「今日の修練は、これで終了とする」

「ありがとうございました！」

整列した宮廷魔導師に見送られながら、修練場をあとにする。

最高指導者に就任して數ヶ月経つが、未だ慣れない。つまらないしきたりだと思うが、長年け継がれる伝統だと言う。だから、今は黙ってけれているだけ。

カツーン…カツーン…と、俺の靴の音だけが誰もいない通路に響き渡る。

修練場から見えない場所へ差し掛かって、ばしていた背筋を、ほんのし背を丸めて歩く。

ここ最近、疲れている。思った以上の疲れ。

宮廷魔導師の最高指導者になってからというもの、気苦労は絶えない。一癖も二癖もある魔導師揃いだ。

才能かで、確かにカネルラの鋭魔導師集団と呼ぶに相応しい。それは認める。各地で才能を認められた者が、更に高みを目指して集まるのだから當然。

だが、想像を超える魔導師は一人もいない。更に、溫室育ち故に質が悪い。厳しすぎる言いでは、萎してしまい意見換もできない。実際、俺の指導に耐えられないという理由で、數人が宮廷魔導師を辭めた。

反論など皆無で、教えられたことをひたすら上手くこなすのみ。今になって、ロベルトさんと師匠の関係が羨ましく思えてならない。だが、どの魔導師も間違いなく用ではある。

そして、一番の問題は、現在宮廷魔導師の頂點に立つラウトールの存在。

才能ある魔導師だ。それは間違いない。見事な技量と、若干ひねくれているが反骨心を持ち、おそらく過去に出會った誰よりも魔法の才に恵まれている。

カネルラ最高の魔導師になれる。

だが、世界を知らなすぎる。向上心も薄い。若い頃から宮廷魔導師として王都で何不自由なく生活し、『最強と信じる集団のトップであれば構わない』という思が見え隠れしている。

まさに井の中の蛙。

蛙の集団……宮廷魔導師の中で他を寄せ付けない圧倒的な実力を持つ。イコール、カネルラ最高の魔導師である、と勘違いしている。そして、後に続く者はラウトールを手本として育つ完全な悪循環。

ラウトールに一対一の魔法戦で勝てる魔導師は、人間ではカネルラにいないかもしれない。悔しいが、そう思えるだけの実力がある。奴は、俺やジグルさんにも負けているとは微塵も考えていまい。

ほんのし前までは、それで良かった。

サバトが……ウォルトが現れるまでは。

『魔導師は、自尊心が強くて當然。己が最高であると信じる心。それが魔導師を強くする』とは、ライアン師匠の言葉。

けれど、自尊心にも質がある。己を高める自尊心と、長を妨げる自尊心。ラウトールは後者だが……それでも、どう育てるかは俺の腕にかかっている。

歩を進め、本日の果を報告するために王城へると、意外な方の姿が目にった。従者もなく獨りで立っている。

「クウジ！お疲れ様！」

「有り難きお言葉。王様もご機嫌麗しく」

「固いよ！」

満面の笑みを浮かべていらっしゃるのは、リスティア王様。

宮廷魔導師になる前、噂にしか聞いたことがない方だったが、実際に會って話すと、その人柄と才に服する。まさに傑と呼ぶに相応しい。

俺のような冒険者あがりであっても、分け隔て無く接するカネルラ王族の皆様を、心から尊敬してやまない。今、この時も気遣いからわざと砕けて話されているのだ。

「こんなところで、何をなさっているのですか？」

「クウジを待ってたの。前に話した件で」

「それは…宮廷魔導師による魔法披の件でしょうか？」

リスティア様は、し前に「宮廷魔導師による魔法披を國民の前で行ってみてはどうか？」とご提案された。

おそらく、サバト騒で宮廷魔導師が軽んじられていることに対する対抗施策として。

「そうなの！考えてくれてる？」

「素晴らしいご提案であると存じますが、諸事がございまして」

「だから、固いよクウジ。此処には誰もいないから、言葉遣いも砕けて、腹を割って話そうよ！」

「…かしこまりました」

王族から腹を割って話そうと言われるとは…。

人を試すようなことをする方ではない。こう言っているのだから、その通りにすればいい……のだが、こんなことを言う王様が、他國にもいるのだろうか？いや、いまい。

「では、正直に申します。宮廷魔導師とは、もはや幻想です」

「どういう意味？」

「王様は、國民からの求心力の低下を憂いているのでは？」

「それもなくはないよ」

やはりな。

「であれば、國民の前で魔法を披させるのは逆効果です。どうしても、サバトと比較されてしまいます」

もはや、國民はカネルラ最高の魔導師を知っている。魔法を披したところで、こんなものか…と落膽しかないだろう。

「そうだよね。確かに皆は知ってる」

「理解頂けるかと」

「カネルラ最高の魔導師は宮廷魔導師じゃなくてサバトだってことは、隠しようがないよ」

その通りだが、ここまではっきり言われるとは…。

「もはや、宮廷魔導師に威厳はない…と仰るのですか？」

「そんなこと思ってない。でも、私もクウジも國民の一人だから、認識は同じ。ただし、有事になれば、カネルラを守るのは宮廷魔導師だよね？」

「その通りです」

「だから、力を皆に示してしい。たとえ現狀でサバトに屆かなくても、カネルラを守る鋭だって。それだけで安心できる。サバトがカネルラを守ってくれるわけじゃないことは、國民もわかってるから」

仰っていることは理解できるが…。

「仮に、我々が幻滅されたとなれば、王族の皆様にも迷がかかるのでは？」

宮廷魔導師には、當然給金も出ている。國民の稅からだ。俺もそれ相応の働きをしなければならない。

「それは皆が判斷することだよ。私が恐れる理由にはならない。むしろ、今のままの方が良くない。隠蔽してると思われるかも」

「その可能は否めませんが」

…と、王様は笑みを浮かべる。

「ねぇ、クウジ。今から私が言うことは、誰にも言わないと約束してくれる？お父様にも」

「そう仰られるのであれば」

國王様にもな話…？何だというのだ？

「サバトが流したことがあるっていう、ライアンの弟子っていうのは、クウジのことだよね？」

ドクン！と心臓が鼓を打つ。

なぜ、王様が知っている…？

「…仰っている意味が理解できかねます」

アイツのことは誰にも言わないと誓った。ライアン師匠も墓まで持って行ったのに、俺が破るわけにはいかない。

「誤魔化さなくていいよ。私は…二年前からサバトの親友なの。の森の…白い魔導師のね♪この話も本人から聞いた」

なんと…。

白い魔導師…か。確かに。

「その報は初耳です。欠片も聞いたことがありません」

「お父様にもお兄様にも緒にしてるからね。でも本當なの。だから、サバトの凄さはを以て知ってる。々と常識破りだけど、誰より謙虛な魔法使いの親友！」

本當に、ご存知なのだな。

「なぜ、私には教えたのですか？」

「私は、宮廷魔導師の魔法を見せる約束をしてるの。だから、クウジに協力してもらいたくて」

なるほど。

「アイツは、楽しみにしているのですね？」

「間違いない。さっき言った理由も本當だけど、どちらかというとこっちが主だから！」

年齢相応のいい笑顔だ。正直すぎて清々しい。

「納得しました。その方向で調整させて頂きます」

「本當にいいの？」

「構いません。私も興味があります。アイツが、今の宮廷魔導師をどう評価するのか」

「凄い魔導師だ！って喜ぶだろうね。そして、本人はもっと凄い魔法使いになる」

それが王様の狙いなのは間違いない。

そして、ウォルトにただ見せるだけではなく、何かしら思があるのだろう。宮廷魔導師を貶めようとしているワケではないことくらいわかる。

この方は聡明だ。自分の我が儘を押し通しているようにみえて、俺に対する気遣いに違いない。

王様とウォルトが親友だと聞いて、妙に納得している自分がいる。

類は友を呼ぶ。つまり……化けは化けを呼ぶということ。政と魔法、分野は違えど惹かれ合ったのか、はたまた神の悪戯か。

いずれにせよ出會う運命だったのだろう。そうでなければ、森に生きるウォルトが王様と知り合うはずもない。俗に言う天命。

自は無神論者に近いが、面白い。

最高指導者として俺が此処にいることすら、天命なのかもしれない。ウォルトや王様という稀有な存在を取り巻く、一つの流れに飲み込まれている。

どうせなら乗ってみろ。そう思える。

カネルラの魔導師の頂點を目指す上で、ウォルトから逃げてはいられない。無視できない高い壁。師匠にどやされてしまう。

「悩んでるみたいだけど、大丈夫？無理ならやらなくていいんだよ？」

王様の言葉で我に返った。

「いえ。巡り合わせとは奇妙なものだと思い、々耽っていました。一つだけ伺ってもよろしいですか？」

「なに？」

「サバトを、王城に召し抱えようとは考えなかったのですね」

「考えたことはあるよ。でも、それをやったら親友じゃないよね。私は、共にこの國で暮らしたいだけ。たとえ短い期間であっても」

「カネルラ魔法の発展よりも、友ということですか」

「そういうこと！」

微塵も誤魔化そうとしないか…。だが、それがこの方の魅力。

「サバトが武闘會に參加したのは、王様の案なのですか？」

「違うよ。あれには私も驚いた。われて、魔法武闘會を近くで見たかったんだって。あの時の仲間は、フクーベの冒険者でしょ？」

「はい。私とは舊知の仲です」

「ねぇ、クウジ。しずつだけど、サバトを知る人が増えてると思わない？」

「その通りです。もはや、止まらない流れかと」

我々の他にも、しずつ増え続けているだろう。

「この間、ちょっと話したんだけど冒険者になったって。余計に増えるかもね」

「本當ですか…？どちらの？」

「フクーベだよ。薬草採取と鉱石収集したって嬉しそうに言ってた」

「…俺がギルマスのになればいいものを」

「弟子にってもらったんだって」

「弟子……。つまり冒険者ということですね…」

そんな者がフクーベのギルドにいたのか…。

「三人いるって言ってたよ。まだ若いんじゃないかな」

「三人…ですか…」

……わかった。

おそらく【森の白貓】だ。三人組、かつ非常に真面目な若手冒険者パーティー。

あそこの魔導師姉妹は、決まった師匠がいないのに、信じ難く素晴らしい魔導師だとギルドで噂になっていた。直に魔法を見て、俺自そう思ったからよく覚えている。

師匠からパーティー名を名付けたのか。大ヒントが出されていたのに、気付かない俺は勘が悪いギルマスだったな…。

「私は嬉しい。親友を知る人が増えることも、こうしてゆっくり話せる人が増えることもね」

「アイツについて黙っているのは、単なる苦痛です」

「わかるよ。カネルラ魔法の発展において、重要な存在だからね」

本來、もっと多くの者に影響を及ぼし、魔法のみならずカネルラの発展に大きく寄與する存在だ。それを、黙っていなくてはならないのは拷問のようだ。

「仰るとおりです。……王様」

「なに？」

「非常に申し上げにくいのですが、貴方様の親友には手を焼かされます」

「あはははっ！ごめんね！でも、英雄になりたくない親友だから！」

まさにその通り。ウォルトは、カネルラ魔法界の英雄になれる魔導師。だが、魔法の発展も宮廷魔導師の苦悩も、全てどうでもいいことだろう。

自分の気が済むまで魔法を磨きたい。

アイツのみはそれだけなのだから。

「そんな男だから、王様の親友なのですね」

「そういうこと！今日は、勇気を出して良かったよ！クウジと仲良くなれた気がする！」

「恐れ多いことです」

「これからも宮廷魔導師をよろしく！あと、くれぐれも緒にしてね」

「わかっております」

王様は、走り去ってしまわれた。

さて、魔導師達をどう説得するか。やりたがっていないことは既に承知済み。本當に腰が重い奴らだが……ここでかぬのなら見切るとしようか。どうせ上には行けない。

師匠なら、どうしますか…？

『自分で考えろ！』ですよね。