ある日の早朝。

畑仕事をこなしていると、マードックが住み家を訪ねてきた。

「朝っぱらから土いじりか？暇人だな」

「土いじりは楽しいぞ。お前もやってみるか？」

「まっぴら免だぜ」

「酒を用意してあるから、中に行こう」

ナバロさんから仕れて、備蓄しておくように心掛けてる。食事とともに出すと、他の皆にも好評だ。

酒の力は凄い。嗜好品として、古くからされるには理由があると実する。

住み家に招いて、肴ができるまで居間で待たせる。ドカッと椅子に座る姿を見て、また一段とが大きくなった気がするけど、気のせいじゃないはず。

かなりの格なのに、まだ筋が太くなるなんて羨ましい限りだ。

「できたぞ」

さっと肴を作り終えて、酒と一緒に差し出す。『保存』していたシルーロの唐揚げを作ってみた。余って食べきれないから、マードックに処理してもらおう。

「…味ぇな」

「そうか。まだあるから、沢山食べてくれ」

人を褒めたりしない男だから、本音だとわかる。勢いも凄くて、山のように積んだ唐揚げを一口で平らげていく。

対面に座って、淹れたての花茶を飲むと、味しくて落ち著くなぁ。

「ところでよ、お前に訊いておきてぇ」

「なんだ？」

「ハルトがお前に會いてぇんだと。どうよ？」

「構わない。ハルトさんには恩がある」

「ククッ！そう言うと思ったぜ」

グランジとマルコの一件でお世話になってる。ボクが直接頼んだわけではないけど、マルコを冒険者に引き戻す手助けをしてくれた。

この間マルコと話したときも「変わらずハルトさんを目指してるっす！」と笑っていたから、きっとその後も気にかけてくれているはずだ。

「お前がサバトってのも、薄々気付いてたみてぇだ」

「そうか。勘がいい人だな」

マードックと白貓、という組み合わせで連想したのかもしれない。スザクさんも言っていた。

なんにせよ、マードックがボクに會わせようとする人は、信頼できると判斷した人だけだ。クレスニさんやアニェーゼさんもそうだけど、紹介された人から學んだことは數多くある。ハルトさんもそうなるかもしれない。

「ところで、お前は何か冒険したんか？」

「薬草採取と、鉱石収集をやった」

「ククッ！だろうな」

「Ａランクのお前に言うことじゃないけど、クエストは面白いな」

「ハハッ！そうかよ。他のクエストはやる気あんのか？」

「ない。ボクはＦランクだ」

「飛び級でけりゃいいだろうが」

「それも、何度かクエストをこなせばだろ？ボクにはできない。ちゃんと説明をけた」

「くそ真面目な奴だな」

「辭めるときは、クビになるんじゃなくて、自分から辭めたいからだ。妙な記録に殘りたくない」

問題を起こして冒険者をクビになると、リストに載せられてずっと記録が殘るらしい。何処かでしれっと冒険者に復帰するのを防ぐために、ギルド間で報を共有するのだという。

ただし、自分から辭めて、さらに希すれば、全ての記録を綺麗に抹消してくれるらしい。ボクが辭めるときは絶対にそうしたい。その制度があるから、冒険者になったという理由もある。

「もう辭めること考えてんのかよ」

「なる前から考えてる。基本的に向いてないと思ってるからな」

ただ、しでも誰かの役に立つことができたことは、純粋に嬉しく思う。森に住んでいるだけでは、絶対にできなかったこと。

「まぁいい。お前が何ランクでも関係ねぇが、俺やエッゾとくときは楽だ。それまで辭めんなよ」

「そうなのか？」

「そこら辺の奴を巻き込んで、ダンジョンで死なせでもしたら、冒険者の資格を剝奪されちまうからな」

「だったら好都合だ。ボクなら死んでも構わないってことだろ？それに、お前やエッゾさんが死んでも同じだから、こっちも気が楽だ」

「お前はマジでイカレてるぜ。ガハハ！」

「この考えは普通だと思うぞ」

「普通はな、冒険でテメェが死ぬなんて思ってねぇんだよ。死ぬのはテメェ以外って思ってんだ」

「冒険なんて、死にに行くようなものだ。安全な冒険なんてない」

オーレン達がいい例。初めての薬草採取で、倒せるはずもないムーンリングベアに襲われ、命を失いかけた。

そこで生き殘れるか。そして、再び立ち上がる気概があるか。それが冒険者の資質なんじゃないか。

「お前は森に住んでっからそう思うだろうよ。けどな、街に住んでる奴ってのは考えが甘ぇ。わかってんのは、そこそこ上のランクの奴だけだ。魔を見たことない奴でも、冒険者にはなれっかんな」

「そうか。けれど、長すればわからない…か」

「そういうこった」

「う～ん…」

「なんだよ？」

「お前に何か教わるのが妙な覚なんだ。冒険者の先輩だからいいんだけど」

「グハハ！なるほどな」

ボクはマードックと対等の立場だと思ってる。これは、出會ったときから変わらない。

そして、何かを教えたりする奴じゃないことも知ってる。だから、がむずいような不思議な覚に陥っているんだ。

…そうだ。いい機會だから訊いてみるか。

「なぁ、マードック」

「なんだよ」

「獣人しか使えない力に興味があるか？」

「あん？どういう意味だよ」

「獣人には、他の種族にない力があることに最近気付いた。もちろんお前も持ってる。興味があるなら、試してみないか？」

「他の種族にない…？そんなもん、お前がやれよ。何で俺なんだよ」

「ボクはその力がなくて、やれることがない。お前はボクより絶対量が多い」

「悪ぃが興味ねぇな」

「わかった」

ボクの知り合いでは、マードックが最も力を纏ってる。でも、同意なしで無理矢理試すのは良くない。余計なお世話だろうし。

「……ちょっと待て」

「なんだ？」

「その力とやらを使えば、強くなれんのか？」

「確実になる」

「お前……とんでもねぇことする気じゃねぇだろうな…？」

「ボクを何だと思ってるんだ。実際、自分でも試してるって言ったろ」

「…いいぜ。俺で試してみろや」

「ホントにいいのか？」

「何遍も言わせんな。言い出したのはお前だろ」

「わかった。外に行くぞ」

マードックと共に更地に出て、そこで説明する。

「上手くれば、『強化』のように能力が上がるはずだ。もちろん魔法の効果じゃなく、お前自の力で」

「面白ぇ。どうやんだ？」

「まず、やってみせる」

獣人の力を全に纏ってみせる。ここまでは、すんなりできるようになった。

「ボクがに纏っている力が見えるか？」

「何も見えねぇ」

「魔力じゃないからな。見えなくても確かに纏ってる。この力を使ってお前を毆るから、けてくれ」

「いつでもこいや」

神を集中して、力を右拳に集める。微量なので、ボクではこれが一杯。素早く間合いを詰めて拳を振りかぶる。

「ウラァ！」

「……っ！」

に向かって拳を叩きつけると、マードックは腕を差させてけ止めた。頑強でびくともしない。むしろ、毆った拳が痛い。

「こんなじだ。これでも力は増幅されてる」

「……どうやる？」

力の使い方を詳しく説明する。

「……頭が痛ぇ。もっと簡単に説明しろ」

「じゃあ、で覚えてみるか？ちょっと後ろを向いてくれ」

「おう」

マードックの背中に手を添える。相変わらず凄い筋だな。巖のようにい。

「今から力を作する。まず、これはじるか？」

魔力で模倣した力を流し込み、を巡らせてみる。

「何もじねぇな」

「そうか？これならどうだ？」

かなり強めに流してみる。

「………気持ち悪ぃけど、なんかいてんな。もっと激しくやれ」

「わかった」

更に出力を高めてみる。

「…おい。これが何だってんだ？」

「お前はどうじてる？」

「変なもんが、ん中をき回ってる」

「このままちょっといてみろ」

「お前を毆らせろや」

「いいぞ」

やられたらやり返す、が獣人の信條。言い出すのは予想してた。

「…オラァァァ！！」

「ぐぅっ…！！」

顔面を狙ってきた拳を、『筋力強化』して腕を差してけ止めた……けど、嫌な音がした。

これは…ヒビがったな…。

とりあえず、しばらく『治癒』が必要。

「毆ってみてどうだ？」

「……変だぜ。魔法とは違う…」

自分の拳を見つめるマードック。

「これをお前が自分でやるんだ。そのコツを教えたいけど、どうする？」

「やるに決まってんだろ」

「今日できるとは限らないぞ」

「そんぐれぇわかる。早くやれ」

「まずはこうだ」

マードックにれながら、纏っている力を作する。

「がぁっ…！？てめぇ……なにしやがった？！」

「力の作だ。この覚で、力を一點に集めろ。まずそこからだ。嫌がらせでやってるわけじゃない。ボクも同じように作してる」

「…マジで言ってんだろうな？」

「魔力の作は、慣れるまでもっと気分が悪いぞ」

「……ちっ！！」

言いたいことはわかる。この力を作するのは、もの凄く気分が悪くなるから。でも、決して耐えられないことはない。マードックは慣れてないだけだ。

「こうか？」

「全然できてない。こうだ」

「がぁっ…！てんめぇ…！！」

「無理ならやめても構わない。ボクが悪かった。自分だけでやる」

「…くそがっ！！もう一回やれっ！」

「無理はするな。お前は、覚えなくても困らないんだ」

「いいから、さっさとやれや！」

その後も、何十回と繰り返す。

「はぁ…　はぁ…」

息切れしてるマードックは、初めて見たな。

「おい…。マジでできるようになるんだろうな…？」

「じてるんだから、できるようになる。ボクにだってできるんだ」

「お前はイカレてっからな！！」

「失禮なこと言うな。ボクはまともだ」

実際、今日のマードックは粘り強い。獣人なら、いつ投げ出してもおかしくない修練だと思う。正直、面倒くさがって途中で諦めると思っていた。

「ボクが合図するから、作する瞬間にお前の覚を重ねてくれ。力を一點に絞り込むイメージだ」

「無茶言いやがって…。さっさとやれや！」

「……今だっ！」

「……ラァッ！」

マードックの纏う力が、微かにいた。

「今のはできてた！いたぞ！」

「マジか？！遂にわかってきたぜ…！」

それは勘違いだ。でも、力がいたのは事実。

「忘れないうちに、もう一度だ」

「おう。次はやってやるぜ………があっ！！コノヤロー…！」

「怒ってる場合か！次、行くぞ！」

「くそったれがっ…！やってやるぜ！」

更に繰り返して、もうマードックは汗だく。魔力作に近い修練だから當然。魔力作は、全力疾走と同じくらい疲労する。酒も抜けてしまっただろう。

「今日は次で最後にしよう」

「…ちっ！いいぜ！」

「いいか。いくぞ………今だっ！」

「ウォラァァァッ！」

力が大きくいた。これは功だ。

「そのまま毆ってこい！」

「…散々やってくれたな！！死ねやぁぁ！！」

迫り來る巖のような拳を『筋力強化』と腕差でガードすると、後方に吹き飛ばされながら、パキッと骨が折れる良い音がした。

この痛みは…綺麗に折れてしまった。すかさず混合治癒魔法で治療を始める。

「今の作は、かなり雑だった。それでもこの威力だ。やるたびに上手くなる。後はお前次第だ」

「けっ…！」

「強化できる時間は短いかもしれない。でも、役に立つときはくる」

「ちっ…！……ありがとよ」

マードックにお禮を言われると、もの凄くむずいのは何故だろう。

「ところで、腕は治んのか？折れたろ」

「折れたけど、もう殆ど痛みはない。後は骨を綺麗に接ぐだけだ。こうやって…」

手を引っ張りながら骨を真っ直ぐに保って、治癒魔法をかける。変な形で骨を固定すると、もう一度綺麗に折らなくちゃならない。昔、失敗して學んだ。

「やっぱイカレてるぜ。ところで、お前が獣人の力っつってんのは、結局なんなんだ？」

「わからない。治癒師の知り合いから教えてもらった。獣人は誰でも纏っていて、治癒魔法を使う者にしか見えないらしい。ライアンさんには見えてたみたいだけど」

「あのジジイは、口だけじゃねぇってことか」

「紛れもなく大魔導師だ」

「へっ！お前にも見えるんだろうが」

「し前にやっと見えるようになった」

「見えるのに、前も後もねぇ。まぁいい。疲れたから飯食わせろ」

「あぁ」

また二人で住み家にり、ボクは料理を作りながらふと思った。

今思えば、ボクが冒険者になりたいと思うきっかけをくれたのはマードックだ。アイツと行った【獣の楽園】での冒険が楽しかったから、冒険者になってみたいと思った。

あれが始まりだったんだな。謝しないといけない。

…というわけで、満腹になるまでを食べさせてやろう。作るのは、早くて上手い香辛料焼きに野菜を添える。

「できたぞ」

「おせぇよ！早く寄越せ！」

「せっかちだな。ボクはサマラじゃないんだ」

「けっ！……おい。まさか、アイツにさっきの教えてねぇだろうな…？」

「それはない。お前だから教えた。サマラに教えたら……大変なことになる」

マードックは冒険者になって長い。冒険でも押し引きの分別があるはず。でも、力を得たサマラは何処までも突き進みそうで、教えるのを躊躇う。

「ガハハ！さすがわかってんな」

「サマラは掛け値無しに強い。でも、向こう見ずだから心配も大きい。お前も気を付けろ」

「何をだよ？」

「もしその力を目の前でったら、勘が鋭いサマラはきっと気付く。だから、覚えても兄妹喧嘩では使うな。ボクはサマラに噓をつけない。直ぐにバレる」

『マードックが急に強くなった…。おかしい…』からの、『そういえば、この間ウォルトの所に行ってた…』からの、『あのゴリラに、なにかしたでしょ！』の流れが目に浮かぶ。

「お前なぁ…。そんなことするわけねぇだろ」

「獣人だからやりかねないだろ。もしバレたら、ボクは素直に教えざるを得ない。それが嫌なら使うな」

「…ちっ！」

負けず嫌いなのは、相手が親や兄妹でも関係ない。それが獣人。

「ところで、力を使ってみて何かに変化があったか？あれば教えてくれ」

「疲れただけだ。とにかくキツいぜ」

「力の反か…」

「慣れてねぇからかもな。お前はキツくねぇのかよ？」

「たいしたこと無い。魔法の方が數倍疲れる」

慣れると、獣人の力をる方が楽だ。元々備える力だからかもしれない。

「お前は、最終的にこの力で何がしてぇんだ？何かやりてぇことがあんだろ？」

「…笑われるかもしれないけど、この力を使って魔法をりたい」

「そんなことできんのか？」

「今は絵空事だ。ただ、そうなればこの世で獣人にしかできない」

アニカがくれた『獣人が編み出した魔法をる』という目標を、真の意味で達できる。

けれど、力の絶対量がなかったりと問題は山積み。これからも試行錯誤して研鑽していくつもりだ。

「ククッ！リオンさんが喜びそうな話だぜ。詳しく聞かせろ」

「ただの妄想だぞ？」

「いいから教えろや」

ボクの理想をマードックに伝えると、何故か嬉しそうな匂いを発している。笑わずに聞いてくれるだけで有り難い。

「お前の理屈だと、俺らも魔法か似たモンが使えるようになるかもしれねぇんだな？」

「可能はある」

「面白ぇ。楽しみにしとくぜ」

「もしかしたら、くらいの可能だ。自信はない」

「俺にできることがあるなら言えや。手伝ってやる」

「あぁ。そうする」

「…っしゃ。腹も膨れたし、忘れる前にもっかいやるぜ。付き合え」

やる気があるな。

「いいけど、まだ野菜が殘ってるぞ」

「細けぇな！」

「疲労回復の魔法を付與してるから、ちゃんと食べろ」

「…ちっ！面倒くせぇな！！」

皿を手に取ったマードックは、口を大きく開けて流し込んだ。

「がぁっ…！！こんの野郎～！！」

「全く覚えてない。もう一回だ。嫌な覚だからって怯むな」

「怯むだと…！？誰に言ってんだ、コラァ！こいや！！」

ここまで意のあるマードックは初めて見る。何が駆り立てるのか知らないけど、強さを追い求めているのだろう。

仮に絶対量が増え、この力を自在に扱えるようになったら、フィガロを超える獣人になる可能も充分ある。それを、見屆けたい気持ちが湧いてくるな。

……ん？

何か引っかかったけど…今は修練に集中しよう。

「オラァァァ！！」

「気合いだけじゃだめだ。覚をに刷り込め」

「偉そうに言うんじゃねぇよ！！くっそがぁぁぁ！！」

結局、マードックは晩ご飯も食べて帰った。三食をともにするなんて、初めての経験。

料理する前に、念のため魔伝送でサマラに連絡すると、『わかった！助かるよ、ありがと♪……む？アイツが朝から晩ご飯まで住み家にいるなんて…何かおかしい…』と怪しまれたけど、顔が見えないからバレないだろうと、どうにか誤魔化した。

でも、間違いなく噓だとバレてる。

四姉妹はそんなに甘くない。

ただ、マードックが口を割らなければ、下手な噓を連発してもバレることはない。今回は、全てアイツ次第だ。

マードック、頼むぞ。