《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》153話 ロスト

ぷっつん。

目の前で何が起こったのか理解するよりも先に。

味山只人の頭の中で、何かがキレた。

「神(アーティファクト)・ミストルテイン」

「神・ハルパー」

心臓に突き立てられたナイフ。

頭蓋骨を裂いた鎌刃。

「不死殺しの神をまさか神話戦爭以外で使うことになるとは思わなかったっすね、センセ」

「気にするなよ、グレン。何事も出し惜しみは良くないものさ。この人間の記憶にある男、味山只人。これは危険だ」

「あ〜心臓と脳をぐさり。おまけに縦に真っ二つって。流石に味山さんでも死んじゃいますね〜、……もう、聞こえてないか」

グレン、ソフィ、貴崎。

味山の仲間たちが、味山の死を見下ろして呟く。

「あ、ああああ!! 味山、只人!」

西表がその端正な顔をくちゃくちゃに歪め地面に崩れ落ちる。

「……悪趣味な事だ、神よ」

多賀が、深く背もたれに背中を預けたまま、その男を見つめる。

貴崎凜。

グレン・ウォーカー。

ソフィ・M・クラーク。

3名のガワを持つナニカを。

「やあやあ、総理大臣殿。貴方の運命、いや、命運もここまでだね。糸がこんなにほつれてる」

貴崎の顔で、貴崎ではないモノがヘラヘラと笑う。

「あまりこのような手は好みではないのだが……先程の地上での一戦。味山只人は遊んでる余裕がない外敵と判斷した。神まで使わされるとはな」

グレンの顔をしたナニカが、味山のからナイフを引き抜き告げる。

「いや〜俺は別にそこまでしなくても良いと思ってはいたんだが……そうだよ、人間ってのは存外、訳わかんねえ奴がいるからな。まっ、最大限の敬意と思ってくれや」

ソフィの顔をしたナニカが耳のを掻きながらパチリと指を鳴らす。

味山の脳みそに突き刺さった半月型のナイフが彼の手元へ帰ってゆく。

「まあ、そーゆー事でー! ジャジャーン、コングラッチレーション! ニホン最高指導者、タガ・ソウリ! ニホン最高戦力、イリオモテ・ナミ・キョウジュー! 見っーけった!」

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「ノルン、あまりはしゃぐな。神るぞ」

「あっはは、確かに。これは失禮しました、バルドル様。でもさ、褒めてくれてもいいんですよ? バルドル様とクリさんが、アレフチームの姿になってくれてたおで。えーっと、なんだっけ、そうそう! "完した自我"! この生意気な力を無視できたんだから!」

「にわかには信じ難いけどなァ、北歐の糸紡ぎ。ほんとにこの男、策なしでペルセポネにらせたらヤバかったのか?」

「あーもー絶対ダメダメ。ペルさんどころか、多分神での権能でもこの人の心になんか作用させるの、多分無理だよ。この人間を構するすべての要素が他者からの心への介のカウンターになってる。”完した自我”、ある意味、僕たちの在り方に近いかも」

「興味深いな。われらの館の戦士にもこのような神を持つものはいない。探索者、當世の戦士はどのような教育をけているのか」

「うーん、運命の糸を手繰ってみても、特別な事は……ぶらっくきぎょう……さらりーまん? なんだ、これ?」

貴崎の顔の神種。

己の手の中で輝く糸をあやとりのように繰りながら首を傾げる。

「あーまあいいや。不死の化けはこうしてめでたく不死殺しの力の前に敗れ去りましたとさってとこか。さて、丸だな、ニホン人」

ソフィの顔をした何かが、味山の死骸をぎ、そのままその上に小さな部を乗せる。

ロングのスカートの中がはだけるのも気にせず、どっしりと味山の上に座る、ソフィ――。

「ソフィ・M・クラーク……バカな……なんで、貴が……」

「おお? なんだ、赤髪。お前このに、何か特別なを持っているな? じるぞ。お前の魂が揺れているのを。だが、殘念だ。このにはお前への想いどころか、記憶もあまりないように見えるが?」

「……っ、なんで、ソフィ・M・クラークの顔を、姿を」

西表が多賀を庇う位置に立つ。

ニホン最強の指定探索者の姿、しかしもう本來の西表波の姿はそこにはない。

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追い詰められ、理解させられ、なじられ、踏みにじられ。

目は開き、長い髪はしおれ、指先は震える。

の絶えた音。

「あ? 知ってるんだろ? 俺たちは食った定命の者の報を再現する事が出來る。まあ、正確に言えば、このを食ったのは深淵を降りていってる神持ちの連中なんだけどな」

「アレフチーム……聞きしに勝る、と神から聞いている。神持ちでようやくこの2人を仕留めたらしいな。そして、1人は逃してしまったとか」

グレンの顔をした何かが、アレフチームをたたえる。

この存在は心の底から、そう思っている。

「まあ、殘りも時間の問題だろ。各神話の運命や未來を視る事が出來る神の読みじゃあ、”アレフチーム”とニホンさえ潰せばほぼ、人類の勢力は終わりって聞いてる。ニホンの神連中も、まあ、頑張った方だが、奴らはつつましすぎるな。せっかく顕現のチャンスを得られたのに、それを自分で蹴っちまってんだからよ」

「皮だよね~、人類の未來を人類で選ばさせるために不干渉を選んだのに、その選択のせいで自分の國の人間、全部僕たちに喰われる事になるなんてさ~」

「……じきに、深淵から神たちがやってくる。國の境界を守っている神、國土を守っている神、人民を守っている神。ニホンの3つの神も力盡きるだろう」

ぐにゅり。

貴崎の顔、グレンの顔、眼球の白目と黒目がれ替わる。

人間の皮をかぶった神が、淡々とニホンの末路を語る。

「――多賀、くん」

「……すまないね」

顔を伏せた西表が、ぼそり。

多賀が、小さくうなずく。

「――へえ、くすんだ魂。錆びれ煤けた魂と、使い主を得られなかった道。だが、いいね。ガッツのあるやつは嫌いじゃねえぜ、人間」

ソフィの顔をした神が笑う。

きっとソフィもするであろう不敵な笑みで。

そしてそのソフィの顔のナニカは、西表に視線を向ける。

「なあ、取引しねえか? ここまで生き殘ったお前に敬意を示したい。俺のコレクションになる気はないか?」

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「え……」

ソフィの赤い目の中に、西表の顔が映りこむ。

で作られた鏡のようだ。

「赤髪、いや、人類軌跡。この星が生んだ霊長の守護者よ。きっと俺たちとお前の間には誤解があった」

「何を、言ってるんだ」

「本來敵じゃねえんだよ、俺たちは。お前はどっちかっていうとこっち(神種)側の存在だろ? 星の霊長たる人類の生存のために存在する星の免疫機構、つまりガーディアンだ、お前は。もったいねえだろ。人間、もう俺たちの餌にして奉仕種族となり果てた存在のために、お前という力を消耗するのは」

「ちょっとー、クリさん。僕たちの目の前で戦力の引き抜きとかやめよーよ」

貴崎の顔をしたナニカが、ソフィの顔をしたナニカにぶーぶーと文句を垂れる。

「抜かせ、北歐の。お前んとこだって、あの星雲の墮とし仔のをいくつも手してるだろ。ばれてねえとでも?」

「……ふむ、耳が痛いな」

「あちゃー、知ってたの? あはは~、お口チャックしま~す」

後ろ頭に手を回し、けらけらと笑う貴崎のようなナニカ。

本當に本人がやるようなしぐさだ。

「さて、これで堂々とスカウトできるな。――西表波、いや、”勤勉”の軌跡。俺と共に來い。お前は人間と心中するべきじゃねえ。俺たちと共に、永遠を生きるにふさわしい存在だ」

「……えい、えん?」

「ああ。永遠だ。俺たち神種が求めるのは、永遠の確立。お前にはその大偉業の礎になる資格がある。俺たちがお前をもっと有効に活用してやる」

ソフィの顔。

オリジナルが持っていた神を伴う貌が、まっすぐ西表を見つめる。

「お前の魂は、強く、強く、この外観に惹かれてるな。――なあ、ナミ」

「――え」

ソフィの顔をしたナニカ、それの様子が明らかに変わっていく。

外観だけじゃない。

種は喰らった人間の記憶、いや、魂の倣すら。

「俺、ーーいや、ワ(・)タ(・)シ(・)に力を貸しておくれよ、波。ああ、安心しなよ、ワタシは滅んではいない、ソフィ・M・クラークはね、別に殺されたりしたわけじゃあないんだよ」

その言葉は、毒。

甘い、毒。

に喰われた人間は全てを奪われる。

顔も、も、そして、その魂すらも。

「人間は個人を判斷するのに外見と中で判斷するのだろう? ならば、ここに、ワタシを、ソフィ・M・クラークを構する全ては、ここにある」

「そ、ソフィ……が? うそ、だ……! お前は彼を喰ったから……!」

「MITのカフェテリア。マカロニのサラダでご飯を食べるのはキミくらいのものだったね、ナミ」

「……あ……えっ?」

味山の死骸の上に座るソフィが、天井を見上げて呟く。

西表は目を丸くして、押し黙った。

それはわずかな時間、それはほんのしの青い春。

ソフィ・M・クラークと西表波の時間がほんのしだけ差したあの時間の思い出。

「ナミ、全て、ここにあるんだよ」

その細い指が、ソフィ自の顔を、を、足を沿ってく。

「ワタシは死んではいない。も魂も、そして記憶も。人間を人間たらしめる全てはここにある。ソフィ・M・クラークは確かに、神種、神との戦いに敗れ、そのを喰われた」

「でも、生きてる。なぜならワタシを構する全ては今や、神と共に……! 人間という脆弱なを捨て、ワタシは今や神の一部となったんだ。永遠に、等しい存在にね」

紅い瞳が、すうっと細まる。

が元々もっていたミステリアスな魅力が、更に、どうしようもなく深まって。

「ナミ、ワタシの手を取っておくれよ」

手袋に包まれた細い指が、西表へと。

「生きよう、共に。勤勉の軌跡よ。それでさ、またあのカフェテリアで、一日中好を食べながら、話をしようよ」

「ソフィ……そこに、いるの……?」

「ああ、確かに」

「そして、一緒に人間を減らそう。霊長の座、人代を終わらせ、神代を始めよう」

「……しん、だい?」

「ああ、たのしくなるぞう。ヒトは神の加護と庇護なくしては生きていけず。人間はもはや、ヒトという神の奉仕種族、そうあれかしと言う姿に戻るんだ」

「……」

「間違いを正そう、世界を有るべき姿に戻そう、この星の頂點はこんな猿に任せておくことは出來ないのさ」

ソフィの顔をした神が、真っ二つになった死骸の頬を指で突いた。

「ナミ、キミはこれより人類の軌跡を証明し、その軌跡を見守り、その軌跡を見送る存在ではなくなる。キミがこれから考えるべきは我々、神の道だ」

「さあ、共に神の世界を作ろう。ワタシのモノになってくれ」

西表波にはわかる。

目の前にいるこれは完全に、ソフィ・M・クラークそのものだ。

貓のように歪む紅玉の瞳も、れる事すら憚れる白雪のも、芝居がかったその口ぶりも。

ソフィ本人がそこにいる。

個人を規定する要素の全てがそこにある。

「神種に喰われるというのはね、人類にとって永遠を意味するんだよ、ナミ。ワタシは神の中で生き続ける、DNAも記憶も、人格も、すべて。キミさえむのなら、キミの中で生きる事も可能さ」

「――」

い人類軌跡にとって、神の言葉はあまりにも老獪であまりにも魅力的だった。

神にとって、人間よりも純粋でい力をわす事などあまりにも簡単だった。

「西表、は……」

折れた心、砕けた誇りに神の甘言は染みる。

多賀をかばうようにばされていた腕はいつしか降りていて。

ソフィ、を騙る神が勝利を確信する。

魂を視る事が出來る冥界の主人の目には、けかけのチーズに見える西表の魂が映っていて。

にっと、ソフィの顔で神が笑って、

「さ、ナミ。そこをどいてくれ。ミスター多賀はそろそろお休みの時間だよ」

「……え」

「……ふふ、おや、私は、スカウトしてくれないのかな、神々よ」

椅子にを預ける多賀の言葉。

憔悴しきった顔にはしかし、未だ奇妙な鋭さが宿る。

「キミだけは駄目だ。同盟に加している各神話系すべての、未來、運命をつかさどる神による予知によって、キミの存在だけは許されない」

西表に向けていた口調とは異なる、冷たい聲。

「キミは、引き金なんだよ、ミスター多賀」

ソフィの言葉から余裕が消える。

「すべての予言がキミを”引き金”と呼稱した。我々神の敗北に繋がる未來への。”委員會”という人間モドキを滅ぼした今、ニホンは我々にとって最大にして唯一の障害。キミの消滅を以って、人代は終わりを告げる」

「引き金……はは、ああ、そういう、事か……老いたな、私も。そうか、間違えたようだね」

「正直、君、貴方には敬意に等しい何かを抱いている、貴方は愚かではない。我々の存在を的確に理解し、我々との差を正確に理解してなお、人類という種のために立ち向かったのだから」

「――はははは、それは違うな、神よ」

「なに?」

「私はね、別に人類なんてどうでもいいんだ、そんなくくり、この矮小なには、あまりにも大きすぎる

「……ならば、君は、なんのために? その魂のさびれ、見ればわかる。貴方は何度、繰り返した? 人類の為でなければ、一何度滅びと死を験した?

ソフィを騙る神にはわかっている。

目の前の小男こそが、人間の時代最期の敵だと。

「己の種の生存のためでなければ、一なんの為に……?」

「――國、さ。神よ」

「……國?」

「ああ、君に語るべき話もない、ただ、私の労苦はこのニホンと”日本”の……ため。に」

多賀が、がくりと顔を伏せる。

じわり、彼の黒いスーツジャケット、その脇腹がどす黒くっていた。

すでに、多賀は命に係わる傷を負っている。

「……ほっておいても君は死ぬ。だが、君はまた再びやり直すのだろう? 我々神のあずかり知らぬ力によって。だが、もう、次はない」

「敬意をもって、君を刈り取る。君を終わらせる。廻の力を持つ人間よ、繰り返すことを使命づけられた魂の奴隷よ。冥界の主人として、君を只の人間に戻してやろう」

その大鎌を、ソフィが、多賀に向けて。

「……まだそこを退かないつもりかい? ナミ」

俯く多賀。

一度は彼の前から降ろされた細い腕は、今再びその場を遮る。

「――夏が好きなんだ、ニホンの夏が」

「……あ?」

西表波が、多賀の前に、立つ。

「汗ばむ、朝から聞こえる蟬の聲、雨の降る前のった香り、が流れているような赤い夕焼け」

「……何を言ってるんだい?」

「……景さ。西表は今、景の話をしてるんだ」

西表が、目をつむる。

ひどい1日の最後にせめてマシな明日を願うように。

いつか貴崎凜に見かされた西表の本音。

人類や國なんて、どうでもいい。必要なのは自分の興味と好きなものだけ。

それが西表の本音。

そんな彼が未だ、多賀の前に立つ理由。

「夏の景。どこに行ってもいいだろう。朝、公園の前を通るとね、子ども會の夏の催しとしてやっているラジオ。公園の木々からは目を覚ました蟬達が歌い続ける」

神も人も、人類軌跡の奏でるような言葉の前にきを止める。

「空は明るい、けれどまだ太の暑さは夜に冷やされて本気ではない。遠い空の向こう側、むくむくと道雲がたゆたっている」

西表波を人間として定義したものはそんな、ありふれた、なんでもないもの。

人類軌跡”勤勉”を西表波へと、人間たらしめたのはこの國のそんな景。

「晝は、海も川もいい。家族連れ、友人、人、あるいは一人。様々な人が水の冷たさに笑い、はしゃぎ、遊ぶ。そんな喧噪から一歩離れて、人のない水の場所で釣りをするのもいいだろう。人から離れて、人の気配をし探ったり」

は人類も國も神も人もどうでもいい。

「夕方、あぜ道を歩く。帰省したい子と老人と犬の散歩を視界に収め、田んぼに満ちる水の音を聞く。空は夜と赤が混ざってる、雲がどんどん積みあがって、空に影を落としていく、った土のにおい、草花の匂い、雨の匂いとともに、こどもや老人や犬は家路を急ぐ」

好きなものは、聡明な友人と夏の景

「ソフィ、いや、神。君たちが作る世界の中にはそんな景があるのか?」

「いや、ないね。人間はもう自分で笑うことも泣くことも許されなくなるわけだから、夏の景の中に人の聲はもうじらない」

赤い目と紅い目の視線が差する。

「ーークソ、だよ、それは」

理由は、それだけで十分だった。

「人類軌跡”勤勉”、出航」

紋様が、浮かぶ。

西表の目、カラコンが外れ、人ならざる金の瞳があらわになる。

星が生んだ免疫機構。

たまたま人間の形で生まれ、たまたまある國の景と人の暮らしに惚れ込んだマジメな存在。

西表の背後にいくつもの赤い紋様が浮かび、くるくると回り始める。

「……西表くん、苦労をかけるね」

「構わないさ。君には西表の好きなものを守ってもらう必要がある。――多賀くん、君は引き金だ。西表とキミはそこの部分を勘違いしたんだ、――恐れるべきではなかったんだ」

「――耳が痛いね、まったく、トラウマとは厄介なものだよ」

「今、それを乗り越えるべきだ。手遅れで、愚かで、どうしようもない無能の我々も、最善の努力をする義務はまだ殘っているよ」

敗北した多賀と西表。

間違えるのが罪ならば、負ける事が罪ならば。

それを贖う方法は――。

「多賀くん、あとを頼むよ。西表がした景を、西表がした世界を」

「……君は素晴らしい友人だった」

多賀の言葉に、西表が一瞬だけをほころばせ。

前を見る。

もう、神は理解した。

人類軌跡”勤勉”は、最後まで傾かない。

「……殘念だよ、"勤勉"、お前は真面目すぎだ」

ソフィの顔で、神がため息をつく。

「やっぱ人間は油斷ならねえ、人類軌跡、お前のようなただの力の塊でしかないはずの存在をさえ、おかしくしちまう、だから、俺たちはお前たち人間が恐ろしいのさ」

なるべく傷をつけずに、西表を、勤勉を手にれたかったが仕方ない。

皮を剝ぎ、を捥ぎ、骨を折って、中だけを活用しよう。

神が、ソフィの顔のまま、人類軌跡に殺意を向けて。

「殘念なのは、テメェのオツムだ」

「えっ」

即発の狀況。

先手を打ったのは、神でも人類軌跡でもなく。

じゅぴ。

ごき。

一瞬の出來事だった。

言わぬはずの骸、味山の真っ二つになった骸。

斷面から鞭のようなが生え、それがソフィの首に巻きつく。

対抗などあり得ない速度で、ソフィの首がねじ折れて、壁に放り投げられた。

「……ほう」

「うわ」

神が、慄く。

「な、に……?」

「大した……ぶりだね、味山くん」

人がドン引く。

そのおぞましい景に。

「なん、で。えっと、不死殺しの神、使ったんだけど……」

貴崎の顔をしたナニカが、心底怯えた表で言葉をらす。

ソレの視線の先には――。

ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ。

真っ二つに斷たれた

溢れた臓腑、溢れる、それから何かが湧いている。

ワッセ、ワッセ。

それは、"耳"だ。

だまりから現れた手のひらに乗るサイズの耳の怪がウヨウヨと。

味山の片を拾い、繋げ、戻していく。

ウンショ、ウンショ!

ぐちゅ、ぐちゅ、ずず、ざじゃ。

小さなお耳が、味山を繋げて、戻して、治して。

粘土で遊ぶように。

から鳴っちゃいけない音がする。

治っていく、戻っていく、が、が。

なんの意味もなく再生していく。

TIPS€ ”耳の

「おにさき」

「えっ」

仰向けの、その脇腹から骨が突き出る。

肋骨、鋭い棘のような肋骨が一番近くにいた貴崎の顔をした神のを貫いた。

「あ、あれ……? な、んで? あ、はは、ひどいなあ、味山さん、これ、貴崎凜のなのに」

壁にい付けられた貴崎が、を流し笑う。

「貴崎はもっと人だ」

なんの表も変えずに。

ゆらり。

男が立ち上がる。

「いってー。真っ二つにされると流石に再生するまで時間がかかるな。ズレてねえよな、俺の顔……」

「……驚愕だ。神ですら殺しきれないのか」

「グレンの顔で真面目な口調だとイケメンすぎてムカつくな」

固まる神達、立ち盡くす人類軌跡、靜かに笑う小男。

「西表波。俺も夏が好きだ」

「ーー君は、いや、あなたは……はは、本當に西表は愚かだったね。趣味の合いそうな人間を、封印なんかしてさ」

「詫びでもくれんのか?」

「……味山只人、君は不思議な奴だね。……ソフィと話してるみたいだ」

「多賀くん」

「ああ……西表くん」

多賀と西表が目配せをする。

「ああああ、痛い、痛いよ、アジヤマ。ハハハ、なんてひどいことをするんだい。仲間のワタシに向かってさ」

「小賢しいな、まだクラークのフリするのかよ」

「フリ? いや、違う、違うよ、アジヤマ。ワタシは本さ。魂とが神の中に移り住んだだけのーー」

「アシュフィールドはどこいった? お前らがそんなになってるのに、アイツは何してる」

「ーーアシュフィールド?」

きょとんと固まるソフィの顔を見て、味山がにやりと笑う。

「語るに落ちたな、偽ーー」

そういうパターンだ。

目の前のこれはきっと、クラークの偽

姿や口調をトンチキパワーでごまかしただけだ。

貴崎やグレンもきっとそうだ。

そうに決まってる。そうやって、言い聞かせて。

「あ、ジ、ヤマ……ワタシを、殺せ……」

唐突に現れた半泣きの表

その顔はまぎれもなく。

「ーー最悪か」

TIPS€ ソフィ・M・クラークは神に敗れた

いつも、現実はクソだ。

安易な予想に逃げようとした味山にヒントと現実が答えを突き付ける。

「しくじ、った、アジヤマ、済まない、アレタ……は、アレタを1人にして、しまった……」

「あー……こんな時でも自分の事よりアシュフィールドか。參った、マジでクラークか、お前」

だめだ、これ。

クラークだ。

アレタ・アシュフィールドの言葉に反応して、アレタ・アシュフィールドの事しか考えていない。

味山はすべて理解する。

もう狀況がどうしようもなく詰んでいることを。

「手間を、かけるね、アジヤマ」

短い言葉、でも、ソフィが笑う。

味山もすべてのを踏みつぶし、笑う。

「気にすんな。俺がやらかした時は頼むわ」

「ああ、かな、らず……じゃあ、アジヤマタダヒト、アレタを頼む……彼は、今一人で……」

「――了解、ソフィ・M・クラーク」

別れの言葉はそれで終わり。

かくりと、ソフィが俯いて。

「……なん、だ、今の。俺が、俺が、一瞬、奪われたのか……? 主導権を? まさか……」

ソフィが、ソフィを喰った神に戻る。

その顔は蒼白。

「……冥界の。我々はもしかすると、人間をまだ低く見積もっているのかもしれない。と魂を消化しきれていない。……アプローチの再検討も必要なのかもしれない」

「……ええ~ありえないっしょ。今、クリさん完全に、乗っ取られてなかった?」

探索者のやり取りに、神が慄く。

「今、味山只人、今のは……ソフィが?」

「ああ、言も聞いた、死に顔も見れた。俺の仲間は死んだ、こいつらに殺された。もういいよな」

「……今、俺はし安心している。人類軌跡、引き金、そして、味山只人。俺たちにとって最後の引っ掛かりをここで始末できる事になぁ」

種が、前へ。

味山の仲間の姿のまま、味山の前へ。

「どうしようもねえクソみたいな日だ、だが、俺も安心してる、俺は幸運だ、間違いなく」

「あ?」

味山の唐突な言葉に神が怪訝な顔をして。

「仲間をぶっ殺して、その皮をかぶるような害獣をこの手で駆除できる、ああ、俺も安心した、よかった、俺の手で、全部ぶっ殺せる」

もう何もいらない。

もう何も遠慮する事はない。

TIPS€ 貴崎凜、グレン・ウォーカー、ソフィ・M・クラーク、死亡(ロスト)

「味山只人の探索日誌、アレフチーム、および、貴崎凜、死亡を確認」

「西表くん」

「わかってる、多賀くん」

前へ進む味山、それと並ぶ西表。

悲しむのも、怒るのも全部、全部後でいい。

「ぶっ殺す」

中がかゆい。

「っ」

「お」

「えっ」

何てことない味山の一言に神種が一瞬きを止める。

それは神によって委する人とよく似た反応。

今、はっきりと、神種は味山只人の言葉を恐れて。

「行くぞ」

味山が殺しに――。

「味山只人」

がちゃん。

「あ?」

浮遊

足元、味山の足元の地面に扉が。

それを開けたのは、さっきと同じ、西表だ。

「次、西表に會ったとき、こう伝えておくれよ。”2012年、ハニーバーアイス、111本”」

「は?」

一瞬の油斷。

足元が、なくなる。

落ちていく視界。

最後に見たのは西表の、唯一人類の為に現れ、人類の味方をすると決めたシステムの笑

「悪いね、ここで死ぬのは西表だけだ。君に賭ける事にしたよ、最初からそうしておけばよかったのにね」

「お前、なんで――」

「最初に言ったろ? 誠に恐なのだが――世界を救ってはくれないだろうか」

がちゃん。

扉が閉まる。

その場に殘ったのは、西表と――探索者の姿をした神だけ。

「……しくじった。異界か。一番2人っきりにしたくねえ奴らを逃しちまった」

「問題ない。人類軌跡を喰らえば、異界の作権も手にる。さきほどのアサマという混ざりものと同じだ」

「ああ~あの零落神もどき? しぶといね。まだ意識があるみたいだけど、斉天大聖のサドッ気を刺激しちゃってるからしばらくは死なせてもらえないだろうね」

「偉く余裕なものだ、神よ」

味山はいない、そして、多賀も。

ぎいい。

味山、多賀、2人がそれぞれいた場所には代わりに今まさに締め切られた扉が2つ。

最後の人類軌跡が、人類最後の引き金と――を見送った。

「余裕? はははは、人類軌跡、それはお前の方だ、システムとは言え、お前はもう人間に寄りすぎた。怖いだろ? 死ぬのは。恐ろしいだろう? 喰われるのは」

3つの神が、人類軌跡を――。

「違う」

「あ?」

「西表は、私はニホン指定探索者、西表波だ」

「……人間は、やっぱ毒だな……」

「まったくだ、西表はすっかり、かぶれてしまったよ」

――ニホン最強の指定探索者が嗤う。

死を覚悟した人間特有のやけっぱちで、脆くて痛々しく、それでいてどこまでも自由な笑顔で。

「言い殘す事はあるかぁ?」

「今のうちに言ってた方が良いよ、僕たちに喰われるのって、結構痛いみたいだから」

「さて、人類軌跡狩り、いや、最後の探索者狩りだな」

が、どう猛な笑みを浮かべる。

西表波は、すべてを間違えた。

西表波は、失敗した。

味山只人という力を恐れた。

それは人類軌跡の、”人類の保護、および生存”という存在自に起因する本能のすべてがあの男を恐れた故だった。

だが、今はもう違う。

「彼も、夏が好きだと言ってくれた。西表が好きなものを彼はきっと、守ってくれる、そう思った」

人類軌跡”勤勉”としてでなく、西表波は味山只人に賭ける事にした。

「今更都合のいい事はわかってる、喪った命に謝る資格すらないのもわかってる、でもそんな西表にもまだ、出來る事はある」

「そりゃあ、なんだ?」

「見てたらわかるさ」

赤い紋様、勤勉の権能、その全容。

「ギリシャ、ニホン、北歐、出典検閲、権能理解」

一度見た神種の力、その権能の模倣、および再現。

紋様から浮かびあがるのは各神話系によって語られる武、鎧、逸話の人たち。

「勤勉に、勉強させてもらうよ、神種」

「その力、神話戦爭に絶対しいわ。よし、喰うぞ」

あの男が進む限り、西表に敗北はない。

過ちを犯し、しくじった人類の守護者、だが最後の最期に彼は本気で笑っていた。

が軌跡に牙を剝き。

「あ、はは」

ずぶ、ずぶ、ずぶ。

ヤドリギが西表のを貫く。

糸が西表の四肢を斬り飛ばす。

大鎌が西表の心臓を抜き取る。

「――ここで、死ぬ」

その目はまだ死んでいない。

「あ」

神が、しまったと表を浮かべる。

そう、最初からこのは自分の生存なんて考えていな――

「――命を賭けて」

赤いが、すべてを包んだ。

人類軌跡”勤勉”――ニホン指定探索者、西表波。

死亡(ロスト)。

◇◇◇◇

暗い。

夜の森。

深奧にたまる夜闇よりも濃い暗闇。

味山はそこに橫たわる。

「……共闘のパターンじゃんかよ、アレは」

ぼそりと呟く。

また、逃がされた。

ぽかんと暗闇の中に寢そべり、味山はーー。

「あ、やば」

し泣きそうだ。

貴崎は死んだ、グレンも死んだ、ソフィも死んだ。

そのどうしようもない事実が、ようやく味山の心を蝕み始める。

「……殺さねえと」

「全部、全部、ぶっ壊さねえと」

酔いが、怒りが味山只人という本質を剝き出しにしていく。

社會や仲間と上手くやる為に無意識に作り上げている"味山只人"という仮面が剝がれ始める。

「……あ〜全部うぜえ」

味山の本質は、これ。

元々この男は、うっすらと、世界の全てが嫌いだ。

自分の、自分の半徑數メートル以の世界以外全て、嫌い。

「全部、壊してやる」

味山只人は、1人になる。

暗闇すら、その様を恐れるように薄く。

今、この男がどんな顔をしているのか。知るものはいない。

この男と相対した者しか、この恐怖はわからないのかも知れない。

「その顔だよ、味山くん」

「……なんだ、あんたか」

闇の向こう、頼りない燈。

カンテラを持った小男がいた。

「私はその顔を恐れた。私は……君が怖かったのだろうね」

「何言ってるんだ?」

傷さ、なんの意味もない言葉だ。さて、味山くん。いや、探索者、仕事の話に興味はないかい?」

「ーー仕事の話?」

カンテラを持つ男、多賀がうん、と頷いて。

「ああ。引き金とーー弾丸の話、ああ、シンプルに言おう」

多賀が、味山を見つめ。

「世界を救う……いや、違うね、君に相応しい仕事というのは、そんなものじゃない」

し、考えた後、小男が告げる。

「全部壊して、全部臺無しにしてくれないかい?」

引き金が、弾丸に向けて笑った。

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