冒険者登録を終えて、オーレン達のお宅にお邪魔することになった。

わざわざお祝いをしてくれる三人の心遣いに謝だ。ただ、高い志があるわけでもないのに申し訳なく思う。

「今日のご飯は格別ですぅ～！」

「ホントだね」

「今日も味いです」

「口に合って良かったよ」

いつも褒めてもらって有り難い。

「早くクエストに行きたいですね～！」

「そうだね。一度はやっておきたいな」

せっかく冒険者になったのだから、何かしらクエストをこなしてみたい。

「エミリーさんに、「冒険者になって、どんなことをしてみたいですか？」って訊かれましたか？」

「訊かれたよ。薬草を採取してみたいです、って答えたけど」

「それは…きっと驚いてますね！」

「なんで？」

「獣人の新人が來ると、「魔をぶっ殺す！」とか「フィガロを超えて、最強になるに決まってんだろ！」って息巻く人が多いんです！」

如何にも言いそうだな…。

「口が裂けても言えないよ」

「いいんです！ウォルトさんには、ウォルトさんの冒険があります！誰も否定できません！」

ボクもそう思う。やることもペースも、人それぞれでいいんじゃないかと。

「ウォルトさんの格だと、困ることもあるかもしれないですね」

ウイカの言う困ることってなんだろう？

「たとえば？」

「クエストには、必ず報酬があることです。「要らない」とは言えないので」

「なるほど。でも、額なら我慢できるよ」

薬草集めに多額の報酬は出ないはずだ。

「報酬をもらうのに、我慢する必要があるんですね…」

「冒険者は、冒険で生計を立てる以上、報酬をもらうのは當然だし仕方ない。真面目に冒険をしてる皆には悪いけど、ボクが頻繁に冒険することは無いと思う。數回なら大丈夫。無理だと思ったら、辭めるだけだよ」

なったばかりだけど、既に辭めることも視野にれてる。エミリーさんから話を聞いて嫌になったわけじゃなくて、納得いかないことが起これば、冒険者に限らず無理して続けない。

申告して冒険者証を返納すれば、過去の記録を全て抹消してくれると言っていたし、ボク的には気が楽。

「何かやってみたいことがあったら、俺達に聲をかけて下さい。いつでも手伝います」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「もう、何か目標を立てたりしてますか？」

「一つだけあるかな」

「なんですか？」

「パーティーメンバーにってくれた皆に、迷をかけたくない」

「何をしても迷だとじませんよ！」

これから先、どうなるかわからないけど、しでも冒険者らしいことをやってみよう。

ボクは、確かに冒険者になりたいと思っていたから。

「とりあえず…明日、早くから薬草集めに行きましょ～！！」

「クエストがあるといいね」

「みんな付き合ってくれるの？」

「もちろんです！クエストをけるところから、一連の流れを知ってしいので！私とお姉ちゃんで手伝います！オーレンは、ミーリャとイチャイチャするはずです！」

「その予定だったけど、俺も行くっつうの！」

「無理しなくていいからね。急な話で、ミーリャに悪いから」

「大丈夫です！ミーリャはわかってくれます！いい子なんで！」

皆は、ボクより楽しみにしてくれてる風。

明日は、冒険者の先輩達に基礎中の基礎を教えてもらおう。

「そういえば、エミリーさんに住所を訊かれたんだけど、森に住所は無いから此処の住所を教えたんだ。良かったかな？」

「構わないです。異常事態が発生したときなんかの連絡先なんで、何かあれば俺達が聞いて伝えます」

「ボクに連絡なんて、まずないと思うけどね」

そんなことより、明日は無事に薬草を集められるかなぁ。

★

ところ変わって、クエスト終わり恒例の反省會兼ねて飲み會を催しているホライズン。

「おい、マードック！」

真っ赤な顔をして酩酊しているシュラが聲を上げた。こんな狀態になるまで飲むなんて珍しい。

「うるっせぇな。なんだよ？」

「さっきギルトにいたのは、サマラちゃんにちょっかい出してる奴だろ！あんな細い奴が…冒険者なんか務まるか！」

「お前が言うんじゃねぇよ。細人間のくせしやがって。大、サマラにちょっかい出してんのは、お前の方だろうが」

「うるっせぇ！アイツは…サマラちゃんに格好つけるために冒険者になったとみた！お前と同い年で、いきなり冒険者になるわけない！俺が…新人教育してやる！！」

「勝手にしろや。バカに付き合ってらんねぇ」

「お前が言うなっ！！」

「シュラ。騒ぎすぎだぞ」

騒ぐシュラを、ハルトが宥めている。とりあえず任せて、俺はマードックと話す。

「俺は驚いた。まさか、彼が冒険者になるなんて予想もできなかった」

「俺は珍しく予想できてたぜ。まだ先だと思ってたがな。けど、アイツは毎日冒険して生きてるようなもんだ。金に興味もねぇし、どうせ真面目にやんねぇよ。気にすることじゃねぇ」

「彼は本気なのか？」

「知らねぇよ。けど、周りにいた弟子とかいう奴らが一枚噛んでんのは間違いねぇ」

「何故、そう言える？」

「アイツは、獨りで決めたら獨りでギルドに來る。そういう奴だ」

「われた、ということか」

「それもあんだろ」

しかし、なんにせよ面白い。

まず無いと思うが、彼が冒険者として活躍すれば、ギルドはシビれ上がるだろう。

「お前としては良い結果だな。ウォルト君と堂々とダンジョンに行ける」

「けっ…！アイツにゃ関係ねぇ。手前ぇが何者だろうと、嫌なら行かねぇ頑固野郎だ」

…と、店員達がゾロゾロと歩いてくる。

「お客様。ちょっとこちらへ」

「なんだよ！？」

「お靜かに。他のお客様の迷になります」

シュラは店員達に店の奧へと連行された…。

騒ぎすぎたから、しばらく説教だな…。出にならなければいいが…。

「アイツ……アホだな」

「お前達の友人に張り合って、困ったものだ」

苦笑いしながらハルトは靜かに席に著く。

「二人に訊きたい。答えたくなければ答えなくていい」

「なんだよ」

「なんだ？」

「お前達の友人……白貓の獣人は何者だ？俺は、あんな奴を他に知らない。言い方は悪いが、得が知れない」

「お前には、どう見えてんだよ？」

「々な魔や危ない奴に遭遇したが、彼は群を抜いて危険だとじる。理解できず、混しているのが本音だ」

「ククッ！それでいいだろ」

「ハルトの評価は正しい」

ハルトは鋭いの持ち主だ。覚と常識にズレが生じているだけで、それも仕方ない。どう見ても恐怖や威圧を放つ者ではないのだから。

ウォルト君に會って、見たり話しただけで何人がじ取ることができるだろうか。極々僅かだと斷言できる。

「そうか。やはりな」

「誰にも言わねぇか？」

「言わないなら、教えてくれるのか？」

マードックはハルトにグッと顔を寄せる。

「アイツはサバトだ」

それだけ呟いてスッと離れる。

「……やはりそうなのか」

「気付いてたのかよ」

「あり得ないと思いながら……可能の一つとして…な。お前と親しい白貓の獣人……そして、あの恐怖。常識ではあり得ないが、なくはないと思っていた」

思考がそこに辿り著いただけで嘆に値する。

「此処じゃ、これ以上言えねぇ」

「わかっている。充分納得した。いつか、お前を助けてくれた禮もしなきゃならないな」

「ちっ…！」

直ぐに連想できる勘の良さも流石。

「シュラは、とんでもない奴と張り合うことになったのか」

「言うこときかねぇ惚け野郎はほっとけ。そもそも勝負にならねぇ」

「そうだとしても、想うのは自由だろう？」

「けっ！みてぇなこと言うんじゃねぇよ」

「彼を刺激するような絡み方をしなければいいが」

「そんときゃ、どっちかが死ぬだけだろ」

「二人はいい大人だぞ？」

「獣人を舐めてんのか？歳なんぞ関係ねぇ」

俺は、ウォルト君の獣人の部分を知らない。だから俄に信じがたいが、マードックは當然だと斷言する。

正解はおそらく…。

「二人が闘えばどうなる？」

「アイツが本気なら、シュラは一瞬でこの世からおさらばだ……と言いてぇとこだが、やってみねぇとわからねぇ」

「そうか」

「細人間のくせに、まぁまぁ強ぇかんな」

「はははっ。素直じゃないな」

「うるせぇ」

「なぁ、マードック。いつか、彼と話す機會を作ってくれないか？」

「近々行くから訊いてみるわ。お前なら會うだろ」

「何故？」

「お前には、マルコの件で借りがある」

「マルコだと？俺が何かしたか？」

「ちっ！そういうところが、アイツに似てるぜ！」

マルコとは、ノーネームのマルコだな。暴漢に襲われて、冒険者生命に関わるほどの大怪我を負ったと聞いたが、奇跡的に復帰できそうだと噂されている。

もしかしなくても、彼のおかげか。

さてと…そろそろシュラを引き取りに行くとするか。説教という言葉の暴力で、袋叩きにされて困っている頃だろう。

憩いの場を失うのは、あまりに痛いからな。

★

フクーベの冒険者ギルドは、就業時間を終えようとしていた。後は、當直の夜勤者に引き継ぐだけ。

待合所に冒険者の姿がすっかり無くなったところで、隣に座る同僚のアネッサに小聲で話しかけられる。

「ねぇねぇ、エミリー」

「なに？」

「今日、アニカちゃん達と一緒に來た獣人って、アニカちゃんの好きな人だよね！」

「そうかもね」

「ノリが悪いなぁ～。きっとそうよ！遂に二人のが進展するの！楽しみ～！！」

勝手にクネクネしてるけど…余計なお世話だと思う。

アニカちゃんやウイカちゃんはいい子だから、私もが就するよう願ってはいるけれど、お節介はしたくない。

ちなみに、アネッサの予想は當たっている。以前ウォルトさんが會いに來たときのアニカちゃんの反応で私は知っていた。

まさか、同じパーティーの冒険者になるなんて思わなかったけど。

「なんかさ、凄く紳士で優しそうな獣人だったよね！私は初めて會うタイプ！めっちゃ好印象！」

「私もよ」

ギルドの規約や誓約事項について、私の説明を冷靜に聞いてくれた。獣人では初めての経験。

聞くだけでなく、細かい規定まで理解してくれて、逆に説明不足の部分は質問されもした。まるで人間のような語り口で。

「紳士でモフモフって、ある意味最強でしょ！羨ましいなぁ～！」

「何言ってんの？」

「ベッドの上で、布よりモフモフなんて…素敵過ぎるぅ～！」

個人的な嗜好が発しちゃってる…。アネッサって、元々こんなだっけ？

それにしても、「どんな冒険をしたいか？」という問いに、「薬草を採取したり、鉱石収集をしてみたいです」って返されたのには驚いた。

冒険者を希する獣人といえば「俺、最強！」と吠えて仕方ない男ばかりで、さも當然のように予想外のことを言われるなんて予想してなかったから。

しかも、不思議なことに本気で言っているのだとわかった。とても正直な人である気がして、【森の白貓】に加したのも頷ける。

……ん？　森の……白貓…？

「次はさ！きっと二人でクエスト終わりに報告に來るのよ！肩を寄せ合って…報酬を手に微笑み合う…。そして、腕を組んだまま夜の街に消えるの！はぁぁ～！」

乙のように天井を見上げてるけど、めちゃくちゃ下世話。そして下品。

どういう思考なら、アニカちゃんの格からそんなことが想像できるのか謎すぎる。ちょっと前に彼氏と別れたらしいけど、求不満なのかな？

「こう言ったら失禮かもだけど、冒険者に向いてなさそうだったよね。爭いが嫌いそうっていうか」

「そうかな？」

「痩せてて強そうに見えなかったし」

「獣人にしては瘦せてるかもね。でも……」

「でも、なに？」

「ううん。なんでもないよ」

首を小さく橫に振る。

私も、アネッサと同じことを思った。

ウォルトさんは、きっと冒険者に向いてない。獣人に求められる【強さ】を備えているように見えなかったから。

冒険について説明しながら、いくらオーレン君達がお人好しでも、そう長く続かないかもしれない…とじたことは事実。

彼らは、もっと上のランクへ到達する冒険者だ。ウォルトさんでは、付いていけそうにないと。

ただ…帰り際にマードックさんと會話している姿がとても自然だったことが印象に殘っている。

あの人と向かい合って、平然と立っていた獣人を私は知らない。偉そうに吠えていた獣人も、マードックさんに遭遇すると、目を逸らして萎した。

かなり慣れたけれど、私も未だに怖いと思うときがある。なのに、ウォルトさんは堂々と會話してた。肩肘張ることもなく、ごく自然な佇まいで。私の目には、対等な関係に映った。

二人の様子からして、親しい間柄なんだろうけど、それも驚き。マードックさんは、パーティーメンバーを除けば、一匹狼で有名な冒険者。

二人は、一どんな関係なのか。

「今後の展開が気になるぅ～！早く來ないかなぁ～！！」

私の予想だと、直ぐに関係の変化が起こるとは思わない。焦っていないから、未だにアニカちゃんは告白もしてないんだろう。

それでも、いつだって幸せそうなのだ。

だったらそれでいいと思う。