ユラユラちゃんと深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)が出現し、眼で見える距離で爭い始めた。深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)だけであればまだ気付かなかったかも知れないが、ユラユラちゃんがいては気付かない方が難しいというもの。誰もが近くで始まった怪獣大戦爭に驚愕せずにはいられなかった。

ただ、この狀況でこれまで通りでいられる者が一(・)だけ存在する。そう、エリステルである。半狂で暴れているからこそ、周囲が全く見えていないようなのだ。この驚愕したかどうかという差が、盾隊に大きな被害を齎してしまった。

「キイィィィ！アアアァァァァ！」

「しまっ！？」

「ぐはっ！？」

集中が途切れたことで盾隊の一部がエリステルの翼をけ損ねたらしい。全員ではないのは流石だが、あれではダメージをけた者達が治療のために退避すると支えるのが難しくなるだろう。

ここは私達がくべきだ。私は魔隊に指示すると、防壁系の魔を使わせる。こんなこともあろうかと、防壁系の魔を何重にも発させる訓練をきっちり行っていた。訓練の果を見せる時であろう。

「ギガァ！？」

エリステルにとって、魔の防壁など薄紙も同然かもしれない。だが、塵も積もれば山となる。重ねた防壁は狂するエリステルの一撃を確かにけ止めた。

私達の工夫は防壁を愚直に重ねるだけではない。検証と練習の結果、私達は防壁系の魔を出するオリジナル魔を編み出すに至ったのだ。

「押し返せ！」

シールドバッシュが連打されるような形となったことで、エリステルは押し返されている。ダメージは微々たるものだろうが、前進しようとするエリステルをしずつ後退させているこの狀態は遊撃隊にとって絶好の機會であった。

ジゴロウ達は仰け反り続けているエリステルに背後から接近すると総攻撃を仕掛ける。前後から挾撃されるのはいくら狂していても鬱陶しいのか、エリステルは毎度のごとく回転して兄弟達を追い払った。

「馬鹿の一つ覚えってねぇ！」

ただ、回転して追い払うというお決まりのパターンを逆にアン達は利用する。彼らは両端が鉤爪になっているロープを投擲したのだ。

投擲されたロープはエリステル自の回転によって全に絡み付き、全の自由が奪われてしまう。追い払うための行為によって自分の首を絞めた形になっていた。

「オッシャァ！突っ込…止まれェ！」

「何…ぐえぇぇっ！？」

「ぎゃあああああっ！？」

さらに追撃をしようとした遊撃隊だったが、珍しくジゴロウが焦ったように靜止する。チンピラのように脊髄反でジゴロウの命令に従える者達はともかく、他の者達…特にし離れた場所にいた機隊は反応が遅れてしまう。

その一瞬が彼らの明暗を分けた。次の瞬間、上空から巨大な何かが振ってきたのである。それはエリステルに直撃したのだが、あまりにも大きかったせいで近付きつつあった者達が巻き込まれて押し潰されたのだ。

振ってきたモノは何か？それはユラユラちゃんの腕の一本だった。深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)によって千切られた腕がここまで飛んで來たのだろう。十メートルをゆうに超える長さの腕を千切るだけでも凄まじいのに、それがここまで飛んで來るとは…あの大きさで信じられないパワーの持ち主のようだ。

「治療、急げ！」

「何人カヤラレタゾ！」

腕によって押し潰された者達からは殘念ながら死に戻りする者が現れたらしい。地獄や深淵でログアウトすることは可能だが、死に戻りした場合は地上からやり直しだ。彼らが急いで深淵を目指したとしても、たどり著くには長い時間がかかるだろう。

一方でまだ生き殘っているが重傷を負った仲間達は急いで治療されていた。ただ、その傷の治りは非常に遅い。どうやらユラユラちゃんの腕には多種多様な狀態異常を引き起こす毒があり、その中には回復を阻害する効果も含まれているようなのだ。怪獣大戦爭の余波で最初の犠牲者が出るとは思わなかった。

私達にも被害は出たものの、千切れてもなお回復阻害の効果がある腕はエリステルにも効果を及ぼす。私達よりは遙かに高い抵抗力を持つようだが、同格たるユラユラちゃんの毒には耐えきれないようだった。

「あぐうぅぅ…痛い…痛いィィィィィ！」

ユラユラちゃんの毒に犯された苦痛から、エリステルは悲鳴を上げていた。毒だけでなく上空から降ってきた腕が直撃したことで、広げていた翼のの一枚がへし折れている。痛みで絶するのも當然であった。

こちらにも被害は出たものの、ユラユラちゃんのおでチャンスが生まれたのもまた事実。今を逃してはならないとばかりに私達は再び攻撃を開始した。

「ガッハッハ！準備ってのは裏切らねぇもんだな、おい！」

この時、豪快な笑い聲と轟音と共に戦車隊が放ったのは徹甲刺突弾という特殊弾頭だ。これは徹甲榴弾のように発はせず、鋭い先端で突き刺して刺突ダメージを與えるという刺突に特化した代だった。

単純な貫通力で徹甲榴弾に勝っているというのも特徴の一つだが、それ以上に特筆するべきは先端にか(・)え(・)し(・)が付いていることである。一度突き刺さればそう簡単には抜けない形狀なのだ。

この徹甲刺突弾を今発した理由。それはユラユラちゃんの腕をエリステルにい付けるためだった。徹甲刺突弾はユラユラちゃんの腕を貫通し、先端は折れた翼の付けに深々と突き刺さっている。あれだけ深いとそう簡単に抜けないだろう。

エリステルは奇聲を上げて暴れ、ユラユラちゃんの腕を外そうとしている。だが食い込んだ徹甲刺突弾が抜けることはなく、奴のきは徒労に終わった。

「…目に見えて力が減っているじゃないか。私達の攻撃よりも、れているだけのユラユラちゃんの腕の方がダメージを稼いでいるのは複雑だな」

「グオォ？」

全を俯瞰しながら指揮している私は自分達の攻撃よりも、攻撃にすらなっていないユラユラちゃんの腕が蝕む速度が勝っているのだ。複雑な気分にならずにはいられなかった。

ただし、このユラユラちゃんによるボーナスタイムは長くは続かないだろう。何故なら突き刺さっている徹甲刺突弾が既に溶け始めているからだ。どうやらユラユラちゃんのには酸も含まれていて、金屬を溶かしてしまうらしい。ユラユラちゃん頼りに削り切るというのは期待してはならないようだ。

「うおおっ！」

「魔隊に負擔をかけさせんなよ！」

一方で朗報もある。このタイミングでエリステルの不意打ち気味な一撃から前衛組が復帰した。これで私達は再び攻撃に集中することが可能になる。私達は弓隊とタイミングを合わせて魔を放った。

先に倒れた盾隊に続き、今度は死に戻りを免れた遊撃隊や機隊の者達も復帰していく。戦線を立て直すことに功した。誰もがそう思ったことだろう。

「グオオオオオオッ！ガオオオオオッ！」

「クルルッ！クルオォォォッ！」

「カルにリンも！？急にどうし…噓だろう！？」

安堵しかけた私だったが、その前にカルとリンが悲鳴を上げるように吠えだした。こんなことは今までなかったこともあり、私は尋常ではない事態が発生していると察して周囲を見回す。

すると、一つの異変に気付いてしまった。それはユラユラちゃんと戦っている深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)が、何故か口を限界まで開いていることだった。

ただ口を開いているだけならば、ユラユラちゃんと戦うためだと思ったことだろう。だが、その口の間には深淵の闇を凝したかのような漆黒の球が浮かんでおり、そこから同じく漆黒の電撃が四方八方に散っている。それはまるで電するかのようであり…エネルギーが限界まで凝されているのだと私は直してしまった。

「全員、伏せろおおおおぉぉぉっ！！！」

「「「っ！？」」」

直に従って伏せろと指示するのと、深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)の口から漆黒のビームが放たれたのはほぼ同時であった。三大領主では特に小さい深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)から放たれたビームは、その格に見合った細さである。

だが、籠められていたエネルギーは膨大と言う他に表現する言葉がなかった。そのビームはユラユラちゃんの腕を一瞬で蒸発させる威力だったのだから。

だが、それで終わらないから私が慌てたのだ。深淵(アビス)兇狼(イルウルフ)覇王(オーバーロード)はビームを放ちながら、その頭をよりにもよって左右に振ったのである。

ビームは勢い良く薙ぎ払われ、軽を巻き込んで発を起こす。その風は乗っているカルを吹き飛ばすほどの風圧であり、私は振り落とされないように耐えることしか出來ないのだった。

次回は8月6日に投稿予定です。