「そうだったのか…」

「ずっと黙っていてすみません」

「いや…。俺も君の立場ならそうする。間違いなく煩わしい」

今日は、凄腕料理人のビスコさんが住み家を訪ねてきてくれた。

互いに料理を披したあと、お茶を飲みながらずっと伝えたかった『ボクは魔法が使える』という告白をしたばかり。

意外なことに、ビスコさんはすんなり信じてくれた。長い付き合いだから、匂いの変化でわかる。それが嬉しい。

「誰にも言わないから安心してくれ」

「ありがとうございます」

「魔法で料理が上手くなるわけではないけど、調理するときは便利だろうな。羨ましいよ」

「火力がしいときなんかは便利ですね」

「はははっ。今だから言えるけど…薄々、気付いてはいたんだ。常に頭の隅っこに置いてる程度に」

「そうなんですか？」

「森に住んでいながら、暑い時期でも食材は常に新鮮。魔石はあるけど、補充を生活魔導師に頼んでいる風じゃない…とか、水も富で川の水にしては不純もなく綺麗だ…とか幾つか気になってはいた」

「なるほど」

『保存』や『水撃』を使っていると予想していたのかな。ボクも、魔法の痕跡を完全に隠蔽することはできない。徹底できないし、する気も無い。

「けれど、深く考えてない。友人を疑ってやきもきするくらいなら、忘れたほうが楽だと思うタチなんでね」

平然と話し、お茶を飲むビスコさんは平然として渋い。ファルコさんもそうだけど、こういう落ち著いた大人に憧れる。

「でも、リゾットやグルテンには言わない方がいい。アイツらは、もの凄くおしゃべりなんだ」

「そうなんですね」

「ウォルト君が『言ってもいい』と判斷すれば止める理由はないが、目立ちたくないなら言わないのをお勧めする。あっという間に広がるかもしれない」

「わかりました」

「アイツらにとっても、ウォルト君が魔法使いであるかは関係ない。そんな子たちだ…が、噂好きで困ったものだよ」

「噂ですか」

「客の會話をよく聞いてる。飲食店は報が集まる場所でもあるから。…そういえば、フクーベに甘味専門店ができたらしい。リゾット達が言うには、とても味いらしいけど忙しくてまだ行けてない」

甘味の専門店かぁ。味しければ流行るだろうな。

「気になりますね。ボクも行ってみたいです」

「帰りに一緒に行くか？」

「いいんですか？」

「もちろん。実は…その店の客がばかりと聞いて、獨りでは行きづらいのもあってね。いい歳のおっさんには、ちょっと敷居が高い」

「わかります。場違いなんじゃないかと気後れしますね」

というわけで、一緒にフクーベへと向かうことにした。

フクーベに向かう道すがら、ビスコさんに『痺鱏』の魔石を渡した。使い方も教えておく。

「こんな良いをもらっていいのか？」

「はい。住み家に來るときも使えますし、安心して森の食材集めもできます。魔力を使ったら、ボクがまた補充します」

「効果を試してみたいけれど、人で試すわけにはいかないな」

「ボクで試していいですよ。何度も試してるので」

「それは、さすがに人でなし過ぎる」

「そうですか。では…」

集中して周囲の匂いを嗅ぐ。

「あっちに魔がいます。行ってみましょう」

「…凄い嗅覚だな。何か匂うのか…」

「魔が発する匂いは強いので」

風上から近づくと、向こうも気付いたのかこちらに接近してくる。現れた魔は、予想通り【バップン】だ。

バップンは蛙型の魔。長い舌と大きな口で標的を丸呑みにする。自分のより大きな獲でも丸呑みにできるに富んだが特徴。

魔石を使って、ビスコさんに『痺鱏』を纏ってもらう。

「これでいいのか？何も変わってない気がするが…」

「大丈夫です」

ピョーン！とボクらに突っ込んできたバップンは、長い舌をビスコさんに巻き付けようとして、寸前で見事に痺れた。お腹を見せて痙攣している。

「こんなじで、しばらくけません。この森にいる魔なら、余程強大な魔で無い限りきを止められます」

「凄いな…」

一度使うと二時間は効果が続くけど、解除の魔石も渡してあるから人に會うときは安心。

「バップンは食べると味しいんですが、知ってますか？」

「初めて知ったよ」

「特に足のが味しいです。淡泊ですけど、臭みもなくてプリッとしてます。持ち帰ってみますか？」

「いや。興味はあるけど、今日は甘味処に行くからやめておくよ」

もう隠す必要もないから言っておこう。

「もし、ビスコさんが調理してみたい魔がいれば、ボクが遭遇したときに倒して『保存』しておきます」

「気持ちは嬉しいけど、どんな魔がいるかもよく知らないからなぁ」

「じゃあ、味しいと思う魔をお裾分けしますね」

「ありがとう」

ビスコさんは自分で魔法を解除して、引き続きフクーベを目指す。

★

フクーベに到著すると、寄り道せずに甘味の店に一直線。早く食べてみたいに駆られる。

…と。

「彼処だな…」

「彼処ですね…」

まだ店まで遠いけれど、軽く行列ができてる。並んでいるのは、若いカップルかばかりで、ちょっと近寄りがたい雰囲気。

「なんとなく気が引けると言うか…」

「わかります…」

並びの列に、男二人組はいない。圧倒的な場違い。

「だが、食べてみたいには勝てん」

「同意見です。ここまで來て、食べずに帰るのはなしですね」

ボク獨りだったら、怖じ気づいて速攻で帰ってるかもしれない。ずっとそわそわして落ち著かないだろう。でも、ビスコさんと一緒なら心強い。

とりあえず、最後尾に並んでみよう。

甘味を買った客が列の橫を通過するたび、甘味を手に笑顔で歩いている。甘い匂いが辺りに漂う。

「持ち帰りができる甘味か」

「そのようですね」

「容はなくて、手摑みで食べられるのは楽だ。歩きながらでも食べられるから、席の回転を気にしなくて済む。道理で列が進むのも早い」

「見たこともない甘味です。良い匂いがしますね」

甘い脂肪(クリーム)の他に、果実の匂いもした。どんな味なのか楽しみだ。

しばらく會話しながら並んで、いよいよボクらの番を迎える。

「いらっしゃい！どれにしますか？」

元気の良いお姉さんに渡されたメニュー表を二人で見つめる。絵が描かれていて、甘味は幾つか種類があるけど、ビスコさんもボクも気になるモノは同じ。

「くれ～ぷ…？とやらが、さっき見た甘味だな」

「初めて聞く名前です」

「西の國の名だよ！旅先で食べたのが味しかったから、カネルラでも食べてもらいたくてさ！」

「俺は…芭蕉(バナナ)クレープをもらえるか？」

「ボクは、おすすめのクレープをお願いします」

「はいよ！」

手際よく丸い鉄板に生地を広げ、薄く焼いたあと、クリームを絞ったり果実を載せていく。

その様子を、男二人でが空くほど見つめる。

「お兄さん達…。そんなに見つめられると張しちゃうよ…」

「見事な手際だ。一瞬で生地を広げたな」

「盛り付けもかなり綺麗です」

「褒められてるのにちょっと怖いよ…。…まいっか！」

ボクのクレープのは、クリームにベリーと…瑞々しい黃い果実が載ってるけど、見たことがない。ちょっと酸味がありそうな香りがしてる。

円形の生地をを包むように綺麗に畳んで、最終的に三角になった。手に持っても、クリームや材がこぼれ落ちないように、のない三角にしてる。仕上がりがしくて、発想が地味に凄い。

「はいよ！バナナと梨(パイン)クレープの出來上がり！ちょっと熱いから気を付けて！」

それぞれお代を払う。黃い果実はパインという名前なのか。何処かに育てている農場があるのかな。初めて見る。

「毎度あり！またよろしくね！」

溫かいクレープを手に、邪魔にならない場所まで移して、二人で食べることに。

「……むっ！これは……味い」

「果実の酸味で、甘すぎなくて味しいです。モチモチの生地もいいですね」

「に好まれそうだ」

「小腹を満たすのに丁度いい甘味だと思います」

食べながら二人で々と分析してみる。

「自分でも作ってみよう。他の甘味も気になったから、しばらくあの店に通ってみようかな」

「食べたことのない料理や甘味を知って、作りたくなるのはいいんですが…甘いモノは試食が辛いですね」

「リゾットとグルテンに試食を頼むことにするよ。年を取ると、胃にもたれて仕方ない」

「ボクも友人に頼んでみます」

あまり食べ過ぎると、しばらく味覚がおかしくなるのが、甘味の弱點というか困ったところ。お茶の味もじなくなる。濃くて渋めの茶なら抜群に合うけれど。

ただ、クレープは包む材の組み合わせが無限大。生地の大きさも容易に変えられる。あえて甘さを控え目にするのもありかな。

食と好奇心が満たされたところで、ビスコさんと別れた。

とりあえず、住み家に帰る前に生(ミルク)を買おう。森に六白牛(ホルスタイン)などいるはずもなく、中々手にらない食材。

稀に捕まえた獣から搾してるけど、採れるのは量だし、ほぼ豆で代用している。ただ、このクリームのように濃厚な味わいは、豆では出せないので買って帰ろう。

★

「ん～！味しいです！」

「甘くて味しい！」

「ありがとう。沢山食べて」

その夜、住み家を訪ねてくれたウイカとチャチャに、覚えたばかりのクレープを試食してもらうと、喜んでもらえた。

材には、森の果実とクリームをふんだんに使って、甘酸っぱく仕上げてみた。早速批評してもらえるなんて有り難い。

「よくクレープを知ってましたね。最近、フクーベに店ができたばかりです」

「今日、フクーベで食べたら味しかったから」

「兄ちゃん…。誰かと行ったの…？」

「ん？ビスコさんだけど」

「男二人は目立ったんじゃないですか？」

「かなり目立ってしまったけど、味しかったから満足だよ」

今頃、ビスコさんも々なクレープを考案してるだろうな。負けてられない。

「ダイホウにも、こんな甘味を食べられる店があると嬉しいけどね」

「店がないんだっけ？」

「小さい店があるけど、調味料くらいしか売ってないし、灑落た甘味なんてあるわけない。甘味は自作が基本だよ」

「クローセも同じです」

そう言われたらそうか。

「できるなら、出店とかやってみたいな」

「出店って…屋臺ってこと？」

「そうだよ。単なるボクのわがままだけど」

出店でひたすら調理するのは楽しい。タマノーラの祭りに今年も參加させてもらえるから、楽しみにしてる。

「チャチャ。考えてみたらどう？私達も手伝えるし、ダイホウの人達も喜んでくれるよ」

「そうですね。兄ちゃんが良いならお願いしたいかも」

「獣人が作った料理で良ければなんだけど」

「多分気にしない。そんな上品な村じゃないから」

「祭りとかあったりする？」

「穣祭りがあるから、その時にお願いしようかな。村長に聞いてみる」

もしそうなったら、々作りたい。

「ところで、今日は二人で示し合わせて來たの？」

「そうだよ。ウイカさんに用があったから」

「私は治癒院終わりでチャチャと合流して、アニカとオーレンはまだ冒険中です」

「兄ちゃんは、冒険者になったんでしょ？」

「なったよ。新人中の新人だけど」

「実は…」

チャチャが差し出して見せてくれたのは…。

「冒険者証…？……もしかして」

「私も冒険者登録したの。サマラさんもしたみたいだよ」

「そうなのか」

「兄ちゃんが冒険者になったなら、負けてられないからね！」

「勝負じゃないさ。ボクは頻繁に冒険しないし」

チャチャはいいとして、サマラが冒険者になるのは、隠れ妹想いのマードックが認めないと思う。どうやって説得したんだろう？

「サマラさんは、マードックさんに何も言わずに登録したみたいです。余程のことがなければ誰でもなれるので。「まだバレてない！」って笑ってました」

見かしたようにウイカが教えてくれる。

「それは…のちのち大変なことにならなきゃいいけど」

『辭めろ！』『辭めない！』の口論が始まるまで待ったなし。サマラは、行は危なっかしいけど、格は冒険者向きだと思う。本人がやってみたいと言うなら、ボクには止められない。たまに四姉妹で活するくらいだろうし。

「チャチャはホントに良かったの？」

「冒険者になれば、獲が獲れない時でも、魔を倒して家計の足しになる。私にとっては意味があると前から思ってた」

「狩りの途中で遭遇して倒すこともあるだろうね」

そう考えると確かに無駄がない。魔の生息分布についても、ある程度知識があるだろうし、クエストをけておけば一石二鳥の時もあるのは理解できる。チャチャは、家計を助ける立派な狩人。

「そういうこと。上を目指すわけじゃないから、ウイカさん達にしたらお遊びかもしれないけど」

「気にすることないよ。見栄を張るために登録する人もいるくらいだから。登録した日に辭めた人も何人も見たよ」

「…というわけで、いつでも私をってくれて良いよ！」

「ありがとう。その時はお願いするよ」

初心者のクエストに付き合ってもらうのは気が引ける。でも、気持ちは有り難い。

ボクらを取り巻く環境がしずつ変化してるけど、これからも楽しく過ごせたらいいな。

笑顔でクレープを頬張る二人に訊いてみる。

「甘いモノを食べると、太るっていうのは本當？」

ピタリときが止まった。

「どういう意味ですか…？」

「私達が太ったってこと…？」

「違うよ。二人は全然太ってない。二人だから訊けるんだけど、は型を気にするよね？だから、どの位まで甘味を作っていいのかわからなくて。「やり過ぎ！」って言われる前にやめたいんだ」

ボクは頻繁に食べないから匙加減がわからないし、過去に太ったこともない。あと、甘味も辛い料理と同じで、食べ過ぎると癖になると聞いた。かなり病みつきになるらしい。

「私的には、一皿くらいが丁度いいと思います。あと、太るのは事実です」

「私もウイカさんと同じかな。味しいけど、出されたら出されるだけ食べちゃって後が怖い」

「甘いモノは…魔だよね」

「です…。満腹でも不思議とお腹にります」

「わかった。ありがとう」

今後に生かそう。

「ウォルトさんは、私の型をどう思いますか？」

「痩せてると思う」

「兄ちゃん、私は？」

「チャチャも痩せてる」

これは間違いない。自信がある。

「痩せてるは好きですか？」

「型で好きとか嫌いってことはないけど、痩せすぎてる人は不健康に見えるね」

「私達って痩せすぎてる？」

「二人は、ギリギリのラインだよ」

「ちなみに、痩せてるのと太ってるのなら、どっちが好みですか？」

「基準がわからないけど…太ってる方かなぁ」

「くっ…！」

「悩ましいことを言う…！」

「二人はいつもいてるから太らないと思うよ」

「わかってます！」

「そういうことを言ってるんじゃないよ！」

「そ、そっか。ずっと疑問に思ってたんだけど、はなんで痩せたがるんだ？」

「理由なんかないです。本能です」

「そうですよね。誰も止められません」

そんなことを言いながら、何種類か作り置いていたクレープをどんどん平らげてる。

……謎だ。

別にいいんだけど、甘味の味しさとは、の本能を超えるということか…。やっぱり抑え気味に作ろう。

また一つ學ばせてもらったなぁ。