《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第三百三十三話 ヘイレントの聖

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第三百三十三話

ヘレンの前には負傷した兵士が橫たわっていた。戦いで矢をけて一度治療されたのだが、腹部に鏃が殘ったまま治療されたため傷が悪化していたのだ。

ヘレンは急手を行い、鏃の除去には功した。だが手を行った傷口からは大量のが流れ出ている。

「おい、大丈夫か! しっかりしろ! 」

仲間の兵士が気を失った負傷兵に話しかけるが、意識を失っており返事はない。

「ヘレン王、本當に大丈夫なのですか!」

兵士が不安げな目をヘレンに向ける。確かに傷口は大きく、出は大量だ。これほどの大きな傷を治療するとなると、癒し手が數人は必要となるだろう。しかし今、この場にはヘレン一人しかいない。

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兵士の不安は當然と言えた。

「大丈夫です。任せてください」

ヘレンは請け負うと 切開された男の腹部に右手をかざした。すると手から白いが放たれ、傷口に降り注いだ。

怪我を治して癒す癒し手の技だ。この癒しのを傷口に當てていれば、傷が自然と塞がっていく。そのため癒しのをどれだけ大きく、長時間出し続けられるかが評価の基準だった。

この基準で言えば、ヘレンの素質は並の人よりも持久力が高い程度でしかなかった。當然これほどの大怪我を一人で治療する力はヘレンにはない。だが……。

「おっ、おおっ!」

治療を見ていた兵士が歓聲をあげた。兵士の視線の先では、開いた腹部の傷がみるみるうちに塞がり、治療されていったからだ。

「すごい。こんなに早く治るなんて! 他の癒し手と比べて段違いだ!」

兵士がヘレンの顔と傷口を互に見る。

もちろんこの急速な治療には、種も仕掛けもある。

ヘレンの力の。それはライオネル王國からもたらされた最新の醫療報にあった。

近年ライオネル王國では、癒し手の育に関する制度改革が行われていた。人の構造を理解するため、人間のを解剖し、研究することを部分的に認めたのだ。

改革を主導したノーテ樞機卿によれば、人の構造を理解し、治療の際に患部の構造を強く意識することで、回復効果が高まると言うのだ。

ヘイレント王國の癒し手達は、この意見を白い目で見ていた。

の解剖は忌であり到底許されることではない。それに癒しの技の源は神の奇跡であり、敬虔なる祈りこそが何より重要であると、見向きもしなかったのだ。

ヘレンも初めはノーテ樞機卿の話を信じてはいなかった。だがそんなヘレンのもとに、一冊の本が屆けられた。ノーテ樞機卿が行った人解剖の記録をまとめた著書であった。

正直あまり興味はなかったが、ヘレンにはヘイレント王國の聖という立場があった。王族であると言うだけで認定された名ばかりの聖だが、それでも聖は聖だ。それなりの仕事はせねばならない。

ヘレンに與えられた聖としての仕事は、ノーテ樞機卿の本を読み、聖としてこれ否定するというものだった。

そしてヘレンは嫌々ながらも、人解剖の研究が記された本を読んだ。そして本を読み終えたころに、ガンガルガ要塞攻略するための連合軍が結され、これにも嫌々參加させられた。

本を読むことも、遠征に參加することも、どれもヘレンがんだことではない。しかしヘレンは本を読んでいたことと、この遠征に參加したことを良かったことだと思っている。

まずノーテ樞機卿が提唱していた、人の構造を理解することで癒しの効果が高まるという理論は確かであった。

ヘレンは一度目を通しただけで、容はうろ覚えであった。しかしそれでも癒しの効果は格段に高まっていた。そして多くの負傷兵を治療したことで、経験が積み重なり、今や練の癒し手にも引けを取らぬほどであった。

ヘレンは自分が治療した兵士を見た。

意識を失っているが、痛みから解放されてその寢顔は安らかであった。

傷の治療うまくいったことにヘレンは微笑み、眠る兵士の頬を軽くでた。

ヘレンはこれまで名ばかりの聖で、ろくに人を癒したこともなかった。だが今こうして癒し手として人を助ける仕事に攜われたことは、ヘレンの大きな喜びとなっていた。嫌々參加した遠征だったが、ヘレンはここに自分の人生の意味を見つけた気がしていた。

ヘレンは切開した腹部の傷を全て塞ぎ終えると、癒しのを停止して右手で額の汗を拭う。さすがにし疲れたと息を吐くヘレンの前で、男を抑えていた兵士が膝を付いて頭を垂れた。

「ヘレン王、貴方は間違いなく本の聖です」

兵士はヘレンを、さながら神のように仰ぎ見る。

「いえ、そんな、私はただ治療しただけですよ」

ヘレンは両手を振って否定した。しかし兵士の目はなんて謙虛なのだと、心酔は深まるばかりだ。

なんとしたものかと、ヘレンの目が泳ぐ。その時、他の癒し手達が天幕に戻ってくる。

「あっ、すみません。この方のお願いします」

ヘレンは助けが來たとばかりに、兵士や治療を終えた男を他の癒し手達に押し付けた。そして自は天幕から出て、人気のない裏手に逃げた。

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