《現実でレベル上げてどうすんだremix》W-011_狼子供と約束の地へ 3
ぶぶぶぶぶぶぶぶ……
という音が、背後から後方へと流れている。
現在俺がいるのは、森の木々の一番高いところからさらに百數十メートルほど上空。
「――……」
より正確にいえばそこを【飛行】するの霊、スカラの背というか頭の上。
支度を済ませ街道(馬車が倒れていた道だ)へ出た俺は、ひとまずその先を確認するため、垂直跳びから〔歩加〕による多段跳びで、雲の下くらいの高さまで上がった。
結果、どちらの方向にも人里らしきものは見當たらず。
道があるならどこかしらには続いているわけだが、それがかなりの上空からでも見當たらないとなると、辿り著くには當然それ相応の距離を移せざるをえない。
つまり歩くのがかったるいので、乗り(スカラ)の出番。小型車ほどの、空も飛べる甲蟲。
「…………!」
もちろんロンも同乗している。
座席は胡坐をかいた俺の腳の間。巨大甲蟲にたまげ、空飛ぶそれに乗るという験にもたまげた様子ではあったが、今は慣れたじなうえ気持ち楽しげにすら見える。まあ、子供は乗りとか、大好きだよな。ふと思い出すのは、遊園地だか園だかにあった型の乗り。かなりゆっくりとしか進まないが、たしかハンドルもついていたはず。今思えばなにが楽しいのかわからんが、乗った覚えがあるってことは乗りたがったんだよな、小さいころ。
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そんなことをなぜ今思いだしたのかっつうと、
「……♪」
ロンが楽しげにしてるのが、當時の俺と重なったから。
……いや楽しげにしてたかな俺。それは妹――彌(なりや)のほうだったかもしれない。
「ねーますたー、ウチいつまでこう(・・)してればいーのー?」
「人里が見えるまで。てか出発からまだそんな経ってねえだろ」
「ぶー」
ところで、乗れる大きさといえど相応の設備などないスカラの上は、當然吹きさらし。
速度も自車程度はあるので、無対策で乗り続けるのは結構きつい。
なのでマキには風防の役目を請け負ってもらっている。大気を制する【飄々】による、乗り手の周囲の風圧の軽減。ついでにスカラ全のまわりの空気も制し、飛行効率の向上だかもさせているらしい。
「じゃーさじゃーさ、がんばるウチにごほうび! 街についたらなんか買って。甘いのがいー!」
「なんでいちいち食いたがるんだ手前(てめえ)らは。……わかった金が出來たらな」
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「やたー!」
宙に浮くマキが、目の前でくるくる回る。
どういうわけかそれぞれに好のある霊ども。要求はあくまで「食べたい」で「腹へった」とは言わないので、栄養補給的な意味合いはやはりないとみえる。
ちなみに今機嫌にしているマキは菓子、それもほぼ甘いものしか食わない。他はたとえばグラ爺だったらもっぱら酒と乾き。ウン(略)は洋酒。そしてサンショは生きた小を好んで食す。この偏食ぶりからも、食事が必須でないのが窺える。
それでもマキの要求を呑んだのは、好を與えると霊の調子がなんとなくよくなるような気がするから。あとこいつの場合大きさからしても量を必要としないので、俺が食う分をちょっと分けてやれば済むというのもある。逆にサンショは好自俺が普段食いするものじゃないので、あのように自給を促したわけだ。
「――」
ついでに鋭意活躍中のスカラ、見た目からう○こでも食うのかと危ぶまれたが、とくになにか食べたいとかはないのだそう。まあ実際うん○要求されても困るが……その寡黙さといい挙といい、ロボ疑が俺の中にひそかに浮上している。こう、充電式的な。
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そういやふと思ったが、
故郷にいるころは食いとか、霊どもからあんまりねだられた覚えがないな。
というか食わせろ食わせろ言うようになったのは、世界を渡り歩くようになってからな気もする。
「おっかしーおっかしー! この世界(ここ)にはどんなのがあるのかなー? あ、キミならわかる? ここのおかしってどんな?」
「……?」
「わかんない? んー、それなら街につくまでのおたのしみだねっ!」
「言っとくが、金が出來たらだからな」
「わかってるもーん!」
この世界での俺は、まだ無一文。いや、馬車に置いてあった金品なら持っているが、橫領になるおそれがある以上まだ手はつけられない。
幸いこういう時のために、換金可能なは出來る限り持ち歩くようにしている。訪れた世界で報酬を得た場合に、現で貰えるよう頼んだりして、だ。的には貴金屬等。とくに金や銀は、大どこの世界でも高値で取引できるし、かさばらなくていい。一方で寶石とかだと場所によってはありえない組だかになるらしく、贋や玩扱いされることもしばしば。
「おっかしっ、おっかし!」
「ぐるぐる飛んでっと蠅っぽいよなお前」
「なにをー!」
「あ、そういや菓子そのものが売ってなかったらどうすんだ?」
「おかしのない世界なんて滅ぼしていい」
「無茶言え」
楽しげ時々騒なマキと、よくわかってない様子のロンと、その背もたれになっている俺。
そして黙々と飛び続けるスカラという妙な取り合わせが、森の上の空を行く。
ちなみに今更だが、サンショとウン(略)は送還済みだ。巨といえど乗れるところは頭上だけなスカラ、その定員は大人二人が々なので、やつらの居場所まではとれない。
の霊スカラは、【投影】という力を持つ。
その質は端的にいえば、〔幻影〕と〔影無〕を合わせてより融通が利くようにしたじ。自や他の対象に任意のを映し出し、その見た目を自在に変化させることができ……
要はそれでもって、飛行中のこちらの姿を地上からは限りなく見えにくいものにしていた。ここがどんな世界かまだよくわからない以上、飛ぶ巨大甲蟲などという目立つ存在はなるべく隠すに限る。
さておき、飛行開始から二時間ちょっと。
ようやく人里――街が見えてきた。外周の城壁からして、そこそこ規模はありそう。換金も買い食いも出來ないほど文明が未開、という事態にはならずに済んだようだった。
さっそくそのまま城壁を飛び越え……たりはせず、街が見え始めたあたりでスカラを著陸させ、そこからは街道を徒歩で行く。
そうして城門のそばへ。
街へろうとしている他の通行人にならい、手続きのためらしい列へと俺とロンも並ぶ。
列はゆっくりと消化され、やがて自分の番に。
「――目的は商いと休養……にしちゃずいぶんとない荷だな」
「あまりかさばるものは扱ってないので」
俺の返答とそれからなりに、やや不審そうにする衛兵。
すべての荷を〔収納〕できるといえ、旅の分で手ぶらはいかにも怪しい。
だからリュック、というか背負い袋くらいは念のためいつも持ち歩くようにしている。
それでも今のように、大は訝られるが。俺自の、わりとおざなりな誤魔化しかたにも一因があるかもしれないとはいえ。
「で、そっちの獣混じりもお前の奴隷(もちもの)でいいんだな?」
「――ッ」
まあいいか、というじで記帳していた衛兵が、次いでロンへと目を向け訊ねる。
蔑みが見て取れる視線。それをけ、びくりと俺の背に隠れるロン。
「それなんですけど、持ちものというか拾いもので」
「なに?」
さらに訝る様子の衛兵に俺は事の経緯を話し、ついでに拾った金品等も取り出して示す。
列が滯るのを避けるためか、話の途中で詰所のほうへと案された。
そうして話を終えて。
「なんだ律義なやつだな。べつに黙ってくすねても誰も咎めやしないのに」
「そうなんですか?」
「我が國の法が及ぶのは城壁の側、あとは々が農地まで。外ではなにが起ころうと自己責任……って、いちいち説明するまでもないだろ。ひょっとして余所の國のモンか? お前」
「ええまあ、遠く、かなり遠くから來ました」
「はぁ、見かけない顔立ちとは思ったが、どおりでねぇ」
なかば呆れたような衛兵の答えにより、どうもこちらの懸念は杞憂だと判明。
場の雰囲気もゆるく、張などもない。このぶんならスカラで直接城壁を越え、何食わぬ顔で街中をうろついていても平気だったかもしれない。
「ってわけで、金と奴隷はお前さんの好きにすればいい。こっちの書類やなんかは……ま、一応預かった以上はあとで商人どもに照會してみるさ。たぶんなんも出やしないだろうが」
「なぜそう思うんです?」
「そりゃ當たり前、いやお前さん余所モンだったか。いいか? この時期に、しかも夜中に、くろおどし(・・・・・)のねぐらを突っ切ろうなんざ自殺行為だ。……というかお前さんよく無事だったな」
「まあ、運がよかったんでしょう」
「ハハ、よっぽどだな確かに。んで、そんな危険なとこをわざわざ馬車で通ろうってんだ。ここまで言えば、わかるだろ?」
「……後ろ暗い人らだった?」
「だろうよ。察するに奴隷の運搬は表向きの偽裝。ヤバいブツはこの書類か……あるいはすでに紛失したあとなのかもな。不幸な事故、ってヤツ」
「それは、それは」
続いた話に、なんともいえない適當な相槌。そうか、くろおどし(・・・・・)っていうのか、あのゴリラ蝙蝠。いやそこは本當にどうでもいいか。
あの死んだ馬車の人らがなにか企んでいたとしても、またべつの企みに巻きこまれたのだとしても、それらもやっぱりどうでもいい話で、だからこその生返事だった。
「ま、勘繰ったところで、しがない衛兵の俺にゃ関係ない話さ。お前さんも、もう行っていいぞ」
衛兵にしても休憩がてらの世間話だったのだろう。あまりさぼってもいられない、とばかりに話を打ち切りにくる。
「ああ、獣混じりを捌くつもりなら、店の場所でも教えとくか? やせっぽちだが妙にぎれいだし、結構いい値がつくと思うぞ」
ついでにそんな提案も投げかけてくる。
衛兵としては完全に善意のつもりのようで。しかしその善意は俺へと向けられたものであり、
「……ッ」
ずっと同席していたロンのことは一顧だにしていない。扱いで、それが當然というか。
そばにいる俺に伝わるほどの、あからさまな狼子供の震い。
それを一顧だにしたわけでもないが、
「いえ。こいつは連れてくとこがあるので」
「――!」
衛兵へ返す、短い答え。べつに事前に決めていたことではあったが、
それを聞いたロンは、まるで散歩に行こうと告げた犬のような顔をしていた。
「……へえ、まぁ好きにすりゃいいさ。そんじゃ街での滯在を楽しんでくれよ。住んでる俺が言うのもなんだが、結構いいトコだぜここはよ」
「はい。お手數かけました」
最後にそんなやりとりを衛兵とわし、
俺はロンの手をとり、詰め所を出て街へとる。
「あまーい!」
「あんま聲出すな。怪しまれる」
「はーい」
懐にひそむマキを、軽くたしなめる。
一応約束なので、見かけた店で飴玉を買ってやったのだ。値段は故郷の価値だと五百円くらいか。割高なようだがでかい袋に結構ぎっしり詰まっているし、そうでもないかもしれない。まあ保存は利きそうだし行食にもなるだろうし、無駄にはなるまい。一粒でもマキからすれば一抱えの大きさなので、さぞ満足だろう。
「~♪」
隣でロンも、飴玉を口の中で転がしている。最初は噛み砕いてすぐ飲みこんでしまったので、口で舐め溶かすよう教えてやって、今のは二つめ。
街中を歩きながら、俺もまた抱えた袋からひとつ摘まみ、
ついでにマキのいる側とは逆の懐から、それ(・・)を取り出しあらためて見やる。
ロンの著ていた襤褸切れからこぼれ落ちた、おそらくは當て布に偽裝された、地図。
描かれているのは簡素ながらもわかりやすい、目印と方角、そして道順を示した図柄。
加えて右端に一言、
“約束の地へ――”
とも書かれている。なくとも【見る】ではそう読める文字で。
これそのものについては、ロン自も把握していなかったようだが、
『“約束の地へ”……』
約束の地、という言葉には覚えがあったようで、訊ねた際にそう呟いていた。
たんに地図に書かれていたのを読んだだけ、というわけでもないような調子。
もうすこし仔細を聞こうとしたが、
『……~~っ』
見た目よろしく狼狽するばかりのロン。
それ以上なにも知らないというよりは、知っていることを伝えあぐねたような印象。しかしおそらく言葉が不自由なのだろうというのは、それまでの言からも窺い知れることでもあった。
なので俺は、直接読む(・・・・)ことにした。
〔読心〕のmagicでもって。
これを使うと、対象の記憶や考えがボードとして表示される。ついでにそれが発言や會話であれば、記憶にある音聲もまた同時に流れたりする。
読めたのは、あの今は亡き狼老人の語りかけ。
要約すると、約束の地とはロン達のような獣の特徴を持つ人らにとって、なんかいいじの場所らしい。なくとも、あの老人はそう認識していた様子だった。
そして同時にどうやら彼は、出來ればロンをそこへ向かわせたいと願っていたようだ。
『お前はどうしたい?』
『!』
『行ってみたいか? 約束の地とやら』
故人の志を汲むでもないが、〔読心〕のあとで俺はロンにそう訊ねてみた。
問いかけにしばし呆然とし、それから考えこんだ様子のロンは、
『……、っ』
ややあってから、ゆっくりと首を縦に振った。
そんなわけで、この世界での次の行指針が決まった。
もちろんそこは俺なので、これもたんに善意でなく自分の都合も多分にあるが。
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