晴天に恵まれたある日のこと。

今日は、の森の奧地へ向かって駆けている。

いつもの鍛錬だけど、脳地図にまだまだ存在する未開の地へ駆けることで、ちょっとした冒険気分。

銀狼の里とは違う方向へと進み、そろそろ一休み…と思ったところで人に出會う。

出會ったというより、うつ伏せに倒れている…。

裝備をに著け、傍には立派な剣もある。如何にも冒険者といった風。久しぶりに発見してしまったかな……と思いながら近づいてみると、微かにが上下してるので息はある。

大きな怪我はしていないみたいだ。病で倒れたのなら時間との勝負になるので、起こして確かめてみよう。

一つ気になるのは、背中に見える金の長い髪。明らかになので、とりあえずにはれずに呼びかけてみよう。

「大丈夫ですか？」

近寄って話しかけても反応はない。

仰向けにして、無事を確かめてみるか…と肩に手をかけようとした瞬間、電石火で手を摑まれた。

「とりゃぁ！！」

「うわぁ！！」

片手で軽々と投げ飛ばされたものの、なんとか上手く著地する。

「……ん？…ここは？」

寢ぼけたように首を振りながら、周囲を見渡す。

「の森です。大丈夫ですか？」

「む…？大丈夫だが……君は…？」

「通りすがりの獣人です。倒れていたので気になって」

「倒れて…？私は…すっかり眠っていたのだな」

あんな態勢で眠れる人がいるのか…。朝が下りて、地面は冷たかったろうに。顔に泥が付いているけど、とりあえず元気そうだ。この様子なら、何も心配いらないだろう。

「それでは」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか！」

「なんでしょう？」

「すまないが、此処は森のどの辺りだろうか…？」

「どの辺りと言われても、の森の南西部としか言えないです」

「南西部…？南東部の間違いでは？」

「いえ。間違いなく南西部です」

「………」

「………」

もしかして…。

「あの～…。もしかして、貴は…」

「待った！言わないでくれっ！」

「道に迷っ…」

「わぁ～！わぁ～！わわわわぁ～！わ～！」

図星なんだな…。

何故、誤魔化そうとしてるのか知らないけど、とりあえずは本當に大丈夫そう。

「気を付けて帰って下さい。では」

「えっ？！ちょっと待った！」

「え？」

「こんな森の奧地に、を一人置いて行くつもりか…？」

普通ならそうなんだけど。

「ボクは貴を知っています。余計な気遣いでしょう」

「私と、何処かで會ったことがあるのか？」

「見たことがあるだけです。王都の武闘會で」

彼の強さは知っている。

腰に差した剣に、銀の防と強者のオーラをに纏い、綺麗な長い金髪を腰の辺りで束ねている。起き上がって、顔を見たときから気付いていた。

この人は、前回の武闘會で優勝した剣士で、王都のＳランク冒険者であるアルビニさん。

まさか、こんな所で出會うと思わなかった。スザクさんを破った闘いは、まだ記憶に新しい。

この森に、彼の脅威になる魔はまずいない。獨りでも大丈夫だし、心配など余計なお世話。

「そうか…」

「というわけで、失禮します」

「す、すまないが、しだけ……ちょ～っとだけでも、私の話を聞いてもらえないだろうか！？」

「別に構いませんが」

何だろう？

いそぐこともないので、ゆっくり話を聞くことにしよう。お茶を飲むか尋ねてみると、「飲みたい」ということでコップに注いで手渡す。

「このお茶は味だ…。とても落ち著く…」

「良かったです。それで、ボクに話とは？」

「あ～……。なんというかぁ～……此処は、王都から遠いだろう？」

「そうですね。かなり遠いです」

「私は…王都に住んでいるのだが……もう三日帰っていないのだ…」

「クエストをこなしてる最中ですか？」

「その通りだ…ったのだがぁ～…実は、昨日のに終わっていたりしてぇ～…」

つまり。

「道に迷ったんですね？」

「あ～…………その通りで……」

「他のパーティーメンバーはどうしたんです？」

クエストをこなしたのなら、おそらく一緒にいたはずだ。確か【蒼い閃(ブルレウム)】という名だったかな？

ソロでいたにしては、王都から遠すぎる気がする。

「今頃は王都に帰り著いて、ゆっくり休んでいるだろう」

「ちょっと薄なのでは？」

「それは……私が行方不明の常習犯だからだ。しかし、決して迷子ではない！もう二十代後半の立派な大人なのだから！！」

「そうですね」

説得力は皆無。

「だが……遠征すると、二～三回に一度はやらかしてしまう」

「今回も例にれずやってしまった…と」

アルビニさんは、こくりと頷いた。

「どうすれば行方不明に？」

「恥ずかしい理由なのだが……見掛けた獣を追いかけて捕まえ……その……でている間に……」

「獣をでて？もしや、モフモフが好きですか？」

申し訳なさげにコクリと頷く。

「モフっているに、仲間に置いて行かれてしまったと？」

「長いときは、周りが見えず數時間単位でやってしまう。「帰るぞ」と言われても、耳にらない。半分呆れられているのだ…。捕まえた獣も、ぐったりするほどモフるものでな」

確かに數時間モフられたらそうなる。しかも、野生なのに。

ただ、獣人としてはモフモフ好きは擁護してあげたい気持ちはある。ボクらの特徴である皮を、好ましく思ってくれていると解釈できるから。

「それでも、時間をかければ帰れるのでは？」

「私は極度の方向音癡なのだ。自覚があるのに、メンバーの制止も聞かず、己のを満たすために行してしまう。自らはぐれてしまうのだから、迷子ではないけれども！！」

「その代償が、置き去りですか」

「「毎度毎度付き合ってられん」「いい加減にしろ」と口酸っぱく言われている。「仕事中だぞ！」と、大人の理屈を聲を大にして主張される…！仲間に「捜索費用を払え」と言われる有様…！！迷子ではないのに！」

「それはそうですよ」

ド正論だし、紛れもなく迷子。

「むぅ…。「言うことをきかないのなら、置いていく」と宣告されているのだよ…」

まるで子供だ。それでも反省しないんだな。ボクはちょっと共できる。

「アルビニさんは、本當に王都に帰りたいんですか？」

「どういう意味かな？」

「もっと獣をモフりたいのでは？」

「その通りなのだが、明日から別のクエストに行く予定があるのだ。それが無ければ、森を彷徨って一向に構わない。捕まえて思う存分モフれるし、いつかは森を抜けて知っている街に出る」

やっぱり逞しい。事は理解した。

「良ければ、ボクが王都まで引率します」

「…いいのかい？」

「呼び止めたのは、それを頼むためでは？」

獣人は地理に強い。だからアテにした。アルビニさんを知ってると言ってしまったから、恥ずかしくて言い出せなかっただけで。

スッと立ち上がって、ボクに頭を下げる。

「無関係の貴方に対して、非常に申し訳なく思う次第ですが、お願いしてもよろしいですか？」

「はい。構いません」

禮儀正しい人だ。ボクより年上なのに。

そして、武闘會で見たときの印象と違って、人柄がらかい。勝手に、真面目で堅い人だと想像していて申し訳ない。

「ぐう～～っ」と、豪快にアルビニさんのお腹が鳴る。

「しですが、攜行食もあります。もし良かったら、食べてから出発しませんか？」

「……何から何までかたじけない」

背負っているリュックからパンを取り出して手渡す。今日は『圧』してないので堂々と。

「どうぞ」

「申し訳ないが…パンに挾んでいるを、抜いてもいいだろうか？」

「は苦手ですか？」

「昔から食べられない」

「冒険者としては、大変ですね」

「野菜や野草を食べているから、特に苦労はないのだよ」

好みや質は人それぞれ。を抜いて手渡すと、野菜だけを挾んだパンに齧りついた。

「とても味しく、新鮮な野菜だ！ソースも味しい！」

「ありがとうございます」

本當に味しそうに食べてくれる。獣人が作った料理なのに、警戒することもなく食べたのも地味に嬉しい。

「ありがとう。ご馳走になった」

「では、出発しますか？」

「うむ。ここから王都まで、どのくらいの時間がかかるだろうか？」

「ボクの足で、三時間ちょっとだと思います。アルビニさんを背負って駆けても構いませんが、どうしますか？」

「う、う～ん……」

頭を捻って悩んでいる。

「疲れているなら、遠慮なく言って下さい。余裕があるなら、無理強いはしません。先導して駆けるので、付いてきてもらえたら」

「いや…。私は斷固背負われたい。気持ちは一択なのだが…背負われると君に迷をかけることになる。それが心苦しいのだ…」

なるほど。キャミィと同じで、モフりたくなるからだな。

「モフられ慣れているので、構いませんよ」

「本當か…？おそらく、王都に著くまでずっとになってしまう…」

「いいですよ」

「じゃ、じゃあ背負ってもらいたい！！嫌なら、直ぐに下ろしてくれたまえ！」

「わかりました。そうします」

「……はっ！私は……昨日水を浴びてないのだが…」

『でも、モフりたい…』と目で訴えてくる。見ていて面白い。

「臭わないので大丈夫です」

「そ、そうか！では、お願いしたい！」

「どうぞ」

「う、うむ………うっ…！？」

「どうかしましたか？」

「い、いや…。なんでもない…」

背負うと、しして頬りしてきた。キャミィと寸分違わぬ同じ行に、思わず笑みがこぼれた。

「私は…重くないだろうか…？」

「軽いです。では、行きます」

痩せているので羽のように軽い。なのに、ボクを投げ飛ばす力がある。何処にあんな力が隠されているんだろう。

ともあれ、王都に向けて全力で駆け出す。

「君は速いな。私の足では付いていけなかったに違いない」

「そうでもないと思いますよ」

宣言通りボクをモフり続けるアルビニさんは、ご機嫌な様子。よく飽きないな、と心するほどモフってくる。會話しながらも、ずっと頬をったり、頭を優しく手でるという徹底ぶり。

今さらだけど、初対面の獣人の皮は気持ち悪くないのかな？しかも相手は見知らぬ男。真のモフモフ好きは、相手が何者であろうとお構いなしの猛者なのか。

「王都まであとしです」

「そうか…。とても殘念なのだよ…。むっ！魔だなっ！」

前方に一頭のボアが見える。気配を察知しながら、可能な限り魔を避けてきたけれど、風下にいる魔は避けられない。

「進路を変更します」

「いや。このまま真っ直ぐ駆けてくれないか。王都近くの魔は、討伐しておきたいのだ」

「わかりました」

更に加速する。

「しだけ頭を下げてくれ！」

「こうですか？」

「うむ！」

駆けながら前傾姿勢になると、背中に著していたアルビニさんは、を起こしてボクの頭上で抜刀した。

直後、眼前のボアが聲もなく真っ二つに切り裂かれる。技能で飛ばした刃の鋭さが素晴らしい。さながら、ボバンさんの闘気のよう。さすがはＳランク冒険者だ。

あとは、このまま王都まで駆け抜けるだけ。

「相手は魔だというのに、躊躇いなく駆けるのは大したものだ」

「アルビニさんが倒すとわかっていたので」

「そうか！冒険者としては、信頼に応えねばな！」

ギュッと抱きついて、ぐりぐり頬りしてくる。とても照れ臭い。

さぁ、ラストスパートだ。

それから、三十分とかからず王都に到著した。東門でアルビニさんを下ろして、別れの言葉をわす。

「遠いところまで運んでくれてありがとう。本當に謝しかない」

「いえ。次回は、はぐれないよう気を付けて下さいね」

「うむ！迷子ではないけれども！ときに、君の名を聞き忘れていた。教えてもらえるだろうか？」

「名乗るほどの獣人じゃないです」

「そうか。また會えたなら、その時は教えてもらいたい」

「會えないような気がしますが」

「君は冒険者だろう？私にはわかるのだ。冒険していれば、いつか會えるさ」

「では、その時にお伝えします」

ボクの予想では、冒険じゃなくてまた道に迷っているときに再會する可能が高い。

「それにしても、君には何処かで會ったような気がする。見掛けただけかもしれないが…」

「気のせいだと思います」

さすがにサバトの中だとバレてはいないはず。魔力は完全に隠蔽して、駆ける速さも抑えた。目立つところはなかったはずだ。

「とにかく、この恩はいつか返す。久方ぶりに、モフりも満たされた」

「それは良かったです。そういえば、調教師の訓練施設にも行ったりしてますか？」

「調教師の？なぜ？」

あれ？冒険が忙しすぎて知らないのかな？

「獣やとれ合えます。生まれたばかりの赤ちゃんとも。この間、行ったので間違いないです」

「な、な、な、なぁにぃ～～！！そ、それは王都の訓練施設だろうか？！」

「そうです」

「知らなかった…。こうしちゃいられない！！では、必ずまた會おう！」

アルビニさんは、凄い速さで走り去った。

パーティーメンバーは、こうなるのがわかってて言わなかったのかもしれない…。余計なことをしてしまった可能大。

…まぁいいか。いずれバレていたと思うし。

々と不思議な人だったけれど、嫌みのない人であることと、実はモフりが満たされてないことはわかった。

そんなに好きなら調教師になればいいのに…と思うのは、野暮というもの。Ｓランク冒険者の力を求める人も多いだろう。

さて、全力で駆けて帰ろう。

★

「幸せとは…今この時を言うのだ！」

私は、教えてもらった訓練施設に來て、速やかに場料を支払い、獣の赤ちゃんをモフっている。

まさか、天國が王都に存在するとは知らなかった…。貓の彼に謝せねばなるまいて！

たとえ、パーティーメンバーが私の安否確認をしていたとしても、何ら問題ない。堂々と捜索費用を支払おうではないか！

膝で眠るカーシの赤ちゃんをでながら思案する。

それにしても、彼は何者なのだ？

現時點でわかるのは、只者ではないということ。

背負われた瞬間、まるで異形とれ合った覚だった。初対面の男に対する警戒心や嫌悪などといった生易しいものではない。

一瞬、怪に背負われたような幻覚を見た。

モフりたいが無ければ、背負われたままでいられなかっただろう。逃れたい気持ちとモフりたいを天秤にかけ、見事にモフりたいが勝ったワケだが、あの覚は何だったのだろうか…？過去に味わったことはない。

およそ獣人らしからぬ、知ある語り口。王都に到著するまでの會話の節々から、頭脳明晰であると推測できた。

初対面のを、下心なく遠方の王都まで運び、心ゆくまでモフらせるという心の広さも驚き。しかも、清潔なのか皮もいい匂いがした。

彼は、私の知る獣人にはあり得ない存在。だからこそ純粋に興味が湧いている。

私の予想だと、名のある上位冒険者。若しくは大犯罪者だが、そんな人ではないと斷言できるし、犯罪者ならあんなに堂々と姿を現すまい。

ローブにモノクルという風貌は珍しい。各地のギルドに分照會すれば、直ぐに判明するであろう。

高難度クエストにおいてレイドパーティーを組むために、Ｓランクには特権として各地の冒険者の報を提供してもらえる権利が與えられている。當然守義務はあるが。

「キュ～…」

膝にのせた赤子が微かに鳴く。

「ふふっ。まだ眠いのか？ゆっくり寢ていていいのだぞ」

「キュッ……」

瞼が開かない赤子の背中を優しくでる。癒やされすぎているのかもしれない。

無粋な推測はさておき、今日はこの場所を教えてくれた彼に謝して、れ合いを堪能させてもらおう。

…どうせ怒られるのだから、その前に心ゆくまで幸せを堪能させてもらうのだ！