《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》137話 絶

「人を守れ」

化けが人と共に生きる為に必要な作法なんて、つまるところそれだけだ。

熊野ミサキの原點は2つある。

あの日、涼しい夏の夕方、大好きな父と一緒に軒先でスイカを食べていたあの瞬間。

「力とは、なんの為にあるかわかるかい? ミサキ」

「なんの話です? お父さん、なんか新しいTVドラマでも見たんですか?」

「こらこら、君、反応が母さんのそれなんだよ」

ふにゃりと笑う父の顔が、ミサキは嫌いではなかった。母もその顔が好きで結婚したと聞いた事がある。

「お母さんは言うてましたよ。うちのお父さんはロマンチストのケがあるから、なんかたまに無駄に悩みすぎる所があるって」

まあ、そんな所が可いんだけどね。と母がぼやくように會話を締める。

ミサキはそんな時間が嫌いではなかった。

「ははは、確かに。古來より僕たちの家系はこれに悩まされててね。人にあらざる力、人に依らない力、これは扱い方を間違えれば立ちどころに多くの人を不幸にしてしまう力だ」

「ふーん。よおわからんです」

ぷぷぷと、小皿にスイカの種を吹き付ける。

深い夕焼け、軒下から見える遠くの山間が赤く、染まっていく。

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とても、穏やかな時間だった。

「あはは。ミサキには難しい話だったかもしれないね。うん、今は良い。わからなくとも。でも、そうだな、いつか、ミサキが困った時が來たら思い出してしいかな」

「困った時?」

「そう、困った時。人生は困る事が多いんだ。そして人が1番困るのは自分がやるべき事が分からない時、見えなくなった時さ、そんな時、自分の心に地図があると迷わなくなる」

「お父さん、お話が長いです。何が言いたいんですか?」

スイカを全て食べ終わったミサキは、はっと固まる。

語りを見つめる父の顔。

目を細め、穏やかな表がとても優しくて、優しすぎてーー。

「人を守れ」

父の大きな掌が熊野ミサキの頭をでる。

その言葉は、い彼の中にストンと、はまった。

「ミサキはお父さんやお母さんは好きかい?」

「え、う、うん。そらそうですよ、親ですし」

「ははは。これは手厳しいな」

「う、うう。なんですか、今日のお父さんは意地悪です。……好きですよ、親だから、とか関係なしに、お父さんは優しくて面白いし、お母さんは強くて綺麗やし」

「ああ、そうだね。他には? ミサキ、君の周りにいる大切な人達のことを思い浮かべてごらん」

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の先生、絵がうまくて優しいから好き。同じクラスのあっちゃん。縄跳びや一車教えてくれるから好き。通學路でよく會うおばちゃん、挨拶すると飴ちゃんくれる、近所のボブはこの前、なんかお花くれた」

「近所のボブには僕からよく話しておく。あの野郎、まだ諦めてなかったか……まあ、いいや。ミサキ、君の周りにはキミを大切にしてくれる人たちがいるね。好きかい?」

「うん」

「その人達がいなくなるのは嫌かい?」

「いなく、なる……?」

そんな事考えたこともなかった。

「ミサキ。君は僕の子だ。大いなる力と宿命を君に継がせてしまった。辛いこともあるだろう、悲しいこともあるだろう。こんな事しか教えてあげられない僕を恨んでくれ」

父の笑って、それでいてし泣いていそうな顔をミサキは今も覚えていた。

夏の夕方の話。

そして、もう一つ。

「君にしか頼めない事がある。熊野ミサキくん。古來よりこの國のを抑え、國家100年の計を支えてくれていた君にしか」

「おっちゃん。相変わらず演技がかった喋りやな。ここにはウチとアンタだけや。言うてみ? ミサキさんに。アンタの言う事なら葉えたるで?」

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「ははは、これは手厳しい。神仏と人の繋ぎ目。古い巫を守りし一族の末裔よ。哀れな老骨の願いを聞いてくれるのであれば……どうか、君には人を守ってしい」

「は! えらいストレートな言い方やな、ええよ、あんたの夢の先、あんたのたどり著く未來、悪うない! どんとこのウチに任しとき! あんたの國も、あんたの國民も、全部うちが守ったるよ」

「恩に著る」

指定探索者になったあの日。

熊野ミサキの価値は人を守る事。

ずっとそうやってきた。今までも、これからも。

でも、だめだ。

――恨みます。

あの子の目が、顔が脳裏から離れない。

ただ一度の敗北は、彼の全てを臺無しにしてしまった。

◇◇◇◇

それはもうウチには止められん。

全部臺無しにした。一回の敗北はうちの綺麗でとても大切だった記憶全部をしょうもないモンに変えてもうた。

うちの目の前でまた、それは始まってしまう。

守らんといけん人たちが、命がごみのように捨てられる様を。

「は〜い、それでは早速、イズ王國に逆らう大罪人の処刑! と行きたい所ですが〜その前に、この罪人を我がイズ王國に招きれた人がいますね〜出てきてくださ〜い」

班長ののんびりした聲、同時に群衆の中から數人が現れる。

フジ山お面に作業服、一般的なイズ王國の住民達。

2人に羽締めにされた男が、引き摺られて。

「殘念で〜す、白川さ〜ん。勤務態度は非常に真面目。チームのリーダーとしても周りによく目を向けてくれていたあなたがまさか、王國に探索者を招きれるとは〜」

「ま、待ってください! 班長! わ、私は、私は誓って! 誓ってイズ王國に反旗を翻そうなどとは!」

白川。あの探索者を拾ってきた國民。

彼に悪意があったとかなかったとか関係ない。イズ王國はアサマ様の絶対によって全部擔保されとる國や。

それを脅かすモンが許されるはずがない。

ああ、だから、あの勇敢な子たちは。

ウチのせいで。いや、違う、ウチが――。

「ふ〜ん、そうですかあ。まあ、確かにぃ〜あなたは真面目で優秀な國民です、しかも娘さんはアサマ様の輿れ候補となると……ああ〜そうだ、そうだ、では、贖罪をもって貴方の罪を濯ぐのはどうでしょうか」

「し、贖罪……?」

「あなたは示さないといけない、あなたは証明しないといけません。あなたがイズ王國の忠実な僕ということを。アサマ様に信仰を捧げる穢れなき民であるということを」

「な、何をすれば……」

からんっ。

投げられたのは先端がねじ曲がった赤い槍。

「アサマ様の尊いで作られた槍で―す。それ槍で、この男をあなたが殺してくださ〜い」

小太りのエビス顔の男がにたにたと笑いながら白川にそれを迫る。

ああ、また、これや。

人間から善や良識、全部を奪い去るようなやり方。

ウチは、アサマ様も怖い、怖いけど、この男も同じくらいに。

「そ、それも、できない、出來ません……」

「うん?」

「味山さんは、いい奴だ。き、今日だって定期的な狩りで何人もの命を救ってる! 班長! ご存知でしょう! 毎日イズ王國の男達は狩りに出ては10數名が當たり前に死んでる! で、でも、今日は違った!」

駄目や、白川さん。やめとき、あんたのその善はほんまにええもんや。でも、見てみ、あの男、班長の顔を。

なんちゅう楽しそうな顔しとんねん。

「0人だ! うちの班どころか、この地區の男達で死んだ奴はゼロだ! あ、味山さんがいたからだ! 彼が化けをほとんど間引いてくれた! 俺には彼がアサマ様を脅かす大罪人とはとても思えない!」

その聲は力強く。その聲は誠実で、いっぱいな聲やった。

――をま―もれ。

なんやったっけ。ウチ、何をしてるんやっけ。

「う〜ん、おかしいですねえ〜アサマ様の加護が薄れてます〜……貴方の仕業ですかぁ? 味山只人」

「…………」

磔にされてる男は何も答えん。アサマ様のお面はすでに剝がされて、その表ははっきり見えるけど、無や。

でも、なんか不思議やった。

こいつ、磔にされてるのに、まるでうちらを見下ろしているような。

「まあ、いいでえ〜す、じゃあとりあえず、味山さんと同じようにあなたも処刑ということで〜」

「な、なんで……」

「お父さん」

「み、波……だ、ダメだよ、こっちに來たら、ほら、いい子だから、あっちへ」

ひょこっと場に出てきたフジヤマお面のの子。白いワンピース、輿れ候補の裝を著て。

「いいんだよ、私達何も怖がることなんてない」

「え……」

「アサマ様が言ってたの。生きてる所から違う所にいっても怖くないって。いつでもこっちにきていいよって……」

「ああ、それは、それはいいことだ……いい事……? な、んで? 波が、嫁に……? いや、それは名譽な事だ、アサマ様に輿れ、アサマ様に……でも、なんで、アサマ様は波を……え、マテ、お、かしくないか」

「おやァ〜……よくないですねえ~、親子の、父親としての想いのせいでしょうか~あははは、好きですよ~そういうの。人間の魅せるちっぽけな……消えかけのそれは綺麗ですね~」

「お父さん、怖くないよ、アサマ様はね、みなみたちを待ってるの。おやまにはたくさんたくさんおもちゃがあっておいしい果があっていい所だって。寒くて暗くて水浸しだって、だから、怖くないよ」

「ああ……ああ! あああああ!! 俺は、俺は、なんで……波、違う、違うんだ。アサマ様は、いや、アサマは!! 母さんを、ルリを食って――ああ……やだ、いやだ! 妻を食った化けにォ俺は娘まで……!? あああ、なんで、忘れていたんだ、俺は――なんで……」

「お父さん、どうしたの、お父さん、なんで、泣いてるの?」

抱き合う親子、父親のは小さく小さく揺れてた。

ああ、なんやろ、がざわざわする。

痛い、心臓の奧がつつかれているような――。

《味山さん、味山さん、良いじっすね。報酬”俺は正気に戻った!!”が効いてますね。トロフィーの使い方がわかってきたじゃないっすか。神話攻略が進んでますよ。あれ、オイラの聲を聴いてるのがほかにもいますね、ああ、熊野さんっすか。どうも、熊野一族の巫の末裔さん。あれっすね。やっぱ人類の自前の神だと、本相手にはきつかったすね。あ、これから多分面白いものが見れますよ。オカルト部を見殺しにした貴にとってはあまり面白くないかもですけど、まあそれは貴が弱いせいですから、自己責任じゃないんすかね》

えっ。

なんか聞こえた。隣にいるには聞こえていないみたい。

今のは――。

波、すまん、俺がどうかしてた……! だめだ、俺たちはここにいちゃだめだ!」

「どうしたのお父さん、なんで泣いてるの? 怖くないよ、私たちはアサマ様が守ってくれるんだから」

「違うんだ、波、アサマは―ー」

つぷ。

筆を差しれた墨のように夜が艶めいた。

かと思うと、それはみるみるま形になっていく。

ぶるぶるぶる。

フジ山お面をつけた人間たちが地面にのめり込まんばかりに平伏し。

うちのの中から、たくさんの赤ん坊の聲が響いてくる。

ああ。あの子が來てもうた。

「おや~、これはこれは」

班長が目だけをゆがませて。

「アサマ様のおなーり、で〜す」

「「「「「「「「「「かしこみ、かしこみ、奉る」」」」」」」」」」」

唱えるフジヤマお面たち。松明の火がごうごうと燃え始めて。

『こんばんは』

襤褸、影、黒い水たまり、ねじれた杖。

それは腰の曲がった老婆にも、未だ一人で立てれぬ赤子にも、両方に見えた。

影が、闇が襤褸を纏ってる。それが空を歩くたびに、その場に黒い水たまりが滴って。

『どうしたんですか』

の呪から逃れる者が現れ始めました。ここは一つ、改めて貴様の異を我々に拝謁させて頂きたく」

ぶるぶるぶるぶる。

音がした、隣にいるがを震わせてる音やった。バイブレーションのように震え続けるその姿。何も笑えん。

うちも、同じ。

ソレがしゃべるだけで、人はもうけんくなる。

フジヤマお面の國民も、白川も、うちらも、みんな、固まる。

下手にいて視線でも向けられたらそれで、終わり。

怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い。

決して見たらあかんモンがそこにおる、人間が決してれてはならんものがそこに。

「アサマ様。かのものは訪問者です」

『おきゃくさんですか。かにたまが好きです』

「ええ、どうやら彼はアサマ様にご挨拶がしたいようでして」

『そうですか、でも、張します、無視されたら悲しいです、カーテンは好きですが、クーラーボックスは狹くて寒いので嫌いです』

「大丈夫です、アサマ様。もし無視されたら、それは向こうが悪いのです、悪い人はどうしましょうか?」

『悪い人は怖いので死にます。いなくなります、深いの奧、さようなら』

「そのように」

出來レースや。

アサマ様に話しかけられて平靜を保てる人間なんておらん。目の前にいるだけでこんなにも、震えてるのに。

アサマ様の問いかけにこたえられんかったら殺される。でも、問いかけに返事できるわけがない。

人間と神様や。

無理や。

『こんばんは』

「こんばんは。ピークすぎたな、お前」

『! あいさつを返してくれました。あなたは良い人ですか。釣り針は痛いです、刺さないで』

「さあ、どうだろうなァ」

「「……え」」

うちと班長の口から聲がれるのは同時やった。

なん、で、普通に會話が……は? どういうこっちゃ。これ

アサマ様と探索者が會話を――。

『みんな、あいさつを返してくれません。お母さんの作るオムライスが食べたいです』

「おお、そうかァ、いいよな、オムライス。ケチャップ派か?」

『はい、すずめはカラスよりも小さいです。冬は扇風機じゃないです、おうちにらないと凍えて指が取れました。もうくっつきませんでした』

「ああ、なるほど。確かに冬に扇風機はよくない、を冷やすぞ」

『あなたはお母さんですか?』

「なんだよ、迷子か、一緒に探してやるよ」

『でも見つかりません』

「こう見えて探索者だ。探しが得意でな」

「どういう……ことですか、なぜ、會話が……」

茫然、班長が目を丸く見開いて、つぶやく。

「一番怖かったのは、電話が鳴った時だな、あれがピークだった」

磔の男が笑う、なんや、こいつ。

なんでそんな顔で。

「あなた、どうしてしゃべれるのですか……いや、もう遊ぶ余裕ないですね、これ」

班長が、何か手で印を結ぶ。

その、瞬間。

「異界創生」

「お?」

『りゅうぐう』

巨大な扉。

磔にされた男の背後に、浮かぶように現れる。

『かいじゃくさん、どうして、まだお話したい』

「申し訳ございません、アサマ様~この男は悪い男なので~、リュウグウ様に早く食べてもらいます、いい子だからわかりますね~」

『でも、で、でも。この人おしゃべりしてくれて』

「悪い子はお母さん迎えにきてくれませんよ~」

『あ……』

ばたん。

扉が開く。その向こうには暗い夜の海が広がってる。

うその夜の海の中には金に輝く輝きが。

リュウグウ様が扉の向こうに。

「味山只人さん、あなたの穢れはすべてリュウグウ様の下で浄化されます~、最期に何か言い殘すことは?」

「あ~なるほどね、パターンが読めてきた、この後、そこの白川さんたちはどうなんだ?」

なんや、なんや、なんやねん、こいつ。

なんでそんな普通にしてんねん。今にも背後の扉からリュウグウ様の手がお前に向けてびてるん見えてるやろ、なんでやねん。

「死にますよ~」

「ふーん、そおか、じゃあ、任せたぞ」

「何を言って」「お前に向かってしゃべってんじゃねえよ、お前らだよ、お前ら」

「え」

その男、今にも夜の海に連れていかれそうな男はまっすぐそのままウチたちを見てて。

「アシュフィールドの奴は他人の事を考えすぎだ。あいつは人を救いすぎる。指定探索者、特別な奴にありがちな英雄思考だ、健全じゃねえ」

「あんた、何を話してんねん……」

「でも、お前らは見ててイライラしてくるな」

「……なにを」

「人を救わなすぎるのも駄目だ。良いようにやられちまってまあ。見ててイライラするよ、いい加減」

「リュウグウ様」

『ぽ』

ずるり、手が磔の本をぽきりとへし折る、そのままそれが扉の向こうに引きずられて。

「あ! 待て待て! まだ最後まで言ってねえだろうが! おい! 指定探索者ども!」

その男が、扉の向こうにある夜の海に沈む寸前やった。

「人を! 守れ! 指定探索者! 守らなすぎるのもふけんぜ『ぽ』

ぐちゃ。

夜の海の向こう側にある大きな口が男を丸呑みして、そのまま海の中へ。

「終幕」

ぎいいいい。

扉が閉まる。

またや。

うちはまたしても、人を守れんかった。目の前でまた。

「さて、次ですね」

人が死んだ

読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!

凡人探索者の2巻、原稿ほぼ固まりました。書き下ろし、9割! 新作だよ、これ。

もしも、遠山鳴人捜索任務にアイツやアイツが參加してたら……

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