「味すぎるっ！仕事終わりに最高の褒だっ！」

「大袈裟です。お代わりありますよ」

「もちろん頂くよ！」

今日は、メリルさんが訪ねてきてくれた。激辛料理でもてなしているところ。

オルゴール修理の時、「忙しくて手が回らない」とキャロル姉さんから聞いていたけど、仕事が一段落ついたみたいだ。

「激辛料理は此処でしか食べないという約束を守って、ひたすら仕事に打ち込んでいた。もう、今の私は昇天寸前だよ」

「昇天しちゃダメです。忙しかったんですね」

「有り難いことに、ランパードさんからの依頼は程々にもらってる。お抱えの職人が何人もいるからなんだが。問題は…ボリスの依頼だ。面倒くさい上に、「まだか？」「いつできる？」としつこい！アイツは、ねっちょりしてる！」

格を表すのに、獨特の表現。

「後で仕上げの魔力付與をお願いしたいんだ。あふぅっ…！！」

「構いませんが、ゆっくり食べてからにしましょう」

「そうしよう！」

激辛料理の後に飲む胃腸薬も作り置きしてる。今回は食べてもらっても大丈夫。

あくまで、度を超さなければ…の話。

「ご馳走になった！！」

「メリルさん、胃薬です。飲んでください」

「ありがとう。至れり盡くせりですまない」

「また味しく食べてもらいたいので、臓を労って下さい」

「そうさせてもらうよ」

汗だくになっているので、水分補給も忘れずに。落ち著いたところで聞いてみる。

「ところで、作った魔道とはどんなですか？」

「これなんだが」

差し出されたのは、掌に載るくらいの小さな魔道。ナイフの柄みたいな形。

「どんな魔道なのか、見當もつきません」

「出來る限り小さく作れと依頼された。外観を見ただけで判別できたら大したものだよ」

「どんな魔力を付與すればいいんですか？」

「『捕縛』と『雷撃』、『破砕』と『鈍化』。それに…」

必要な魔力が結構多い。付與の手順と封量を教えてもらう。

「以上だが、可能かな？」

「はい。問題ないです」

言われた通りに魔道に付與する。

「終わりました」

「さすがだ…。聞きたいんだが、今の付與を練の魔導師に依頼すると、どの位の時間がかかると思う？」

ボクで三分くらいだから…。

「一分くらいだと思います」

「ふふっ。殘念ながら不正解だよ」

「魔導師はさすがです。數秒でしたか」

「はははっ！因みに、報酬はこのくらい支払うんだ」

指を立てて教えてくれる。……百トーブ？！

「ホントですか？！」

オーレンの負擔する家賃の一ヶ月分近い。結構高額な気がする…。

「付與數も多いから、これでも安い。君に頼むとタダだけど」

「ボクは魔導師ではないので。それにしても、結構な値段しますね」

フクーベに住んでた期間は短かったけど、魔法付與を依頼したことは無かった。

「魔法にはそれだけ希価値があるということだ。生活魔法の付與は比較的安いけれど、戦闘魔法はほぼ冒険者しか使えない。付與した分の魔力回復にかかる経費なんかも加算されるし、まぁ妥當と言える」

「それはそうですね」

「この魔道の効果を試してみよう」

「是非見たいです。捕獲用の魔道ですよね？」

「その通りだよ。さすがにバレるか」

ボリスさんが使うことがわかっていて、さらに付與した魔法から推測するのは容易い。

「試せるモノがあるので、外に行きましょう」

離れから木人を持ってきて、更地に立てる。鍛錬用に作っておいて良かった。

「では、試してみよう。まずは…」

メリルさんが魔道を向けると、先端から魔力のが飛び出して木人に巻き付いた。鞭のように巻き付いて離れない。

「うん。想像通りだ」

「がっちり捕獲できてますね」

「さらに…」

木人に繋がる魔力の縄に『雷撃』が流れる。

「抵抗できないようにするためですね」

「ちょっと威力が強すぎるかな。もうし弱めに調整して良いかもしれない。次は『鈍化』の効果を……私で試してもらおうか」

「ボクが実験臺になります。というか、なりたいです」

「いや。自分で作った魔道の効果を知りたいんだ。ウォルトと同じさ」

「わかりました」

メリルさんの気持ちはわかる。魔道の使い方を教えてもらって、準備よし。

「じゃあ、いきますよ」

「いつでもいいぞ」

魔道を使用して『鈍化』の魔力を放つ。

「ぐっ…！…これは、ぴくりともけん…」

「効果ありですね」

「今…ウォルトにいやらしいことをされたとしても、抵抗できないが…」

「そんなことしません」

この手の冗談の返しには慣れてきた。主にテラさんのおかげ。

「そう言いつつも、千載一遇とばかりに…」

「しませんって。そんなゲス獣人じゃないです。冗談でもよくないですよ」

『無効化』で魔法を解く。

「ふぅ…。どうも私の計算違いだ」

「何がですか？」

「魔法の効果が高すぎる」

「何か問題が？」

「ボリスが悪用したとき困るだろう」

「あの人はしないと思いますが」

「私もそう思うけれど、アイツとて人間だ。道を踏み外してもおかしくない。引きけたときに、「私の魔道を悪用したら殺す」と脅してある」

メリルさんなら本気でやるだろうな…。けれど、悪用しようと思えばこの魔道は優秀過ぎる。

「ボリスさんは「いいだろう。あり得ないがな」と答えるでしょうね」

「その通り。アイツはクソ真面目な衛兵だが、思い込みが過ぎて危うい。犯罪者になると、一番厄介なタイプだ。手間をかけるけど、魔力の付與をやり直してもらえるか？量を半分程度で」

「わかりました」

魔力付與をやり直してみると、効果が丁度いいらしい。おそらく魔力を増幅するような魔道だろう。

「メリルさん。もし良ければ、魔道の部を覗いていいですか…？」

「もちろん」

掌に載せ、『浸解析』で視すると、無數の細かい部品が詰め込まれている。これは…製作に相當時間がかかったはずだ。

細かい造りだなぁ…。それでいて合理的だ。

「魔法で見てるのか？」

「はい。こんなじで見えてます」

『幻視』で部を空中に映し出す。

「あっはっは！できると知っていても、見せてもらうと驚きだ！面白い！」

「そうですか？ボクはメリルさんの技に舌を巻いてます」

こんな魔道を作れるなんて本當に凄い。用さとアイデア、どちらも並外れてる。

「この魔道には、そこそこの値段をつけるさ。それでもしいと言い張ったからな」

「それでこそボリスさんですが」

「職務を全うしようとする姿勢は立派だが、とにかく融通がきかない。しかし、あぁでないとボリスじゃない。何だかんだ言って、作るのも楽しめたから良しとするよ」

「ボクも、いつかこんな魔道を作れるようになりたいです」

「ウォルトならなれる」

そうなれるよう進しよう。

「話は変わるけれど、ウォルトにお願いしたいことがあるんだ」

「なんでしょう？」

「私だけでこなすのは厳しい案件があってね。君と一緒ならできると思う」

「力になれるなら、喜んで手伝います」

今日も貴重な知識を教えてもらった。力になれるならやりたい。

「危険な上に、汚い依頼なんだ。容を聞いて、無理なら斷って構わないよ」

「危険で汚い…？どんな依頼なんですか？」

★

「まさか、直ぐに行くことになるとはね」

「予定もなかったですし、凄く気になるので。それに、早い方がいいですよね」

「それはもちろん。こんな仕事に付き合わせて悪いと思う」

「いえ。大切な仕事だと思います。フクーベには友人もいるので、できる限りやらせてもらいます」

二人でやってきたのは、フクーベの下水道。ボクは初めて來る。

街の下水を処理する浄化裝置が故障したらしく、地上に腐臭がれ出していて、修理が必要だという。

浄化裝置は大型の魔道で、長年整備していた職人さんが亡くなってしまい、ランパードさんの伝手を頼ってメリルさんに依頼がきた。

下水道の整備は、疫病の発生や環境破壊を防ぐ意味でも大切な仕事。地上の快適な生活は、地下で過酷な仕事をこなす人々の努力でり立っている。

誰も見てないところで、仕事をこなす縁の下の力持ち。そんな人達を心から尊敬するし、力になりたい。どうやらそこらの職人では手に負えない魔道らしいのも、気になって仕方ない。

「食後だからちょっと心配したけれど、魔法の効果は凄い。全く匂いもじないし、汚れもしないなんて。これなら快適に進める」

「この位ならボクでもできるので」

既に下水道に降りてきたけど、『浄化』を付與した手拭いを覆面のように顔に巻いて、即席で作ってきた作業著には『堅牢』と『保存』を施した。

酷い匂いを防ぐのは長時間作業に必須で、間違って下水を浴びると、にどんな影響を及ぼすかわからない。ボクの魔法なら何とかなりそうだと思ってくれたらしい。

「早速行こうか。まずはこの通路を…」

メリルさんは、地下の地図に目を通している。

街の地下を縦橫無盡に走る下水道は、迷子になる程の規模。管理しているのはフクーベの環境保護ギルドで、ランパードさんを通じて地図を貸し出してもらった。

構は広く、通路は二人並んでも余裕で歩ける。所々に縦孔(マンホール)が設置されていて、地上への出は容易に思えるけれど、空気が薄かったり、有毒な瓦斯(ガス)が発生している場合もあるので事故が絶えないという。

ボクも見せてもらって暗記しておこう。地理を記憶するのは得意だ。役に立つかもしれない。

「キキッ！」

目的地である下水道の末端を目指し歩いていると、魔が現れた。

鼠(ダウリー)が二匹。森にも現れるし、時折地上に顔を出すので、街でも一般的に知られる。

通常、膝下くらいの大きさで、武さえあれば倒せるような魔だけど、この鼠は大きい。長が軽く倍以上ある。

「ボクに任せて下さい」

「頼む」

「キキィッ！！」

跳びかからんとする魔に手を翳し、『氷結』で凍らせたあと『細斬』で両斷する。皮に下水が付著しているので、飛散させることもなく安全。

「お見事。鼠駆除の依頼もけておくべきだった」

「そんなのあるんですか？」

「數が増えるのが早いらしくて、定期的に冒険者達も送り込まれているはずだ。臭いし汚い上に報酬も安く、割に合わないと不人気らしい」

誰にも見られないし、ボクなら喜んでける。Ｆランクでも注できるのかな？今度、オーレン達に訊いてみよう。

「できる限り倒しながら進みます」

「任せるよ」

進むたびに鼠と遭遇する。半分程度しか進んでないのに、軽く二十匹は倒した。

「報と違うな。聞いた話では、浄化裝置に辿り著くまでに遭遇しても、數匹だと言われたんだが」

「浄化が正常でない影響で、異常発生していたりするのかもしれないですね。何の拠もありませんが」

「推測の域を出ないな。とにかく進もう」

その後も順調に進み、浄化裝置に辿り著く。

「これか。立派な裝置だ」

下水道を塞ぐように大きな機械が據え付けられていて、裝置下部に下水を通過させながら魔力で浄化するようだ。

「考えた人も、作った人も凄いです。浄化された水は、更に流れていくんですね」

「この先でも何段階にも浄化されて、やがて綺麗な水になり大地に還るという。その大元がこの裝置だ。殆どの浄化を擔っている」

「調べましょう」

メリルさんと意見をわしながら裝置の仕組みを解析する。複雑かつ多くの部品で構されているのに、メリルさんは流れるように構造を読み解いていく。知識と判斷力に服。

「むっ…。この部分……魔力を循環させる裝置だが、継ぎ目の金屬が割れている。原因はこの箇所の可能が高い」

「確かに」

目に見えて魔力がれている。

「塞ぐ材料を持ってきてはいるが、どうするか…」

「素材は同じですか？」

「真鍮(ブラス)だから同じだ」

「では、ボクが魔法で接著します」

「形が合うように加工しよう」

メリルさんが真鍮の板を加工しようと取り出したとき、背後でバシャッ！と下水が跳ねる音がした。

振り向くと、下水の中から巨大な芋蟲のような魔が現れ、倒れかかってくる。急いでメリルさんを抱え、大きく跳び退く。

通路の上をヌルリ…とく、漆黒の巨大な魔。さながらナメクジのよう。

嗅覚が効かない上に、ヒゲもかせないから、視覚と音でしか魔を察知できない。危ないところだった。

「驚いたな。コイツは…なんだ？」

「紅蛭型蟲(フィロディナ)です。ヒル型の魔ですが、ここまで巨大なのは初めて見ます」

起き上がると構の天井に屆かんばかり。まるで大蛇だ。

「ヒルということは、吸するのか？」

「いえ。雑食ですが、主に食です」

フィロディナは、ノソリ…と頭を持ち上げ、ボクらに向けて丸い口を開いた。

「うわぁぁ！？なんだっ！？」

腹をうねらせながら、口から吐き出されるのはゴミや骨。飲み込んで消化しきれなかったモノだろう。ドーム狀に変形した『強化盾』で全てけ止め、ゴミの嵐が止んだところで詠唱する。

『黒空間』

フィロディナの大部分を黒い球が飲み込んで消滅する。殘されたのは、の二割ほど。

「まだ、一部殘っているが」

「わざと殘しました。これで良いんです」

魔法でえぐれた部分は直ぐに再生して、フィロディナは小さい個に変化した。この位が通常のサイズ。這いずりながら、ゆっくり下水の中に帰っていく。

「倒さなくていいのか？」

「森でも掃除屋のような役割を果たす魔です。普段は大人しくて、こちらが刺激しない限り襲いかかってきたりしません」

鼠を含む魔の死骸や、殘飯の類を食らっているのだろう。下水道なら餌にはこと欠かない。この場所は枝管が集合する末端で、黙っていても流れてくる。

攻撃的な行をとったのは、廃棄を飲み込んで気分が悪かったからか、それとも巨大化により兇暴化していたのか。

なんにせよ、冒険者なら倒すのは容易い。きが遅いので、一般人でも逃げ切れる。これからも、良い働きをしてくれるに違いない。

ちなみに、魔法で吹き飛ばすと分裂して大変なことになる。再生できなくなるまで々にしないと倒せない。過去に苦労した経験あり。

「もう一度襲われたら、ボクが退治します」

「では、仕事を続けよう」

「はい」

その後は、何も起こらず浄化裝置を修復した。『同化接著』による融著で、しばらくは問題なく使用できるはず。れていたであろう『浄化』の魔力も目分量で補充して作業完了。

ついでにフィロディナが撒き散らしたゴミも消滅させて、経路も綺麗にしながら戻った。メリルさんを無事に地上に送り屆けて、をなで下ろす。

今日は良いを見れたなぁ。充実した一日だった。

★

「メリル。今回は助かった。ギルドも喜んでいて、謝意を伝えてしいと言われた」

後日、魔道作りの仕事中にランパードさんが訪ねてきた。どうやら、私に禮を伝えるためらしい。

「そうですか。でも、あくまで応急処置です。時間をかけて、綺麗に修復した方が良いですね。恒久的に使うですから。あれは素晴らしい裝置です」

「修復なんだが……お前に依頼してもいいか？」

「私で良ければやりますが、しばらく他の仕事はけれませんよ？それでもいいですか？」

「構わない。どうやら、殆どの職人が渋って困ってるらしくてな…。泣きつかれた」

ソイツらの気持ちはわからんでもない……けれど。

「偉そうに言える立場でもないですが、そんな奴は職人じゃない。普通なら、人の役に立つモノを作ったり直してナンボでしょう」

「そう言うな。悪いが頼む」

「わかりました」

「他に職人が必要か？」

「ウォルトに頼むので要りません。むしろ、他の奴が來るならやりません」

ランパードさんは苦笑いでも、今回の仕事をそつなくやり遂げたのは、間違いなくウォルトのおかげ。

彼の魔法には、過酷な現場を快適な空間に変える力がある。他の奴が同行すると、頼むことができない。

魔道に対する熱も人一倍で、製作者に対する賞賛や配慮も伝わってくる。共に仕事をするなら最高の相棒。

「わかった。とりあえず、今回の報酬を渡しておく」

「ありがとうございます。あと、ウォルトにも何か考えておいて下さいよ」

「今回はちゃんと渡せるモノがある。直接渡すつもりだったが、「旦那さんじゃ斷られる」と言うもんで、キャロルに頼んだ」

「へぇ」

「環境保護ギルドから「とんでもなく浄化されてるんだが！？」と驚きの聲が上がってるんだ。何故か俺の株が上がって、困ってしまってな…」

「いいことじゃないですか。二段階目以降の裝置は必要ないくらいでしょう？」

「その通りだ」

魔力を補充したあと、素人が見てもわかるほど浄化の度合いが違った。あの裝置は魔力が強ければ強い方が浄化できる仕様で、ウォルトの力量ならまだいけるだろう。

だが、あの程度でいい。普通の魔導師には、できようもない。

「彼に恩が積み重なって、いずれ俺は潰れるかもしれんぞ」

「だったら頼まなきゃいいんです」

「彼にしかできないことが多い。そして、全てに応えるから、本當に凄い男だ」

「その、全財産を投げ打たないと払えない恩ができますね」

「ありそうで怖いから言うな」

「あと、ウォルトのことは他言してませんよね？」

「當たり前だ」

「もしギルドにバレてたら、殺しますから」

「お前は、怖いことを軽く言うな…」

ランパードさんに必要な材料を伝え、揃えてもらうよう頼んで帰ってもらった。

さて、今抱えてる仕事を片付けたら、ウォルトに頼みに行くとしよう。始まってしまえば思ったより早く修復は終わる。普通なら時間が掛かる作業でも、私とウォルトが組めば難しくない。

次は、どう驚かせてくれるのか楽しみだ。