《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》×2-9

「それで? イオネルは生まれたての魔師をいったいどこから連れてきたのだ?」

「さて。導師雷帝イオネルが笑みを浮かべながら戻ってきたのち、箱庭の魔の住処へと向かったところまでは存じているのですが」

「ふむ。余といえど魔師を相手では勝手が利かんからな。……その魔師の素を知っておきたい」

ここはガイリーン帝國の宮殿の一室。

石造の宮殿は皇帝の権力の象徴であり、その細かな裝飾も帝國屈指の職人を集めて作らせたもので簡素な家屋しかないこの時代にはその存在は圧倒的なものである。

丁寧に磨かれたタイルが床一面に広がっており、そこに金で作られた椅子とテーブル、寶石が散りばめられた裝飾品も多く並んでいる。

この國でただ一人座ることができるその金の椅子に、向かいに立つふくよかな格をした男に話しかける青年が気だるそうに肘をつきながら座っていた。

「陛下ならば箱庭の魔と対等にお話しなされるのではないのですか?」

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ふくよかな格をした中年男はガイリーン帝國の宰相をしているジラード。

ジラードは髭をりながら、陛下と呼ばれた青年カリグラ=ディ=ガイリーンを真っすぐに見つめる。

「政や俗事においてはシギュンとも対等に話せるさ。まあ、婆さん相手に話すとなると普段よりも聲を張らなければならないのが億劫ではあるがな」

カリグラは首を橫に振りながら「それでも口だけはどんな聲量でも聞き取ってしまう地獄耳を持っているのは笑えるが」と冗談じりにジラードに返した。

「では陛下が直接お尋ねくだされ。私では恐れ多くてシギュン様とお話することができませぬ。軽口をたたく雷帝くらいであれば私でもなんとか話はできますが……」

しかしカリグラは首を橫に振った。

「そうなのだがな。こと魔においては余でも口出しすることが出來ぬのだ。なにせあやつら魔師は帝國よりも余よりも魔を信奉する変態だからな」

「そんな! 陛下をおいて他に重んじるべきものなどありえません! その思想はなんと——」

「良いのだジラード。余はそんな変態どもを認めて、余のために働かせているのだ。帝國がここまで繁栄できているのも奴らの知識、そして得のしれぬ実力があるからだ」

「しかし!」

「奴らが信奉しているのは余ではなく魔。ならば余と奴らの関係は、余とジラードや帝國の民草のそれとはまったく異なる。互いの領分には干渉せず、相互利益のために手を取り合っているに過ぎない。であれば余とてその線引きは守らなければならない」

ため息をつき、侍従に一瞬目をやったカリグラ。

控えていた侍従はすぐにカリグラの意図するところをくみ取り、金で作られたグラスと水差しを用意する。

侍従はカリグラとジラードの會話の邪魔にならないよう靜かにき、金のグラスをカリグラに差し出すとその中に水を注いだ。

「陛下はこの世のあらゆること全てが許されるお方でございます! 陛下が一歩引くなどとそんな……」

一口水を飲んだカリグラは激高し顔を赤くしているジラードを見て小さく噴き出した。

「そうよな。余は全てが許される。だがなジラード、そなたの言う『世』とはなんだ?」

「……陛下が統べていらっしゃいます現世でございます」

「ふふふ、そうではない。……だが、これは問いもよくないな。そなたが何も意識せず口にした世とはこの世のあらゆる事象、森羅萬象を言いたいのであろう?」

「はい……」

「森羅萬象であれば余の管轄である。だが魔師が生き、扱う事象はその森羅萬象の外側なのだ、らしいぞ? 理から外れた命に理から外れた力」

カリグラがそこまで話し何を言わんとしているのか理解したジラードが代わって続けた。

「森羅萬象が許される陛下でも、魔師ではない陛下ではその外側の事象においては手が出せない、と。だからシギュン様はじめ魔師の領分には踏みることができないということですね」

「そうだ」

金のグラスをテーブルに置いたカリグラは「しかし」と一つ間を置いて表を険しくした。

「だからといって、それによって余に害をすのであればそれは話が変わってくる。イオネルに帝國を離れる許可は出したが、その魔師の脅威までも呑んだわけではない。まずはその魔師のことを知りたい」

ジラードは髭をりながら思案する。

とはいえ、ジラードもイオネルが連れてきたという魔師のことを知らない。イオネルやシギュンの他に魔師のことを知っている者はいないだろうか、白い髭を指で弄るジラード。

「……そういえば帝國魔法士が何人か同行しておりましたな」

「ん?」

ぽつりとこぼしたジラードの言葉にカリグラが顔を上げた。

「イオネルと常日頃から行を共にしている魔法士といえば私に一人心當たりがあります」

「ほう、その者ならば何かしら知っていると?」

「可能は十分にあります。すぐに呼んでまいります」

ジラードはカリグラに頭を下げてから退出し、イオネルとともにシルベ村へ行ったジデンを宮殿まで寄越すよう指示を出した。

そのころ、イオネルとの一件以降久しぶりの休暇をのんびりと寢床で橫になりながら怠惰に過ごしていたジデン。

「怠惰、大いに結構なことです。休日はこうでなくてはなりませんね」

ここ數日、朝も晝も夜も常に瞼が鉛のように重く気を抜いてしまうとすぐに瞼が閉じられ意識が遠のいていくのをじていたジデン。

それでも業務に支障があってはならないとペン先で太を刺し、ペンを手にしていないときは口の中で舌先を噛んで痛みで紛らわせた。

「今日こそはイオネル様に何を言われようとも部屋からは出ません。何としても! なんならノックも無視してしまいましょうか」

ベッドにただを委ねるジデン。それだけでジデンの口角がわずかに上がる。

この程度のことで幸福をじてしまうほどジデンのは睡眠という極上の甘いしていたのだ。

ゆっくりと瞼が閉じられていくその時だった。

そんなジデンの安寧をぶち壊す音が出り口のドアから聞こえてきた。

軽く三回叩かれたその音にジデンの瞼は再び持ち上げられたが、先ほどノックの音には耳を貸さないと決意したばかり。

ジデンはそのを起き上がらせることはしなかった。

再度、三回ノックされる。

「イオネル様もどうせそのうち飽きて帰るでしょう……」

だがジデンは知らぬ存ぜぬ、寢床からくことはない。

「私はジラード宰相の遣いで來ているのだが、ジデンは不在なのか?」

ドアの向こうから聞こえた言葉にぴくりと眉が反応するジデン。

「すぐに皇帝陛下がいらっしゃる宮殿まで向かうよう言伝されているのだがどうしたものか……」

皇帝陛下、宮殿。

瞼の重さなど一瞬で消え去ったジデン。

背中を包み込むベッドも今は煩わしいばかり。

飛び上がるように寢床を後にしたジデンはドアまで駆け寄り勢いよく開いた。

「うおっ」

勢いよく開かれたドアにジラードの遣いも驚き後ずさる。

「すみません、すぐに応対することができず。近ごろ腹部の調子が悪く先ほども便所に籠っていたものでして、ははは……」

死んだ目で笑うジデン。

これで今日という休暇もつぶれることが確定したなと口から自の魂が抜けていく覚を覚えた。

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