今日も外は晴天。まだ、午前中の早い時間だけど住み家に來客が。久しぶりに會うキャロル姉さんだ。

「最近、冒険者になったらしいじゃないか」

「そうだけど、誰から聞いたの？」

「マードックだよ」

「そっか」

暑い中、訪ねてくれたキャロル姉さんを住み家に招きれて、冷たいお茶を差し出す。

「アンタが冒険者になるなんて…いいことだねぇ」

「そう？あまり活しないと思うけど」

「それでも、アタイにとってはいいことなのさ」

「なんで？」

「冒険者には、護衛の仕事もある。マードックに何度か頼んでるのも、わざわざ指名して依頼してるのさ」

「へぇ～。知らなかった」

結構責任が重い依頼だ。

「今後は、アンタにも頼めるわけだからねぇ」

「ボクは報酬なんかいらない。頼んでくれたらいつでもやる」

「わかってないねぇ。報酬を払うことに意味があるのさ」

「そうかな？なんにしても、姉さんの依頼ならけ取らないよ」

「困ったもんだ。言うんじゃなかったよ」

そんなの、知人からお金をもらってやることじゃない。百歩譲って知らない人なら別だけど。

「そんなことより、アンタに頼みたいことがあってきたんだよ」

「どうしたの？」

「修理を頼みたくてねぇ。これさ」

姉さんがリュックから取り出したのは、両掌に載るくらいの木箱。ゼンマイを差し込んで巻く部分が見える。

「これは…自鳴琴(オルゴール)かな？」

「そうさ。よくわかったねぇ」

「ボクが知ってるのは、もっと大きいイメージだけど、裝飾からして蓄音の人と同じ人の依頼だと思って」

見たことがある綺麗な裝飾だ。音楽に関連するモノでこの大きさとなると、それしか思い浮かばなかった。

「その通りさ。言われてみれば、確かに似てる」

「オルゴールの修理なら、職人のほうが良いんじゃないか？結構いそうだけど」

「どうやら魔道らしい。普通の職人じゃ直せないんだと」

「メリルさんは？」

「メリルからアンタのとこに行けって言われたんだよ。魔法が使えないと直すのは大変らしい。アンタと一緒なら簡単にできるって言ってたけど、忙しいんだと」

「そうか。開けたり、鳴らしてもいい？」

「もちろんさ」

蓋を開けて、付屬のゼンマイを巻いてみる。手を離すと綺麗な音を奏でる……と思いきや、オルゴールは全くく気配がない。

「そもそもかないのか」

メリルさんは直ぐに看破したんだろう。魔法を使えなくても、故障を探究できる腕を持つ凄い職人。

「やってくれるかい？依頼人からも、時間はかかってもいいって言われてるんだよ」

「是非、やってみたい。直せる保障はないけど」

「その時はその時だ」

「とりあえず、お禮に今日もアレ食べる？」

「訊くだけ野暮だよ」

姉さんと一緒に食事をして、新作の知恵のも渡した。どうやら解くのに慣れてきたらしい。でも、今回の知恵のは自信作。楽しんでもらえたら嬉しい。

姉さんが帰る前に意外なことを言われる。

「ウォルト。アンタ、リタと知り合いらしいじゃないか」

「一度會ったことがあるだけだけど、姉さんも知り合いなのか？」

「まぁね。アタイの報網の一人なのさ」

「なるほど」

リタさんは夜鷹だと言ってた。酒場なんかと同じで、報が集まるとも。

「ところで、何でそれを知ってるんだ？」

「醫者も嫌うような病気を治した奴がいるって耳に挾んだんだよ。リタがサマラの知り合いなのも知ってるからねぇ。…となれば、アンタしかいないだろ？」

「そんなことないだろうけど、姉さんは勘が鋭いなぁ」

「リタはアンタを気にってるんだとさ」

「気にられるようなことをした覚えはないけど」

「油斷してると…大変な目に遭うかもしれないよ。肝に銘じときな」

「何を？」

姉さんはため息を吐いて、「またね」と一言殘して帰っていく。呆れたような顔をしてたけど、何か言いたかったのか？

そんなことより、オルゴールの修理に取りかかろう。

離れに移って、作業臺にオルゴールを置く。部品はさほど多くないけれど、何処が壊れているのか探るため慎重に、かつ丁寧に分解する。

「なるほど…。こういうことか」

作業しながら、魔道だと言われた理由に納得。まず、このオルゴールの部には、見事な『堅牢』が付與されている。破壊することは困難で、弄ることさえ難しい。

ネジ一本回すことができないほど見事な魔法。今はとりあえず無効化して……と思ったけれど、よく見ると様々な部品に細かく違う魔法が付與されている。

「これは…凄いな…」

魔力を解析してみると、軽い力でゼンマイを巻けたり、音の響きが良くなるように魔法が付與されている。

付與したのは、おそらく大魔導師ライアンさんだ。依頼人が同じで、蓄音のときもそうだったから…というあくまで推測だけど。

ライアンさんでないとしたら、かなり高名な魔導師の付與だと思う。偉そうに言えないけど、これは一流の仕事で間違いない。

付與されている全ての魔法を記憶して、わからない魔法は魔力を記憶する。不明な魔法であっても、同様の魔力を付與できれば効果は得られるはず。

寸分違わぬよう記憶しておかないと、音が変化してしまう可能が高いので、慎重に時間をかけて覚える。

集中して記憶しながら、しいとじていた。オルゴールに詰められたカラフルな魔力は、見ているだけで心が高揚する。凄い技力を目にしてるんだ。

全て記憶してから魔法を無効化し、隅々まで分解して壊れている部品を探す。大きな原因は、ゼンマイの不良。バネ部が正常にかないので、取り出して磨いたり長さを魔法で調整すると、巻けるようになった。

音を出すための弾く板のような部品も何本か折れかけていたり、回転板の突起も欠けていたりして、これも魔法で融著させる。

針先を使って魔法を一點に付與するのは、魔力作の修練になっていい。凄くやり甲斐がある作業。

任せてくれたキャロル姉さんに謝しないと。様々な魔法を見せてくれたライアンさんにも。

★

數時間後。

「これで…終わりかな」

部品を一つずつ細かく磨いて、組み上げながら油も綺麗に塗布した。外裝の傷や染みは、汚れを拭きとる程度に抑える。個人的な考えだけど、傷も汚れも思い出。直すのは余計なお世話になりかねない。

気付けば、いつものごとく夜を迎えていた。

さて、軽く夜食でも作ろうか…と凝り固まった首や肩を回していると、ドアが勢いよく開いた。

「ウォルトさぁぁぁ～ん！！」

「ニャァァアアアア！！」

驚いて変な聲が出た。バッ！と目を向けると、アニカが立っている。

「驚かせてすみません！」

「い、いや。驚いたけど、大丈夫だよ」

全く気配に気付かなかった。

「作業は終わりましたか？私とお姉ちゃんで夜食を作ったんですけど、食べませんか？」

「いいの？」

「もちろんです♪」

もしかして……聲もかけずに住み家で待っててくれたのかな？

「いつから來てたの？気付かなくてごめん」

「一時間くらい前に來ました！窓から覗いて、凄く集中してたから聲かけなかったんです！気にしないで下さい！」

「ありがとう」

「住み家に行きましょう！ご飯食べましょう！」

アニカと一緒に住み家に戻ると、オーレンとウイカだけでなく、ミーリャも來てくれていた。

二人が作ってくれた遅い夕食を皆で頂く。今日は、クローセの郷土料理トンチャだ。

「凄く味しいよ」

「やったぁ！」

「ウォルトさんに褒められると嬉しいね！」

どこか懐かしさをじる優しい味付けで、本當に味しい。二人は著実に料理も上手くなってる。やっぱり、料理上手は魔法をるのも上手い理論は正解なのかもしれない。

「ごちそうさま」

「いえいえ！」

「好きでやってます♪」

「禮なんかいらないですよ。コイツらの方が何百倍も食べてるんですから」

「うるさい！」

「アンタには、二度と食べさせない！」

ささやかなお禮に、クレープを作って食べてもらおう。

「ところで、ウォルトさんは離れで何を作ってたんですか…？…もぐもぐ」

「オルゴールの修理だよ。まだ、音は鳴らしてないんだけど」

「聞きたいです！……もぐもぐ」

「皆が食べ終わってからにしようか」

雑談しながら食べ終わるのを待って、皆の前に修理したオルゴールを置く。

「預かりだけど、このオルゴールは部が凄いんだ。整備して復元してみたんだけど」

「…わぁっ！これは…魔力が散りばめられて凄く綺麗です」

「ホントだ！カラフルで、まるで寶石箱みたい！」

言われるとそう見えてくる不思議。上手く例えるなぁ。

「どこが？ただのゼンマイ仕掛けだろ？」

「私もそう思います」

オーレンとミーリャには、魔力が見えてないのか？

「こんな綺麗な魔力が見えないなんて…。戦士のミーリャは仕方ないけど…」

「オーレン…。修練を真面目にやれ！師匠の魔力をじないとか、あり得ないからね！」

「俺も剣士だっつうの！そんなこと言っても、見えないんだからしょうがないだろ！」

「まぁまぁ。でも、私も凄く気になります」

試しに『可視化』をかけると、見えるようになったみたいだ。

「俺にも言ってる意味がわかりました…。作った人は、凄い職人ですね」

「おそらく共作だね。腕の良い職人と大魔導師で作り上げたんだと思う」

「直しちゃうウォルトさんも凄いですよ♪」

「そんなことない。修理は、壊れたところを発見して、原形に復舊するだけ。作るのに比べて、遙かに楽なんだ」

「音を出してみませんか？聴いてみたいです」

「そうだね」

そっとゼンマイを巻いて手を離すと、澄んだ音を奏でる。初めて聞く曲だけど、気になる箇所はない。

「良い曲ですね」

「ミーリャは知ってるのかい？」

「いえ。でも、素敵な曲だと思います」

「そうか？俺はピンとこないな」

「ミーリャの言う通り、優しくて素敵な旋律だね」

「鈍なオーレンには、良さがわからないだろうね！」

「お前らも知ったかぶりだろ」

「なんだとぉ～！」

これ以上は、依頼人に聴いてもらわないと判斷できない。喜んでもらえるといいけど。

★

「ランパードさん。いつもありがとうね」

「いえ。仕事ですから」

「無理なお願いばかり聞いてもらって、とても助かっているわ」

「そう言って頂けると栄です」

俺は、ウォルト君が修理したオルゴールを直接屆けるために、依頼人の元へ足を運んだ。

「ふふっ。気を使わなくていいのよ。私はただのお婆さんなんだから」

「そうはいきません。俺は、貴方にも、貴方の旦那様にも多大な恩があります」

「固いわねぇ。あの人はもういないのに」

ゆったりと椅子に揺られるハンナさんは、若い頃に山ほどお世話になった方の奧方。商売を教わり、腹一杯飯を食わせてもらった恩人夫婦。

商人であった夫に先立たれ、商売は子供達に任せて、今は殘された財産の一部をけ継いで、ゆったりした日々を過ごしてらっしゃる。

「それにしても、凄いのね」

蓋を開けてオルゴールを覗き込み、微笑みながらそんなことを言う。ゼンマイを巻くと、聴いたこともない曲が流れた。

「何がでしょう？」

「貴方のお抱えの魔導師よ」

「なぜ、修理したのが魔導師だとお分かりに…？」

「完璧に修復されているもの。むしろ、音が以前より優しく…そしてしく響いてる」

「それはなによりです」

ハンナさんは、昔から耳が良い。彼は…やっぱり大した男だな。

「このオルゴールには、ライアンが魔法を付與してくれたのよ」

「大魔導師ライアンですか？」

「そう」

蓄音の件からも、知人であろうことはわかっていた。どんな関係なのか深く尋ねたことはないが。

「彼が言っていた。『寸分違わず直せる者がいたら、間違いなく大魔導師だ。あり得ないが』って偉そうにね…。ふふっ、懐かしい」

「付與も解除も困難な魔法を付與している…ということですね」

予想はできていた。だからこそ、メリルやウォルト君に頼んだというのもある。

「魔法のことは詳しく知らないけれど、最高の音を聴きたいという私の我が儘を、いつもライアンは葉えてくれた。「注文が細かいわ！」とか「何日かかると思っとる！」と怒っていたのも懐かしい。たった一日で修復するなんて、凄いとしか表現できない。ライアンが生きていたら、悔しがる愉快な顔が見れたでしょうね」

「それは…」

「老いてなお、好奇心が湧いた婆やの戯れ言。聞き流して頂戴な」

いたずらっぽく笑うハンナさんは、楽しそうに見える。

「この曲は、初めて耳にします。なんという曲ですか？」

「吾亦紅(ティーユ)という曲よ。恥ずかしながら、私の持ち歌なの」

「ハンナさんは、歌い手だったのですか」

「遙か昔ね。場末の酒場の歌唄いだった。このオルゴールのおで、曲を忘れずにいられるような…そんな程度のね」

旦那様からの贈りなのかもしれないな。そうだとすれば、粋な贈り。俺には思いも付かない。

「ランパードさん」

「なんでしょう？」

「への贈りは、直球だけではダメよ。押してダメなら、あえて引くとか、奇をてらってみるのも一興かもしれないわ」

心中を見かしたように優しく笑う。

「ハンナさんには敵いませんね…。に刻んでおきます」

「こう見えて、人生の大先輩だもの。ふふっ」

その通りかもしれない。

最近、どうにかキャロルとの膠著狀況を打破したいと考えていた。どんどん待ちきれなくなっていて、焦燥ばかり募る。

目的地に辿り著くために、あえて遠回りが正解という場合もある…か。々と試してみるべきだな。

「俺の、自作の歌でも贈ってみましょうか」

「それは引かれるわ。間違いない」

「なっ！？」

まさかの斷言。

「相手がどんな人なのか、私に話してみなさいな」

「はぁ…。長くなりますが…」

「時間はあるのよ♪」

しばらくハンナさんと語り合った。

いい年のオッサンが真剣に語る容でもないのに、溜め込んでいた気持ちを吐き出して前向きになれたのも、やはり彼のおかげということだろうか。