深紫の花を咲かせる背の高い植にを隠すようにして高臺に移する。泥濘(ぬかるみ)に足を取られないように注意して移する。ネチャネチャと嫌なが靴底から伝ってくるが、それを気にしている余裕はない。それに、タクティカルスーツはすでに返りと泥に汚れていたので気にするだけ無駄だった。

木々の間から顔を覗かせると、一気に視界が開ける。視線の先に広がるのは、かつての混がもたらした荒廃の痕跡と人々が生き殘りを賭けて築き上げた〈鳥籠〉だった。周囲の樹木(じゅもく)は伐採され、殘された切り株が散在する様子が見え、灰の高い壁に向かって延びる街道が見えた。

高い壁は、どこか厳かな存在を放っている。壁の表面には時の経過を語るような痕跡は確認できないが、周囲には壁の補強のために錆びついた多腳車両の殘骸が積まれ、ツル植が絡みつく航空機の翼が壁に沿って複雑に組み上げられているのが見えた。

戦闘車両や航空機の殘骸が積み上げられた風景は、文明崩壊に伴う混の記憶を語るかのようでもある。錆びついた翼は、かつて大空を舞い、エンジン音を響かせ高らかな歌を奏でていたかもしれないが、今は壁の補強……というより小の棲み処に変わり果てている。

草むらにを隠すと、フェイスマスクの機能を使って壁の周囲を靜かに観察する。多くの買い客で賑わっていたジャンクタウンは、恐怖と支配の影に覆(おお)われているようだ。武を手にした兵士たちが力を誇示しながら、厳重な警備制を敷いている。

高い壁から迫り出すようにして設けられたトタン屋の監視所にも教団の兵士が立ち、壁の周囲では小銃やレーザーライフルで武裝した兵士たちが一定の間隔を保って警邏(けいら)していた。各所に設けられた仮設の見張り所にも兵士が立ち、鋭い視線で周囲を監視し、人々の心に圧迫を與えていた。

鳥籠の場ゲート付近には厳重な検問所が設けられていた。り口に続く道路に沿ってコンクリートブロックや土嚢が積まれ、バリケードフェンスが組まれていた。重機関銃の銃架が要所に據えられ、厳重な防ラインが築かれていることが確認できた。

検問所の詰め所に待機していた白いガスマスクを裝備した兵士たちは、武を手に厳格な監視のもと通行人を厳しく尋問していた。兵士たちが気にいらない人間は資を奪われ、たとえだろとになるまで持ち検査をさせられていた。

場ゲートに立つ兵士たちは教団の鋭なのか、手にしている武やにつけている裝備も上等なモノだった。その兵士たちの怒號が響き渡り、その聲は鳥籠にやってきた商人たちの張を増幅させていた。人々は足早に行し、目配せや言葉をわすことを避け、恐れと不安を抱えて歩いていた。

偵察ドローンから信する映像を確認しようとすると、ハクから屆いていた無數の映像ファイルを発見する。中を確認すると、山と積まれた真っ赤な果実に埋もれるジュジュの姿や、驚きの表を浮かべながら――しているように見える仕草で果実を口にするジュジュ、それに果でをベトベトにしたジュジュの姿が映っていた。

どうやらハクたちは森の散策を楽しんでいるようだ。というより、教団の兵士から攻撃されたことすら忘れているのかもしれない。いずれにせよ、ハクたちのことは心配する必要はないみたいだ。それより、正面からジャンクタウンにるのは難しそうだ。

ライフルを構えて場ゲートを警備していた兵士に照準を合わせる。瞬時に弾道が計算され、予測著弾地點が表示されるが、引き金を引くようなバカな真似はしない。

舊文明の兵で武裝した集団を、たったひとりで相手にできるとは思えなかった。現に教団が発掘した〈電磁砲〉による攻撃をけて、ハガネの裝甲が破壊されていた。人間だからと侮れば痛い目に遭う。危険なのは何も〈混沌の領域〉からやってくる化けや〈異星生〉だけではないのだ。

「カグヤ、ジャンクタウンに侵できそうな場所がないか調べてくれないか」

『いいけど――』と、彼の聲が耳に聞こえる。

『わざわざ〈ＩＤカード〉を偽造したから、それを使って普通に場するんだと思ってた』

厳重な警備制が敷かれた場ゲートからの侵は、生報を偽るくらいでは突破することは不可能だろう。教団の兵士だって愚かではない。すでに〝蜘蛛使い〟の名で顔は知られていたし、懸賞金だってかけられている。

厳戒態勢のなかで見張る兵士たちを騙すことはできないだろう。そうでなくても尋問は厳しいモノになっている。行商人たちの行列を見ればそれが分かる。新たな策を練る必要があった。

「さすがに場ゲートを通るのは無理だと思う」

『だから別の場所から侵するの？』

「そういうことだ」

カグヤの偵察ドローンを使って壁際に積まれた廃車や大小様々な瓦礫を観察し、そこから鳥籠に侵できる経路を捜索する。

ジャンクタウンの防壁は舊文明の鋼材を含んでいるので、倒壊した箇所を見つけるのはほぼ不可能だ。だから他に出口がないか、鳥籠の支配層すら知らないり口がないか捜索する。

『それにしても』と、カグヤが言う。

『ヤンの警備隊は本當に追い出されたみたいだね』

「教団の兵士たちと折り合いがつかなかったんだろ」

『威張り散らかしてそうだもんね』

「とにかく、ジャンクタウンは一滴のも流れることなく教団に乗っ取られた」

『やっぱり〈宣教師〉は侵略の尖兵だったんだね』

「ああ、いつの時代も連中のやり口は変わらない」

『嫌なじ』

カグヤの言葉に肩をすくめたあと、侵できる場所がないか探す。植に埋もれた多腳戦車の殘骸と瓦礫のあいだに隙間を見つける。リスにも似た小がひっきりなしに出りしていたので、人が通れるだけの道幅があるかもしれない。

『〈接接続〉を使って場ゲートの制システムに侵できれば、ほかに出口があるか分かるかもしれない。自ドローンを使って騒ぎを起こすから、その隙に壁に接近して』

「了解」

ジャンクタウンの周囲にも対空迎撃用の兵が設置されていたのか、カグヤが使用した徘徊型兵の多くは標的に到達する前に散することになった。が、彼の狙い通り、教団の兵士は思いもよらない攻撃に混し、一時的に警備の手を緩める。

その隙を突いて一気に壁に接近する。環境追従型迷彩を使用していたが、敵が高度なセンサーを所有していたら効果は期待できない。だから油斷せずに、巖や瓦礫といった遮蔽を利用して壁に近づく。近くに巡回警備していた部隊がいたが、空中で散する徘徊型兵に注意が向けられていたので、大きな障害にはならなかった。

車両の殘骸が高く積まれた場所までやってくると、小が出りしていた場所まで移する。途中、警備していた部隊を見つけると素早く廃車のに隠れる。ひとりで行する兵士の場合、狀況を見極め、必要なら攻撃して排除する。森にも危険な生が多く生息しているので、ひとりふたり兵士がいなくなっても怪しまれることはないだろう。

戦車の殘骸が見えてくると、リスにも似た小は一斉(いっせい)に騒がしい鳴き聲を立てながら逃げていく。戦車の下に隙間を見つけると、カグヤの偵察ドローンを先行させて安全なのか、通れる道幅があるのか確かめてもらう。

安全が確認できると迷宮じみた瓦礫のなかを慎重に進んでいく。瓦礫に絡みつく植を引き剝がし、鉄骨の隙間に(からだ)を捻じ込んで進む。談笑する兵士たちの聲が聞こえると、足を止めて彼らが遠ざかるのを待った。瓦礫を抜けると、監視カメラやセンサーに注意しながら壁にれる。