広がる『海原』は未だ健在だ。

ロロイ達は、首領に再びその海原の魔法力を使わせまいとして、凄まじい勢いでの波狀攻撃を仕掛けていた。

らの助力は期待できない。

こっちはこっちで、何とかするしかない。

「ミトラ! シュメリア!」

脳裏によぎる『死』という言葉を懸命に振り払いながら、俺は必死に彼達の名を呼んだ。

こちらの狀況は限りなく最悪に近い。

「ミトラ! シュメリア! ……頼むから、返事をしてくれ!」

「……ア、アルバス様」

不意に、俺のし先の瓦礫から聲がした。

それと同時に、そこから魔が周囲にれ出した。

俺の目の前で、瓦礫の山がパキパキという音を立てながらその形狀を変化させていった。

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「ミトラ!」

その魔は、ミトラの錬金魔によるものだった。

瓦礫に埋まってしまっていたミトラは、下から錬金を使うことでそこから自力で抜け出してきたのだった。

「アルバス様……」

「無事かミトラっ!?」

し、気を失っていたようです」

駆け寄ってそのれるが、奇跡的に大きな怪我はないようだった。腹も、特に異常はなさそうだった。

「よかった……」

思わず、聲が震えていた。

から力が抜けかけるほどの安堵が、をめぐる。

「シュメリアが……、よろめいた私(わたくし)を再びアマランシア様の近くに引き戻してくれました。それで、魔に貫かれずに済んだんだと思います。アルバス様……、シュメリアは?」

「まだ、どこかの瓦礫の下だ」

「っ! シュメリア! どこですか!? シュメリアっ!!」

ミトラのぶ聲にも、やはり応える聲は無い。

俺の持つ松明の明かりに照らされて、眼帯に覆われたミトラの表が、みるみる不安げなものとなっていった。

「ミトラの『生命探知』のスキルで、シュメリアのいる場所を探れないか?」

俺がそう言うと、ミトラが「あ……」とつぶやいて息を飲んだ。

「すぐに!」

その後、ミトラは呼吸を整えてスキルを使い始めたようだった。

そして……

「……いました! こちらの……、きゃぁっ!」

いきなり走り出したミトラが、瓦礫にぶつかった。

尖った破片で足を切り、その場所に倒れ伏してしまった。

「ミトラ! 前が見えないのに無茶するな!」

慌てて、ミトラを助け起こす。

そんな狀態でも、ミトラはシュメリアの名を呼び続けていた。

「くっ……! こんなものっ!」

ミトラが半狂になってそうび、自ら眼帯を解いて地面に投げ捨てた。

翡翠の瞳が、目の前の瓦礫の山と化したお屋敷を見て、驚愕していた。

「っ! シュメリア!! 今、助けます!」

視覚を得たミトラが、シュメリアの名を呼びながら走り出す。

そして、錬金魔で目の前の瓦礫の山を掻き分け始めたのだった。

「シュメリア!! そこですね! すぐに……、助けます!」

膨大な量の瓦礫を掻き分けた中から、徐々にシュメリアの小柄なが見えてきた。

そうして、シュメリアは瓦礫の中から救出された。

だが今、シュメリアは意識がないようだった。

「シュメリア!」

「シュメリアッ!」

ミトラと二人で、同時にその名を呼ぶが……

シュメリアからの返事はない。

「あぁ……、アルバス様……、が……」

ミトラが指し示す先の、シュメリアの腹のあたりがに染まっている。

どうやらそこに水の矢の直撃をけたようだ。

松明を近づけて傷を見ると、流れ出るの量はかなり多く、すぐに治療を施さなくては命にかかわるものであると直した。

「ア、アルバス様……」

ミトラもそれをじているようだった。

ミトラの聲は、隠しきれない揺で裏返りかけていた。

「……」

俺は無言でき始めた。

すぐにでもシュメリアの傷口を詳しく確認し、俺にでき得る最大限の処置を行う。

その後は、どれだけ素早く白魔による治療をけさせられるかが命の分かれ目だ。

『倉庫』スキルから、アルカナの『止めの薬草ペースト』を箱ごと取り出しながら、俺はシュメリアの服を引き裂いた。

そして……

そこで見たものに、思わず一瞬手を止めた。

「や……、いや……」

いつの間にか意識を取り戻していたシュメリアが、掠れた聲でうわごとのようにそんなことを呟いている。

「……気にするな。俺は気にしない」

俺は、そのままシュメリアに対する処置を続けた。

「うぅ……、ごめんなさい。ごめんなさい……」

シュメリアは、かすれた聲でそう言って謝り続けている。

そんなシュメリアの脇腹から足にかけての

そこには、薄い青の『鱗』が無數に生えていた。

魚人族に特有のものであるはずの『鱗』が……

シュメリアのの上で、松明の明かりを反してキラキラとしたを放っているのだった。

「だから、気にするな。俺達にとって、そんなことはどうでもいい」

シュメリアは魚人の『唄聲』を聞き取ることが出來ていた。

そのことから、シュメリアが魚人族のを引いているということは、先程からすでに予想していたことだった。

以前、俺が著替え中のシュメリアの姿を見てしまった時、シュメリアは驚くほどに揺していた。

あれはつまり、魚人の特徴である鱗を俺に見られたかもしれないと思い、それでああいう態度になっていたのだろう。

思えば、シュメリアは誰に対してもを見せることを異様なほどに嫌っていた。

風呂も、いつも深夜に一人きりでっていた。

そんなシュメリアが自然でいられる相手が、たった一人だけいた。

それが、盲目を裝っているミトラなのだった。

「すぐに薬草で傷を塞ぐ。痛みはあるだろうが、しだけ堪えてくれ」

だが、正直今はそんなことどうでもいい。

「何者であろうと、シュメリアはシュメリアです」

ミトラのその言葉には、わずかばかりの揺がじられた。

それはシュメリアについてではなく、未だその出自を偽り続けているミトラ自についての後ろめたさからくるものだった。

俺は素早く傷口の場所を確認し、水で洗い、そこにアルカナの止めの薬草ペーストを塗りこみ始めた。

今は、とにかくシュメリアの傷を塞ぐことが先決だった。

流れ出ると反応し、アルカナの止めのペーストが凄まじい勢いで固まっていく。

それで、シュメリアの腹から流れ出るの勢いが幾分か和らいだ。

でも、まだだ。

外に流れるが止まっても、失ったが戻るわけでもない。

それに、出を抑え込むためと俺はとにかく傷を塞いでしまったが……

これほどまでに深い傷を固めるのは、皮の表面の流を止めるのとはまったくもって訳が違う。

本來なら巡るはずのの中のの流れを、無理やりに堰き止めている狀態なのだ。

やはり、すぐにでも次の手を打つ必要があった。

「すぐにでも、白魔師の治療をけさせないと……」

「もう、いいんです」

シュメリアがか細い聲を上げた。

「シュメリア!」

ミトラの聲が響く中、シュメリアは言葉を続けた。

「私の父は魚人だったんです。だから私は半分魚人……。ミトラ様。今までずっと噓をついていて、本當にごめんなさい……」

目を閉じたまま、絞り出すようにそう言った後。

シュメリアの両頬を、涙が伝い落ちた。

それを見て……

ミトラが覚悟を決めたように拳を握りしめた。

「シュメリアが謝ることなど、何もありません。本當に謝るべきなのは、むしろ私(わたくし)の方なんです! シュメリア……、もう一度目を開けて、いまの私(わたくし)を見てください」

そんなミトラの聲を聴き、シュメリアがゆっくりと目をあけた。

その視線が、つい先ほど眼帯を捨て去ったミトラの視線と絡みあう。

「ミトラ様……。目が……、その瞳は……」

「シュメリア……。私(わたくし)も、ずっとずっとあなたに噓をついていました。私(わたくし)は……、本當は……」

「エルフのの瞳? じゃあ、ミトラ様も……? 私と同じようにを持って……」

「はい。私(わたくし)の母はエルフでした。そのことを、今までずっとずっと黙っていました」

「そう、だったんですね。私と、おんなじで……。だから、お側にいると……、こんなにも心が落ちつい、て……」

「シュメリア?」

「ちょっとだけ、眠ってもいいですか?」

「……はい。目が覚めたらまた、たくさんお話ししましょう」

「は……、い……」

そう言って、シュメリアはゆっくりと再び目を閉じた。

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