《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》328.暗殺者狩り
ケビンがリディ、カロラと戦っている間、ジェニファーは何度ものぞみの様子をうかがった。のぞみは観戦に夢中。命を奪うのに、これ以上のタイミングはもうないだろう。ジェニファーは自分を守るハネクモから離れ、こっそりとき出す。源気が上昇しないように。足音や移音を出さないように。壁に沿って、忍び寄っていく。
そして、のぞみまでの距離があと10歩というところまで近付いた。
(君に恨みはないが、家族のために任務を完遂しなければならない)
ジェニファーの顔には何の表もなかった。すべてのを捨て去り、ターゲットを始末することだけを考える、暗殺者の顔だ。瞬時に源気を上昇させ、二本の鉄釵(さい)を構えると、足を踏ん張って蹴り出し、ハイスピードで飛び出した。
ジェニファーのきにいち早く気付いたのは、反対側にいたメリルだった。
「ノゾミちゃん!後ろ!危ないヨン!!」
メリルのびを聞いて振り返ったのぞみは、とうとう暗殺者を見た。ジェニファーは右手の釵で、のぞみを守るハネクモを撃破し、次に左手の鉄釵の刃をばし、『ルビススフェーアゾーン』を破る。破れたバリアの中に潛り込むと、彼はもう一度、右手の武を使ってのぞみのを狙った。
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「ツィキーさん」
わずか三秒間のできごとだった。
のぞみは防の構えを取ろうとしたが間に合わなかった。彼にできたのは、その澄んだ瞳で、ジェニファーを見ることだけだった。
(Ms.カンザキ。死ぬ時までそんな目で人を見られる君は幸せだな)
鉄釵の先端があと3ミルでのぞみのを刺し貫こうとしていた時、ジェニファーは何者かに突き飛ばされた。のぞみは、ジェニファーに反撃した人を、気配で察する。
「モクトツさん……!?」
押し飛ばされたジェニファーも、その姿を見て目を瞠(みは)った。
「Mr.モクトツ!?」
「忠告はしたはずだ。カンザキノゾミに手を出せば、君を殺すと」
コミルが鋭くナイフを振り、鉄釵は防ぐ。コミルはその隙を突いてジェニファーを蹴り飛ばした。ジェニファーは壁に激突し、四つん這いになって倒れ込む。
「うあっ!?」
その瞬間ジェニファーは、暗殺任務が失敗したことを悟った。
そして、この場にいる同級生たち全員が、ジェニファーの正を目撃した。長い間、クラスや校で築いてきた彼のイメージは、一瞬にして崩れ去った。
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「ツ、ツィキーの奴、今、カンザキを襲ったぞ?」
ヌティオスが言った。まだ、起きたことを理解していないようだった。
一方、楓は納得したように、「とうとう爪をばしたんだべ?」と言った。
熱を持ってこの任務に関わっているラトゥーニは、目の前で繰り広げられた暗殺劇に怒りのびを放つ。
「何やってんの!?皆が殺し屋に襲われてる時に、ノゾミを襲う?!気でも狂った?」
ラトゥーニはジェニファーを信じていた。メビウス隊メンバーである彼の、忠誠を信じていた。だからこそ、ジェニファーをこの作戦にった。今、ラトゥーニは裏切りに遭い、まだ理解が追いついていなかった。
そんなラトゥーニに現実を知らせたのは、暗殺者を見張り続けていたコミルだった。
「ラトゥーニ・シタンビリト。殘念だけど彼は、今急に気が狂ったわけではない。以前から長きにわたり、虎視眈々(こしたんたん)とカンザキさんを狙っていたんだよ?」
絶好のタイミングだった。はずだった。
ジェニファーは、暗殺を阻んだコミルを、床に這いつくばったままで睨みつける。
「貴様!どこに隠れていた?!」
「ふ、ボクもハヴィテュティーさんから個別に依頼をけていてねぇ。気配や姿を消す章紋をかけられ、君だけをターゲットにしてずっと我慢していたんだよ」
コミルは暗殺者特有の獰猛な目つきでジェニファーを睥睨する。
「クソッ」
いつも笑顔の悠之助も、この時ばかりは眉をひそめた。
「え……?ツィキーさんが、神崎さんを狙う暗殺者の一人ってことッスか?」
クラスでの評価も高く、メビウス隊メンバーである彼をずっと尊敬してきた藍は、あまりに信じがたい事実に驚愕していた。一緒に課題をけたあの時も、実はのぞみを狙っていたのだ。
「で、でもツィキーさん……どうして……?」
「ハヴィテュティーさんから聞きましたが、ある組織からの暗殺任務として、カンザキさんの始末を命令されていたそうです」
ティムは事前にジェニファーについても聞かされていたが、ラーマも自分なりの推測を働かせていた。
「あの二人がツィキーさんを全く攻撃していないので、妙だと思いました。今の話は事実ですね?」
「それなら、機関が教室まで警護に來てたのも正しかったんだね」
ルルの言葉を聞いて、ここぞとばかり、蛍(ほたる)はジェニファーを蔑んだ目で見た。
「『尖兵(スカウト)』の先輩たちに監視されてるってのに、よくもまあずっと優等生の仮面を被っていられたわね」
ジェニファーはこれまで、同級生とはほとんど付き合いを持ってこなかった。厳しいメビウス隊メンバーとしてのイメージを保ち、誰とでも適度に距離を取って付き合ってきた。
ティムはジェニファーの正を知らされていたが、実際に手を下した今、沈痛な面持ちになって言葉を紡いだ。
「私もハヴィテュティーさんから聞いた時は、とても驚きました。そして、この作戦が終わるまで、もしも手出ししないようであれば、見逃したいと思ってもいたんです……」
ジェニファーをったラトゥーニは怒りをわにした。
「……一いつから、ノゾミを狙ってたの?」
燃えさかる劫火のような冷たい聲で、ラトゥーニがティムに聞いた。
「……それは私からは言い難いですね。ただ、彼の格から考えれば、かなり早い段階からではないでしょうか。それでも、カンザキさんはなるべく穏やかに日常を過ごされていましたから、チャンスを逃したこともあるでしょう。先輩たちの辺警護がチャンスを奪うこともあったでしょうね」
「そういえば、強化合宿の時も神崎さんをってたよな。あれも暗殺計畫のためだったのか?」
修二の話を聞いて、クラークもピンと來ることがあった。
「お前……!ダンジョン課題で寶を創らせたのも、カンザキさんの技を封じるためだったのか?!」
同級生から罵倒されるジェニファーを見て、のぞみは口出しできなかった。それが任務であり、任務をけざるを得ない理由があることも知っている。それでも、実際に暗殺を遂行しようとした今、のぞみはただ悲しい目でジェニファーを見つめることしかできなかった。
藍(ラン)だけは、どうしてもジェニファーがそんなことをする人間には思えなかった。鉄檻を隔てた向こう側にいるティフニーに、祈るような聲で訊ねる。
「ハヴィテュティーさん、噓ですよね?何かの間違いですよね?」
ティフニーはそっと目を閉じる。
「……コールちゃん、今語られたことは全て、真実です」
ジェニファーは全ての質問に対し、沈黙した。そして、沈黙は何よりも雄弁に彼の正を語る。二本の鉄釵を拾い、ジェニファーは立ち上がった。まだ、諦めていなかった。ジェニファーは、彼本來の落ち著きを失い、焦りのを浮かべている。
「無関係の者まで巻き込みたくはなかった。だが、任務を邪魔する者は誰であれ、障害要因として排除する。……まずは貴様だ!」
悪魔に魂を吸い取られたようにジェニファーはび、それと同時に源気(グラムグラカ)を発的に急上昇させた。鉄釵を構えたジェニファーは、全に強くを纏い、飛び出す。
対するコミルも、ジェニファーに匹敵する源気を湧き出させ、見下したように笑った。
「無念だろうが、君は任務を終えられないよ」
コミルは素手で『スレイヤーハンド』を繰り出し、鉄釵の連続攻撃と打ち合う。高速すぎる二人の戦いは、目で追えないほどの激戦だった。
「君がボクに勝てない理由を教えてあげよう。ただの『牙』でしかない君にね」
「ただの『牙』」と聞いて、ジェニファーは明らかに気をした。
「くっ!貴様、『レッドアイ』の人間か……?」
「ふふ」
「任務委託をけるだけの部外者(レッドアイ)なんかに、私の気持ちは分かるはずがない!!」
ジェニファーは思いきり右手を差し出した。コミルはその釵(さい)を左手でけ止めると、右手で釵を持つジェニファーの手首を折った。
「慘めだね」
ジェニファーは諦めない。
左手で反撃しようとすると、コミルは『鬼歩(ゴーストステップ)』で姿を眩まし、一瞬で背後にぴたりと沿った。そして、首を摑む。
トンッという軽い音と共に、コミルがジェニファーを押し倒した。
ジェニファーは前に倒れ、床に顔を付けている。武を失い、左手を後ろ手にされ、コミルによって制圧された。
「大人しくボスの命令をけるだけのり人形では、ボクには勝てない。自分のに従って狩りをする者にはね」
悔しげな表のジェニファーを、のぞみは悲痛な目で見つめた。
「ツィキーさん……」
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