《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》26話 イアンはそのころ(イアン視點)

さらわれたサチを追って、魔の國へ行ったイアンたち。黒曜石の城跡地の地下室にて、つましい生活を送っていた。

【人紹介】

イアン……かつての謀反人。主國の王子であることは隠している。高長高スペックイケメン……だと自分で思っている。

サチ……グリンデルのシャルル王子。元王妃クラウディアと英雄ザカリヤとの間に生まれた不義の子。

イザベラ……ディアナ元王の守人、サチの人。黒髪スパイラルの

クリープ……グリンデルのエドアルド王子。殺されたと思ったが、生きていた。無表眼鏡。

(イアン)

イアン、イザベラ、クリープの三人はサチを助けるべく魔の國にった。手がかりは魔人が飛んでいった方角だけだ。とりあえず、サチを探すにしても拠點が必要だった。

瘴気が薄くて魔ない拠點候補といえば、ちょうどよい場所が魔國の口近くにあった。黒曜石の城跡地である。

魔國の南は主國ローズ領、東はグリンデル領に挾まれる。このローズ領とグリンデル領に挾まれた鋭角部から、イアンたちは魔國にった。黒曜石の城は、奧へ行く途中の通過點だ。

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泥濘地に囲まれているため、人間も魔り込みにくい。拠點としては最適な場所だった。

なおかつ、地下室は綺麗に殘っており、小麥や豆、塩、蜂やワインなども、わずかながら蓄えられていた。寢や生活用品などは近くの廃村から取ってこれるし、當面はなんとか生活できると、踏んだのである。

地下室へはロープを伝って下りる。中は巖が剝き出しの所もあれば、漆喰で塗り固められている所もある。

六年前、ユゼフの分、悪意を持つほうのエゼキエルが消滅した時──城がいくつもの綿になり、跡形もなく消えた。逃げようとしたイアンは、この地下室に落ちてしまったのである。イアンが倒れていた場所にはまだ痕が殘っていた。ここで処置を施されたイアンは魔人となったのだ。

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六年もまえのことを、つい先日あったことのようにイアンは思い出す。苦い過去はこの場所で一回閉じられている。イアンはここで死んで生まれ変わった。いわばここは今のイアンが生まれた場所。とても慨深い場所であった。

なにより、地下室の奧には湧き水がある。國境近くだから、グリンデルかローズから來ている水脈なのだろう。汚れていない清水だ。これはありがたかった。

城の手前にある湖も同じ水脈かと思われる。こちらも澄んでいたが、外気にれているし、カルキノスという蟹(かに)の化けが泥濘地から水浴びに來るので、あまり飲みたくはなかった。

潛伏生活、最初の一週間はバタバタと過ごし、二週目は比較的安定したものの、め事が絶えず、やがて三週目を迎えようとしていた。

まず朝起きたら支度し、食事を作る。隠遁生活とはいえ、イアンはだしなみをきちんと整える。髭も剃るし、びてしまって赤に戻りつつある黒髪を束ねたりする。クリープとイザベラはいつも出かけているので、食事のほとんどはイアンが作った。

作ると言っても、いパンや干しを切ったり、鳥ガラ出のスープで菜を煮る程度。睡するクリープを叩き起こすため、イアンは平鍋を片手に寢室へ向かう。

「おい! 起きろ!! 朝だ!」

昨日は朝も夜もイザベラとクリープがおらず、イアンは寂しい思いをした。その憂さを晴らすべく、暴に起こす。杓子を平鍋にガンガン叩きつけ、盛大に騒音を発生させた。

寢室のドアを開けると、クリープは驚いてベッドから転げ落ちたところだった。哀れ。寢ぼけ眼をこすりこすり(うめ)いている。

「寢ぼすけめ! このイアン様が飯を作ってやったんだから、ありがたく食いに來い!」

クリープはほとんど目を閉じたまま、ひび割れた眼鏡をかける。短い黒髪はボサボサ。昨晩はいつ帰ってきたか、わからなかった。あまり寢てないのだろう。それでも、イアンの起こし方には慣れているようだ。決して反抗しようとはしない。

しかし、イアンの天下は長く続かなかった。

突如、死火山が噴火したかのような、恐ろしいび聲が聞こえてくる。隣の部屋から……

「イアン! うっるさい!!! 今、何時だと思ってるの!?」

うねった黒髪を振りし、オーガの形相で突してきたのはイザベラ。あまりの迫力にイアンは直した。

「は、八時だけど……」

「あのね、わたしとクリープは明け方に帰ってきてるの!! あんたみたいに、一日のんびり過ごしてるわけじゃないんだから!! いい加減にしなさいよ!!」

思う存分喚き散らした後、イザベラは自分の部屋へ帰っていく。ドアを暴に閉める音がして、ようやくイアンは息を吐いた。

「……クリープ、おまえが悪いんだぞ? おまえがとっとと起きないから、怒られたじゃないか」

イアンのつぶやきにクリープは相変わらずの無反応。この無視とも取れる態度にイアンは多慣れてきた。

末な食卓にイアンはクリープと並んで腰掛ける。テーブルや椅子は廃村から運んだである。皿も同じく廃村からいただいたもの。スプーンはイアンが作った。薪(まき)を使い、これもまた廃村からいただいたノミやノコギリやヤスリでそれらしくした。形は々不揃い。それをイアンは気にっていた。

フォークやナイフはないから、スープ以外は手づかみで食べる。王侯貴族のテーブルマナーなど、どこかへ行ってしまった。

あれだけ怒っていたのに目が覚めたのか、イザベラもやってきた。

だらしない寢間著姿にショールを羽織っただけの姿だ。別のだったら、イアンが興するスタイルである。だが、イザベラに好きは発しない。

「で、クリープ、あなたのほうの収穫はどうなの?」

「さっぱりですね。あの場にいたイツマデを尾行していますが、何もつかめません。彼らもやはりサチの行方を追っているようです。サチを連れ去ったクロチャンは依然として行方知れずです」

「はあー……なかなか進まないわね。私のほうも同じ。新しい村を見つけても、サチらしい人もクロチャンの報もいっさいなしよ」

ドゥルジという魔國を仕切っている魔人にイツマデは仕えている。かつて、クリープもこの魔人の奴隷だったそうだ。その恐ろしい魔人の辺をクリープは調査していた。一度殺されかけているし、逃げた奴隷は相応の報復をけるというから、クリープの覚悟はかなりのものだ。

ドゥルジを調べるクリープに対し、イザベラは點在する妖族の村から報収集していた。食卓にのぼるいパンや野菜は村で分けてもらったものである。そして、イアンは……

「昨日、り込んだ一角兎(アルミラージ)を捕らえたんだ。捌いて燻製にしたから、今夜食べよう。次、捕まえたら干しにしようかな。あと、パン焼き釜を……」

「イアン、ウザい。話にってこないで」

イザベラの非な一喝にイアンは口をつぐんだ。ここではイザベラが王なのだ。イアンはただの食事係。クリープやイザベラのように捜索しない。できない。なぜなら、イザベラが城跡と湖、廃村を含む一帯に結界を張ってしまったから。

イアンだけが出られないようの染み込んだ札を使った。一種の呪いだ。他にも何かのようなものを使ったとのことだが、詳しくは教えてもらえなかった。

結界を張った理由は、二日目にイアンが行方不明になったからである。

その時、イアンは逃げたグリフォン、クレセントを探し回っていた。魔國まではクレセントを使って移した。この大切なペットは、拠點で一晩寢ている間に逃げてしまったのだ。

迷子になったイアンは巨大な食の森にり込んだり、コボルトの群れに追いかけられたりした。そして、イザベラとクリープはイアンの捜索に丸一日を費やすこととなった。

──そりゃ、悪かったと思うよ? でも、この仕打ちはあんまりだと思うんだ

巨大蟻食いの巣でもがいていたところ、イアンは助けられた。地下の拠點に戻ったあと、泣いてしまうぐらいイザベラから罵倒され、今に至る。

イザベラ曰わく、なんの役にも立たないんだから、せめて迷はかけないで──とのこと。

イアンは役に立つところを見せたくて釣りをしたり、スプーンを作ったり、村を探索して役立つを探したり(めぼしいは盜賊たちが持っていってしまったので、ほとんど殘っていない)、地下図書室にあった本を読んで、料理を學んだりした。しかし、努力は微塵も認められず……

「やれやれ、魔國の地図だけが完璧になっていくわ。これを書籍商に持っていって売れば、金儲けできそう。そうそう、金も底を盡きかけているの。もうちょっとしたら、パンを手にれるのも難しくなる。そこまでいったら、これを売るしかないわね」

イザベラは高価なグリンデル水晶の埋め込まれたブレスレットをなでた。これは優のヴィオラが代役を頼む時、イザベラにあげただ。思いれがあるらしく、イザベラは手放したくないらしい。

「はぁ──、八方塞がり。しでいいから報がほしいわ」

頭を抱えるイザベラにイアンはパン焼き釜の話を振ってほしくて、懸命に目で訴えた。

じつは作り始めているのだ。褒められたい一心でイアンはびる。これまでの人生で、こんなにも構ってもらえない環境は初めてなのだ。イザベラもクリープもイアンに対して無関心。冷淡すぎる。イザベラはそんなイアンからプイと目をそらした。

ところが、目をそらしてから何か思いついたのか。今度はキツくイアンをにらんできた。

「そういえば、ユゼフに文を送りたいってあんだけ喚(わめ)いていたのに、おとなしくなったわね。なんかあったの??」

連絡せずに何日も留守にするのはまずいと、イアンだってわかっていた。ただし、ダモンは手元にいないし、カッコゥもユゼフのもとに戻している。魔を使えるイザベラに文を送ってもらおうとお願いしたところ、

「絶対イヤ」

と、拒絶されたのである。唖然とするイアンに対し、理由はすぐに返ってきた。

「なんで、わたしが敵のために魔を使わないといけないわけ? そこまでお人好しじゃないわ」

敵??……イアンは今までイザベラのことを仲間だと思っていたので、ショックをけた。

「だって、そうじゃない? わたしはディアナ様にお仕えしてるのよ? ローズ城を落として、ディアナ様を囚えているあなたたちには協力しない」

「なんで? ローズ城はもともと俺のだし……じゃ、どうしてサチのことは探すんだよ? “敵”なんだろ?」

「は? サチは特別に決まってるでしょ? なんで、あなたたちとサチを同列にしないといけないわけ?」

イアンはどうにも納得できない。イザベラと言い合いになった。それで、顔を合わせるたびに大喧嘩になるものだから、數日間険悪な空気が続いていたのだった。

「妙ね。どうして今日は文のこと言ってこないの? もう、あきらめたの?」

「あ、えと……カッコゥの気配をじたんだ。すぐに消えたけど。何度かじて捕まえようと思ったが、できなかった。こっそり、俺たちのことをうかがってるみたいなんだよ。だから、ユゼフは俺たちの居場所を把握してる」

「ふーん。イアン、あなたはユゼフの眷屬でしょう? 主の力不足で作できなくとも、居場所くらいはわかったのね」

「だから、眷屬じゃないって! でもさ、腑に落ちないのはどうしてコソコソうかがうような真似をするんだろう?」

「そりゃそうでしょうよ? あなたに知れたら、何か持ってこいだの、人をよこせだの、要求してくるに決まっているもの」

「うっ……ぺぺの奴め」

「そちら側としては早く帰ってほしいんじゃないの? わたしもイアンには帰ってほしい。結界に魔力を消耗するし、はっきり言って邪魔」

イザベラがイアンに対して當たりが強いのはいつもだが、酷い言いようだ。イアンが助けを求めて、隣のクリープを見ても無視される、これもいつものこと。

帰れと言われれば、余計帰りたくなくなる。反対されれば、反抗したくなる。イアンは意地でもここに留まるつもりだった。

──それに、イザベラが帰れと言うのは優しさからだよ。キツい態度もそう。結界を張って出れなくしているのは俺を守るためだ。俺のことを心配してるんだ。イザベラは俺を嫌いじゃない

そう思うことにより、イアンはこの過酷な環境に耐えていた。

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