《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》28話 イアン、々やらかす(イアン視點)
目覚めた時、イアンはとても暖かい中にいた。母親のにいるような安心。らかい生の人にくるまれている。おまけに臭い。赤ん坊に戻ったのだろうか。イアンを優しく抱いているのは“お母様”。あの完璧に優しくて、惜しみないを注ぐ天ヴィナス様だ。手にれるは母の房。
──ああ、幸せ
と、その時、キリキリキリィ……と脳髄を刺されるほどの激痛に襲われた。
「ううう……」
これは二日酔いの頭痛。いたあと、見開いた目に映ったのはイザベラの寢顔だった。凄く近い。
「ひっ!」
そして次、目にったのはわとなったイザベラの元である。チュニックの前がはだけ、房の三分の一が剝き出しになっていた。恐ろしいことに、イアンの手はそのわとなった元に置かれてあった。いや、置かれてあったのではなく、むんずとつかんでいる。
──おわわわわ……なんてことだ!
焦ったイアンはつかむ手にうっかり力をれてしまい、グニュッとんでしまった。その、手の中にあったそれを。慌てて手を離すも手遅れだ。やってしまった──背中に滝のごとき汗をかき、の気が引いていく。
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──こ、ころされる
そう思ったのだが、眉間に一本皺を寄せただけで、イザベラが起きる気配はなかった。ぐっすり眠っている。
──なんだ、大丈夫か
安心したところで、イアンは全容を確認した。イアン、イザベラ、クリープの三人は同じベッドで三人ひっつき合って寢ていた。部屋はイザベラの部屋だ。散らかり合が一番凄まじい。床には布やら紙類やら、ワイン瓶やらが散していた。寒いからとくっつき合うのは、真冬の石の下にいるテントウ蟲を想起させる。イアンたちは獣どころか、蟲レベルにまで落ちているのかもしれない。
しかし、イザベラをヴィナス様と間違えるなんて──とイアンは思った。優しいヴィナス様とこのイザベラとは天と地ほどの差がある。天とオーガぐらいの差が。
──うん、でもったは良かった
イザベラの顔を見ると、眉間にった一本線がスッと消えた。瞼をピタッと封する睫は真っ白なに映える。は厚な薔薇の花弁のよう……しい。
──そういやこいつ、顔は可いんだよな。格がアレなだけで
イアンの視線は毒気の抜けた乙の寢顔と、はだけた元を往復した。イザベラの房はなかなか大きいほうだ。形も悪くない。り心地も良かった。
──あと、もうちょっとなんだよな。あともうちょっとで見える、見えそう
チュニックのはだけた部分の布地をほんのわずか、ほんの指先程度下げれば見える。先っぽが。ちょっとした出來心である。イアンはふたたび、イザベラの元に手をばした。し布を下げるだけだ。顔を寄せ、のぞき見る。
──やたっ! 見えた!
歓喜に震えた直後、イアンは恐怖におののいた。ガシッと腕をつかまれたのである。
「んんんん……むにゃむにゃ……」
イザベラは目を閉じたまま、寢返りを打った。イアンは無我夢中でつかまれた手を引き剝がしていた。
──ふぅー……命拾いした
スリル満點。病みつきになりそう。しかしながら、今はすぐさま部屋から引き上げたほうがいいだろう。ここは曲がりなりとも、結婚前の乙の部屋。あらぬ疑いをかけられては困る。相手がイザベラとあればなおさら。生命の危機にまで及ぶ。
イアンは半ばイザベラの下敷きとなっている哀れなクリープを引きずりだした。幸せなことに二人ともまったく起きる気配はない。
──こいつも誤解されたら、大変だからな? 優しいイアン様が連れ出してやろう
無防備過ぎる。普通の男だったら、行為に及んでもなんら不思議のない狀況である。
──まさか……やってないよな……記憶にないってことはセーフ、だよな?
イアンの記憶になくても、イザベラとクリープはわからない。イアンはイザベラのしなやかな背中を見てどぎまぎした。
撤退。逃げるが勝ち――
イアンはクリープを背負い、自分の部屋へと逃走した。クリープの部屋に連れて行けば済むところをなぜ自分の部屋へ連れて行ったのか?──単に間違えたのである。揺していたのだ。自分のベッドにクリープを寢かせてから、イアンは気づいた。
──あああ、失敗した……ん? くさっ! しかも、こいつゲロまみれじゃないか!
クリープは嘔吐したらしく、チュニックが吐瀉でグッショリしていた。
──俺のベッドにゲロがついてしまう。服をがさねば
臭いに顔を背けつつ、クリープのチュニックの裾をつかむ。えいっと上に引っ張り上げた。力したクリープはされるがまま。服はツルンとげる。
「え……!?」
目にったのは、上半にみっちり刻み込まれた傷痕だった。異様なのはその數え切れない一つ一つが魔力を帯びている。ジュクジュクと熱を帯び、永遠に苦痛から逃れられないよう深く刻み込まれていた。
一種の呪詛。イアンがれようとすると、黒い靄が現れ、治癒を拒絶する。
──なんてことだ……これはドゥルジがやったのか。クリープが自分のもとから逃げないように? 許せない、こんなこと
イザベラの首がどうとか、一気に吹っ飛んでしまった。桃エロスの世界から、底なし闇へ落ちていく。十四年前、百日城から逃れたクリープはイアンと同い年だからまだ十二歳だったはず。
イアンが毎日、ユゼフやカオルを引き連れて、石砲にいたずらしたり、リンドバーグの馬車を襲ったり、ヴァルタン家の屋敷の壁に落書きしたりしている間──クリープは地獄の日々を過ごしていたのだ。魔人ドゥルジの奴隷として待され、自由を奪われ、尊厳すら踏みにじられて……
イアンは拳を握り締めた。ドゥルジがどれだけ強い魔人かは知らないが、絶対に許してはならない。
強い決意をに抱き、クリープにそっと布をかける。ふと、クリープの弟は……一緒に百日城から逃げたランドル王子は無事なのだろうかと、イアンは思った。逃げた時、弟はまだ五、六歳だったと思われる。生きていれば、ニーケと同じくらいの年だ。二人は良い友達になったかもしれない。そういえば、ニーケは──
変な騒ぎがして、イアンはいても立ってもいられなくなった。なんだか嫌な予がする。
百日城にニーケだけ置いてきてしまった。まえからあの城にいたニーケは大丈夫だと、救助リストから外れていたのである。
──なんだろう? このモヤモヤしたじは
イアンは部屋を出て、地上へ上がった。外はすっかり明るくなっている。太が見えないため、朝なのか晝なのかは不明だ。それでも、晝間という概念があるのは有り難い。
昨日の宴の跡がそのままにしてあった。食べかけのや空になった酒瓶、マグもそのまま出しっぱなし。だらしない。
イアンは両手を広げ、空気を一杯に吸い込んだ。ローズや主國の王都とは魔國の空気はちがう。邪気を含んだ汚れた空気だ。だが、ここはイアンにとって第二の故郷でもある。一度死んだイアンがユゼフので魔人として生まれ変わった場所なのだ。だから、瘴気だって今のイアンには心地良い。
気持ちが落ち著いたところで、イアンは気づいた。灰の上空に黒い點がポツンとある。鳥? 魔國に普通の鳥はいないだろう。ということは敵かも……そんなことをぼんやり考えているうちに、點はズンズン近づいてきた──急降下してくる!?
丸腰のイアンが構えた時、間の抜けた聲が聞こえてきた。
「イアンサマー!」
「ダモン!!」
イアンの鳥ダモンだ。不揃いな羽をすぼめて急降下。イアンの頭上高さまできてから、羽を広げて空する。生え替わり時期の羽がフワリ、フワリ。ダモンは見事、イアンの肩に舞い降りた。素晴らしい飛行技だ。
「ダモン、會いたかった! よくここがわかったな!」
「ユゼフノクソガイケッテ」
「ぺぺの奴め。文は預かってないのか? ダモンだけ寄越してどういうつもりだ?」
「クソガ……アトデクル」
「ぺぺも來るのか」
イアンはホッとした。キツい格のイザベラと人形みたいに無反応なクリープだけで、ずっと心細かったのだ。ユゼフが來てくれたら、どれだけ心強いことか。それにしても、ダモンの言葉遣いが以前にも増して悪くなった気がする。
──おかしいなぁ。誰の真似だ? アスターとかティムの真似だろうか
これでは城を連れ歩く時、恥ずかしいではないか。ただでさえ、ダモンはミリアム太后に嫌悪されており、謁見する時は連れて行けない。
──ユゼフが來るまで暇だし、頑張ってダモンをしつけてみようかな
それから數日。待てども持てども、ユゼフはやって來なかった。さらに、ときおりじていたユゼフの眷屬カッコゥの気配までしなくなったのである。
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