《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》×2-10
「エイちゃん、今日は遠出するよ」
朝食をとっていたエインズは徐にそうシギュンに言われた。
「遠出? どこか行くの?」
「そうだよ、やっと準備ができたからね」
スープを飲む手を止めてシギュンがエインズの橫に座り片肘をつきながらパンを食べるイオネルに視線を送る。
「うん、ようやく婆さんが言っていたものができたからねぇ」
「イオネルさんもそれがどこか知っているの?」
そうエインズが顔を橫に向けてイオネルの、仮面をつけたその顔を見た。
イオネルは小さく頷きながら「もちろんだよぉ」とパンを頬張り、聲が籠った聞き取りづらい返答をした。
「シギュン様もイオネル様も外出なされるのですか?」
エインズら三人の朝食の準備をしていたジデンがスープのを手にしながらテーブルへと移してくる。
「そうそう。だからジデンくん、今日はきみお留守番だからねぇ。殘念だねぇ」
「はぁ……。別に殘念ではありませんが、承知しました」
自分の朝食の準備ができ、イオネルの隣へと腰を下ろすジデン。
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イオネルの羨ましいだろうという視線に鬱陶しさを覚えながら、ジデンはそれを無視してスプーンを手に取った。
「イオネル様、どちらに行かれるのですか?」
「うーん、それはだよ。ねぇ、婆さん」
「そうさね、こればっかりは言えないねぇ。ごめんよ、ジデン坊ちゃん」
「いえいえ。であればこれ以上お尋ねしないことにしましょう」
スープから立つ湯気、パンの香ばしい匂いが部屋に広がる。
エインズがシギュンのもとに住み始めてからイオネルがよくここに來るようになった。
それまではどこかシギュンをうるさい老婆と敬遠していたイオネル。だが、今ではシギュンから呼び出しをければすぐに顔を見せるし、自ら足を運ぶことだってあった。
イオネルが外出するということは、それ即ちジデンにも聲がかかる。
自室で無視を決め込むジデンだが、執拗にドアをノックされ大聲で聲をかけ続けられれば休まるものも休まらない。
このままではかえってノイローゼになってしまうと、結局自室から出てくるジデンであった。
「いつ頃お戻りになるのでしょうか? 皆さんのお帰りに合わせて私が食事を用意しておきましょう」
「おや、それは助かるね」
ジデンの提案にシギュンは驚いた様子を見せながら、その提案をありがたく思った。
「まあね、僕のジデンくんはそこら辺もくみ取れる優秀な人間だからねぇ。僕に謝してもいいんだよ、婆さん」
「別に私はイオネル様のものではありませんし。見てくださいイオネル様、あの呆れかえったシギュン様の顔を。ほら、黙って食べてください」
冷たくあしらうジデン。パンくずで自分の目の前が汚れているイオネルに「あなたは子どもですか」とため息じりに言う始末。とても上司に言うような言葉ではないのだが、ジデンとイオネルの関係ではそれが許される。
「最近本當にジデンくん、僕に辛辣すぎない?」
そうぼやくイオネルをこれまた無視するジデン。
「エインズ君も気をつけて行ってきてくださいね」
「はい、ジデンさん」
「まあシギュン様がついていますし、イオネル様も魔法は得意ですからエインズ君の助けになるくらいには役に立つでしょう」
「そうだね」
何の不安もじていないエインズ。
シギュンのもとで魔法を教わりながら、彼が発現させる魔法もその目で見てきているエインズは道中の不安を一切覚えない。
イオネルについても時々ここへ訪れた際に魔法を教わっているが、彼の魔法についても目にすることはあった。
「エインズくんまで僕をその扱いとは……。僕泣いちゃうよぉ」
「よかったじゃないかイオネル。こちらもその不格好な仮面のおかげでお前の泣き顔を見なくて済むさね」
「婆さんは許さんぞ!」
スプーンをテーブルに叩きつけるイオネルだがそれ以上のきは見せない。
これまでの一連の流れがエインズら四人の穏やかな日常なのだ。シギュンも全てを本心から言っていないし、イオネルもエインズも。それからジデンも、いや、ジデンに関してはそうだと思っておきたい。
それから朝食を食べ終えたエインズら三人は支度を整えてから出発した。
関所を抜け、ガイリーン帝國から離れる三人。
エインズの車いすをイオネルが押し、その橫にシギュン。
老いて運能力を心配したエインズだったが、そこは魔法も優れた魔師だ。自のを強化させ常人以上の速度で歩いている。
イオネルも然り。三人の中で一番しんどいのはエインズである。
イオネルによってかなりの速さで車いすを押されるのだが、この車いすは地面の凹凸による揺れを十分に吸収できるほど優れた作りをされていない。
もろに振をそのにけてしまう。
脳が揺れ、視界が揺れ、胃の中で先ほど食べた朝食が激しく踴る。
エインズはそんな吐き気と戦いながらイオネルに押されていた。
いくつかの集落を抜けたが、その際にそこの住人が三人に向けた目は不気味なものを見る目だった。異常な速さで歩く老婆に車いすを押す仮面の男。えずきながら車いすに座る年。
不気味な対象に他ない。
「著いたよ、エイちゃん」
鬱蒼とした森の中、シギュンの足が止まる。
それに合わせてイオネルの足も止まるのだが、慣によってが前に投げ飛ばされそうになるのを車いすの肘掛に片腕で必死に摑まり防いだエインズ。
吐き気からも解放され、すっきりとした表でシギュンらが目を向けるその先に視線を向けた。
「小屋?」
目を向けたその先には木造の小屋があった。その造りはシギュンの家のように平屋である。
「そうさね、この小屋があたいたちの目的の場所だよ」
「けっこう大変だったんだからね、これを造るのに。帝國からも離れているし、けれども大っぴらに造るわけにもいかなかったからねぇ」
「そこは素直に謝するさね、イオネル」
「人使い荒すぎるよ、婆さん」
エインズが目を向ける先にある小屋。どうやらこれはイオネルが主導で造ったものらしく、シギュンもこれに関わっているようだ。
「中にろうか、エイちゃん」
「うん」
シギュンが開けたドアから、イオネルに車いすを押されながらエインズは小屋の中にった。
小屋の中には中央に背の低いテーブルとソファ。窓の橫には機と椅子があり、壁にはそれらを囲むようにして本棚が並んでいた。
だが、
「こんなに本棚があるのに、空っぽだとなんだか寂しいね」
エインズの言葉の通り、本棚には一つも本が立てられていなかった。
「エイちゃん、この前あたいが渡した本は持ってきているね?」
「うん、シギュン婆さんが大事に保管するように言っていた本だよね? あるよここに」
そう言って肩掛けバッグから本を取り出すエインズ。
シギュンは一つ咳払いをしてからエインズに語り始めた。
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