ジャンクタウンの周囲には人々を寄せ付けない原始の森が広がっている。そこには文明崩壊後の世界で形された獨自の生態系が存在し、人の背丈を越える未知の植や食昆蟲が徘徊している。それらの変異の多くは人間にとって脅威であり、人間を狩る捕食者としても知られていた。

ジャンクタウンで生活する人々や行商人は森を避け、古くから存在する街道を利用していた。もっとも、それは街道と呼ぶにはあまりにも貧相な泥道で、舗裝されていないソレは獣道と呼稱したほうが適切なのかもしれない。

しかし、どういうわけか街道の周囲には危険な変異は出沒せず、人々が安心して利用することができた。鳥籠のり立ちと接に関わるが隠されているのかもしれない。

轍(わだち)のつづく街道では、〈不死の導き手〉が派遣した兵隊が警備と監視を行っていた。以前は警備する人間がいなく、ひっそりとしていた場所だったが、今では武を手にした兵士たちの姿が見られるようになったという。

ガスマスクとしても機能する白を基調とした揃いのフェイスマスクに、教団のシンボルマーク――瞳から零(こぼ)れる涙がピラミッドを形する奇妙なシンボル――が刺繍されたパッチをボディアーマーにつけた兵士が、我が顔で街道を占拠し、検問という名目で行商人やスカベンジャーから資を奪っているという話も聞く。

いずれにせよ、教団の兵士が人々に疎(うと)まれ、避けられているという事実は変わらない。

その兵隊が、人々が立ちることのない森の奧深くで何をしていたのかは分からないが、我々が警告なしの攻撃をけたということは、何者かの侵を想定し警戒していた可能がある。

では、その何者かとは誰のことなのだろうか。教団と敵対する組織、それとも森に生息する食昆蟲に警戒しているのだろうか。

教団の意図は分からないが、森のあちこちに配置された歩哨が障害になっているので排除する必要があった。

ハガネの環境追従型迷彩を起し、周囲の環境に溶けこむようにして姿を隠すと、暗い森のなかを歩いて目的の場所に向かう。ハガネに備わる検知機能を使うことも考えたが、森には多くの生が生息しているため、それらの生きと歩哨を區別することは難しい。同様に、敵意をじられる瞳の能力も役に立たなかった。ここでは誰も彼もが敵だった。

音を立てないように、枯葉や枝を踏まないように注意しながら森のなかを移する。輸送機から飛び降りたことは知られているので、厳戒態勢のなかを移してジャンクタウンに近づく必要があった。ここで発見されてしまえば、大勢の兵士をひとりで相手にすることになる。

背の高い草むらにを隠していた兵士を見つけると、周囲のきに警戒しながら接近する。近くに別の兵士が潛んでいないことを確認すると、背後から接近して組み付き、義手の手のひらに自在の刃を形して兵士の首元に深く突き刺す。

苦痛と恐怖に暴れる兵士は、自分が死ぬことを理解しているようだったが、誰に殺されるのかは分かっていなかった。

ぼうとして口を大きく開いていたが、ごぼごぼとを吐き出すだけだった。その兵士の(からだ)から力が抜けるまで押さえつけたあと、草むらに死を隠して、また別の兵士を始末しにいく。障害になっていた部隊を排除したあと、再び移を開始した。

途中、食昆蟲に捕食されたと思われる無數の死を見つけた。周辺一帯を警備していた部隊が襲われたのだろう。無殘に喰い散らかされた死の多くは腹部を食い破られていて、臓が綺麗に処理されていた。

死の側には、教団が部隊に支給していたと思われるレーザーライフルや舊式のロケットランチャーが転がっていたので、狀態のいいモノは〈収納空間〉を使って回収することにした。かれらの裝備にも興味があったが、ボディアーマーはズタズタに引き裂かれていて、フェイスマスクのシールドも割られていたので諦めることにした。

比較的狀態のいい死の側にしゃがみ込むと、報端末を所持していないか調べることにした。森に展開する各部隊の位置報やら、教団について何か手掛かりが得られるかもしれないと考えたからだ。が、その試みは失敗に終わる。

生認証によるセキュリティが仕込まれていたのか、個人用データパッドにれた途端、電子回路がショートして修復不可能な狀態まで破損してしまう。敵対組織に報が流れないように、あらかじめ対策していたのだろう。別の端末を見つけると、遠隔作による接続も試みたが結果は変わらなかった。

森で何かの調査をしていたのだろう。近くに多目的スキャン・ワンドが取り付けられた四角形の〈バイオ・スキャナー〉が転がっているのを見つけた。殘念ながらデータを読み取ることはできなかったが、兵士たちがジャンクタウンの警備以外にも目的があって森に侵していることが分かった。

鈍い重低音を響かせる羽音が聞こえると、焦げついた端末を捨て樹木(じゅもく)のにを隠した。食昆蟲が接近してきているのだろう。ライフルのストックを肩に引きつけると、弾薬を自追尾弾に切り替えて鬱蒼(うっそう)とした木々の間に銃口を向ける。

木れ日のなかに姿を見せたのは、よりも大きな翅(はね)を持つイモムシにも似た奇妙な昆蟲で、それは細長い無數の肢(あし)を引き摺るようにして飛んでいた。人間の子どもほどの長を持つ気悪い生は、殻のないブヨブヨした黃の表に覆(おお)われていたが、ゆらゆらと垂れ下がる肢は灣曲した骨のようなになっていた。

その奇妙な昆蟲は死の側まで飛んでいくと、鎌のような肢を使いながら死を切斷していった。ザク、ザク、とに肢を喰い込ませ、ノコギリの刃を引くように骨を削り、を切り裂いていく。それが終わると、無數の肢を使って用に団子を作っていく。

吐き気を催す醜い外見を持つ生によって、先ほどまで人間だったモノが団子に変えられていく様子はひどくグロテスクなものだった。けれど得の知れない生に銃口を向けるだけで、引き金を引くことはしなかった。気づかれていないのなら、わざわざ敵対する必要もないだろう。

音を立てないように、細心の注意を払いながらその場から離れる。あのイモムシのような生は、大きなに見合わない小指の爪ほどの小さな単眼しか持っていなかったので、迷彩を起した狀態で靜かに移すればこちらの存在に気づくことはないだろう。

ジャンクタウンを目指しながら森のなかを移していると、カグヤから連絡がくる。どうやらハクたちを連れて無事に安全な場所まで避難できたようだ。そのハクとジュジュは、そのまま輸送機の周囲で大人しく待機する予定だったが、果実を取りに行くと言って森にってしまったという。

拡張現実で表示される簡易地図(ミニマップ)でハクの位置報を確かめる。たしかにジャンクタウンの森にいるようだ。輸送機からそれほど離れていない比較的安全な場所にいることが確認できたので、さほど心配する必要はないだろう。あの辺りには教団の兵隊も潛んでいない。むしろ気をつけなければいけないのは私のほうだった。

かつて傭兵組合に所屬していた兵士たちは、現在では教団から支給された武を手にしている。組織だった戦いに慣れた連中を相手にしなければいけないという狀況だけでも厄介なのに、強力な武まで所持しているのだ。野良の略奪者たちを相手にするように、気を抜くようなことはできない。

ジャンクタウンを囲む高い壁が木々の間に見え隠れするようになると、兵士たちの數はさらに増えていった。どうしても知られたくないを抱えているのか、無數の偵察ドローンが休みなく飛行しているのも確認できた。

突然、首筋にゾクリとするような嫌な覚に襲われた。何者かに監視されている。ピタリと足を止めると、ハガネのマスクを通して森を見つめる。瞬時に取得した膨大な報をもとに周辺一帯の三次元データが青のワイヤフレームで表示され、機械學習で蓄積された知識をもとに、本來そこに存在しないはずのものが誇張される。

赤の線で郭を縁取られるようにして表示されたのは、學迷彩だと思われる裝備をにつけた狀態で潛んでいる兵士の姿だった。すでに私の存在に気がついているのか、ライフルの銃口はこちらに向けられていた。