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第三百四十四話

ガリオスが七男イザークは、連合軍の天幕の中で息をついた。

魔王軍と連合軍は、渉の保証のために重要人の柄を換することとなった。魔王軍からは特務參謀のギャミを出すことになり、イザークはその護衛を買って出た。そして今は敵地のど真ん中にいる。

柄の換は問題なく行われ、あてがわれた天幕でイザークはようやく腰を落ち著けることが出來た。

「気を張りすぎですよ、イザーク様。大丈夫だと申したでしょう」

背後から聲が聞こえ、振り向くと子供のような背丈の魔族がいた。シワのないツルツルとした顔であるのに、その聲は老人のように枯れている。杖を突くこの魔族こそ、イザークが守るべきギャミであった。

「しかしギャミ様。ここは敵地ですから」

イザークは答えながら気を引き締めた。ここは連合軍の陣地であり、周囲には敵しかいないのだ。ギャミは約束が守られている限り、連合軍側から攻撃を仕掛けてくることはないと言っている。だが何が起きるかわからないのが戦場だ。護衛を買って出た以上、萬全を期さねばならない。

「ありがとうございます。イザーク様」

気を張るイザークに、鈴の音の如きしい聲がかけられる。目を向けると、黒い皮の長外套を著込んだ魔族がいた。

はかに膨らみ、それでいて腰は細く引き締まっている。足はすらりと長く、外套の上からでも判別できるほど、見事な肢を備えただった。外套の隙間から覗く緋の鱗は艶やかな輝きを放ち、放たれる聲は聞く者を陶酔させるしさがあった。

「いえ、とんでもありません。アザレア様」

イザークは魔族アザレアに頭を下げた後、顔をあげて盜み見るようにその顔を見た。

アザレアの顔は花の裝飾が施された、銀の仮面に覆われていた。これは腐病の面と呼ばれるものだ。腐病とは顔の皮や鱗が腐れ落ちる病気で、死ぬことはないがこの病に罹れば顔は二目と見られぬほどになると言われている。

醜い顔を隠すための仮面であり、魔族によってはその仮面を見るだけで、顔を顰めるほど忌み嫌われている。とは言え、イザークはさほど気にならなかった。自分自が見栄えのする顔ではないし、何よりアザレアは敬意を払わねばならない相手だったからだ。

「ギャミ様。このお荷はこちらでよろしかったですか？」

アザレアが仮面の下に笑顔を浮かべ、鞄を機に置く。するとギャミは表を固くしながらも頷いた。

普段は傲岸不遜なギャミだが、アザレアを前にした時だけはぎこちない態度をとっていた。父であるガリオスは、二がデキていると笑っていた。しかしイザークの目には、この二が付き合っているようには見えなかった。しかしガリオスの言うことが事実ならアザレアはギャミの奧方になると言えた。ならばギャミと同様に、敬意を持って接しなければならない。

「ああ、アザレア様。荷運びなど私共がしますので、お休みください」

イザークはアザレアに向かって言った後、振り返った。背後には背の高い緑のの魔族と赤い鱗に太った魔族がいる。仲間であり、護衛として來てくれたサーゴとゴノーだ。

サーゴがペコリと高い頭を下げ、ゴノーが抱えていた荷を下ろす。

「貴方達も荷解きを手伝いなさい」

アザレアが指示したのは、紫の鱗をした魔族ユカリと、黃いの魔族ミモザだった。

ユカリは異様に背が高く、この中で誰よりも大きい。しかし服裝は野暮ったい黒のローブをにつけており、おしゃれとは言えなかった。一方ミモザはというと、ギャミよりも大きいものの背が低く、子供のような型だった。しかし大人のような服裝をにつけていて、なんともチグハグだった。

二の魔族は、アザレアに仕える侍達だった。ギャミのの回りの世話をするために來ている。イザーク達だけでは料理や洗濯など、細やかな気配りなど不可能だからだ。

「なぁ、イザーク。話があるんだが」

サーゴが話しながら、天幕の外に目線をかす。外で話そうと言う意味に気づき、イザークはサーゴと一緒に出る。

外では天幕がいくつも設置されていた。あちらこちらに掲げられている旗は吠え猛る獅子の紋章。ライオネル王國の旗だ。

連合軍の盟主は太の紋章を掲げるヒューリオン王國だが、魔王軍との渉を主導したのはライオネル王國のロメリアだ。そのためイザーク達の柄は、ライオネル王國が預かることとなっていた。

周囲に目を向けると、イザーク達に與えられた天幕の周りは、木の柵で覆われている。柵の外にはライオネル王國の兵士が警備についていた。

この柵はイザーク達を外に出さないためだけでなく、イザーク達を守るものでもある。渉中であるとはいえ魔族を恨む者もいるだろう。末端の兵士が暴走しないとも限らない。ライオネル王國はイザーク達を守る義務があるからだ。

「それで、サーゴ。話とはなんだ」

問いながらもイザークは話の容に見當がついていた。

人間達がイザークを守るため警備についてくれているが、敵に頼ってばかりではいけない。イザーク達も歩哨に立ち、警備する必要がある。だがイザーク達は三しかいない。サーゴの話とは、當然警備の手順や歩哨の順番に関することだろうと予想していた。しかし尋ねたイザークに対し、サーゴは視線を彷徨わせて言いにくそうにしていた。

「なんだ、一どうした？」

「……その、イザーク。アザレア様が連れている侍の方だが、あの背の高いの名はなんと言うのだ？」

「ん？　ユカリ殿のことか？」

イザークは紫の鱗を持つ魔族を思い出した。事前に紹介されていたので、名前だけは知っている。

「そうか、ユカリ殿と言うのか……。なぁ、あの方は獨か？　お付き合いしている方はおられるのだろうか？」

「ああ？　お前、何言っているんだ？」

イザークが怪訝な目を向けると、サーゴの顔はに浮かれていた。

「しっかりしろ！　ここは敵地だぞ！」

イザークはサーゴを叱咤した。ここは敵陣のど真ん中だ。にうつつを抜かしている場合ではない。

「ここで歩哨に立っていろ！」

イザークはサーゴを叱り、天幕の中に戻った。