《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》×2-8
シギュンがそう言うとイオネルは一つ頷いて、続けた。
「であればタス村がいいだろうねぇ。あのあとシルベ村にやってきたのはタス村の人間だ。ジデンくんたちに調査させておいたから間違いないよ」
「エイちゃんはタス村の人間に拾われる、か。そうだね、なら『箱庭』はタス村の人目に著かないところに作ることにしようかね」
シギュンとイオネルの、二人の會話がまったく理解できないエインズが首を傾げているなか、シギュンは次にエインズへ話しかけた。
「エイちゃん。いまからエイちゃんにあたいの魔をかけるよ」
「魔? 前に僕にかけたやつじゃなくて?」
「そうだよ。これは魔師であるエイちゃんのためにかける魔。この先エイちゃんが直面するであろう困難に際したとき、自を振り返るための魔」
「シギュン婆さん、よくわからないんだけど?」
そうエインズが聞きなおすがシギュンは「うーん、どう言ったらいいのかね……」と苦笑いを浮かべているなか、イオネルがシギュンの代わりにエインズの問いに答える。
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「魔師はねぇ、自の願や祈りを世界の理を歪めて顕現させる。理に抗うための、それが魔。だけど悲しいかな、世界は、理は、その歪みを歪みとして殘ることを許さないんだよねぇ」
「イオネル、そんな難しいことをいま言ったところでエイちゃんは理解できないよ」
「だけどこの知識も婆さんの魔によって引き継がれるでしょ? 次のエインズくん、その次のエインズくんがそれを十全に消化していくだろうさ」
「そうかい……。お前が言うなら、それが正解かね」
次のエインズ、その言葉にシギュンは顔を曇らせた。
シギュンが口を閉ざしたのを見てイオネルは続けた。
「顕現した歪みは跡形もなく完全に消されるか、もしくは新たな理へと昇華されるかの二択でしかその在り方を許されないのさ。それが魔師としての死であり、道程なんだよぉ」
だけど、イオネルは続ける。
「その半ばで生としての生命が終了したとき、自が生んだ歪みとともに歪みが生じたその時まで戻ってまた次の歩みが始まるのさ」
「……戻る?」
「そう、きみのその右目の魔に目覚めたその時に戻る。他人(ひと)は時にこれを『魔の呪縛』なんて言ったりするけどね、おかしい言い回しだよねぇ。僕は『祝福』なんて思っちゃったりするけどねぇ」
「……だけどこれこそが魔師として大きな困難でもあるのさ。新たな旅路に出た魔師は、前回の旅の容を全て忘れてしまう。自が得た魔の因子だけを持って次の旅が始まってしまうんだ」
重々しくシギュンが口にした。
自が生んだ歪みが消化もしくは昇華されるまで繰り返す旅。幾千、幾萬、幾億の旅を経て僅かな違和を覚えた既視をたよりに茨の道を歩かなければならない。
個人としての命であれば、前回の命の記録を忘れているため神的な負荷はないだろう。だがそれは、魔師としての魂には刻み込まれ続ける。
幾億の旅路の中でけた喜びや、後悔や絶。辛酸も甘もその全てが刻み込まれ、ひび割れていく。魂の在り方を変貌させていく。
自の願を現化させるほどまでに強固な魂がひび割れていくと、魔師はどうなっていくのか。
「新たに旅立つごとに個人の神が変貌していくのさ……。最終的には廃人になってしまう、文字通り生きながらに死んでいる——、生けるとなってしまうんだよ、エイちゃん」
「わからない……」
エインズは分からない。だがイオネルとシギュン、二人がとても強烈なことを言っているのだと、それだけをエインズはじ取った。
「たしかにいまは分からないかもしれないね。でも、そう遠くないうちに嫌でも分かるはずだよ」
そう悲しそうに微笑みかけるシギュン。
イオネルの表は仮面によって隠されているため確認することはできない。しかしイオネルはシギュンと異なり普段と聲ひとつ変えることなく語っていた。
「あたいの魔は、そんな魔師を救うための魔。一つたりとも無駄にはさせない魔」
一つ一つの旅の容を記録するための魔、そうシギュンは語った。
それまでの容が頭にってきていないエインズには、魔師を救う魔と言われても疑問しか浮かばない。
「でも、シギュン婆さんがそう言うってことは、僕のためなんだよね? わかった、かけてよその魔」
シギュンの言葉が理解できなくとも、それでもシギュンの言葉をけれる。それだけの関係を二人はこれまでの月日で築き上げてきた。
イオネルに連れてこられたときであれば何かしら抵抗をみせていたかもしれないが、今のエインズとシギュンではそうもならない。
「イオネル、そこの真っ新な本を一冊取ってくれないかえ?」
イオネルはシギュンが指さした先にあった彼手製の本を手にとって皺だらけのシギュンの手の上に置いた。
「いまからかける魔は、エイちゃんの中に殘り続ける。改めてあたいから魔をける必要もない、一度だけの魔」
エインズは小さく頷く。
「いくよ、エイちゃん。——完全解除『魂の導き手』」
エインズの旅路を見て取ったシギュンによる、その先の魔。
シギュンの手の平に置かれた本は誰の手も借りることなく開かれる。白くまっさらな頁に淡いが一つ落ち、その上を走る。
走ったの後には文字が殘り、言葉を為し、文章を作っていく。
エインズの旅の記録が白紙の本に事細かに刻み込まれていく。エインズ自が認識できていないような小さな事象ですらも、それ一冊がエインズそのものであるように。淡い魔のは一冊の本にエインズを作っていった。
本の上を走り、頁を飛び越え、次々と新たに白い大地を走っていくをエインズはぼんやりと眺めていた。
シギュンもイオネルも、誰も言葉を口にしない。
ただ頁が捲られる音だけが聞こえ、無音でが走る。
しばらくして魔のは本を走り切った。
本全が一度淡く発するとすぐには治まった。
皺だらけの手の上にあるのは何の変哲もないただの本にしか見えない。しかしエインズはそこに脈のような何かをじる。
「この本自もあたいの魔因子を孕んでいる。だからこれも理の中を殘り続ける。そしてエイちゃんがこれを開いたとき、自の歩んだ道を完全に引き継ぐことができるのさ」
シギュンは本をエインズに手渡し、
「これはエイちゃん自でもあるから、あたいが『箱庭』を作るまではエイちゃんに預けておくさね」
優しくエインズの頭をでた。
夜はすでに深まっていた。
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