《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》26話 イアン、クリープに教える(イアン視點)

(イアン)

イアンは焼きたてパンを早く食べたかったので、穀をクリープに手伝わせた。量がなくとも、麥を叩く作業は奴隷にさせるぐらいの重労働である。クリープは文句一つ言わず、このつらい作業を黙々とこなした。

晝過ぎまでこの地獄のような作業は続いたろうか。終わったものを洗って干し、乾いてから石臼で挽くことになった。アルミラージのの薫製とパン、今朝のスープの殘り──軽い晝食を済ませた後、いよいよ特訓の開始だ。

イアンは廃村から拝借したカーペットを敷き、そこを運場とした。

まず、始めたのはである。中の筋ばし、ほぐす。今朝確認したとおり、クリープのらかさは尋常ではない。

「うん、らかさは満點以上だ。俺と同じくらいらかいな。関節も良くくし、完璧。指の筋が若干弱いかな。俺たちは武を持って戦うから、指の筋は非常に重要だ」

立った狀態で、片足をにべったり付くぐらい上げる。腰を下ろし、百八十度両足を広げ、前屈、側屈、後屈。両手を多様な方向からうしろに組んでみる。関節を開き、膝を曲げ、前屈……などなど。これらをちがう角度で組み合わせてやってみる。例えば、立った狀態で足を高く上げたまま、後屈してみるとか。逆も然り。前屈、うしろに片足を突き出す。イアンはクリープに様々なポージングをさせた。

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まるで、曲蕓師の訓練である。イアンはユゼフに教える時、ここまでをさせていない。クリープにこれをさせるのは理由があった。

一つはクリープのが並外れてらかいことに気づいたから。イアンもらかいので、クリープがどこまでかせるのか興味を持った。もう一つは得意分野をばして、自信をつけさせようと思ったのである。

「指先をばして、しさを意識する。がブレないように! かない、止まる!」

曲蕓師の訓練からバレエのレッスンへ近づいてきた。イアンとしてはクリープの限界點を知りたい。自分よりらかかったら、悔しいのだ。しかし、男二人でさまざまなポージングをしているのは、傍目から見たら奇っ怪だろう。さすがにイアンもズレている気がしていたが、途中でやめる気にはならなかった。

クリープも真面目に従っている。無表が次第にづいてくる。灰緑の目は熱を帯びていた。

「よし! 次は跳ぶぞ! クルクル回転しながら! そうだ、今度は左足で踏み込むぞ! 両手を広げて!」

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クリープの跳躍力はかなりのものであった。イアンやユゼフに比べれば無論劣る。だが、能力の高い亜人と比べても、引けを取らないだろう。

「水分補給したら、今度は綱渡りだ! 今までやったポージングを綱を渡りながらやる」

イアンとクリープは木が生えている廃村へと下りた。林檎の木が數本植えられている場所がある。季節がもうちょっと早かったら、イアンたちの食料の足しになったのだが、殘念ながら実はすべて落ちたあとだった。

ちょうどよい間隔で並ぶ木々を見つけ、ロープを結びつける。距離にして約十歩。イアンとクリープはピンと張ったロープの上に立った。

「次はバランス覚を見る。片足で立つぞ。反対の足は回転蹴りの時みたいに関節を開き膝を曲げて、パッセのポーズ」

クリープは難なくできた。ぐらつかない。バランス覚も驚異的。

「うむ! よくできた! 今度は右足を高く上げてみよう、そうだ! 天を衝くように!」

これもできた。クリープは弱くなんかない。並外れたバランス覚、跳躍力、を持つ。

──素質には目を見張るものがある。だが、何か足りないな? 自信? いや、それよりも

「じゃあ、足を下ろして。張ってもいいだろうか? このロープの上でジャンプする!」

いくらなんでも、これはできまいとイアンは思った。細いロープの上でジャンプなど達人技だ。それこそ、曲蕓団にていころから仕込まれてようやくできる域である。だが、クリープは顔一つ変えない。やる気だ。

──いい度だ。気にったぜ。このイアン様に対抗心を燃やさせるとは、ただ者ではないな? クリープよ

やらせるからには、お手本を見せなければ──イアンはつま先と下腹部に置いた重心へ神経を集中させた。膝を一瞬曲げ……ピョン!

著地功!!

ロープはし揺れる。両手を広げ、バランスを取りつつ、しい姿勢を意識する。再度、ジャンプ! くるり、一回転してイアンは地面に著地した。

「次はクリープ、おまえの番だ!」

クリープは軽くうなずき、ロープの揺れが収まるのを待った。イアンはその様子を注視する。

──さあ、どうする? 今までで一番の難易度だぞ?

イアンは八重歯をなめ、息を呑んだ。クリープはじず。無な瞳はロープをジッと捉えている。

イアンとしては、失敗してほしい気持ちが半分。なぜなら、クリープができてしまうとイアンの価値が下がる。こんなすごいことができるイアンの評価はクリープにより、霞んでしまうのだ。が、功してほしい気持ちも半分。未知の力をめたクリープに期待もしたい。

葛藤しながら、イアンはクリープを見上げる。クリープは良い表をしていた。戦う時の顔だ。難易度の高い技に挑戦する。このことはクリープのを蘇らせたようだった。

飛んだ!!

弧を描き、著地!……揺れが大きい、バランスを保てるか。グラグラ……

イアンが手に汗握るなか、クリープは持ち直した。シャンと背筋をばし、完璧なパッセのポーズ。

「まだだ、まだ……俺と同じように一回転してから下へ降りてこい」

負けず嫌いのイアンは最後までやらせる。彼を認めるのは全部完璧にできてからだ。

クリープの膝が曲がった。よくびる膝はバネとなる。パッとロープから離れた足はふたたび畳まれる。くるり、綺麗な一回転。そして……やった!! 著地功!!

「クリープ、よくやった!! 完璧だ!!」

イアンはクリープの肩をバチバチ叩いた。イアンはしていた。こんなの、初めてだ。

「す、すばらしい……」

「なにがでしょうか……?」

「すべてだよ、おまえのすべてがだ、クリープ!」

クリープはイアンの言っていることが理解できないらしく、呆けた顔をしている。おそらく、こんなふうに褒められたのは生まれて初めてだったのだろう。自分の才能も、強さも、素晴らしさも、しさも、何一つ知らずに生きてきたのだ。

「おまえに出會えてよかった! 俺は今、猛烈に激している!」

いつの間にか、辺りは薄暗くなっていた。太が瘴気で隠されているためわかりにくいが、魔國にも晝と夜はある。夢中でかしていたため、全然気づかなかった。

イアンが溢れんばかりの思いをクリープにぶちまけんとしていたその時、空気が揺らいだ。

とたんにが走る。背後から、何者かが……

「あなたたち、何してるの? バレエ??」

イザベラだった。別の木の影から分離したかのようにニュッと姿を現した。

「ひえっ!! いつからそこに!?」

「だいぶまえからよ? 気配を消していたの」

「いつも遅く帰ってくるのに、今日はなんで??」

「食料になるグリズリーを見かけたもんだから、探索はやめて捕獲して帰ってきたのよ。裏手からって丘の上で捌いてた。丘の上からここの様子は丸見えよ。だから、かなりまえから見てた」

「グリズリー??」

「冬眠から覚めたのかしら? ああ、普通のサイズよ。長はイアンと同じくらい。抜きしてからとはいえ、結構運ぶのはきつかったわ。大人の男、三人分の重さぐらい?」

イザベラはなんと、冬眠から覚めたばかりの巨大熊を狩って、一人で運び捌いてたのだ。

──なんか、すごい

「……で? あなたたちはここで、ずっと何してたわけ? 私が食糧を確保している間、楽しそうにいろいろやってたけど?」

冷たい聲が響く。薄暗いなか、見えにくいが、鎧だけつけたイザベラの辺りにはべっとりがついていた。

「えと……剣の指導というか……」

「は? どこが剣の指導なの? パッセとかアラベスクとか言ってなかった? どう考えても剣じゃなくてバレエよね?……なに? の子の私が熊狩って解してる間に男二人は仲良くバレエのレッスンをしてたってわけ??」

「僕がイアンさんに、剣の指導をお願いしたんです」

クリープが助け船をだしてくれた。イアンはコクコクうなずいて、眼鏡の向こうの暗い瞳を見る。この指導を通じて、クリープとはだいぶ距離がまった気がする。

「剣の指導をすると言って、遊んでたんだ? 唯一の役割である食事係の仕事も放棄して」

「別に放棄してない。今日はパン焼き釜だって完させたし……それにこの練習は無意味なんかじゃない。クリープの能力を測るために大切な……」

「言い訳は聞きたくない! さっさと帰るわよ! 熊は綺麗に解しておいたから調理して。お腹が減ってイラついてるの。に付いたも洗い流したいし」

熊の解を手伝ってほしかったら、そう言えばよかったのに──イアンは言葉を呑み込み、城跡へ戻るため坂を上り始めたのだった。

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